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第二十話〜当世将軍気質〜

 信楽宮に還幸した聖武天皇は、まず先に正式な詔書を発行させた。

 蝦夷討伐を旨とする詔は、公式令(こうしきりょう)に従って下記の書式で渙発された。


 明神御宇大和天皇詔旨蝦夷宛討。咸聞。

 明神御宇天皇詔旨蝦夷宛討。咸聞。

 明神御大神州天皇詔旨蝦夷宛討。咸聞。

 天皇詔旨蝦夷宛討。咸聞。

 詔旨蝦夷宛討。咸聞。

 源闢二年如月 御畫六日。

 中務卿 位臣何某宣

 中務大輔位臣何某奉

 中務少輔位臣何某行

 太政大臣位臣某

 左大臣 位臣某

 右大臣 位臣某

 大納言 位臣何某等言。

 詔書如右。請奉詔。付外施行。謹言。

 源闢二年如月六日

 可。首。


 〈訓読〉

 明神(あらみかみ)とあめのした知らす大和の天皇(すべら)詔旨(おおんごと)らまと蝦夷を討てと。ことごとくに聞きたまえ。

 明神とあめのした知らす天皇が詔旨らまと蝦夷を討てと。ことごとくに聞きたまえ。

 明神(あきつかみ)大神州(おおかみしまのくに)知らす天皇が詔旨らまと蝦夷を討てと。ことごとくに聞きたまえ。

 天皇が詔旨らまと蝦夷を討てと。ことごとくに聞きたまえ。

 詔旨らまと蝦夷を討てと。ことごとくに聞きたまえ。

 源闢二年如月 六日。

 中務卿 位臣何某が(せん)

 中務大輔位臣何某が(ぶう)

 中務少輔位臣何某が(ぎょう)

 太政大臣位臣某

 左大臣 位臣某

 右大臣 位臣某

 大納言 位臣姓名()(もう)すこと。

 詔書らま右の如し。(うけたまわ)らくは(じょう)(うけたまわ)りて、()(さず)けて施行(せぎょう)せむと。(かしこ)む言す。

 源闢二年如月六日

 可。首。


 これによって蝦夷討伐が本格的に準備される事となり、国家のあらゆる戦力が一斉に動員される。

 東征軍は式兵二万五千人、軍団数にして廿五個軍団で構成される。内訳は歩兵一万八千四百人、騎兵六千人、弩手(どしゅ)六百人。他に蝦夷の戦士が八千人ほど合流する手筈となっている。

 指揮系統は人手不足の為、軍防令(ぐんぽうりょう)の規定より幾分か簡略化された。征夷将軍を頂点に据え、五個軍団に一人の大将軍を置く予定である。夫々の軍団には大毅(たいき)を一人配し、兵の統率を図る。

 武具の類は、式兵を召す際に持参される為今回は考慮しない。但し、弩手に配備する(おおゆみ)は別で三百台を用意した。弩とは謂わば弓の拡大強化版であり、二人で扱う兵器である。そして口が膠墨(こうぼく)で固められた蓋の有る小壺と、縄と布で出来た投石器。何方も人数分用意された。

 また、実働隊たる兵とは別に陰陽頭が記録官として同行する。


「……以上、卿が要請した物は揃えた。征夷将軍よ、これで良いのだな」

「はい、上奏した品々は全て揃っております。畏れ多くも主上御自ら口入(くにゅう)して頂き、この身に余る程の光栄であります」

「そうか、ならば結果で示せ。全ては整った。蝦夷討征軍はその責務を全うせよ」

「はっ、不肖この義経、命に代えてでも詔を果たして見せましょう。総員、前へ!」


 整然と並んだ兵馬武具の列はやはり一糸乱れることなく動き出した。征夷将軍は馬に乗ってこれを先導し、蝦夷戦士との合流地点へ向かって行った。

 聖武天皇は出立を見届けた後、統一後の仕上げに関する事業の擦り合わせを行う為に太政大臣の下へ向かった。


 ……征夷将軍視点


 (みやこ)を出て先ずは淡海城へ向かい、軍団を編成する。

 軍団廿五個の内訳を示すと、歩兵軍団十八個、歩弩連合軍団一個、騎兵軍団六個。これを前者十九個軍団と後者六個軍団に分け、後者を征夷将軍が直接指揮する。陰陽頭も此方側である。

 前者の指揮官は、使役魔の征夷将軍が召喚した使役魔である武蔵坊弁慶が執る。


「……以上が作戦内容である。弁慶、期待しているぞ」

「不肖この弁慶、見事期待に応えて見せましょうぞ。若様こそ、どうかご無事で」

「言われずとも。此方は蝦夷の合流を待たねばならぬ故、貴様は先に行くと良い」

「はっ、では御言葉に甘えて。総員、進め!」


 予定した方向へと進んで行く弁慶を尻目に、征夷将軍は頭の中で作戦内容を反復する。


「うむ、完璧な筈だ。これで良い筈だ……」


 …………


 蝦夷の戦士がやって来たのは、弁慶が去ってから直ぐの事であった。


「おお、母礼殿、来ると信じていたよ」

「此方も同じ考えだ、征夷将軍よ。其方の兵が予定よりかなり少なく見えるが、別働隊なのか」

「ああ、既に出発させた」

「なんと、それはいかん。村の者は別働隊の姿形を知らなんだ、何らかの証明がないと信用されんぞ」


 そう言われて征夷将軍も気付いた。蝦夷の集落民がどうして弁慶の顔を知っていようか。よしんば知っていたとして、どうして彼等が味方と信じられようか。

 そうして二人が悩む所に、陰陽頭が助け舟を出した。


「では、母礼殿に証明書をお書き頂き、私が式で弁慶殿にお送りしましょうぞ」

「「それだ!」」


 結果、母礼の書いた証明書とこれを書いた経緯の説明を共に人形へ貼る形式を採用した。陰陽頭が命ずると、人形は明らかに自身より大きいそれらを物ともせず軽やかに弁慶の下へ飛んで行った。


 ……弁慶視点


 その頃、弁慶の率いる部隊は山中の未整備路を地道に歩いていた。


「ひぃ、ひぃ、何と、険しい、山道ぞ。山伏の、扮装を、した事こそ、あるが、ふぅ、飽くまであれは、扮装で、あるからなぁ……」


 息も絶え絶えの武蔵坊弁慶。義経記の記述に従えば元々は僧兵であるが、後世の創作に頼る所も多い。故以て恐らくこうなったのだろう。

 後ろを振り返ると、汗一つかかない非人間(しきへい)が隊列を組んだまま一糸乱れる事もなく黙々と続いている。


「ひぃ、ひぃ、全体、止まれ、休憩!全く、彼等が、羨ましい、ふぅ。……おや、あれは……」


 耐えかねて弁慶が休憩を挟んだその時、陰陽頭の送った式が到着した。

 弁慶が受け取ると、それには二枚の紙が貼ってある。一枚は証明書なる代物。もう一枚はこれを発行するに至った経緯である。

 曰く、道中の村々は皆弁慶の顔を知らぬ。故に彼等の協力を得られなかった場合、作戦通りの行軍が困難である。その為、母礼の協力者である旨の書かれた証明書を以て協力を得るべし。


「成る程、一理ある。これは懐に仕舞っておこう。……動けるのは、もう少し後だな……」


 弁慶が鞭打った体に休息を与えている間、征夷将軍は母礼と共に海岸を進んでいた。彼等に迷いはない。方や蝦夷の解放を、方や蝦夷の統合を主眼に置いて協力している。双方、白砂を踏みしめる音に躊躇いは感じられない。

 ここに火蓋は切られた。幕は切って落とされた。時に源闢二年弥生の朔日(ついたち)、元々の宣明暦に従えば天徳四年。聖武天皇が降り立った島の統一事業、その区切りはすぐそこまで迫っていた。

本話もお読み頂き有難う御座います。

評価、御感想、ブクマ、お気に入り、レビュー、「ここ誤字ですよ」、「こんな単語読めるわけないだろいい加減にしろ!」等々、いつでもお待ちしています。


それはそうとして廿話ですよ。まあまだ続くんですけどね、これ。

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