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第十話〜ご注文は閑話ですか?〜

本編とあまり関係の無い閑話。

肩の力を抜いてお楽しみ下さい。

 ……皇祖神は心配性でツンデレ


 聖武天皇を異世界に流してから数日経った。彼女が贈った妖術も活用しつつ、先ずは最初に自分で設定した目標を見事に成し遂げた様である。

 自分から流罪にしておきながらありとあらゆる心配をしている彼女こそが、皇祖神にして天津神(あまつかみ)の最高神、天照大神である。


「聖武は何だかんだ言ってもしっかりやれていますね。最初はどうなる事かと思いましたが、これで一安心です」

「姉上、思金神(オモイカネノカミ)様がお呼びです」


 そう入ってきたのは天照大神の弟、建速素戔嗚尊(タケハヤスサノオノミコト)である。思金神とは、天津神の中でも一番の長老であり、いざ天津神を集めた相談事があれば、妙案を出して解決へと導く様な知力の持ち主である。嘗て天照大神が天岩戸に引き篭もった際も、一計を案じて引っ張り出す事に成功している。


「分かりました、すぐに行きましょう。あら、聖武は伴侶と一緒に寝ていますね。可愛いものです」

「……姉上、そんなに心配ならば流さなければ良かったのでは……」

「なっ!誰があんな不届きな僧の心配なんて!私は只自分の行為を無駄にしないが為監視しているに過ぎません!」


 この駄弟は突然何を言い出すのか。天津神たる自分の子孫でありながら異教に国を委ねるなど背教もいい所。そんな者の心配なぞ誰が……


「結局心配なのではないですか。兎に角、早く思金神様の所へいったらどうですか」

「え、ええ、勿論そのつもりです」


 弟にはぐらかされてしまった。天照大神は聖武の事が気になりながらも仕方なく思金神の下へ向かう事にしたのであった。



 ……好奇心は猫以外も殺せるのか?


 そういえば、式とは何なのか。一体どれくらい居るのか。気になった聖武天皇は取り敢えず自分の通る先々に居る式を観察してみる。

 皆一様に白い面をしていて無言で動いているが、良くみると若干違う事に気が付いた。

 まずは白い面に直刀が描かれている者。恐らく兵部卿の式だろう。次に人の形代が背中に張り付いている者。これは陰陽頭の式に違いないが、式神以外も操る事に驚きである。最後に何の変哲も無い式が、察するに道真のものであろう。数で言うなら、陰陽頭、兵部卿、道真の順に多い事が分かる。抑も持っている力量と需要で差が付いているのだろうか。

 そこで、ふと用事を思い出した彼は近くの式に頼む事にした。


「其処な式よ。この文を陰陽頭に届けて参れ」


 式は文を受け取るとほんの少し動きが止まり、了承したと思われる礼をした後に去って行った。あの式は道真のものであった。

 夜中はどうしているのだろうか。食事は摂るのだろうか。色々と疑問は尽きないが、やる事が有ったのを思い出したので内裏に戻る事にした。



 ……歴史は繰り返される(適当)


 近江国の統一も終わり、一段落したところで聖武天皇は自分の使役魔と貴族を呼んである問題を解決する事にした。その問題とは……


「やはり朕は仏教寺院を置いて鎮護国家を形成すべきだと思う」

「何を言うのですか陛下。皇祖神様を差し置いて仏教に帰依し過ぎたから此処に居るのでしょうに」

「そうですよ陛下。元々信仰していた神を急に放り出して別の神を信仰し出すなど、罰当たりもいい所です」

「いや、私は賛成したい。陛下の言うような、国家統治に使いやすい宗教であるならば傾倒し過ぎない分には良いかと」

「私も賛同しますぞ、陛下。安定的統治に於いて仏教は不可欠と考えます」


 喧々諤々、全くもって平行線の議論である。聖武天皇も収集が付かなくなって如何にこの議論を切るか考えあぐねていた。すると、そんなところに別の声が入ってきた。


「あの……首様を中心に据えた物を新たに作り出すのはどうでしょうか……」


 その声は紛れも無く壱与の声であったが、突然何を言い出すのか。


「壱与、何を言っているんだ。朕は神になるつもりは……」

「おお、流石は姫巫女様。中々の名案ですな。そうは思いませんか、太政大臣殿」

「私も良い妥協案だと思いますよ、陛下。元々は祖先崇拝の亜種でありますからその子孫を祀っても問題ありますまい。その上で仏教の教えに則れば国家統治も円滑に行きましょう」

「不肖この兼実も賛成したく存じます、陛下」


 突然貴族と使役魔が強い結束力を出し始めた。もしや初めからそんな腹積もりだったか。断固として拒否しようとした聖武天皇であったが……


「……やはり、駄目でしょうか……」


 壱与が潤んだ瞳で此方を見上げて来るのである。何処でその芸当を覚えたかは知らぬが、こうとなっては断る事も難しい。


「分かった分かった、それを認めよう。大臣は早急に教義を纏めて上奏するように」

「承りました」


 こうして、神道と仏教を混ぜて新たな宗教〈経文神道(きょうもんしんとう)〉が誕生するのである。



 ……はじめてのおりょうり


 信楽宮、その厨房。そこは、聖武天皇を始め数多くの人に提供する食事を作る場所。その中でも内膳司(うちのかしわでのつかさ)が担当する部署に、不釣合いな人物が居た。


「……よし。では、皆さん宜しくお願いします!」


 周りの女官や舎人と同じ格好をしている、頭一つ小さな少女。そう、聖武天皇の皇后である壱与その人だ。

 無論、天皇の食事というのは皇后が作るものではなく、内膳司が責任を持って作るものである。にも関わらず、壱与は自分で作りたいと申し出た。


「それにしても壱与様、何故に御自分で作ろうとお考えになられたのでしょうか」

「それは、陰陽頭様から、伴侶たるもの旦那の食事を作るべしと……」


 当然、陰陽頭の嘘八百である。ただ単に、からかっているだけである。そして幸か不幸か、壱与はそれに気づいていないのである。


「……分かりました。壱与様の御頼みとあれば断る訳にも参りませぬ、不肖この私が御手伝いし申し上げましょう」

「有難う御座います!……ところで、今日は何を作るのですか」

「そうですねぇ……陛下は余り絢爛な物を好みません故、すっきりとした見た目にしなければなりませぬ。ざっくりこんな所でしょうか」


・蕪の羹物(あつもの)

・栗入りの強飯(こわいい)

・茹でわかめ

・蒸し鮑

・香物

・干し鰯

・酢、酒、塩、(ひしお)


「中々多いですね……」

「陛下の御食事ですから、寧ろ少ないくらいですが。この内、強飯と干し鰯は我々が用意しますので、壱与様は残りの羹物と茹でわかめ、鮑に香物の合計四品を御用意頂きます」

「分かりました、頑張りますね!」


 ……一刻半後


「……壱与様、今まで料理の類は……」

「すみません、何分初めてなもので……」

「まあ、姫巫女は料理などしないでしょうからね……」


 蕪の崩れた羹物、ふやけて増大したわかめ、布の様に硬くなった鮑、大きく切られた香物。初めてやった事を上手くやれとは酷ではあるが、舎人も此処までとは思わなかった。


「うう、どうしましょうか……」


 壱与は今にも泣きそうである。己が旦那の食事が出来なかったのだから当然とも言える。


「……正直に言うと、作り直したいのですが、残念な事にもう時間が有りません。このままお出しする他ないでしょう」

「し、しょんなぁ……」


 この段階で、夕餉の時間まであと半刻。作り直そうと思っても、最早間に合わないだろう。苦渋の決断だが、これを聖武天皇に出す事にした。


…………


「……以上、本日の夕餉に関する事の顛末と聞き及んでいます」

「うむ、報告御苦労。そうか、壱与が態々……」


 信楽宮内裏、聖武天皇の御前。運ばれて来た御膳は、普段のそれと一線を画する物であった為、毒味役である奉膳(ぶぜん)に聖武天皇が説明を求めたのである。


「首様、申し訳御座いません……」

「なに、壱与が謝る事はない。初めてで成功させよとは、それこそ無理難題よ」


 そんな事を要求する程、聖武天皇は鬼畜ではない。とは言え、本件は正に寝耳に水であった。どうせ陰陽頭の差金だろうと考えた聖武天皇は、後で陰陽頭を問い詰める事とした。


「では陛下、いつも通り私が毒味を……」

「あぁ、要らぬ」

「承り……今、何と」

「要らぬと言うた。それとも、我が伴侶が毒を盛るとでも言うのかね」

「まさか、そんな滅相も無い……」

「ならば下がっておれ。普段の職務とは言え、此度は不要ぞ」

「はっ、では、失礼します」


 奉膳が下がったのを確認し、聖武天皇は膳に手を付けた。


「何だ、確かに見てくれは変わっているが、味は変わらんではないか。壱与よ、臆する事はない。しかと出来ているじゃないか」

「あ、有難う御座います……」


 こうして、壱与のお料理大作戦はまずまずの結果で幕を閉じた。この後も修行に励み、時々聖武天皇に料理を振る舞ったそうな。

次回の第十一話からは章を改め、第二帖が始まります。お楽しみに。

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