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第十二話〜物理的外交を伴う西遊記〜

 方針決定からぴったり七日後。朱雀大路には官軍三万と使節団五十がずらりと立ち並んで居た。使節団の団長は安倍正四位下陰陽頭晴明であり、官軍司令官は尚真に遣わされた彼の使役魔である護佐丸が任じられていた。尚真曰く、その忠節は本物であるし才も有り司令官に適任だと言うので、聖武天皇はそれを受ける事にしたのである。


「陰陽頭よ、卿にこの国書を託そう。必ずや隼人国を説き伏せ或は組み伏せ、この大路に凱旋するように」

「承りました。不肖この晴明、何があろうと隼人国を陛下に献じましょう」


 聖武天皇は彼に国書を渡す。この国書は、聖武天皇が大和言葉で下書きした物を貴族に命令して絵文字に翻訳した物である。彼等が言うには絵文字は他国にも通じるらしいので、それに従う事にした。真意は正しく伝えられるべきであるから。


「護佐丸よ、近江国国司より遣わされし琉球の忠臣よ。よく使節団を護衛し、必要あらば隼人国をその武力と知恵とを以て陥落せしめよ」

「承りました。この護佐丸、陰陽頭の又陛下の盾となり矛となりその役目を全うする所存であります」


 良い返事である。今回は聖武天皇自身が行かない為、彼等の活躍や成否を聖武天皇は何らかの形での報告に依らなければそれを知る事は無い。不安は無い訳では無いが、使節団団長はあの陰陽頭である。彼が失敗する事など聖武天皇にとって想像も出来ない事であるから不安に押し潰される事は無い。


「では、時間である。使節団は官軍の護衛を受けて無事に隼人国へ辿り着き、何らかの手段を以て彼の国を獲得せよ。いざ、前進!」


 賽は投げられた。牛車に乗った使節団は三万の手厚い護衛を受け、遥か西の隼人国中心地へと旅立った。それを見送った聖武天皇は作戦の成功を信じ、内裏へと戻った。


 ……晴明視点


 牛車に揺られつつ都を離れる。この速度では辿り着くまでに恐らく二日は掛かろうか。全員が式であるなら強行軍で半日もすれば着くのだが、此度の兵は全員が生身の人間であるから仕方ない。人間だって疲れるし、式以上に休息が不可欠なのである。

 時間があるのなら隼人国の情報を整理しよう。そう思い立った陰陽頭は懐から白本を取り出し、墨で書き付ける。


一、隼人国は大和から見て西に存在する勢力である

一、その形状は二つの半島を大和に刺した様な形であり、(あたか)も薩摩と大隅を横倒しにしたるが如し

一、中心地は北の半島中央にあり、名称は不明

一、北の半島から伸びる形で火山島が存在し、現地に於いて聖地とされている

一、南の半島は荒地が殆どであり、農業が出来ない為に民家も疎らである

一、総じて好戦的な民族であり、拳同士の話合いによる族長選挙が行われる実力社会である

一、農業も存在するが、主体は遊牧である為、大和側への侵入も時々発生していた


「……こんなものでしょう。全体的に見れば我が国と粗近い国力を持つでしょうが、会って見なければ分かりませぬな」


 因みに、上記の情報は先に式神を忍ばせておいて七日間に亘り収集させた物である。不可視の術式を付与したにも関わらず傷だらけで帰ってきた事を踏まえれば、戦闘用の動物──恐らく猟犬の類──がいる可能性もある。油断は禁物だ。


「陰陽頭様、間も無く国境を超えます」

「分かりました。精鋭千を抽出して使節団護衛に付け、後はこの場で待機させる様護佐丸へ伝えなさい」

「作戦通りに行くのですね。承りました」


 そう言って伝令は走って去って行った。間も無く千人ほどの兵のみが合流する。


「諸君、此処からは実態の分からぬ敵地です。極めて用心し、それを怠らぬ様になさい」

「「「「「はっ!」」」」」


 良い返事である。先程までよりも速くなった足取りを感じつつ、陰陽頭は到着した後の作戦を練っていた。そこでふと忘れていた事を思い出す。


「誰か一人、伝令として護佐丸に届け物をしなさい」


 直ぐに一人が牛車に並走する。


「陰陽頭様、一体何をお運びしましょうか」

「この藁人形を、肌身離さず持てとの言伝と一緒に届けなさい」

「承りました。音の様な速さで届けて参ります」


 そう言って彼は走り去る。あれが無ければ作戦が成り立たなくなるから、危うい所であった。手元に置いてあるもう一方の藁人形を眺めながら、改めて作戦を練るのであった。


 …………


 休憩と野営を挟み、最初の村に辿り着いた。其処は大和に一番近い村であり、時折侵入してくる騎馬集団の前線補給基地でもある。今後の平安の為に襲撃したい衝動に駆られるが、飽く迄も最初の目標は対話であるから抑える様指示を出す。


「其処な民よ、聞きたい事があります」


 呼び止められた男──至って平凡な一般人である──は、突然の出来事であった為に酷く驚いた様子である。


「な、なな、何で御座いましょうか、た、旅の方よ」

「族長殿は何処にいらっしゃいましょうか」

「ぞ、族長様は此処からもっと西に、歩いて半日程の場所におわして御座います」

「分かりました。遊牧の民よ、感謝します」

「は、はぁ……」


 場所さえ分かれば良い。向こうから来るのを待たずとも、此方から行けば良いのである。


「西に向かいなさい。族長は其処にいます」


 使節団は西へ向かって動き出した。その目的は当然、族長と会う為と国書を渡し何らかの手段でこの国を奪取する事にある。目標の居場所を再確認した彼は、式神を前方に送って様子を見させる事にした。前方の敵を事前に知る目的もあるが、気持ちとしては遥か遠い族長を掴まんが為である。


 ……護佐丸視点


 大将首を勝ち取る為に、使節団とそれを統べる陰陽頭は千の護衛と共に西進して行った。

 それを見届けた最高司令たる護佐丸は、作戦通りに待機した兵二万九千に対し部下を通じて指示を出す。


「全ては予定通りである。野営の支度をさせよ」

「はっ。総員、野営準備急げ!」


 部下は指示を各隊に隈無く通達する為に走り去って行く。此方も簡易司令部を設置しようかと考えた所に、西から戻ってくる兵が一人見えた。


「貴様は使節団の護衛だろう。何事か」

「はっ、陰陽頭様がこちらを届ける様にと。加えて、肌身離さず持てとの言伝も預かっておりまする」

「分かった、受け取ろう。貴様は直ちに戻って護衛隊に合流するように」

「はっ。では、失礼します」


 彼が届けて来たのは一見何の変哲も無い藁製の人形である。陰陽頭がよく使う護符が顔の部分に貼ってあり、背中側には何やら文章が書いてある。因みに、護佐丸自身は琉球三山時代の按司である為に大和言葉は母語とは言えない。しかし、彼を召喚した尚真王もまた聖武天皇に召喚された使役魔なので一応読み書きは出来るのである。

 兎に角、其処には以下の様に書かれていた。


一、これは魔道具であり、遠距離間の会話を可能とする物である

一、これを使って開始の合図を送る為、常に携帯せよ

一、護符並びに人形を濡らす事勿れ


 藁人形の使い方を把握した護佐丸は、それを自らの懐に仕舞った。そして頂点から傾きつつある日を眺め、昼餉の指示を出すのであった。

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