94_状況照会と少女の正体
「判断材料となった情報は……幾つかございます」
勿体ぶった口調で説明し出す獣人部隊の隊長、『鳥遣い』アーロンソ。
あくまで推測です、事実と異なる際にはどうぞご指摘下さい、……そう前置きした上で持論を述べていった。
今までの付き合いの中、愛らしい少女の正体を推し知ることが出来なかったネリーは、近年稀に見るほどの真剣さを以て……長い耳を傾けていた。
「先ずは……『魔法の干渉を受け付けない身体』」
曰く、ノートの身体には攻撃魔法・回復魔法含め、あらゆる魔法が通用しない。
先刻の治療の際の一件。テオドラの治癒促進魔法が一切効能を果たさなかった事例に加えて……ネリーによって齎された『一級レベルのありとあらゆる妨害魔法さえも全く意に介さなかった』という情報。
更に決め手となったのが……周囲に広がる、この大穴。
「これ程の規模の破壊――恐らくは天災規模の魔法に巻き込まれ、命があるということが何よりの確証でした。彼女自身、自分の身体が魔力干渉を受けないと知っていて……自ら勇者殿の盾となったのでしょう。………無茶をなさる」
「ノートさまのお怪我も、崩れてきた岩によるもの……だと思います。……遺跡の通路を破壊した魔法によるものでは……無い、かと……たぶん……」
なるほど、言わんとしていることは解った。
ノートの正体――可愛らしくも謎だらけの彼女の正体を探るための判断材料として、人間離れした魔力耐性が挙げられる、と。
勿論、ヒト達の中にも『魔力耐性』『魔法抵抗力』などといった権能を持つ者も……居ないことは無い。攻撃魔法の飛び交う前線を支えた千人隊長に『魔力耐性』が開花、反攻の切っ掛けとなったこともあったらしいし、テオドラのような補助術使いは一時的とはいえ、被術者の『魔法抵抗力』を高めることが出来るとかなんとか。
しかしながらあの子のそれは、耐性などという生温い表現では到底表現できない……『遮断』とでも呼ぶのが相応しい程の完全耐性は。
そんな反則じみた権能を持ったヒトなど。……そんな事例など、人類の歴史において存在したことが無い。
……これが、根拠の一つ目。
「つぎに、わたしが気になったのは……ノートさまの……その、行動理念? といいますか……」
アーロンソからの目配せを得て、おずおずと切り出したアイネス。曰く……今回の事案に加え、ネリーによって語られた内容から……ノートの行動に関してとある法則性が見られるという。
長いとは言えない付き合いの間。白い少女の言動――常識に囚われない自由奔放、予測不能、突拍子も無い言動――それらに振り回されたネリーとしては……あの子の行動に法則性があるというのなら、是が非でも聞かせて貰いたいところだった。
言いたいことを吟味したのだろうか、アイネスはひとつ小さく頷くと……彼女曰くの『法則性』、ノートの行動パターンについて説明を始めた。
「ノートさまは、勇者さまのことを……えっと、非常に気にかけているように感じました。…………それこそ我が身を省みず……『他の何よりも勇者さまのことを大切にしている』とでも言うような……」
言われてみれば……よくよく考えてみれば、確かに。そもそも今回の遠出でさえも、問い質した処によると『勇者の印象が良くなるように』との思惑があったようだ。
アイナリ―で初めて会ったときの一悶着以降……ノートはことあるごとにヴァルターを気に掛けている様子だった。それ以前は彼女の暫定保護者、リカルド隊長にべったりだったのだが……例のヴァルター討ち入り騒動以降はヴァルターと行動を共にするようになり、あまつさえ『魔王討伐の旅路に同行する』とまで言い出す始末。
常にヴァルターの――勇者の傍に控え、彼のためを想い、彼と行動を共にし、ときに咎め、ときに導き、……あまつさえその身を擲ってまで勇者を守らんとする……『勇者』に対する妄執じみた献身。
普通の女の子、ましてや彼女ほどの幼い子には……本来絶対に有り得ない、頑なな行動原理。
………これが、二つ目。
「……そして、三つ目。彼女が『過去を語ろうとしない』点について」
ずっと、気にはなっていた。それは間違いない。……だが、面と向かって彼女に訊くことは出来なかった。
彼女の……ノートの、過去のこと。何度か探りを入れてみたこともあった。雑談のようなノリで、ほんの冗談のような軽さで……過去について話題を振ってみたこともあった。
………だが。
あんなに悲しそうな……苦しそうな表情をされては。
あんなにも幼い娘に、あんなに辛そうな顔をさせてしまっては……それ以上踏み込むのはさすがに憚られた。
結果として、ヴァルター含め自分達が得られた情報は……どれも推測の域を出ないものばかりだった。
『島』に残っていた旧き民の生き残りだという説、『先代の元勇者によって家族を奪われた』という説でさえも、数少ない情報をもとにヴァルターやリカルド隊長、ディエゴ先生達と立てた仮説に過ぎない。
あの子の過去について、確かなことは唯一つ………あの子にとって、過去は触れてはならないものであるということ。
その一点だけだった。
「その点に関しては……私も同意見です。彼女にとって過去の記憶は、『蘇らせたくないもの』『決別すべきもの』ないしは『他者に告げられぬもの』。……であれば」
で、あれば。なんだというのだろうか。
過去を掘り返したくない子だって、そりゃ居るだろう。親に捨てられたり肉親を奪われたり……それこそ例えば、奴隷として売られていたような子なんかは大抵そうだろう。奴隷だった過去なんて消してしまいただろうし決別してしまいたいだろうし……他人に言いたくないに決まってる。
……いやまさか。あの子が、そんな……まさか。
「奴隷であった、ということは無いでしょう。拘束魔紋のようなものも見受けられませんし……あの娘ほどの逸材が、物理的な拘束ごときで従えられるとは思えません」
それを聞いて、少なからずほっとした。……あんな可愛い娘が虐げられ、侵され、踏み躙られるだなんて……考えただけで虫唾が走る。
だがしかし、それでも根本的な答えにはなっていない。
あの子の過去が他人に語れぬものだとして、それとあの子の正体に何の因果関係があるというのだろうか。
……そもそも先に挙げられた二つの根拠に至っても、ヴァルター共々把握していたつもりだ。
だが、結局解らなかった。
もしかしたらヴァルターは――羨ましいことに私よりも彼女と接する機会の多い彼ならば――あの子の正体について、何か察しているのかもしれない。
だが私には解らないまま、今この段階に至っても解らないままだ。
勿体付けてないで教えてほしい。
「………お話ししましょう。あくまで推測ですが……我々が推測する『あの子の正体』。人間離れした魔法耐性と、尋常ならざる『勇者』への執着を持ち……他人に語れぬ過去を持つのであろう彼女――ノート様の正体。……そもそもお名前からして、片鱗はあったようにも思いますが」
「…………聞かせてくれ。頼む」
今ひとつはっきりしない、どこか煮え切らない表情。
彼ら自身も確証が無いのだろうか。いかにも自信無さげといった面持ちで……暫しの逡巡の後、とうとう口を開いた。
「端的に申し上げます。……あの子は、おおよそヒトの次元の存在では無いでしょう」
「わたしも……そう思います。人族、獣人族、長耳族、巨人族など……ノートさまはそれら『ヒト』の範疇を、軽々と越えてる……と、思います」
「…………は?」
――あの子は……ヒトでは、無い。
今彼等は――自分達では得られぬ情報と柔軟な思考を持つ第三者は――確かにそう言った。
「彼女が自ら名乗ったという……『ノート』という名。その音が示すものは……『無』『消失』あるいは『存在しない』という意。……名は体を現すが如く、とは言いますが」
目を見開き絶句するネリーをよそに、アーロンソは更に続ける。
続いて告げられた言葉には……ネリーを更に混乱させるものであった。ノートのことならば何でも受け入れる覚悟でいたネリーですら、容易に呑み込むことが出来なかった。
それほどまでに、突拍子も無いものだった。
「『勇者』に力と加護を与えるもの――我々よりも上位時空に座す……と言われている存在――いわゆる『女神』。………彼女は、その『女神の御遣い』だったのではないでしょうか」
「……アイナリ―の方々も、言ってました。……合ってるんじゃないかと、思います」
「………え、いや………待てって、つまり……」
半ば呆然と返すネリーに、尚もアーロンソは告げた。
「彼女は……『勇者』たるヴァルター殿を護り、導くために遣わされた天の遣い。我等と同じ地に降り、人として生きることを定められた……翼を棄てた『天使』なのでは。……それが、私の所見です」
「わたしも同意見です。……ノートさまのお姿は……お話の『天使』そのままなんです……」
勇者に加護を与えるという『女神』の遣い。
ヴァルターの助けとなるために、それまでの過去と翼を棄て……彼と同じ『ヒト』として生きることを選んだ、『天使』。
………それが、あの子の正体。……という推測。
突拍子も無い筈の推論。確固たる根拠も無い、想像でしかないその見解は。
愛らしい、それこそ天使のように可愛らしい彼女を間近で見ていたネリーにとって……違和感どころか不思議と信憑性を見出してしまうような……
妙に説得力を感じてしまう見解であった。
ネタバレ:ちがいます。




