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70_少女と従者と入塾前夜

 アイナリーの中心街に位置する、総合庁舎。

 まるで城や砦と見紛うほどに堅牢な石造りの建造物は、交易都市アイナリーの行政中心であるとともに……人々の様々な依頼を受け付ける、相談窓口でもある。

 ネリーとヴァルターが訪れているのは、そんな窓口のうちのひとつ――駆除・討伐の相談が寄せられる部署であった。


 窓口に寄せられた依頼は行政が間に入り、それぞれを得意とする外部組織に委託される。

 駆除・討伐系は『狩人』達に。採集系は『収集家』達に。鍛冶や調合の依頼はそれぞれの『職人』達に。


 委託先の団体・組織には行政による監査が定期的に行われ、いわゆるボッタクリや虚偽宣伝等の違法行為が蔓延らぬよう目を光らせ、また依頼と報酬のやり取りが確実に行われるような仕組みとなっている。



 駆除・討伐、また動物系素材の収集は、本来であれば『狩人』としてのライセンスを持つ者が担当とされる。依頼内容の煩雑化を避け、また一極集中を避けるためにも、それぞれのジャンル毎に依頼先は別口となっているのだ。



 ……尤も、魔物などの素材や各種製品を買い取り、必要としているところに卸すことを生業とする『商会』の台頭により、それぞれの線引きが曖昧となってきているのが現状なのだが。




 『勇者』の称号を持つヴァルターは、全ての分野の依頼を受託する権限が与えられている。駆除だろうと採集だろうと、可能なのであれば制作や修理であろうと、依頼を受けることが可能。

 むしろ『国として特別手当くれてやるから積極的にこなしていけ』とさえ言われている。

 ……しかしながらヴァルターは……たとえ特別手当など無かったとしても、人々の頼みは断らなかったであろうが。



 彼らは今、多種多様な依頼を前にして顔を付き合わせていた。本来の目的である『魔王』に関する情報収集の傍ら……副次的な目的である『アイナリー住民に対してのヴァルターの好感度上げ』のために、売れ残っている依頼の受注に訪れたのであった。




 時刻は既に陽が大きく周った(十五時)頃。依頼の達成報告に訪れる人々で、庁舎は大いに賑わっている。

 少なくないアイナリー市民と挨拶を交わしながら、相談用のテーブルスペースを占拠する二人。



 「…色々と不安は残るが……これ以上はどうしようも無いか……」

 「ギルセンセなら大丈夫だろ……多分………」

 「本当にあの子の言動が治ったら心底敬服する」

 「…………お疲れさん。……身体、大丈夫か?」

 「軋む」

 「………………ご愁傷様」



 二人は手渡された資料の束――売れ残っていた依頼に目を通しながら……今朝の臨時会議と、そこから連なる一連の騒動を思い返していた。




 ……………………



 駄々をこねるノートを宥め、メアとは別の寝台に寝ることを確約させるのに……決して短くはない時間を要してしまった。

 出来ることなら男部屋、ヴァルターと同室に納めようと思ったのだが、ノートの尋常ではない泣き叫びっぷりに頓挫せざるを得なかったのだ。


 しかしながら、同じ寝台で眠るというのは言語道断、かといって別室にするのは気が引ける。双方の妥協点として……同室、ただし寝台は別、という形に落ち着いた。




 「めあー……めあー………」

 「の……ノート様……」

 「落ち着けノート……今生の別れじゃ無いんだから……」

 「ううう」

 「お嬢………シアと一緒に寝ていいから…」

 「…んいい……わかった」

 「あと風呂な。メアと二人で風呂は絶対ダメ」

 「……ううう」



 こうしてメアの、男としての尊厳と貞操は……辛うじて守られたのだった。






 次いで議題は、メアの境遇についてに移った。

 自分の意見を発することをせず、まるで意思を持っていないかのように、抵抗らしい抵抗が出来なかった彼。今まで置かれていた環境を察するに、人として当然の扱いすらされていたかったのだろうか。


 先程までの執着っぷりから鑑みるに、ノートが今後メアを手放す(売る)とは考えづらい。ならば一人の人として、人らしく生きるためにも、知識を付けるに越したことはないだろう。



 ……幸いにして、指導役には心当たりがあった。


 思えば、本格的に教育を開始しようとした矢先の出奔だった。凱旋したかと思った矢先、今度は湖方面への遠征。

 ノートに教え込まれる予定だった『常識』は、未だその役割を果たせていなかったのだ。


 これは……可及的速やかに対処しなければならないだろう。





 ……………………



 久方ぶりに、アイナリー兵員詰所へと顔を出した。

 詰所に着くや否や、ノートは得意とする探知魔法・身体強化魔法を遺憾なく発揮し……リカルド・アウグステの横っ腹に飛び付いていった。


 当初は補充用員として派兵されたリカルド隊の面々は引き続きアイナリーに屯しており、突如として襲撃を受け(うずくま)った隊長の被害、ならびに『姫』の帰還の報せは……瞬く間に詰所じゅうを駆け巡った。

 見知った顔の歓待を一通り受け、特にノートは大変なことになっていたが……珍しく心の底から嬉しそうな彼女を尻目に事務所を訪ね、ネリー達は無事目当ての人物を探し出すことが出来た。




 「事情は解りました。……ええ、一人増えるくらいなら問題無いでしょう」


 教導員として派遣されながらも、生徒の不在により事務仕事を押し付けられていたギルバートは、二つ返事で了承してくれた。


 「それにしても……彼女には本当に驚かされてばかりです。……まさか『魔族』の子に教鞭を執ることになるとは…」

 「いい子なんだ。それは私らが保証する」

 「そこは懸念しておりませんよ。彼女共々、顔を合わせるのが楽しみです」



 誰からともなく窓の外――賑やかな喧騒が聞こえてくる屋外演習場を見据え…………保護者達は苦笑を溢さずにはいられなかった。





 ……………………






 「…………ま。あっちはギルセンセに任せときゃ安泰だろ。アイナリーの治安なら大丈夫。お嬢のお留守番も安心だ。……言動のほうは……まぁ…………うん、そう。そうだな、うん。心配したところでどうこうなるもんじゃないな」

 「………………そうだな。であれば……あとはこっちか。……やっぱり手頃なのは狩人連中が持ってってるな。面倒なのばっか残されてる」

 「まぁそうだろうな。だからこそ好感度チャンスなわけだが」

 「俺達なら苦でもないしな。…頼りにしてるぞ相棒」

 「おうよ。私達に任せとけ。………そっちこそ大丈夫か?」

 「……軋む」

 「…………フォロー入れるわ。任せろ」



 ネリーの心強い返事を受け、勇者ヴァルターは売れ残っていた依頼――採集系・討伐系・調合系のそれらを、ごっそり纏めて受注した。

 いずれも難易度が高い……というよりは労力に対して実入りが釣り合わない……要するに『効率が悪い』とされ、忌避されていた依頼であった。





 勇者一行の当面の目標である『アイナリーにおけるヴァルターの好感度稼ぎ』ならびに『魔王に関する情報収集』。

 紆余曲折こそあったものの……最終目的へ向けての一歩を、改めて踏み出したのだった。

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