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88_勇者と少女と故代の試者

 「うぉッ……!?」「ぐ……」

 「何だ!? 今度は何だ!!」


 遺跡全体を揺るがす衝撃の直後、ノートとヴァルターがすっ飛んで行って……暫し。

 シアとアーロンソの従者たちが何かに脅えたような声を漏らすと同時。岩を剣先で削り取るような――硬質で耳障りな音が、上方から幾重にも響いてきた。



 上方――梯子が据え付けられた縦穴の先――つまりは、地上。


 先程二人が飛び出していった方で『何か』が起こったのは明白。

 明らかに破壊力を伴った音からも解るように、極めて危険なこととなっているのは……想像に難くない。



 「お嬢…!!」

 「ぴゅいぃ……」


 未だ微かに震え、何かに脅えるような……それでもお嬢(ノート)のもとへ駆けつけたい一心で、懸命にしがみ付くシアを抱え。ネリーは梯子を昇り点検扉(ハッチ)を開き、地上へ……脅威に曝されているであろう彼等の下へと馳せ参じようとする。





 ………が。



 「ッ!? 開かねェぞ!? おいヴァル!! どうなってんだ!?」

 「ぴゅぃ……ぴゅぃ………」


 もともと重々しい鋼色の点検扉(ハッチ)はネリーの細腕で持ち上げられるも……ほんの僅か動いた時点で、何かに阻まれるように止まってしまう。

 がつん、がつんと身体強化魔法を纏った腕で殴りつけようも、僅かばかり動いたかと思えば……またすぐに行き止まる。


 「……ッ畜生開かねェぞ! 歪んだか!?」

 「代わろう、ネリー殿」


 助力の申し出に頷き、梯子をアンヘリノに譲る。

 見るからに膂力の強そうな大男である。彼ならばあるいは、あの正体不明の衝撃で歪んだ扉をもこじ開けることが出来るかもしれない。



 その希望的観測は、あっさりと裏切られることとなった。



 「む……」


 ばきん、と呆気無い音を立てて、アンヘリノが身体を支えていた梯子が(・・・)割れた。

 梯子の踏板――いや板などではない、ただの鉄の棒なのだが――ともあれ彼が足を掛けていたその部材は、彼が天井の点検扉を押し込もうと力を入れるに従い歪んでいき……ついに点検扉が動く前に、あっさりと踏み抜かれてしまった。


 ここがもし横穴であれば。天井に口を開ける点検扉などでは無く、地に足を付けて踏ん張れる横向きの扉であれば。強力な身体強化魔法に裏打ちされた彼の腕力は、恐らく容易に扉を開けさせただろう。

 だが現状は厄介極まりなく……通路は狭い縦穴、扉は力を加え辛い上向き、更に足場は脆弱。


 混乱に拍車が掛かる一同――遺跡内部に取り残された七名は、容易に打開策を捻出出来ずに居た。





 ………………





 唸りを上げて飛来する巨影が、すぐ側を通り過ぎる。巻き起こされる風圧で吹き飛びそうになる身体を必死に支える。

 体制を崩している暇など無い。今しがた通り過ぎた筈の巨影は……あろうことか物理法則すら支配下に置くかのように急制動を掛け、その長い尾が振り抜かれ………明確な殺意を伴って、迫る。


 「……ッぉおッ!!」


 勇者の剣を盾に、巨影の尾による一撃を防いだかと思いきや。

 剣に触れるや否や、何か袋状のものが破裂するかのような……あるいは手拍子のような乾いた音と共に、空気(・・)が破裂する。


 先程からこの調子だ。奴の巨体……その何処かに触れるや否や、謎の小爆発によって弾かれる。

 こちらから斬り掛かった際には衝撃を殺され、あちらからの打撃は威力を増して。お陰で此の方奴に傷を付けるどころか、羽毛の数本すら裁ち斬るに至っていない。



 『ふれーす、べるぐ……はね、まりょく、ふくむ。……しょうげき、まほう、はつどう』

 「羽根……? あの四枚の翼か!?」

 『ちがう。はね、ぜんぶ。……いっぱい』

 「嘘だろ!?」


 頭に響く解説に、軽く目眩を感じる。

 羽ではなく、羽根。二対四枚の翼に連なる羽根の一枚一枚に、衝撃によって起動する魔法が仕込まれているという。

 その用途は、今まで身をもって経験してきた通りだろう。羽根自身に蓄えられた奴の魔力を瞬間的に解放し、攻撃にも防御にも転用する。更にはそれだけに留まらず……


 『!! はね、ほうしゃ、くる。よけて!』

 「うォォオ!?」


 鋭い嘶きとともに一際大きく空を打ち、魔力を多分に含んだ羽根を飛ばしてくる。奴の魔力……炸裂の魔法が込められた羽根は、それぞれが風の魔法による軌道補正を受けつつ迫り……地面で、空中で、あるいはヴァルターの身体に触れて……爆ぜる。



 いかに優れた身体能力を誇ろうとも……四方より立て続けに爆風で煽られ、ついに体制を崩し地を転がるヴァルター。

 悠然と羽ばたき、剣を地に突き立ち上がる彼を冷やかな目で見下ろす……『黄昏の大鷲』フレースヴェルグ。


 ……先程からこの調子だ。無様に地を転がるヒトを眺め(たの)しんでいるのだろうか。羽虫を摘むが如く容易に殺すことも出来るであろうに……圧倒的な戦力差を誇示しつつ、此方を甚振るように力を振るう怪鳥。


 […………ダール・タゥ(成程)。…無様、エィスト(であるな)ディ・ツァイ(今代の)、勇者…………ディエズ(其の)アゥスハ(程度か)。………尚のこと……ヴァスタ(理解)カン・ディト(出来ぬ)

 「な、ん………だって……?」

 『ひっ』

 […………ダール・タゥ(成程)リマヌ(未だ)マーヌグ(語彙)、不足……か]




 ゆっくりと、悠々と、言葉を紡ぐ巨大な(くちばし)。先程までとは異なり、言葉の節々に顔を出すのは……ヴァルターにも理解が出来るであろう『此の時代の』言葉。


 『がく、しゅう……してる』

 「この短時間でか!?」


 ヴァルターの発した疑問に満足するかのように目を細め、怪鳥の頭部周囲に魔力が満ちる。

 ノートの魔力感覚器はそれが何の為であるのかを見抜き、自身の内に蓄えられた情報をもとに、ひとつの結論を出した。



 フレースヴェルグとは。発令塔ユグドラシルとは。そして……伝令個体(ラタトスク)とは。






 魔王城の直近に防衛拠点群のひとつとして築かれたこの場所『発令塔基地』は、ひとつの意思を群れごとに共有する性質を持つ伝令個体(ラタトスク)を用いた情報収集・即時共有の拠点であった。

 世界中に散り、その小柄な躯体と敏捷性を活かした斥候として励み。たとえ惑星(ほし)の裏側であろうとも即時に共有が為される意識をもって。世界中ありとあらゆる場所の情報を集め、伝え、戦を裏側から支える存在。


 発令塔(ユグドラシル)は本来飛行能力を持たないラタトスクを、目標地点まで輸送……射出するための、精密な投射系魔方陣の塊であり。

 先程、数体のラタトスクが向かった先、雲の上の施設は――現存する最高戦力(フレースヴェルグ)が千数百年の長きに渡り眠っていた浮遊要塞――魔王城防衛拠点郡の一画だった。




 魔力を乗せ放たれた怪鳥の咆哮。それに応えるように四方八方から耳を覆わんばかりの翔栗鼠(ラタトスク)の鳴き声、幾重にも重なる重奏が届く。


 何の因果か再び目覚めた、魔王城防衛の要――フレースヴェルグは……配下たる伝令個体(ラタトスク)の記憶を、知識を、情報を取り込んでいく。


 己が眠りに落ちていた、千と数百年。

 その空白を埋め、いずれ然るべき手段に出るために。







 『たおした、はず……なのに…………ころ、した、はず……なのに……』

 「は!? なんて!?」



 流れ込んだ情報を精査しているのだろうか。怪鳥の動きが止まった隙を突き、ノートの傍らへと飛び寄るヴァルター。

 珍しく言いつけ通り岩影にうずくまっている白い影を見遣り――その小さな背が震えているのに気付き――思わず口を閉じる。


 愛用の『剣』を抜剣することさえ叶わず、鞘ごと両腕でしがみつくように抱きすくめ、力なくへたり込むその姿は。

 普段は中途半端にしか開かれていない瞳を大きく見開き、呆然と怪鳥を見詰めるその視線は。

 ……普段の緩みきった言動とはうって変わって、この小さな体を支配しているのは……明らかな『恐怖』。


 最初に会ったときの一悶着の後。自分の身体の上で泣きじゃくっていたとき以来だろうか。

 儚げな少女の、弱々しく消えてしまいそうな様相を前に。勇者ヴァルターは決意を新たに、ノートに声を掛けた。



 「ノート」

 「…………ある、たぁ……」


 焦点の消えかけていた瞳を潤ませ、弱々しく見上げてくる視線に……場違いな感情が浮かぶのを必死で留める。

 今はそれどころじゃない。どうにかして切り抜けなければ、文字通り命が無い。しかしながらどうにかしようにも、神話級の魔物の情報など持ち合わせていない。

 当然だろう……お伽噺の中の存在だと、そう言い伝えられてきたレベルの規格外(バケモン)だ。奴の情報を持っている奴なんて、この世界(・・・・)に居る筈がないだろう。



 ……ただ一人、常識外の少女を除いて。



 「ノート、教えてくれ。……アイツのことを。何でもいい」

 「……あ、る……たー……」

 「……怖いか。……怖いよな、ごめん。……でも……済まないノート、頼む(・・)……助けてくれ(・・・・・)

 「………! ……!!」



 瞬間。雷に打たれたかのように……ノートの体が跳ねる。

 意思の消えかけていた瞳に輝きが戻り……澄んだ白銀色の瞳が『勇者』をまっすぐ見据える。



 ゆっくりと、弱々しく立ち上がる。

 手ずから仕留めた大物の革、それを纏う鞘に籠められた剣を支えに、立ち上がる。

 脚は弱々しく震え、股間から尻・内股に掛けてを水気と土で汚しながらも……立ち上がる。


 「ノート……大丈夫か?」

 「だい、じょ」

 「……俺が、なんとしても引き受ける。無理はするな」

 『だまれ。げぼく。……めいれい? だれに、むかって?』

 「……………」



 ついさっきまで恐怖が股間から漏れ出てた娘が……などと思っても、口には出さない。ヴァルターはそこで留めたつもりでいた。

 惜しむべくは……『勇者の剣』を介した思考伝達により、押し留めた筈の思考でさえも……ノートには伝わってしまったことだろう。



 彼女にしては珍しい……顔を真っ赤に、羞恥に染めて睨み付けてくる視線に居心地の悪さを感じ……目を逸らす。

 そして…………こちらをじっと見詰めている巨鳥の視線と、ぶつかった。



 [……解らぬ。……理解が、出来ぬ。……何故だ。何が。]

 「…………随分とまぁ……堪能になったんだな」

 [堪能。……………誉め言葉、か。……弱き『勇者』めが。]

 『ひっ』


 不快げに目を細めた巨鳥。完全に順応した言葉で紡がれる敵意に、背後の少女が反応する。

 庇うように剣を構え、こちらも敵意を露にするヴァルターを前に………フッと小馬鹿にするような吐息を発する――意外と表情豊かな巨鳥。


 [無駄よ。貴様は、弱い。かつての『強者』、その足下にも、遠く及ばぬ。

 ……奴めは、良かった。愉しめた。……どれ程裂いても、どれ程潰しても、どれ程()いでも、止まらぬ。

 悲鳴を、呻きを、どれ程溢しても………止まらぬ]

 『……ぁ、…………ぅあ、……ぁ』



 クックックとさも愉しげに嘲笑(わら)う巨鳥と……(うな)されるような嗚咽を溢す少女。

 自分に解ることは少ないが……とりあえず眼前の巨鳥が敵であることに変わりは無い。確かに自分は弱いのだろう、奴の言う『強者』どころか……得体の知れない少女よりも尚弱い。

 だが。それでも自分が立ち向かわねば。

 なによりも……今の自分は彼女(ノート)の命をも、背負っているのだから。



 ――守らなければ(・・・・・・)ならない(・・・・)


 『……っっ!』



 意識を入れ換え気合いを入れ直すと共に……背後で微かに息を呑む気配。

 そして…………心強い声が響いた。


 『ふれーす、べるぐ。こうげき、おおい、ちがう。……よく、みて、よける。…………あるたー、なら……できる』

 「……やってやるさ」

 『わたし、も……てつだう。……あるたー、おしえる』

 「ああ。……頼りにしてるぞ」

 『…………んい』


 足を軽く開き、僅かに腰を落とす。重心を低く、直ぐに動けるように。

 自らの誇りの象徴、陛下より賜った『勇者の剣』を正眼に構え……眼前の『敵』を()め付ける。


 […………カ。……精々、愉しませろ]

 「言われるまでも無い」



 巨鳥フレースヴェルグの――山をも揺るがす咆哮と共に……


 勇者ヴァルターは動いた。

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