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72_王者の少女と挑戦者達

 「……何だ、これ」

 「………何だ……これ」


 近況報告や情報交換等々といった会談を終え、詰所建家から表へ出ると……異様な光景が広がっていた。



 練兵場の一部分には人だかりができており、その人波の向こうでぴょこぴょこと跳ね回る、真っ白に煌めく髪。

 兵士達のものと思しき掛け声と、硬質なものを打ち合うような音が断続的に響き……ひときわ大きな歓声が上がる。



 「んい。つぎ」

 「ヨッシャァ! 行くぞお前らァ!」

 「「ウオオオオオ!!!」」

 「んい! ……よよしく、おめがしゅます」



 再び響き渡る掛け声と打撃音。先程までと同様に跳ね跳び回るノートといい……ようやく眼前で繰り広げられるお祭り騒ぎの全容を解した、ヴァルターとネリー。

 『勇者』ヴァルターすら容易に叩き伏せた白い少女の姿を思い起こし、軽く血の気が引く……が。




 「ッててて……さっすがお姫はスゲェな…」

 「アレに加えて瞬間強化(マーダー)残してんだろ? パネェな……」

 「いつもの眠そうな顔も良いけど…きりっとした目付きも本当ヤベェな……」

 「「それなー」」



 先程ノートに挑み、つい今しがた力及ばず(くだ)されたと思しき兵士達。各々が手首や腰や足首をさすったり、痛みによるものか顔を(しか)めたりしているものの……いずれの兵士も自分の脚で歩けているようだ。


 幸いなことに危惧していたような――死屍累々の様相は避けられそうだと一安心した頃。観覧者兵士達の大きな歓声が上がった。……どうやら一試合終わったようだ。



 「んい。つぎ、おめましなす」

 「ッシャ! 行くぜ!!」

 「「オス!!!」」

 「よよしく、おぬまいきます」



 人だかりに向かい歩を進め、周囲の様子がよく解ってきた。長い列を組んでいた兵士達は……どうやら全員が挑戦者らしい。

 これから挑戦する者も既に敗北した者も、彼らの表情は一様に楽しそうだ。以前刃を交え(襲われ)たときとは打って変わってノートの様子も落ち着いているらしく……危惧していたような不安定さ、危うさは見られない。冷静沈着に技を振るっているようだ。



 ついに人垣の上から、彼女らの様子を直接目にすることが出来……その技量に息を呑んだ。

 到底視認できないような人間離れした動きではなく、――生まれもっての身軽さはあるだろうが――あくまで常人としての体術、常識の範疇での動きで……三人一組の兵士達を相手取り立ち回っている。


 腕力や筋力を一時的に増強し、運動能力を劇的に補助する強化魔法『瞬間強化(マーダー)』。彼女は十八番ともいえるそれ(・・)を用いずに尚、ここまでの強さを誇るのか。

 見た目はとても儚げな十かそこらの幼子が、一体どんな修練を積めば……どんな修羅場を潜れば、ここまで至れるのだろうか。



 またしても兵士達の歓声が上がる。今回の手合わせもやはりというか、ノートの勝利のようだった。

 敗れたにも関わらず晴れやかな笑顔を浮かべる彼らを見ていると……知らず知らずのうちに心が疼く。




 「……勇者様。挑まれますか?」



 掛けられた声に目を向けると……次の挑戦者らしい兵士達と目が合った。

 まるで彼らに心の底を見透かされたようで、予想外の言葉に思わずたじろぐ。


 「なん……どうして……」

 「どうしてって……顔を見れば解りますよ。とても良い顔をされてる」

 「何しろ、自分達もそうですからね! ……高揚感というか!」

 「お先をどうぞ。どうか我らに…勇者様の戦いを見せて下さい!」


 周囲の兵士達からも次々に掛けられる、参戦を促す言葉。

 すると対面の少女もこちらを認識したのか……そこからも誘いの声が掛けられる。



 「あるたー、あるたー! ……わたし、もみせん。あるたー、あげる……んい。げぼく、くんれん、あげる!」



 奇しくも以前向かい合ったときと同じ場所。……しかし彼女の表情は、以前とは全く異なる。

 狂気と悲嘆に駆られた前回とは異なり、今の彼女の顔に浮かぶのは……まっすぐな歓喜。



 「あるたー、して! わたし、もみせん、ほしい。あるたー、よよしく、ほしい!」


 少なくない興味を抱く少女に面と向かって手合わせを求められ……対抗心、そして闘争心が燃え上がるのを感じた。





 ……………………




 「……宜しいですか? 試合のルールを確認します」


 審判役の兵士により、改めて以下のルールが示された。ノートは今までこの条件下で模擬戦をこなしていたので、ヴァルターに対しての説明といったところだろうか。

 一、刃を落とした訓練用の武器を使用する。

 一、身体強化魔法のうち瞬間強化(マーダー)の使用禁止。

 一、顔面など、急所を執拗に狙う攻撃は禁止。

 一、武器を取り落としたら失格。

 一、相手の背に触れるか地面に着けた時点で勝利。

 一、一方が降参した時点で、もう一方の勝利。


 なんのことはない、標準的な模擬戦のルールであった。問題ないとばかりに頷き、貸与された木剣を構える。見ると対戦相手……暫定王者ノートは既に臨戦態勢だった。

 あとは試合開始の指示を待つばかり。



 ……などと思っていたところ。

 最後にとんでもない爆弾が投下された。



 「そしてもう一点。敗者は勝者の命令をなんでも一つ許容しなければならない。宜しいですね?」

 「は!!? え、ちょ、聞いてな」

 「試合開始!!!」

 「んいいいいいい!!!」

 「待て!? ちょっと待っ―――!!?」


 異議申し立てをする時間さえ与えられず、半ば強引に戦いの幕が上がってしまった。

 瞬間強化を封じられた身とあっては見た目(子ども)程度の速さしかないが……狼狽えている間に彼我の距離は半分を切っていた。ノートは木剣を片手に下げ、身を屈めながら引き摺るように駆けてくる。

 剣を持った彼女の右手はやや後方に向けられており、そこから想定される攻撃は横振り、……あるいは振り上げてからの振り下ろし。横振りの場合は勢いを殺さぬよう、こちらの右側をすり抜けざまに振り抜く可能性が高い。一方の振り下ろしの場合は判りやすい。軽量の木剣とはいえ、身体強化無しで縦横に振るえるものでもない。振り下ろしの事前動作として、剣を上段に構え直す必要が生じる。

 どちらにしても、剣の軌道に気を配っていれば対処は容易だ。瞬間強化が封じられているのはこちらも同様、対処は迅速に行わなければならない。

 果たして剣の軌道は横か、あるいは縦か。


 さらに距離が詰まり……ついに彼女の剣が動いた。

 引き摺るように斜め下へと下げられた構えから……脇を大きく開くように――真横へ。


 つまりはそこから振るわれるのは……通り抜けざまの横薙ぎ。


 その推測を裏付けるかのように、彼女の進路は真正面よりもやや側方へ。こちらから見て右側へと流れていっている。

 推測は確信に変わり、彼女の斬撃を受けるために木剣を立てて防御の姿勢を取り……………


 ほんの一瞬、目の合った彼女が笑った(・・・)


 振るわれた彼女の剣。嫌な予感を微かに感じつつも……予測通りであった横薙ぎを防ぐため、(そちら)に注意を向けた…………その瞬間。


 「!? うおっ!!」


 身体が唐突に体制を崩し、そのまま重力に引かれるように仰向けに(・・・・)倒れていった。

 驚愕に目を見開き、注視していた剣から彼女へと視線を移そうとするも………先程まで彼女の顔があった場所には何も無く、また踏ん張っていた筈の左足が何故か宙を踏みしめているのに気付く。


 (払われた(・・・・)!?)


 仰向けに倒れていく視界の端、なんとか捉えた彼女の姿は……剣の軌道はそのままに、一瞬注意が逸れた隙に屈み込み……身を捻りながら右足を振り抜いている彼女の、得意気(・・・)()笑み(・・)

 彼女は右足を振り抜いた勢いもそのままに、跳ね上がりながら更に左の踵も繰り出してくる。狙いは恐らく……未だ唯一地に接している右足、その膝裏。跳躍中であるにも関わらず、正確な軌道で振るわれる……彼女の踵。


 (身軽だとは思ってたが…これ程か!)


 彼女にとって武器は剣のみにあらず。ヴァルターが二本の剣を操るように、ノートは剣と両足を武器に――前世も含め――数々の修羅場を潜ってきた。そしてそれは島でのリハビリ生活においても遺憾無く発揮され、体躯の小柄さ・軽量さと相俟って……とてもすばしっこいことになっていた。


 そんな彼女の第二、第三の武器が……ヴァルターの右足に迫る。仰向けに倒れて行っている現状、このままでは背から(・・・)地面に(・・・)落ちる(・・・)のはほぼ確定。

 それはつまりヴァルターの敗北、そして……この試合の終了を意味する。



 「畜……生!!」


 すぐそこまで迫っている未来を否定するため、まだ地に足が着いているうちに文字通り足掻く。右足で地面を蹴り抜き、その反作用で上体を思いっきり左に捻る。……振り抜かれた彼女の踵が空を切ったのが解る。

 視界が、微かに驚きを含んだ彼女の顔を通り越し……地面を捉える。


 「グぬ………ぉおお……!!!」


 左手を身体と地面の間に割り込ませ、追い付いた右手の拳共々思いっきり地面を突き飛ばす。とりあえず背中からの墜落は免れた。

 両足を振り抜き不安定な体勢の筈の彼女……さすがにこれ以上の追撃は無いだろう、体制を整えることに注力する。まさか空を蹴って跳んできたりはしないだろう。…………ないよな?


 悲鳴を上げつつある三半規管を叩き起こし宥めすかし、地面と自身の距離を測り腰と背に捻りを加え…………なんとか足から着地することに成功する。

 視界を持ち上げると……ちょうど彼女も着地したところらしい。

 左手を地面に突いてしゃがみ込んでいる彼女。こちらに向けられた彼女の表情は……とても明るい。


 「んっ……いっ!!」


 勢いよく地を蹴り、再び彼女が駆ける。今度は走りながら大上段に構えた、縦振りの軌道。

 しかしながら…………この剣の構え自体がフェイクである可能性もある。先程同様足元を掬われるかもしれない。

 かといって剣に対処しなければ……それは当然のように振り抜かれるだろう。


 表層硬化(リジット)で強引に切り抜けるという選択肢も浮かんだが……一瞬で却下する。

 確かに演習のルール上、敗北条件とはならない。体制を崩されるような攻撃だけを捌いていれば良いのだ、それ以外はどれだけ食らっても問題ない。



 ……だが。それでは。



 「面白くないよ、なッ!!」


 正面から振り下ろされる剣に、敢えて打ち込む。

 ノートに小細工をさせぬよう……逆にこちらから力押しで攻める。


 「んん……っ!」


 木製の武器同士が硬質の音を立てて激突し……これは予想外だったのか、ノートの目が見開かれる。

 瞬間強化(マーダー)による補助がない今、力比べで現役勇者に敵う筈もない。武器を落下させたら即失格……ノートは剣を握ったまま、後方に大きく体制を崩す。

 このまま仰向けに倒せればヴァルターの勝利。畳み掛けるように前進し……急激に遠ざかる彼女の顔に違和感を覚え…………


 「……ッとァ!!?」

 

 仰向けに倒れんとするノートの勢いそのまま……後方宙返りと共に放たれた、鋭く打ち上げる蹴りが……一瞬前までヴァルターの顔が在った位置を通り抜けた。


 全身の汗腺が開くのを感じる。冷や汗が俄に滲み出す。

 たまらず距離を取り息を整えると……一方のノートは体制を崩したことなど無かったかのように、危なげなく両足で見事な着地を見せていた。




 「……んひひ。…………んひひ!」


 ほんの僅か、時間にしてたった数秒であろう。今のほんの一瞬でも充分すぎる程に……彼女の実力が伝わってくる。

 その一撃は重さこそ無いものの……要所要所を的確に打ち抜いてくる。鋭く、正確で、そして彼女自身も非常に身軽。

 特にあの両足は危険だ。機動にしても攻撃にしても、何をしでかすか……どこから飛んでくるか解らない。



 「んいひひ……あるたー、つよい! んい!」


 こちらの台詞だ、と思いつつも向き直る。

 解っていたことだが、改めて認識せざるを得ない。




 彼女は……尋常じゃなく、強い。



 「あるたー、あるたー、……うめ、し? うれし? ……たの、しい?」

 「…………そうだな。楽しい」

 「……んひひ」


 彼女に指摘されて気付いた。……自分の顔には、確かな笑みが浮かんでいる。



 楽しい。

 命の危機に晒されるでもなく……ただ己の技術をぶつけ合う、この場が。

 自分の思ってもみなかった戦い方を繰り広げる、彼女との手合いが。


 「……まだだ。行くぞ、ノート」

 「んい! げぼく、いくぞ!」



 こんな楽しい場を、早々に終わらせるのは勿体無い。

 恐らく自分は彼女に勝てないだろうが……少しでも長く遣り合いたい。


 そのための好機を見出だすべく……ヴァルターは気合いを入れ直した。

足癖が非常ーに悪いお姫でした

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