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第十四話〜隼人国の族長を求めて〜

 ……聖武天皇視点


 都に残る都合上成り行きを知る事の出来ない聖武天皇は、しかしその一切を心配する事は無い。何故なら、陰陽頭に限って失敗は無いと考えているし、隼人の用いる騎馬戦術の対抗策を護佐丸に与えてあるからである。余程の事が起きない限り、負ける事は無い。

 その為、彼は隼人国掌握後の事を太政大臣と話し合うことにした。


「卿は朕よりも後世を生きておる。如何な律を以てこの国を統べるべきか」

「陛下の崩御されてから次の年、従来の律令に代わって養老律令が成立しました。この律令は以降撤回されておりません故、これを基に新たな律令を作るべきかと」

「養老律令をそのまま採用しては何か支障があるのか」

「元より彼方と此方では異なる事も御座います故に、此方に合う様調整せねばなりませぬ。唐律をそのまま採用せずに改良したのと同じだと思って頂ければ」

「成る程、良く分かった。では卿は新たな律令の作成をしておいてくれ」

「承りました」


 太政大臣が歩き去って行く。其処で一つ用事を思い出した聖武天皇は、彼を呼び戻した。


「卿よ、もう一つ良いか」

「何でしょうか、陛下」


 序でに考えている計画も話しておく。この方が説明し易いし、何か不都合が有っても太政大臣が指摘してくれると踏んだのだ。


「実はな、今隼人国に遠征させている官軍が戻って来たら休ませた後に蝦夷国を討ち取ろうと考えている。此度の様な脅しでは無く、堂々と正面から攻め落とすのだ。その為の城が国境付近に欲しい故、近江守に造らせて欲しいのだ」

「蝦夷討征ですか。本気でやろうとするなら、確かに城は欲しいですが……」


 彼にしては珍しく歯切れが悪い。


「何か問題があるのか。申してみよ」

「さしもの使役魔とても、一夜城は困難で御座います。故に、今から命じても月の満ち欠けは二周程すると思われます」


 太政大臣が心配していたのは作戦ではなく、城の事であった。何れにせよ話を詰める時間が欲しかったから二月有るなら僥倖である。


「構わぬ。寧ろ都合が良い。早速命じよ。形式は問わぬから良い物をとな」

「承りました。彼にはその様に伝えましょう」


 そうして今度こそ太政大臣は歩き去って行った。

 聖武天皇は隼人遠征の報告を待つ為、内裏へと戻る事にした。


 ……晴明視点


 護佐丸に指示を出して一日経った。彼は遥か昔に軍を動かしているだろうから、恐らく本隊は近くにいるだろう。


「これより本隊と合流します。錦の御旗を掲げなさい」

「御意」


 使節団員の一部が牛車の前後に位置して御旗を掲げ、味方への識別信号とする。

 使節団が千の精鋭に護衛されつつ東進していると進行方向に大きな砂煙が舞っていた。これによって、遠方から集団がやって来るのが辛うじて理解出来た。

 その集団は次第に近づいて来て、陰陽頭にもその正体が分かった。その集団は本隊の騎馬兵であった。相手を理解したのは向こうも同じ様である。先に声を掛けたのは騎馬兵である。


「陰陽頭様! ご無事でしたか!」

「護佐丸に指示を出せているのだから当たり前です。それよりも、現状を報告なさい」

「はっ、護佐丸様は本隊を二つに分けました。二万九千の内九千は御子息様に率いられて南半島攻略へ、また残る二万の中で我ら騎馬隊が先行し強行偵察を実施しております」

「ならば護佐丸は後方に居るのでしょう」

「その通りです。我等の通り道にいた敵は一掃して捕虜としておりますので、安全に通れると思われます」

「分かりました。これより護佐丸と合流しますから、御旗は掲げたまま速度を第一に考えて前進しなさい。周囲への警戒は最低限で構いません」

「「「御意」」」


 使節団は更に速度を上げて本隊を目指す。罠や伏兵の心配をしなくても済む分、走る事に集中出来る。

 走り出して暫し、彼等の掲げる御旗や左御紋(ふぃじゃいぐむん)の描かれた旗を数多携える部隊が見えてきた。最前列は刀兵であり、その後方には長槍兵、最後方は弓兵で構成される三段の編成。此れこそが隼人討征軍の本隊、司令官護佐丸の隷下にある部隊である。先ずは彼に気付いてもらう為、陰陽頭は声を上げる事にした。


「我こそは使節団団長安倍陰陽頭晴明! 司令官護佐丸は何処か!」

「これは陰陽頭殿! よくぞ御無事に戻られましたな。護佐丸は此方に居ります」


 護佐丸は集団中程の槍兵に護衛された騎馬に騎乗していた。


「護佐丸よ、そのままで構いませんから現状を報告して下さい」

「はっ、恐らく騎馬隊から第一報を受け取ったと思われますが、部隊を分けて南北両半島の同時攻略に当たっております。今後は、我等による首都包囲に合わせて南半島側から合流してもらう予定です」

「分かりました、その様にして問題はないでしょう。捕虜はどうしていますか」

「彼奴等は一切の武装を解除させ、弓兵の後方にて監視と共に纏めております。ご覧ずるのであれば彼方までお連れしますが……」

「結構です。それはさておき、此処からは我等も合流します」

「作戦通りに、ですね。牛車も居る事ですから、最後方にて観戦と洒落込んでは如何でしょう」

「では、そうしましょう」

「承りました。使節団を隊列の最後方へ護送! 急げ!」


 こうして陰陽頭は無事に本隊へと合流し、再び族長の下へと向かうのであった。


 …………


 中途に有る村の攻略や野営を挟み、遂に族長の居る場所を包囲した。これまでの所、我が方は数百人程度の損害で快進撃を続けており、向かう所敵なしと言える。勿論、接触した敵は成る可く捕虜としている。

 さて、目下の問題は籠城を敢行する族長とその腹心を如何にして引き摺り出すか、である。無論この集落は籠城に適しているものでは無い──ただ柵で囲ってあるのみで城壁など無い──が、此方が侵入を試みれば直ぐに手痛いしっぺ返しが来る為、攻めあぐねているのが現状である。


「まさかあの族長が此処まで頑迷な人物とは思いませんでしたな、陰陽頭殿」

「確かに彼は頑固と言えますが、ここまで来ると尊敬の念さえ覚えます。はてさて、どうしましょうか」


 そう、全くの手詰まりである。勝利まではほんのあと一歩なのだが、この「あと一歩」がどうしても及ばない。陰陽頭の頭脳を以てしても最適解が中々見つからないのだ。

 そんな折に、斥候として出していた兵が帰還して来たので報告を聞く事にする。陰陽頭も護佐丸もどうせ内容は大同小異だろうと考えて、気分転換にと思っているのである。


「御二方に申し上げます。集落南にありました田畑より、作物の類が収穫されました。収穫時期からずれている事を考慮すれば、青田刈りと思われます」

「青田刈りですか。なれば、彼等の食糧事情は最早手に取ったものも同然。護佐丸よ、貴方ならどうしますか」

「ふむ、そうですな……。相手の備蓄が尽きるのを只管(ひたすら)に待つか、或いは備蓄を襲うかの二択でしょうが、私としては後者を勧めます」


 恐らくそれが良いだろう。長く待つのは此方にも不利である。なにせ此度の兵は式ではなく、生身の人間だから。


「では、その様に。早速穀倉の位置を調査しなさい」

「はっ、直ぐに行って参ります」

「では、私は実行部隊を抽出して参ります故、何かあれば傍の者にお伝え下さい」


 そう言って斥候と護佐丸が去って行った。陰陽頭はと言うと、聖武天皇との連絡用に式神を編む事にした。

 先ず、手頃な野鳥を捕まえる。これは烏や鳩などが望ましいが、いなければ雁や鴨、鷺でも可。

 次に、札を貼って式を上書きする。則ち、鳥に式を被せて式神とするのである。これで一応完成だが、ここで油断してはいけない。これだけでは只の案山子である。

 最後に、させたい事を命じる。これに関しては式を上書きする際の札に序でに書くこともあるが、別でやった方が確実である。

 彼はその辺にいた鳩を選び、これを式とした。命令は〈内裏と自分との電信〉を旨とする。早速文を脚に結びつけ、その白い胴体背部に紅く日輪を描いておく。普通の鳩と区別する為だ。


「急急如律令。前召使対応、必帝的文宛届」


 こうして鳩を放せば、早ければ今日中にでも聖武天皇に伝わるだろう。

 陰陽頭は、護佐丸と斥候が戻って来るのを待つ事にした。ただ待つのも暇なので、族長を引っ張り出すのに一番良い演説を考える事にした。

 結局、彼等が帰って来たのはそれから半刻ほどであった。

少し解説。

陰陽頭一行の掲げた錦の御旗は、後世に伝わるそれと同じもので、菊花紋章は用いられません。

現在の皇室が用いる菊花紋章の原形を作ったのは、後鳥羽上皇だとされています。彼は菊の花が好みで、よく自身の持ち物に菊を基にした紋を入れていました。それが次代の天皇に受け継がれ、やがて菊花紋章となるのです。

左御紋とは、琉球王国の国章と呼べる存在です。模様としては左巻きの三つ巴紋に酷似していると言えましょうか。

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