表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/106

第十三話〜隼人激震〜

 ……晴明視点


 先の村を出てから野営を挟みつつ西へ西へと進んで行くと、視界の左右に延々と続く柵が見えてきた。恐らくこれが族長の居る村だろう。門番と思われる兵が此方に誰何する。


「此処より先は族長域である。貴殿らは何者か」

「我々は此処より東の国の使節です。族長へ御目通り願いたく存じます」


 番兵は暫し考えた後、こう告げた。


「分かった、族長に直接取り次いでくるから少し待て」


 番兵は別の場所で休息していた兵に声を掛け、柵内へと入って行った。こればかりは郷に入るのだから郷に従う他無いので、しばらく待つ。その間に、近江守から借りていた楽隊を準備させておく。

 暫くすると、先程中へ入って行った番兵が駆け足で戻って来た。


「族長の許可が降りた。入って良いぞ」

「態々有難う御座います」

「族長に会いに来たと言う使節は殆ど居ないのでな、族長が興味を持ったようだ。言うまでもなかろうが、礼節を忘れるな」

「無論ですとも」


 門が開かれた。後は族長に会うのみである。陰陽頭は命じた。


「使節団は前進、兵は武器を収めた状態で周囲の警戒をなさい。楽隊は予定通り事を為しなさい」

「「「御意」」」


 列が動いた。兵と使節団合わせて千五十が五列でずらりと並び、丁度その中央に使節団の要たる陰陽頭の乗る牛車がいる。楽隊は最後方に陣取り、大和や唐の曲風が融合した素晴らしい曲を奏でつつ列に追随している。

 陰陽頭の狙いは、この大規模な使節団を見せつけることによる国力の示威にあった。明らかに文明が違う物を民衆に見せ、動揺を誘う算段である。

 そんな彼の狙い通り周辺の家々から民草がぞろぞろと出て来て集落内の中央道と思しき広道は忽ち大騒ぎとなった。印象付けという意味合いでは大成功である。

 そうして進んで行くうちに一際大きく、派手な装飾の施された布張りの建物が見えてきた。恐らく此処に族長がいるのだろう、番兵が二人立っている。


「貴殿らが例の使節団であるな。話は聞いているから、その乗り物から降りて中に入れ」

「分かりました。演奏を終了し、最低限の人員以外は外で待機しなさい。不測の事態に対処できる様、警戒を怠らぬこと」

「「「御意」」」


 こうしてこの建物には、陰陽頭含め合計二十人の使節及び護衛兵が入った。


 中は何の仕切りも無い広々とした空間で、陣定(じんのさだめ)の様なものを行う建物である事が伺える。中央奥には立派な倚子が備え付けてあり、老人が座っている。彼が族長だろう。その周りには屈強な男達が十人ほど座っている。彼等は族長の近侍であろうか。先ず陰陽頭が名乗りを上げる。


「お初にお目に掛かります。此処より東の大和より国使として参りました、安倍晴明と申します」


 これに応じるは族長である。蓄えられた白髭に埋没する口が開く。


「儂はこの地域に於いて長に推戴されている、トハラタである。斯様な遠い地まで、よくぞ来なすった。早速で悪いが、要件を聞こう」

「我が主上より、国書を預かっています故にその御返事を頂きたく存じます」

「分かった、拝見しよう」


 国書を読む前に見なければならぬ物がある。陰陽頭が動いた。


「族長殿、その前に先ずは我が国からの土産が御座います故、それをお受け取り下さい」

「土産か。斯様な行列を見せてくれた貴国の事だから、期待しよう」

「その様に大層なものでは御座いません。どうか御笑納下さい」


 近江国の時は正倉院の宝物を三つ引っ張り出して来たが、毎回其れをやっていては直ぐに空っぽになってしまう。その為、今回は金銀螺鈿を施した鉄製馬具と美しい織物を合わせて十点ほど持参する事にした。どれも此方に来てから作った一級品である。


「おお、これは、なんと美しい事か……」

「我が国の伝統的な金銀細工を用いた馬具と織物に御座います。お気に召しましたら幸いです」


 族長とその近侍は、特に馬具が気に入った様である。此方側に侵入して来た騎馬兵が何れも裸馬に乗っていたと言う報告を受けていたので、都合良いと考えたのであるが、正解だった様だ。


「族長殿、此方が国書で御座います。お受け取り下さい」

「うむ、拝見しよう」


 水晶の軸に金細工が為されている巻物を受け取った族長はそれを広げて読み始める。因みに内容は至極単純な物なので、此処に書いておく。


 〈我が国の冊封下に入れば現状のうち殆どを容認しますが、芳しい御返事無き場合は戦となりましょう。よくお考え下さい〉


「成る程、貴国程の力が有れば対外侵攻も容易く行えよう。しかし、仮にも初対面の人間にその全てを寄越せとは……。中々に横暴だとは思わぬか、国使殿よ」

「では、御返事は拒否と捉えて宜しいですか」


 族長はその倚子から立ち上がり、歳も感じさせない様な堂々たる仁王立ちで宣言した。


「ああ、族長たるこの儂は斯様な暴虐を許せる立場にない。貴国の要求は土塊一つ程も呑む積りはない」

「それが貴方の決断ですね。私は貴方の決断力を尊重しましょう。その上で、国書の通りに我々も物理的手段に訴えます」


 陰陽頭もそう言い放ち、建物の外へと出る。待機させていた部下は皆無事の様である。


「この国を出る。用意なさい」

「「「御意」」」


 陰陽頭が牛車に乗ると、列は直ぐに動き出した。列と言っても緊急事態故に列の体は保ってはおらず、飽くまでも速度優先である。

 開け放しの門を通り抜けたのを確認した陰陽頭は懐から藁人形を取り出し、それに話しかけた。


「護佐丸よ、聞こえますか……」


 ……護佐丸視点


 陰陽頭が離れてから野営を一回挟み、兵は皆鍛錬に励んでいた。護佐丸がそれを眺めている時、懐が震え出した。

 何事かと思って取り出して見ればその正体は件の藁人形であった。微かに声も聞こえる。


『護佐丸よ、聞こえますか……』


 それは紛れも無く陰陽頭の声であった。


「はっきりと聞こえますよ、陰陽頭殿」

『大国主は譲りを放棄しました。武甕雷(タケミカヅチ)と成りなさい』

「承りました」


 陰陽頭が伝えたのは、作戦決行の符号である。それを聞いた護佐丸は部下に指示を出す。


「訓練を中止し、百人隊長は班員を招集し各自点呼を取れ!」


 直ぐに列が作られ、兵が綺麗に並ぶ。使節団の直衛を除いて二万九千が、集合を完了させる。校尉が点呼の結果を纏め役たる大毅へ報告し、大毅が護佐丸の部下へと報告する。そしてその部下は護佐丸へと報告を回す。


「総員、整列しました。欠員故障一人も有りません」

「分かった、ご苦労」


 部下を下がらせ、指示を下す。


「陰陽頭殿より合図があった。間も無く出雲作戦を決行する。本作戦の目的は敵の殲滅であり、略奪は一切を許可しないし許容しない。万が一略奪者を発見した場合は直ぐに報告するように。略奪した金品より多い褒賞を出そう」


 戦時の略奪は現地民の心証を損ね、後の統治を困難にさせる。それを防ぐ為、釘を刺しておく。


「千人隊二番から二十一番はこの私に付いて北半島を、二十二番から三十番は我が息子の盛親(モリチカ)に付いて南半島を攻め落とせ。異論ある者は直ちに挙手せよ」


 誰も手を挙げない。挙げる必要もないのである。


「では先の通り分かれよ!作戦を開始する!諸君らの健闘を祈る!」

「「「「「「応ッ!」」」」」」


 こうして兵二万九千の内、九千が南半島へと下って行き残りが本隊として西進して行った。

 この時はまだ相手は用意が出来ておらず、結果は火を見るよりも明らかと言える。しかし、これを直接見る事の出来ない聖武天皇やその周辺は今でも気を揉んで待っているのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ