第十九話〜共闘のすゝめ〜
その報告は大変驚くべきものであった。今まで此方から戦を仕掛けることがあっても、向こうから兵を差し向けるのは初めての事態である。
「征夷将軍よ、卿の麾下にある兵は動かせるか」
「申し訳ありません、彼等は未だ前線へ送り込むには実力不足に御座います。故に私の作り出せる式、五千体を一時的に使用します」
「良かろう。朕も共に向かう故、車の装束せよ」
「陛下、御車の御者たるこの陰陽頭が忠告します。それは余りにも危険です」
「ならば卿も共に来れば良い。異論は認めんぞ」
「……承りました。では主上は最後方に」
こうして征夷将軍を先頭にその式五千が隊列を組み、それに陰陽頭が御者を務める聖武天皇の牛車が続く形となった。
征夷将軍率いる式と蝦夷国の戦士が向き合うのは此処から少し離れた平原と予想された。その為、彼等は先に着いて事を有利に運ぶ為に足早に進んで行った。
…………
聖武天皇等が到着し、陣の構築が完了した位に戦士はやって来た。
その中の一人、一際目立つ格好をした騎兵が進み出ると、大声で叫んで言った。
「我等はイゾゥの戦士、一騎当千の古兵也! されど此度は戦を望まぬ! 貴国の長を御呼び願いたい!」
そう言うと彼を含めた全ての戦士達が、自らの命でもあろう剣を地面に置き、自ら武装を放棄した。
「……彼等は交戦意思を持っていない様だが、さて、陰陽頭よ。卿はどう見るかね」
「そうですね……飽く迄も私見ですが、陛下が出ても問題は無いと思われます。然し乍ら何かあってはなりませぬ。行くならば護衛を付けるべきでしょう」
「そうだろうな。征夷将軍よ、数人を率いて朕の護衛をせよ」
「はっ、承りました」
結局、征夷将軍とその腹心の部下五人が護衛となり、聖武天皇は牛車に乗ったまま騎兵の前へと進み出た。
御者を務める陰陽頭が牛を外し、前面の御簾を上げる。男性にとって牛車は後ろから乗って前から降りるものである。聖武天皇も例外でなく、上げられた御簾の方から降りる。
既に馬を降りていた騎兵に対し、威儀を正して対応する。
「朕こそ大和と隼人を統べし天皇、諱を首と言う。爾の名と目的を聞こう」
「我が名はモレ、族長の信任を得て全ての村と戦士を纏める者である。此度は貴殿に要望あって参上した」
「母礼か。朕に態々要望とは、余程の大事であるに違いない。述べよ」
「……実は貴殿に、我等の族長が身体を恣にする亡霊を討って頂きたい」
…………
母礼曰く、その族長は元々当代一の戦士であったと言う。ところが一年ほど前から、元の気性とは打って変わって荒々しくなり、民を無視した為政をする様になっていったのだと言う。
「……だそうだ。陰陽頭、卿はどう思うか」
「まだ断言は出来ませんが、変化の起きた時期は陛下が此方へ来られた頃であります故、これがきっかけになったろう事は否定出来ますまい。恐らく陛下が持つ何らかの要素が、族長が依代となった者の琴線に触れたのかと」
「そうか、分かった」
聖武天皇はそれを聞き、逡巡の末にある決断を下した。
「……征夷将軍」
「はっ、何で御座いましょう」
「卿の麾下にある兵は、戦に耐え得るかね」
聖武天皇の意思を察した征夷将軍は、望まれた返答をする。
「……人兵は残念ながら。然し乍ら、私が出せる限りの式で同数を代替出来ます」
「良かろう。では、詔を下す。征夷将軍は式兵を伴って蝦夷戦士に合流し、何らかの作戦を以て蝦夷族長を捕縛せよ」
慌てて紙と筆を取り出した陰陽頭が詔の内容を書き写す。非公式の書式ではあるが、これで蝦夷征伐の詔書が下された。則ち母礼の要請受け入れである。
「この征夷将軍、詔を畏みて承り申し奉ります。では母礼殿と作戦を練らねばなりませぬ故、失礼仕ります」
「この陰陽頭、詔を畏みて承り申し奉ります。全力を以て征夷将軍を援助致しましょう」
征夷将軍は恭しく礼をして母礼と共に立ち去って行き、陰陽頭は何処からともなく藁人形を取り出して、それに話しかけ始めた。
「陰陽頭よ、遂に卿は疲れて気でも違えたのか」
「……あぁ、そう言えば陛下にはまだお話ししておりませんでしたね。これは藁人形に似せた魔道具で、番で扱う物です。今は私が一つ、太政大臣が一つ持っておりまして、これで双方が遠方に居ながら会話が出来るのです」
「なんと。そんなに便利な物を作っておきながら朕に報告もしなかったのか」
「申し訳有りませぬ、慌ただしかったものでして。それより、征夷将軍が戻って参りますよ」
陰陽頭の言ったように、征夷将軍が母礼と共に戻って来た。
「只今戻りました、主上。母礼殿と共に作戦を練り、準備に必要な期間と装備を決定致しました次第に御座います」
「そうか。装備調達には時間が掛かりそうか」
「恐らくは。畏れながら陛下の御助力無しには不可能と愚考致します」
そう言って征夷将軍が聖武天皇に必要な装備目録を差し出す。聖武天皇は一通り目を通し、調達に掛かるだろう時間を目算した。
「うむ、相分かった。今は如月の上旬であったはず故、決行は弥生初頭とする。良いか」
「ええ、それだけあれば十分かと」
「では、そうしよう。陰陽頭、征夷将軍、還幸の用意をせよ。母礼は爾が戻るべき場所へ戻ってよろしい」
命令を受けた陰陽頭と征夷将軍は持ち場へ戻って還幸準備を始めた。母礼は暫く俯いて黙って居たが、やがて戦士達に指示を出し、撤収を開始した。
「では、二十日程後にまた貴殿とお会いしよう」
「恐らく次は征夷将軍のみであろうが、族長鎮静の暁には再び爾と会えるだろう。さらば」
聖武天皇が牛車に乗ると陰陽頭がそれを動かし始め、包み込む様に隊列が出来る。母礼が号令すれば戦士達は一糸乱れぬ動きで帰って行く。
こうして夫々が、夫々の目的の為に動き出した。一方は聞くのも涙語るも涙の同胞を思い、もう一方はその王化を目指す。思い描く事こそ違えど、手段を同じくする故彼等は手を組んだ。
その対象となる族長は未だこの動きを知らない。
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