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89_勇者と弱者と襲い来る災厄

 『けん! りじっと! かぜ、けす!』

 「ッおらァッ!!」


 助言に従い……『勇者の剣』を自身の身体の延長と見做(みな)し、表層硬化(リジット)を纏わせる。高度な魔力伝達率を誇る刀身を斥力の魔法が被い、空を揺るがす衝撃を霧消させる。

 二度、三度、四度。散らされた羽根を、それが炸裂することで生み出す空振を、仄かに光る剣が触れた端から消し飛ばしていく。


 『えんきょり、それ、たいしょ! ……えんきょり、きかない、わかれば……』

 「突っ込んで来るよ……なッ!!」


 遠距離攻撃では埒が明かないと気づいたのか。直接打撃をもって打ち据えようと動く怪鳥。巨体を翻し、四枚の翼で同時に空を打ち……爆発的な加速で突っ込んでくる。


 『……ながす!』

 「おうよ!!」


 あれほどの質量、あれほどの運動エネルギー。まともに受ければひとたまりも無い。いかに強固な盾を構えようと、それごと吹き飛ばされるだろう。

 奴の進路……突進の弾道を見極め、ほんの少しだけ軸を逸らす。直撃軌道から逸れた身体で剣を振り、斥力の魔法を纏った刃が撒き散らされた羽毛を――小爆発を散らしながら怪鳥に迫る。

 剣の軌道を逸らせないと解ったのか――音速に近い早さで迫りながらも――すんでのところで身を捩り、剣を避けた怪鳥。只では済まさぬとばかりに打ち付けた翼も剣に弾かれ、そして一連の攻撃が失敗に終わる。



 […………ホウ。慣れて、来た……か? 弱き『勇者』]

 「…………お陰様でな」

 [良い。良い。その意気。……保ち続けて、見せよ]

 「……ひえぇ…………」



 周囲の風向きが変わる。

 眼前の巨鳥を中心として渦巻き、それはやがて分厚い風の壁となる。

 奴自身の魔力も渦巻いているのだろうか。所々に淡い燐光を巻き込みながら唸りを上げる旋風を身に纏い……



 『さがって!!』

 「そのまま動くのかよ!?」



 助言に従い咄嗟に距離を取ったヴァルターの、つい先程まで立っていた地面。……奴の駆け抜けた軌道をなぞるように、螺旋状に大きく抉られた岩肌を眺め…………ごくりと生唾を呑み込む。


 『やつの、まりょくの、かぜ。……ふれたもの、はさい』

 「怖ぇよ!? 何だアレ!!」

 『りじっと、けん。まりょく、きれる、けど……』

 「奴の魔力は斬れても風は……ってことか」



 触れた魔法を――魔力に由来する現象を掻き消す『勇者の剣』だが……たとえ魔力に由来する破砕魔法を掻き消しても、渦を巻く暴風を完全に無力化することは出来ない。

 決して小さくは無い、軽くはないはずの岩石さえもが巻き上げられる程の風力と密度なのだ。ヴァルターの身程度……軽々と吹き飛ばされるのは目に見えている。



 怪鳥の周囲に渦巻く、天災を凝縮したかのような大気の渦。

 それに絡め取られれば……恐らく勝機は無い。



 「ロクに近付けねぇ……! どうすりゃ良いんだよ!」

 『んい……んい……かぜ、こじあけて……さす?』

 「無茶だろ!? 一瞬で粉微塵だぞ!?」

 『で、ですよね』


 距離を取れば破砕を振り撒く羽毛の弾丸、更には魔力を帯びた風の刃までもが踊り掛かり。足を止め隙を晒せば、意思を持った破砕機のごとき巨体がここぞとばかりに迫る。

 幸いにして攻撃はどれも直線軌道、避けること自体はそこまで苦ではないが……反撃の手が見つからない。反撃できなければ、遅かれ早かれ……いずれ負ける。



 暴風の鎧を纏い、破砕の風を引き連れ、真正面から巨鳥が迫る。


 負ければ……背後の少女共々(・・・・・・・)命は無い(・・・・)




 『…………っ、ぃ……』

 「……ノート。……変な気を起こすな」



 悲壮な未来が脳裏を過った直後。何事か意思を固めた少女の気配と共に……ひとつの思考が、一瞬ヴァルターの脳裏に映った。


 伝えるつもりは……本人には無かったのだろう。『しまった』とでも言いたげな気配と共に……背後より小さな、それでいて圧倒的な気配が迫り。



 [……!!?]


 巨鳥の速度に匹敵する程の速さで飛来した、白い少女。

 ヴァルターの前に割って入ると同時、彼女の両腕に膨大な魔力が巡り………鋼に爪を立てるような耳障りな音と共に、巨鳥の鎧が弾け飛ぶ。



 信じられないとばかりに目を見開き、あからさまに狼狽えた様子の巨鳥。




 『させ!!!』

 「……!!」



 一瞬の間隙。

 鎧が剥がされ、無防備を晒しながらすれ違う……ほんの一瞬。


 狙い済ましたヴァルターの刺突が、フレースヴェルグの右目に迫り………



 [ッガ……! ……アァァアァア!!]


 しかしながら突き立つこと叶わず、瞼を浅く斬り裂くに止まる。





 だがそれでも、一手。


 傷を負った巨鳥は血を溢しながら距離を取り、渦の鎧を再び纏う。





 […………ヒト、共め。……其の、御方に……何をした]

 「な、に……?」

 『……なんでも、ない』



 勇者の前に立ち塞がる、小さな白い姿。

 その姿に怯えるかのように……打って変わって消極的な姿を見せる、巨鳥。



 [………理解、出来ぬ。……理解、出来ぬ。…………御身が、何故。何故。何故。…………何、が]

 「御、身?」

 『……ちがう。……みみ、かさない、で』


 きっ、と(本人にとっては)鋭い視線で……巨鳥フレースヴェルグを睨み付けるノート。

 予想外の闖入者にあからさまに狼狽え、混乱の極みに陥る巨鳥はしかし……極めて非平和的な手段に乗り出した。




 […………否。有り得ぬ。……ヒトに、(くみ)する……有り得ぬ。…………然らば]




 四枚翼を翻し、一挙動で高度を稼ぎ………遥か上空からこちらを見下ろし。




 『……やば』

 「へ……?」


 [紛い物め……! 我が君の、姿を騙る……不埒者めが!]




 憤る怪鳥の声は……もはや眼下のヒト共には届かない。

 より濃度を増した魔力の渦が轟音を立て渦巻き、その形状を変えていく。



 鎧ではなく……ただ長大な槍状に。



 その穂先を地表に……敬愛する主君の姿を真似る不届き者どもに狙いを澄まし。


 ただただ巨大な、渦巻く大気の槍。その向こう側――怪鳥の口腔内に、剣呑な魔力の光が点り……



 [……千々に、消し飛べ……破壊の暴風(ルフト・ストーラ)在れ(イル)



 口腔より放たれた怪鳥の魔力の奔流(ブレス)は、今や遅しと機を窺っていた暴風の大槍を突き出し、巻き込み……



 荒れ狂う『破壊の力』そのものと化し、

 地表に突き立ち……




 『破壊』を、振り撒いた。







 …………………






 ……………………………………









 […………フン]



 直撃であろう。

 怪鳥の――ヒトなどより遥かに優れる視界は、着弾の瞬間まで不埒者どもが抱き合い微動だにせず固まっていた様子を……逃れる姿など無かったことを確認していた。




 ――『破壊の暴風(ルフト・ストーラ)』。


 遥か昔……幾度となく立ち向かってきた()の『強者』でさえ、直撃すれば耐えきること叶わなかった……『必殺』の一撃。



 申し訳程度に張られた魔力の盾など容易に食い破り、押し潰しながら突き進む一撃。

 その昔は転移魔法によって、すんでのところで逃れていたのだろうが……今回の『勇者』はその痕跡すら感じられなかった。




 […………呆気ない。……『弱者』めが]



 地表に空いた大穴――今しがた己が空けた、半径数十mに及ぶクレーターを一瞥し………巨鳥は悠然と飛び去った。





 今となっては遥か遠い昔。

 自らが敬愛していた、今は亡き『主』。



 その残滓を求めて。

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