第一話〜その男、異端につき〜
どうも、初投稿の一条中納言従三位藤原朝臣公麿と申します。
至らぬ点は多々あると思いますが、どうか優しく見守って頂けると幸いです。
周りが何やら騒がしい。良く良く聞いてみれば神祇官や僧侶が祈祷しているらしい。私の病床に伏せるを聞いた誰かが命じたのだろうが、如何に霊験あらたかな神仏とても我が輪廻を留めは出来まいて。
四年ほど前に大仏も開眼した事を踏まえれば六道からは外れまい。信楽に建立出来なかったのは心残りではあるが、代わりに東大寺に建立したから問題無かろう。
そろそろ迎えが来るようだ。口もきけなくなる前に皇嗣くらいは指名しておこう。
「今上へ伝えよ。天武帝の流れを汲む道祖王を春宮と為せ」
周りが一段と騒がしくなったが私とて一度皇位を継いだ身。言伝を蔑ろにはしないだろう。
意識が遠のいてきた。恐らく、死とはこの事であろうか。なれば、願わくば再び人道に転生せん事を。
………………
其処は、何も無い空間であった。
いや、厳密には「無」のみが存在する空間であり、今はこの空間に二人の人影があった。
一人は剃髪し袈裟を纏った、僧侶である。もう一人に目を向ければ、美しく清らかな何者かが後光を発しながら立って……訂正しよう、空中にいた。空中より僧侶を見下ろす形で佇んでおり、如来様の如き微笑を湛えていた。
僧侶は半ば驚いた風で、しかし平静を保ちながらその何者かへと問い掛けた。
「其処な女よ、どうか此処が何であるかを教えてはくれまいか」
「此処は何処でもあり、また何処でもない曖昧な空間です。貴方に馴染みある言葉で言えば幽世と申せましょう」
僧侶は訳が分からないと言った顔をしつつ尚も質問した。
「つまり私は死んだのか」
「ええ。貴方は神官僧侶の祈祷虚しく天平勝宝八年に崩御し、勝満の戒名を受けました。その事に私は大変な怒りを覚え、貴方を呼び出した次第です」
僧侶は困惑し、怒髪が天を衝く気がした。目の前にいる女に説教される理由が浮かばないのだから、理不尽だと感じたのである。強いて言えば出家した事であろうが、彼は一抹の不安を抱えつつも有り得ぬとその可能性を一蹴した。
「……何故私が怒られねばならぬ。貴様は身の程をわきまえよ!私は皇位を継いだ身ぞ!」
「だからこそ怒りを覚えたのです。皇統に連なりながら仏教に傾倒し、剰え死際に神を侮蔑するとは何のつもりでしょうか。何れにせよ貴方への処罰は決定しました」
この言葉は、彼の不安を確信に変えるのに確実であった。
「き、貴様……いや、貴方様は……!」
「我こそ大和の最高神にして皇祖神、天照大御神。天照皇大神の名に於いて、生前に貴方が固執した忌まわしき副都と共に貴方を異世界へ配流します。ああ、向こうでも生きていけるように幾らかの能力と宮殿近衛は付与しますから頑張って下さいね」
「副都……信楽宮の事か………」
「その通り。さあ、いざさらば。沙弥勝満の尊号を賜りし者よ。死後に聖武の諡号を与えられし者よ…」
斯くして、第四十五代天皇である聖武天皇はその副都たる信楽宮と共に配流が決定した。
配流先の島は、彼の知る三国は疎か地球上にさえ存在しない。純然たる異世界であり、未知の世界である。
プロローグに当たる話です。
続きは次の話になります。