第二話〜皇祖神はツンデレ(確信)〜
前回の続きです。
取り敢えずはこのような感じで週一投稿を心掛けます由ご了承願います。
眩い光の溢れた後、ゆっくりと目を開いてみる。目の前に広がっていたのは、至って普通の屋内であり、また生前使っていた調度品の数々であった。何処か懐かしい空気が漂っていたが、直ぐにそれは見覚えある部屋だからと言う結論に至った。
聖武天皇が異世界で目覚め最初に目にした物は、紛れも無く平城宮の自室であった。皇祖神は信楽宮と共に送ると言っていたはずだが……。
後世でこそ情緒不安定な天皇像で描かれているが曲がりなりにも天皇であった以上、冷静な判断くらいは出来るのである。故に、手に取ったのは鏡。己の姿を確認しようと思い立ったのだ。
其処に映っていたのは寸分違わぬ自分の顔……いや、厳密にはかなり若く、十代後半に見える。剃った筈の髪も立派に生え揃い、冠をしている。服装も袈裟などでは無く、見覚えの無い物であった。
「やはり、異界とやらに飛ばされたのか……」
声に出して現状を受け入れた彼は、今までちらちらと見えていながら触れてこなかった「それ」に手を伸ばした。
〈天照謹製☆六刻で分かる!異世界大全〉
表紙にそう書かれている、錦糸で綴じられた上等な本である。題名を見る限り、皇祖神はかなりの茶目っ気があるのだろう。と言うか六刻(約三時間)は長過ぎないか。
突っ込んでいても始まらないので彼は一字一句暗記するような集中力でそれを読み始めた。生前は経文も暗記しているのだから、これくらい容易い事である。
…………
全てを読み終わり一息ついた頃には外は暗くなり始めていた。部屋から一歩も出ていなかった彼は、夕餉が欲しくなった事もあり部屋の外を……無論其処も宮中ではあるが……確認も兼ねて歩いて回る事にした。彼は歩きつつも、頭の中で先の内容を整理していた。
・沙弥勝満、追号聖武は信楽宮と共に異界へ配流。
・異界には妖術師が存在し、部族長も兼ねる。
・配流先は、生前で言う西海道程の比較的大きな島である。
・島は肥沃な土地が半分程を占めており、国家数は多くない。
・対岸には大陸が存在し、大規模な部族国家が散在している。
・文明の発達度は生前よりも若干劣っており、律令の類が未だ存在しない。
・聖武には異界で生きる為に必要な最低限の妖術を付与しているが、ここでは詳細は割愛する。
・上記の妖術に関連して、生前よりも後の服飾制度を採用している。
・信楽宮は未完成であった為、その構造の殆どを平城宮並びに平城京に拠っている。
・武官として衛士二万と兵部卿を送っているが、文官は居ない。
(こんな物だろうか……。しかし何とも面妖な世よのう…)
斯様な事を考えているうちに、彼は気が付けば極彩色の建物へと辿り着いていた。良く良く見れば、懐かしきかな、平城宮大極殿である。
「おや、お目覚めで御座いますか」
声がして振り返って見ると、其処には武官装束に身を包んだ男が一人。齢は数えで二十後半か。
「卿は何者か」
「はっ。使役魔として神勅により兵部卿を拝命仕りました、一条兵部卿正四位下兼実に御座います」
「卿が兵部卿か。して、使役魔とは何か」
「此身にも詳しくは分かりかねますが、何でも異界の妖術により召喚される影法師の様な者と、天照大神に教わりまして御座います」
召喚術の話を聞き、彼は件の本に似たような記述があった事を思い出し、後で試して見る事にした。それはそれとして、である。
「ところで、朕は夕餉が欲しゅうなった。用意して参れ」
「武士の粗野な物で宜しければ、直ぐにでも」
武士の食事と聞いて一瞬抵抗を感じたがこれでも一応出家した身、粗食には慣れたものである。それに、そんな事も気にならない程に空腹であった。
「構わぬ。早う持て参れ」
「はっ、仰せのままに」
その返答に安心した聖武天皇は、空っぽになった腹を摩りつつ自室へと戻っていった。
…………
結論から言えば、粗野と言う言葉が最も合わないくらい、立派な食事であった。
「うむ、美味かった。大義であるぞ」
「勿体無き御言葉です」
腹がくちくなったところで、先程決めた今日の主目的を遂行する事にした。
「これより召喚術を行う。西宮前庭に松明を用意せよ」
「承りました」
兵部卿が灯りを用意している間、彼は呪文の確認を行う事にした。本によれば、それらしい事を言えば皇祖神が意を汲んで最適な人物を送るらしい。何だかんだ言っても手助けしてくれる皇祖神に感謝である。但し、相当な精神力……魔力と記述されていたがしっくりこないので言い換えた……を消耗する為、数日に一回、一人までが限界だと言う。尤も、そこまで必死に召喚するつもりも無いが。
「用意が整いました」
「そうか、分かった。卿は先に待っておれ」
「承りました」
兵部卿が行ったのを確認し、彼は束帯から浄衣に召し替え始めた。
…………
内裏の西側に広がる西宮。旧来は元明帝以来の大極殿であったが、彼が生前に遷都を繰り返した折に最終的に今の場所に移転したのである。最早平城京其の物であるが、皇祖神の言明している以上、此処は信楽宮の形代なのだろう。
「では、始める。卿はこの悉く全てを記録せよ」
「仰せのままに」
兵部卿の用意が出来たのを確認し、前庭の魔法陣と呼ばれる紋様の正面に立つ。
深呼吸した後、考え出した文言を唱える。
「現界の時来たれり。其は遍く全ての才を修め、公を支えし者。朕が勅命に応じ、此処に顕現せよ!」
魔法陣は一瞬眩く発光した後にゆっくりとその光を失って行った……いや、厳密には中央に集まり人型を形成していた。
全ての光を吸収した「それ」は、やがて文官装束の初老男性へと姿を変えた。
「よくぞ朕が召喚に応じてくれた。先ず、卿は何者か」
「私は貴方様より百年程後世の人物に御座いまして、菅原右大臣従二位道真と申しまして御座います」
「菅原道真か。朕が諱は首と言う。卿には当分の間凡ゆる省寮の卿頭を兼任してもらう事になるが、宜しく頼む」
「はっ、仰せのままに」
聖武天皇からすれば名も知らぬ未来人ではあるが、彼は直感を以て菅原道真と言う男の才を見抜き、即座に登用する命を下した。
そこまで行ったところで彼は立っている事も辛くなり、膝をついてしまった。これが精神力の消耗かと感心する暇も無く、彼は兵部卿に支えられつつ自室へと戻って行った。
…………
無事に部屋へと戻り、兵部卿に手助けされつつ束帯から単衣へと召し替えていると、昼間には無かった筈の本がふと目に入った。
もしやと思い手に取って見ると、その予想は的中したようで、表紙にはこう書かれていた。
〈天照謹製☆古代〜中世偉人図鑑〉
苛立ちさえ覚えそうな茶目っ気ぶりである。兎も角、先ずは一枚頁を繰って見ると、其処には人物画と共に解説が記されていた。
名前……菅原道真
種族……人(後に神性獲得)
官位……右大臣、従二位
概要……承和十二年から延喜三年の人物である。幼少期から詩歌に才を発揮し、宇多帝や醍醐帝に仕える。寛平六年に遣唐使に任じられた際にはその危険さから遣唐使を廃した。昌泰二年には右大臣に任ぜられ、同四年には従二位に叙せられるも謀叛の疑いありと左大臣時平に讒言され太宰府に左遷。延喜三年に死去。その後京では貴族の変死等異変が相次ぎ、天神として祀られる事になる。
聖武天皇が直感した通りの有能な文官であった。その後ほかの頁も見てみるが白紙である。どうやら召喚された順に記されていくらしい。至れり尽くせりである。暫くしてある事に気付いた彼は兵部卿に尋ねた。
「此処に卿は記されて居らぬのか」
「自分は実はちょっとした例外で、その書物には記されないのです」
全くの初耳である。人でないとでも言うのか。いや使役魔の段階で人と呼べるかは怪しいが。
「ほう、例外とな」
「はっ、自分は貴方様に仕える為の最低限の機能を持たされて皇祖神様に形作られた、言わば絡繰人形であります。自分は実在しない人格である故に使役魔とは殆ど同じでありながら微妙に違うのです」
取り敢えずの疑問が氷解した聖武天皇は単衣に召し替え終わり、兵部卿を下がらせた。
未だやるべき事は山積しているが既に夜も更けようとしている。彼は大殿油を消し、就寝する事にした。
こうして、彼の前途多難な流刑地生活一日目は幕を閉じたのである。
一条兼実は官職含め架空の人物であります。
また、主人公やその使役魔など今後のありとあらゆる人物は史実とは一切の関係はなく云々…