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第十六話〜隼人と大和〜

 報告を受けたのは朝餉を摂った直後であった。


「陛下、陰陽頭様が帰還されました! 現在羅城門を通過し大路を北上しております」

「おお、遂に帰って来たか!」


 聖武天皇やその他朝廷人にとって待ち望んだ時が遂に来た。陰陽頭の凱旋である。

 直ぐに正装に召し替え、大極殿へと向かった。


 …………


 陰陽頭一行が大極殿まで辿り着いたのは実に半刻の後であった。朱雀大路は長いのである。


「陛下、不肖この晴明、四肢五体満足で今再びの御目通り叶いまして感涙の極みに御座います」

「陰陽頭よ、よくぞ帰られた。早速その戦果を報告せよ」

「はっ。この私が都を離れてよりの足跡、全てを(つまび)らかに申し上げます」


 陰陽頭はその道中を、経過を、事細かに嘘偽り無く且つ過不足無く彼が主上に報告した。特に、その内容はある一点に集中していた。


「彼の民族の育てる馬鈴薯なる物は特筆する可き品物に御座います。その味は麦に遜色無く栽培効率は頭一つ抜けております。その性質を熟知している彼等の作る料理もまた美味で……」


 そう、道すがら民草より献じられた食べ物に関する話が大部分を占めているのである。風土記を作るときは彼に任せよう。そう固く決めた聖武天皇であった。


「あー、卿の食事に関してはまた後日聞こう。それよりも先に報告すべき事が有るだろう」

「おや、すっかり失念しておりました。陛下、此方が彼の族長で御座います」


 そう言って陰陽頭が指し示した方には、恐らく鳥の羽で作ったのだろうか、唐衣に似た物を纏い、同じく鳥の羽製の立派な冠をした老人が確と立っていた。


「ふむ。(なんぢ)、名は何という」

「……クメスォ族族長、トハラタである」


 クメスォと言うのは彼等の族名であろう。漢字にすれば熊襲だろうか。トハラタは都火羅汰とあてよう。


「では、熊襲族族長都火羅汰よ。隼人国を統べ、民を纏めし彼の地の王よ。朕に頭を垂れ、朕が国家の礎となり、朕が民草の糧となるならば、爾が持つ最大の表敬を以て朕が前にて降伏せよ」


 都火羅汰は長く沈黙した。その末に、彼はその衣を脱ぎ、冠を外し、帯びていた剣と共に其れ等を此方へ差し出して言った。


「我が部族の王位を示すこの三つ。南半島を表す下荒野乃冠(しもこうやのかんむり)、北半島を表す上平原乃衣(かみへいやのころも)、そして上下を繋ぎし霊峰乃剣(たまみねのつるぎ)。クメスォの新たな王たる貴方にこれを捧げよう」

「その三種、謹んで受け取ろう。都火羅汰よ、爾を隼人国国司に任ずる。爾の同胞たる捕虜を解放しよう。彼等と共に彼の地へ赴き、朕の代わりに彼の地を治めよ」

「……伏してお受けしよう。このトハラタ、貴方の手足として心骨を粉砕して仕える所存である」


 ここに国譲りは成った。隼人国族長はその位を示す三点を聖武天皇に献上し、名実ともに聖武天皇が彼の地の頂点となったのである。


 …………


 都火羅汰の隼人守任命と陰陽頭からの聴取が終わる頃には日が沈みかけていた。

 受け取った衣冠はどうしようもないので代理に持ち帰る事にした。聖武天皇は飽く迄も天皇である以上、これを着るわけにもいかない。

 戻ってみると部屋の中央で何かが光っている。見てみればそれは、何時かに見かけた異界建国記であった。頁を開いてみると、新たな記述が追加されていた。


 源闢二年……クメスォ族の統べる土地を併呑し、これを隼人国として国家体制に組み込む。


 間違いなく聖武天皇の功績である。今後も大きな動きが有る度に記入されるのだと思うと、誇らしいやら気恥ずかしいやらで気の休まらないまま、聖武天皇は夕餉を摂って就寝する事になった。


 ……おまけ、陰陽頭による異世界の歩き方


 さて、ここからは陰陽頭による道中食通紀行である。都火羅汰を隼人守に任じた後に聖武天皇自ら聞き取ったものであるが、余りにも長かったためにこのようにして独立する事となった。

 余談ではあるが、後に三国史記並びに風土記を記すにあたり、陰陽頭が民俗文化担当になった事は言うまでもなく又その内容は読者の想像通りである。

 以下、陰陽頭による語りとなる。どうかお付き合い願いたい。


 我々が都を出立してから国境へと辿り着くまでの間に、我が国の民より数多の差し入れを頂きました。

 沿道の農民より齎されたのは蓄えの小麦を粉にして練り、竃にて焼いた代物にございました。強い歯応えと小麦の風味を味わうことの出来るこれは農民の主食でありまして、又その固さと形状からよく皿として用いられる事もあります。この時は上に乗せた食物の水分と調味料を程よく吸い、素朴ながらも何とも言えぬ味わいです。

 遊牧の民からは乳や酪を頂きました。何れも自然な甘みや深い味わいが印象深く、これで作られた醍醐などを想像するだけで居ても立っても居られませぬ。

 併せて牧畜の民よりと言われて差し出されたのは何と(ぶた)の後ろ足を肉ごと干した干し肉でありました。仏教の都合上如何なものかと思いましたがこれも文化調査の一環、涙を飲んで食しました。ああ陛下、そんな疑義を掛けるようなお目をなさらずともこれは決して美味しそうであったからではありません。韓竈(からかま)で炙られた干し肉が非常に美味しそうに見えた訳では断じてありません。断じて。

 話が逸れました。結論から言えば大変な美味でありました。先の小麦焼とはまた異なるかりっとした良い歯応えと舌一杯に広がる脂の旨みが大きな特徴と言えます。小麦焼に乗せれば余分な脂はそれに吸われ、美味ここに極まれりと断言出来る様な調和を成し遂げました。是非朝廷でもこれを……やっぱり駄目ですかそうですか。

 えー、さて、国境にて護佐丸率いる本隊と別れし後は隼人の民より様々な物を頂きました。敵対していた民族とは言え、好印象を与えなければ統治は困難ですからね。

 彼の地に於ける食の特徴はずばり馬鈴薯でありましょう。米や麦と同じ様に主食として用いる事ができ、同面積あたりの収穫量はそれらの比では御座いませぬ。また荒地であっても安定した栽培が可能な為、痩せた土地に住まざるを得ない農民にとり大変な救世主であると断言出来ます。

 農民からはこの馬鈴薯を使った物を数多く貰いました。例えば先の小麦焼の様に、馬鈴薯を潰して丸く成形し焼いた物がありまして、潰して焼いた(しとぎ)と言えば分かりやすいでしょうか。これこそが熊襲族の主たる食物であり、単純ながらも飽きの来ない、あっさりとした素朴な味わいでありました。

 また道中に経由した村落にては沿岸の漁民が魚の干物を販売しておりました。厚意でいくつか貰ったので現地民に教えられた通り、これを火で炙りますれば内に蓄えられた脂が表面に滲み出てきてこれがまあ美味い事美味い事。現在近江国府のある彼の集落にても同じ様なものが食卓に上がると予想されます。課税候補としては有力と言えましょう。

 牧畜民や遊牧民より貰ったものは我が国のそれと大差無いものが殆どでしたが、噂によれば他にも牛や庭つ鳥を食用とする文化が存在するのだそうです。

 今回は見て回る事叶わなかった南半島ですが、荒地が多く作物が余り育たない分、馬鈴薯や家畜に魚介類の重要度が増していると考えられます。故に安易な殺生禁断令など出されますと大きな反乱となりかねません。ええ、決して私が食べたいわけではありません、ただ一身に民の事を思いやっての奏上に御座いますれば。

 総じて評価しますれば、我が国は主として米や麦の生産が盛んでありますが、平原を利用した放牧とそれによる肉食文化が見受けられます。

 隼人国は我が国ほど土地が豊かでない分、馬鈴薯や畜産が主軸となっている事は疑う余地もありません。

 以上を以ちまして、報告を終了させて頂きます。


「……して、卿は本当に忠義心から仕方なく干し肉を食ろうたのかね」

「やだなあ陛下、先程からそう申し上げているではないですか。成る程あれは大変な美味ではありましたが純真な仏教徒にして陰陽師たるこの私には些か抵抗がある物でしたとも」


 陰陽頭が顔を逸らした。怪しい。


「随分と饒舌になったな。それに、涎も良く出ている様だが……」

「はてさて何のことでしょうか申し訳ありませんが全く理解しかねる現象ですないやぁ参った参ったそれでは陛下私はこれにて」


 結局、陰陽頭は涼しい顔をしてそそくさと仕事場へと戻ってしまった。仏僧になった事がある聖武天皇としては、無論肉食は避けたい所だがそれを今更押し付けるつもりは無かった。

 風土記編纂に当たって許可を出そう。そう誓う聖武天皇であった。

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