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第廿二話〜大和紀略〜

 ……弁慶視点


 立ちはだかる板塀も、訪問者を威圧する楼門も、最早その威容を留める事なく轟々と音を立てて火柱を上げている。

 遠くからでも番兵の悲鳴と呻き、動き回りのたうち回る影と肉の焼ける匂いが分かる。

 直前に投げた壺の中身は二つ。一つは油、もう一つは臭水(くそうず)。これは近江国北岸で少量取れたもので、全体の一割ほどがこれである。

 そうして油と臭水とで(まみ)れた木造建築群へと、弩で火矢を射かければ良い。説明せずとも結果は明々白々だろう。


「命ぜられた事は終わった。後は印にこれを……」


 取り出せるは筒状の物体。先は円錐型で、後ろに三角板が……上から見れば十文字になるように……四枚付いたもの。筒からは後ろに紐が伸びている。同じく、地面に刺すためだろうか、細い棒が伸びている。

 征夷将軍曰く「終わったら紐に火を付けろ」との事であったが、一体これは何なのだろうか。


「まあ、言われた通りにすれば善かろう」


 深く考えても分からないので、取り敢えず火を付け、地面に刺して離れる。

 すると、十も数えないうちにそれは上方へ驚くような速度で上がっていく。

 火を噴きながら上がっていったそれは、一定の高さで上昇が止まり、直後、それは大きな音を立てて爆ぜた。


「成る程、これなら若様も分かるだろう。若様、後は頼みましたぞ……」


 ……族長視点


「族長、惣門に火が放たれました!今も尚炎上中!」

「彼奴等はとんだ大馬鹿者だ、自ら炎で塞ぎおったわ!衛隊から増援を送れ!」

「しかし、それでは館の防御が……」

「馬鹿者!門が使えない状況で、誰がどうやって攻め込めるか!何が為にこの街を要塞化したと思うておる!さっさと送れ!」

「はぁ……」


 現在、族長はその居館で防衛戦の指揮を執っていた。夕方頃に西方からの使者を名乗る者が現れ、その武力を背景に通行と族長への面会を要求。勇敢なる番兵長がこれを拒否したところ、相手が突然激昂し攻撃開始。勇猛果敢な番兵達がこれに応戦するも、敵は卑怯にもこれを門ごと燃やす暴挙に出た為に全滅。

 ……此処までが今族長に入っている情報である。番兵隊の全滅は痛ましい事ではあるが、お陰で炎上する門が新たな壁となって敵を防いだ。彼奴等はこの都市への侵入手段を確立する事なく潰え去るだろう。

 彼奴等は西方から来たと言っていた。なれば彼等は、あの憎き大和の兵だろう。

 族長は、大和の状況を知っていたわけではない。ただ純粋に心の奥底から出た知識であり、感情である。


「……ついにこの時が来た……今迄どれだけの時間を同胞の(とむら)いと奴等への憤慨とに使ったか……これぞ我が憤怒! これぞ我が怨讐! 今に見ておれ、(すめらぎ)よ! 貴様らの悪行、暴虐の数々をそっくりそのまま返してやるわ!」


 ……征夷将軍視点


 暫く海岸で待っていると、恐らく塀が有るだろう位置から、弁慶に渡していたものが打ち上がった。火箭と呼ばれる代物で、火を噴いて上昇した後、今見たように爆発する。

 本来は兵器として用いるものだが、その性質から夜間用の狼煙として使った。


「どうやら、征夷将軍殿の言う秘策とやらが功を奏したようだ。……ところで、ここからどうやって攻め込むつもりだ。目の前は海、行く手は山。道が無かろうて」

「ああ、その事か。何、暫し待て」


 母礼の質問に征夷将軍はそう答えると、陰陽頭から人型を受け取った。

 そしてそれで自身の体を一度撫で、目の前の海にそれを流した。


「……南無天照皇大神宮。請給我門看看路、請給我門看看路、請給我門看看路……」


 するとどうした事だろうか、目の前に広がっていたはずの海が瞬く間に引いていき、海岸まで伸びている山を迂回できる道が現れたではないか。


「なんと……こんな事が……」

「これで道が出来た。さあ、母礼殿、号令を」

「あ、ああ。……総員、族長館を標的に、突撃!」


 戸惑いながらも母礼は配下の戦士に号令を発し、予定通り突撃を敢行する。


「ささ、征夷将軍殿、我等も参りましょうぞ」

「無論の事よ。兵、後に続け!」


 遅れて式の騎馬兵が吶喊する。勿論、これも予定通りである。

 こうして合計一万四千もの精鋭が、族長の居館へと殺到する事になるのである。


 …………


「ところで、征夷将軍殿。先程の道造りは演技でございましょう」

「おお、よく分かったな。まあ若干予想とは外れた動きだが……」

「と、仰せられますと……」

「何、実はな……」


 元々、この方法は源頼朝(あにうえ)の整備した鎌倉が侵攻の憂目に逢った際に新田義貞が用いた物である。切通しの攻略を諦め、引潮に乗じて稲村ヶ崎から侵入したのである。

 本件はそれを真似する形で実施したが、この地に於ける引潮の時など知る由も無く、また引潮はここまで早いものでは無いはずだ。


「……故に此度、何故成功したか皆目検討が付かぬ」

「成る程、左様でしたか。一般的な回答をするなれば信心の賜物でしょうが、それ以外となると私にも分かりかねますな」

「ほう、陰陽頭殿にも分からぬ事が有るのか」

「私も一応は使役魔(にんげん)ですからね。それよりも、そろそろ族長の屋敷に着く頃合いかなと」

「そうか。総員に通達、敵は唯戦士のみぞ! 女子供は戦力にならぬ、捨て置け!」


 式兵は声を出せない。その代わり、彼等は皆分かるように首肯した。母礼の率いる戦士団も聞いていたようで、了承する旨が方々から聞こえて来た。


「良し。間も無く目標施設である、総員構え!」


 最早族長の居館は目と鼻の先である。馬上から弓を番えて今か今かと待ち構える式兵、抜刀しそのまま突っ込んでいく戦士達、居館を守るにはあまりにも少ない護衛。


「矢放て!」


 征夷将軍の号令が聞こえるや否や、双方の雄叫びと矢の風切り音が辺り一帯を埋め尽くした。

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