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第廿一話〜木造門〜

 ……征夷将軍視点


 集合地点から海岸を進んで行く。

 ここの砂浜は綺麗な白砂で、時折日に反射して光る場所がある。この戦が終わったら陛下に申し上げようか。


「おや、征夷将軍殿は戦を前に思案か。何を考えておられる」

「いやなに、美しい浜だと思うてな。其方はどう思うか」


 征夷将軍の同行人である蝦夷の戦士、母礼は暫し考えたのちこう答えた。


「そうさな、普段から良く通う場所故にもう慣れてしまったわ」

「そうか。全く、貴殿が羨ましい。斯様な景勝地が近くにあるとはな」

「此方からすれば貴殿の方が羨ましい。……そうだ、今一度目的地の事を話そうか。齟齬があると困る」

「一理あるな。話してくれ」


 母礼は首肯すると必要な事を簡潔に、だが分かりやすく説明し始めた。


 曰く、根拠地は大墓(たも)と名付けられた大集落──嘗てはもっと小さな集落であった──である。南北を山に囲まれ、東には海が広がる谷間に造られている。西側の空所は立派な堀と塀、門で固めている。

 族長の居館は海に面するように建っており、常に選び抜かれた精鋭がこれを守備している。

 現在は族長とその護衛や門番兵が居るのみであるが、その前は人口三万を数える都であったのだと言う。


「……以上、改めて伝えた。不明点はあるか」

「此方は大丈夫だ。陰陽頭はどうか」

「そうですね……。作戦通りに進んだ場合、弁慶からの連絡がどうなるのかをまだ聞いておりません」


 そう言えばまだ話していなかった。


「実は弁慶にはある物を渡していてな、うまく事が運べばそれを使う手筈になっている」

「成る程。して、そのある物とは何でしょう」

「それはな……」


 征夷将軍は陰陽頭にだけ聞こえるよう、小声で伝えた。陰陽頭は納得したようである。


「あれですか。あれなら確かに夜目でも遠くから分かる。ところで、そろそろその時までの待機場所に着きますが」

「おや、本当だ。よし、総隊停止! 別名あるまで待機せよ!」


 母礼も同様の指示を出し、全員がその場所に待機する形となる。


「後は弁慶からの連絡を待つのみだな。……上手くやってくれよ……」


 ……弁慶視点


 道中に幾度となく休憩を挟んだが、何とか予定通りに進んだ。

 途中の村落では有らぬ疑いも掛けられたが、件の証明書のお陰で必要な支援も手に入れた。特に食糧が(ほしいい)だけだったのは酷く応えたから、他の食事が出来たのは幸いであった。

 そんなこんなで今、蝦夷族長の根拠地に辿り着いた。目の前に広がるは幅の広い堀、左右の山まで続く板塀──恐らく此処は谷にあるのだろう──そしてその中央に聳える木造楼門である。ここまでは事前情報の通りである。


「さて、始めるか……」


 そう呟き、楼門へ向けて声を張り上げる。


「我こそは西方依りの使者、武蔵坊弁慶である! 族長殿の御前へ御通し願いたい!」


 そう声を掛けて暫く、楼門から兵が顔を出して答えを返して来た。


「此方は番兵長である! 生憎だが今は何人たりとも通す勿れとのお達しである! 早急に御帰還願いたい!」

「生憎と此方も絶対に会えとのお達しである! 強引にでも入らせて頂く!」

「なれば此方も容赦せん! 番兵、皆応ぜよ!」


 話終わらぬ内に、塀の上から大量の矢が飛んで来た。どうやらあの裏には連続した足場があるらしい。狭間(さま)に隠れつつ移動しながら撃ってくるのが分かる。


「怯むな! 掻立(かいだて)急げ! 防ぎ矢、応ぜよ!」


 此方も負けじと、掻立を立てさせて防御する。作戦ではこれで日が落ちる迄待たなければならない。見た所、後四刻(約二時間)程か。


「ほれほれ! 防いでばかりでは通れる門も通れまい! 西方の戦士はその程度か!」

「はっ、我々は唯貴様らに無駄撃ちさせるのみ! 勝手に矢切れを起こすが良いよ!」

「はっはっは! 残念だが補給線は健在! 矢なぞ幾らでも補充できるわ!」


 そんな遣り取りをしつつ、日没を待つ。この作戦は夜でなければならぬとは若様の命。


「若様、この弁慶、確実に遂行しましょうぞ……!」


 …………


 遂に日が落ちて一刻ほど経った。周囲も暗くなり、敵も此方も篝火を焚いた。


「さて、そろそろだろう。弩用意、他の兵は壺の投擲用意せよ、急げ」


 隠密な作戦故、あまり声を上げずに指示を出して行く。ばれてしまっては台無しだ。

 式兵の一人が用意完了を報告しに来た。兵は投石器で小壺を包み、投擲用意を済ませていた。弩の方も準備万端である。


「よろしい。では、壺の投擲始め!」


 一糸乱れぬ動きで投石器を回し、塀に向かって壺を投げつける。当たった瞬間に壺は砕け、壁面や狭間、通路にその内容物が散乱した。


 ……番兵長視点


 日が落ちてから、敵は行動を起こした。塀に妙な物を投げつけて来たのだ。


「何だこれは……何だ、只の油か」

「恐らく、此方の動きを封じるつもりでは……」

「こんな事で怯むものか。おい、ここに砂でも撒いとけ」


 番兵が砂を取りに下へ降りて行く。それにしてもぬるぬるとして動きにくい事この上ない。立場上ああは言ったものの、これでは士気に関わろうて。

 気分を変える為に敵の方を見ると、矢鱈と陣を明るくして居る。夜目が利かずにとち狂ったか。

 ……いや、違う。あれは篝火ではない。まさか、あれは……


「隊長、報告します!敵に新たな動きあり!」


 最早彼は部下の報告など耳に入ってはいなかった。その全神経は、只目に入るものに注がれていた。

 燃え盛る炎。油で汚れた己が手。撃ち出される炎。油まみれの己。迫り来る赤。床の油。刺さる赤。赤。赤、赤、赤。

 声を出す間も無く燃え広がる炎、火達磨になって泣き叫び翻筋斗(もんどり)打つ兵。つい直前に聞こえた、火矢の発射を知らせる部下の報告。自身に迫るそれ。足に移り、腿に移り、腰に移り、胴に移り。熱い。熱い。熱い、熱い、熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!

本話もお読み頂き有難う御座います。


さて、掻立とはあれです、何処ぞの五歳児戦国大合戦で防御用に出していたあれです。具体的には移動式の遮蔽物ですね。

古墳時代やその辺りでこそ手持ちの盾は日本にありましたが、騎馬戦が発達するにつれ次第に衰退します。因みにこの頃から所謂日本刀に近いものが出来上がってきますがこれはまた別の話。馬上から斬る上で刀は少し曲がっている方が良いし、盾は邪魔な事この上ないのです。

足軽主体の集団戦が出現しても盾は現れず、代わりにこれが出てくるのです。皆が皆刀持って突っ込むわけでもありませんからね。近代以降は当然ながら盾文化そのものが廃れていきます。

皆様の理解に僅かでも助力出来れば幸いです。


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