93_処置と介抱と諸知の開放
昏睡状態の勇者、および満身創痍の少女が搬送されて……暫くの後。
大地に属するネリーの魔法『足場作成』によって形成された簡易シェルターでは、懸命な救護活動が行われようとしていた。
「勇者サマの方は……コレで大丈夫だろ。意識不明つッたって脈も呼吸も心拍もハッキリしてる。放っといても目が覚めるだろな」
「………………」
行われようとしていた……というのは他でもない。そもそもが行軍中であり、充分な医療設備などある筈もない。出来ることといえば……精々が応急治療レベル、気休め程度でしかない。
「………ネリー殿」「ネリー、さま……?」
「…あ……? ……あ……あぁ、済まねぇ。恩に着る」
「ぴゅい……ぴゅい……」
獣人部隊の遊撃手にして術士、テオドラの『治癒符』――術者の魔力を糧とし、被術者の体力・魔力の回復効率を高め、各種医療薬品等の効能を高める魔法触媒――が借用出来たことは、きわめて幸運だったであろう。
単純な医療器具だけで行われる処置に比べて、その効能は雲泥の差。回復速度は倍近くにも高まるとさえ言われる。
決して、満足の行く医療体制とは言えないまでも。
行軍中の応急措置としては……この上無く恵まれた環境であった。
…………だが。
「……………嬢ちゃんの方は……見ての通りだ。………俺なんかじゃ……手の施しようが無ェ。どうしようも無ェよ」
「…………………あぁ。…………そう、だな……」
「……なんと……いう………」「……む………」
その身体を動かすどころか、手を触れることすら気が引ける……大小様々な怪我によって全身余すところなく変色してしまっていた少女の身体に関しては。
テオドラの治癒符は、何の効果も果たさなかった。
触媒によるものとはいえ、込められた魔力を糧として発動する『代謝向上』の類の魔法である。『自身に向けられたありとあらゆる魔法を阻害する』性質を持つ身体に対しては、むしろ無為に抵抗魔力を消費させてしまう結果となる。
「………早けりゃあ……今晩中にでも………」
「そん、な…………嘘だろ……?」
ノートを除く者たち、テオドラを始めとする彼らがそのことを知る余地は無かったが………治癒符を用いるまでもなく、ノートの容態は火を見るよりも明らかだった。
「……なんで……どうして………あんな酷い怪我……」
全身に散在していた多種多様な怪我。
打撲、切創、鬱血、出血、頭部の強打に片足の損壊、両腕に至っては壊死待ったなし、少なくとも肘から先の切断は避けられないであろう………それら。
少なくとも野営地などでは到底手の施しようもない、一晩と経たずに間違いなく死ぬであろう………致命傷と言える損傷が。
「………解んねェよ。オレも……いや、オレらも…………こんな回復速度は見たこと無ェ」
「……お嬢…………ノー、ト……っ!!」
赤黒く変色していた患部は透き通る程滑らかな素肌に。病人か死人のようだった肌には薄らと朱が差し。千切れ欠損していた肉や脂肪は見る見るうちに補われていき。
少しずつではあるが、しかしながら目で見てはっきりと判るレベルで……
物凄い速度で、回復していった。
「お嬢……! よかった………お嬢……」
「ぴゅい! ぴゅい!」
片足を砕かれ、両腕を潰され、常人であれば命を落とす程の深手を負って、尚。
彼女自身の鎮痛魔法が働いているのだろう、今や何事も無かったかのように……健やかな寝息を立てている。
主治医の見立てでは、早ければ一日程度。遅くとも向こう数日もあれば、健常と言えるレベルまで回復するだろうとのこと。
大きな二つの懸念が払拭され――大事な同行者二人の無事が確認され――ネリーは声を上げ……恥も外聞も無く泣きじゃくっていた。
テオドラやアーロンソさえもが軽く引く程の……それは見事な男泣きであった。
………………………
容態が落ち着きを取り戻し、当面の危機は去ったこともあって。話に上るのは当然のように……異常とも言える回復を見せた、幼気な少女。
すやすやと気持ちよさげに眠りこける、ノートに関してであった。
「……只者では無いとは、感じておりましたが……」
「…………此処まで知ってしまったのだ。隠し立ては遠慮願いたい」
探るような視線の鳥遣いと……どこか咎めるような視線の大男。言い逃れは赦さぬとばかりの鋭い視線が、『勇者』の付人に注がれる。
狙撃手と赤毛の兄妹は剣呑さこそ含まないものの……戸惑いと疑問も露に様子を窺っている。とても誤魔化しが通用するような雰囲気では無い。
言っても良いものか、黙したほうが良いものか。
判断を仰ごうにも、彼女の上司……全権保持者たる『勇者様』は、現在判断を下せる状況に無い。
ここで下手に誤魔化し、彼らに疑念を抱かれた場合。下手に探られこちらの背後に気取られることがあっては……とても面倒なことになる。ただでさえ正式な越境手続きを踏んでおらず、『勇者』の国外派遣の申請も届け出ていないのだ。
いくら勇者一行とはいえ、ある程度の罰則は覚悟しなければならない。
そこまで考えたところで……現時点で既に、かなりの非行に走っていることに気がついた。ノートによる独断と即決に引っ張られたこともあったが、そもそも彼らも正式な手続きを踏んではいない。限りなく黒に近いグレー、いわば共犯者とも言えるのだ。
お互いに良い関係を築かなければ、互いに首を絞め合う結果となるだろう。
それに……彼らとの共同戦線が。短い期間とはいえ、大人数での旅が。
楽しくなかった、苦痛だったと言えば………それは嘘だ。
彼らのことは……嫌いでは無いのだから。
一蓮托生だ。……もうどうにでもなれ。
「……解った。話そう。私らがその子について知ってること。………つっても……私らもよく解ってないんだがな」
リーベルタ王国勇者の側仕えは、そう前置きをして語り出した。
自分がアイナリーに辿り着いてからの出来事……真っ白い少女と巡り逢ってから、彼女と過ごした日々のことを。
………………………
「…………って感じだ。正直言って……私らもよく解ってないんだよな。………この子がタダモノじゃない、ただの女の子じゃ無い……って事くらいしか解んね。………本音言うと……私らが教えて欲しいくらいだ」
そう言って、話を締めくくるネリー。
既に日は落ち、急造のシェルターの外は俄に暗い。小さな明かりの魔道具を中心に車座を組む一行。味気ない携帯食料をもそもそと咀嚼しながら、ネリーは一通りを語り終えた。
お手上げだ、とばかりに諸手を掲げる。説得力のある説明は出来なかったが、事実なのだから仕方がない。あとは彼らが信じてくれることを祈るばかり。彼らの心証を害したくないのは、紛れもない事実だった。
「…………いや、それは………しかし………」
「……………まさか………でも……」
ふと、アーロンソとアイネス……獣人部隊の中の知識人二人が声を溢す。二人は互いに視線を交わし、思い浮かべていることを確かめ合っているようにも見受けられた。
信じ難い、とでも言いたげな表情で……未だ眠りこける少女を見つめる彼ら。自分の知らない情報を持っているであろう二人に、ネリーは堪らず声を掛ける。
「……何か、知ってんのか………? その子……お嬢…………ノートの、こと……」
「…………ノー、ト。………ええ、言われてみれば………」
「そっか………『ノート』…………じゃあ……」
合点がいったとばかりに頷き合い、取り乱す寸前のネリーをしっかりと見つめる二人。
隣国、フェブル・アリアの諜報員として多種多様な伝承を知識として詰め込んだ隊長格と……いろんな国のおとぎ話、英雄譚や冒険物語を好む少女。
「……その子、『ノート』様の……正体ですが、………一つ、心当たりがございます」
「…………わたしもです。多分ですが……隊長とおんなじです……」
やがて二人は意を決したように……
彼らの推論を、ゆっくりと語り始めた。
テオドラ は こんらん している!! ▼
カルメロ は こんらん している!! ▼
アンヘリノ は こんらん している!! ▼
シア は こんらん している!! ▼




