86_勇者と少女と遺跡探検
――遺跡。
太古の昔に建造されたとされる、廃墟あるいは遺構の総称。
現在の技術系統とは似ても似つかぬ様式で構成された……謎多き構造物。
いちおうの定義はそれだけであるため、それこそ小屋の一つ程度の規模の遺跡から――城や街、ともすると島まるまる一つが遺跡と指定されるような――迷宮じみた規模の遺跡なども、数多く存在している。
太古の遺構をそのまま町として用いているケースもあるにはあるが……大抵の場合において魔物の巣窟と化していることが多く、価値の高い発掘品が出土することも少なくない。
そのため……腕に覚えのある者どもが多く足を運び、その地に金と命を落とし、そして命知らずどもを相手に商いを行う者も増え……そこそこの規模の遺跡は周囲が集落のようになっていることも多く、多くの人々で賑わっているという。
つまり。彼ら彼女ら以外に人の気配の無い此処は。
今しがた扉が開かれるまで……何人も立ち入った形跡のない、此処は。
「……オイオイオイ…タイチョー……スゲェぞ! 一番乗りだぜ!?」
「おいヤベェぞヴァル!! お宝! 掘り出し物!!」
貴重な太古の遺産が手付かずで残る……宝の山であった。
「テオ待ちなさい、先ずは拠点を。折角の安全地帯です、拠点の設えを先に」
「馬鹿落ち着けネリー、身の安全が最優先だ馬鹿。宝は逃げないとりあえず落ち着け馬鹿」
口をあんぐり開けたまま呆然と立ちすくむ白い少女を窺いなから、能動探知での索敵を行うヴァルター。今しがた封印が解かれ、人工の明かりに彩られる太古の遺跡。お宝を前に狂喜する相方を宥めながら、遺跡内部の精査を進めていく。
鳥遣いの放った小鳥以外に生体反応が無いことを確認し、ほっと胸を撫で下ろした。ある程度予想はついていたが、やはり自分達の他に人の姿は無い。どうやら宝を横から持っていかれる心配は無さそうだ。
……なんだかんだでヴァルターも、内心盛り上がっていたのだった。
……………………
「んひっ」
荷を下ろし、一行が申し訳程度の設営を行っている中。
先程から何やら挙動不審な白い少女が、また変な声を上げた。
「………またか? どうしたんだお嬢」
「…んい……どうした、ない。だいじょ、ぶ。……んい」
「……………そっか。無理すんなよ?」
「えあ、えあ……」
普段からおかしな言動や突拍子もない行動が絶えない少女であったが……遺跡の封印が解かれたあたりから、いつにも増して挙動不審さに磨きがかかっている。
いつもはぽやんとしている眠たそうな瞳はわずかながら見開かれ、いつもは興味の湧いた方へとふらふら歩きまわり混乱を振りまく彼女であったが……胸のあたりまで中途半端に手を上げた不思議な姿勢で固まっていたり、どこか変な悲鳴のような不思議な声を漏らしたりと、兎にも角にも異常行動が目立つ。
「ひあっ、………んいい」
「………」
「…………」
「……んい……んい……」
しらじらしいまでの無表情を取り繕おうとしてうまくいっていない、逆に怪しさが溢れ出ている残念な表情で硬直する……何かあったに違いない、白い少女。
表情から見ても、時折上がる悲鳴から鑑みても、『なんでもない』と言われて『そうですね』と納得できる様子では無いのだが。何が起きているのかを聞き出そうにも『深く追求されると逆に口をつぐんでしまう』という面倒極まりない彼女の性質を知っているヴァルター達は、辛抱強く待つほか無いのであった。
情報を吐かせるため拷問に掛けようにも……おっちゃん特製のホットサンドは手元に無い。
その他ノートに覿面な効果を及ぼしそうな拷問器具は、物資の乏しい野営では望むべくもない。
気難しい彼女から情報を聞き出すのは無理だなと……保護者二名は早々に諦め、休憩場所の整備に移っていった。
その『遺跡』が――遠い遠い昔の、魔族軍の重要防衛拠点遺構の一部が――『魔王の身体』を持つ少女の接触により再起動を果たし、
先程から不吉なアナウンスが『純魔族』のみに聞こえる思念通信で延々と発せられていることに………
気付けた者など、居る筈も無かった。
………………………
(ノーティファー・シュトルフィラ・クラーマ、ズィクテンツ・アクティビウム。…………フィーラー。
ノーマーラ・アンムープル。フィーラ・アーザハ・アンタズース)
「んひっ」
「………またか? どうしたんだお嬢」
「…んい……どうした、ない。だいじょ、ぶ。……んい」
大丈夫ではなさそうな予感が、ノートの脳裏を過る。先程から断続的に頭に響くアナウンスは、どうやらノート以外に聞こえている者は居ないらしい。
館内のアナウンスがただひとりノートにだけ――魔族の身体を持つ者にだけ聞こえるという実態。
加えて、『忌むべき勇者』の記憶の奥底で朽ち掛けていた情報を引き揚げ、照らし合わせてみたことで得られた情報。
この場所――魔王城のすぐ近く、巨大な山脈の地下に広がる大規模施設――の正体に思い至り、
思考が真っ白になった。
(レズト・シュトルフィラ・クラーマ、………エルファース。
アクティビウム・フェアティ。アウスガー、ノーマーラ)
「ひあっ、………んい、んい……」
何事かと様子を伺う周囲の視線に答える余裕など、既に無い。
かつての戦の爪痕か、単に経年劣化によるものなのか。動力設備の殆どは壊れ、朽ち、機能を停止していたようだったが……幸か不幸かまだ動作する設備が遺されていたらしく、それは既に正常に作動してしまったらしい。
基地内に、動力が満ちていく。
かつての自分が散々手を焼かされた……魔族によって築かれた迷宮が。
魔王城の防衛拠点が、息を吹き返していく。
(ケインシュロス・シェリヒトゥス……リオーガニズィウ。
インダクツィア、『ユグドラシル・ラダー』、イル)
「きゃ…っ!」「うお……!!」「何だ!?」
――どずん、と。
ほぼ無音であった今までとは違い、空間が脈打つかのような……空間そのものが揺れ動くような衝撃。
駄目押しのように重々しく響き渡る、何か気体が流れ出るような――極低音の管楽器のような不気味な音。
……どう考えても、やばい。
ノートの研ぎ澄まされた頭の中で、これまでに得られた情報が迅速に整理されていき……はじき出された仮説に血の気が引いた。
いきなり胎動し出した遺跡に戸惑いを隠せないヴァルター達ではあったが、ノート自身の頭の中は彼等の数段上を行くほどに混乱しきっており……いつも以上に錯乱していた。
「ち、ちがう……ちがう……」
そんなはずはない。あるはずがない。いるはずがない。何度も何度も自分に言い聞かせるように繰り返し、しかしながら周囲を取り巻く状況は刻一刻と移り変わり……考えてしまった仮説を裏付けるかのように動いていき。
(『ユグドラシル・ラダー』、フェアティア。
『ラタトスク』、ズィクテンツ・アプファ………シュターク)
「だ、だめ……っ、だめぇ………」
「お嬢…!? どうした! 大丈夫か!?」
無情にも告げられたアナウンスを前に。
それが引き起こすであろう災厄を予感し、思わずへたり込み。
数瞬の後。
まるで城でも降ってきたかのような途方も無い衝撃が、
状況を何一つ理解できていない彼らを、容赦なく襲った。




