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「……君は、どうしたい?」
僕の目の前に立つ緋色の悪魔は……突然呟いた。
魔王城。人類に仇なす、巨悪の巣窟。
生きとし生けるもの全ての敵。我々が心命を賭して討ち滅ぼさなければならない、この世のありとあらゆる諸悪の根元。意思を持った災害。動く天災。破壊と殺戮の権化。
『魔王』。……その、居城である。
未だ周囲には轟音が響き渡り、多数の砲火が空を赤く染め飛び交っている。一つ、また一つと空翔ぶ船が赤黒い華を咲かせ、続々と射落とされていく最中。
その戦場にあって、文字通り桁違いの巨大さと威圧感。比肩するものなど存在し得ないとばかりに堂々と空に浮かぶ……その巨城。
揺るぎない守りと絶対の制圧力を誇る、魔王軍の総指揮砦にして総旗艦。
その最上部…発令棟にて、僕達は対峙していた。
「聞こえているかい? 思考を巡らせることくらいは出来るだろう? それでは、改めて訊こう。……君は、どうしたい?」
「……何をワケの解らないことを!! 私は『勇者』だ! 貴様を倒し、全ての人々に救いをもたらすことこそ我が使命!!」
僕の口が……思ってもいない言葉を口走る。
……なにが『全ての人々に救いをもたらす』だ。我が口ながら虫酸が走る。
それが世迷い事であることを……むしろ僕のせいで不幸になった者達がいたことを………
そしてそれを知る者が………最早殆ど生きては居ないことを、僕は知っている。
「魔王よ! 貴様の悪しき野望もここまでだ!!」
だが僕の口は相も変わらず、僕の意思とは無関係に……薄っぺらい台詞を好き勝手に喋る。
見たところ……というか見るまでもなく、目の前の魔王の力は強大そのもの。挑み掛かるのも馬鹿馬鹿しい程だ。正直逆立ちしたって勝てっこない。
これまで僕と寸分違わず、全く同じ場数を踏んでいる筈なのに……何故こいつは解らないのだろうか。巻き込まれる僕のことも少しは考えてほしい。……望むだけ無駄だが。
どうせ今までと同じだ。僕は為す術なく殺され……しかし死ねず、蘇り、回復とレベル上げを施され………そして無謀な突貫を繰り返すのだろう。
何度でも。何度でも。
魔王を倒すまで……何度でも。
……バカみたいだ。
いつになったら終わるんだ。
魔王が僕……いや、あいつごときに倒せるものか。
一体いつまで付き合えば良いんだ。
もう……何もかも疲れた。
『君は、どうしたい?』……か。
そんなのは決まっている。
僕の望み。……もし叶うのなら。
……全てを。
こんな世界の全てを終わりにしてほしい。
そのとき……人類の怨敵『魔王』が。
微かに、だが確かに、………笑った。
「…………成程。ふふ、よく解った」
「もはや何も語るまい! 魔王よ! 覚
………………………
………………………………え?
回りの音が、魔王の声が、自分の声が、…………消えた。
発令棟の窓の外……先程まで絶えず砲火を上げ続けていた対空砲座も、その砲口から吹き出した光も、敵の船から放たれた砲火に翼を撃ち抜かれた翼竜騎兵も、
目に見える何もかもが、ぴたりと動きを止めている。
勿論自分も………魔王さえも、微動だにしない。
『御機嫌よう。……はじめまして、かな?』
あまりにも理解し難い状況に混乱しきった頭に、突如として聞きなれない声が響いた。
『私だよ私。目の前に立っているだろう? いやーいやー……やーっと捉えることが出来たよ。苦労したんだ』
目の前。立っている。……私。
まさか………この声の主は、魔王だとでも言うのだろうか?
『その通りだよ? 『はじめまして』で合っているよね、ドライツェーン。……実は、君には前々から目を付けていてね。………ああ、突然すまない。混乱していることとは思うが……一度、どうしても落ち着いて話がしたかったのでね。少々強引だが招待させてもらったよ。……あ、何か言いたいことがあったら遠慮なく思い浮かべてね。大丈夫、回線は捕まえてる。ちゃんと拾うから』
あっさりと正体を明かし……その上いとも容易く僕の思考を読み取って見せた、魔王。
その声は、目の前の緋色の悪魔の……恐怖の代名詞『魔王』のイメージから掛け離れた……何か楽しみなイベントを心待ちにしている少女のような………若々しく弾んだ声だった。
『私が名乗らないのも不公平だよね。ご存じの通り、私は『魔王』。人呼んで………『魔王プリミシア』だ。ふふ、可愛い名前だろう?』
名前で呼ぶヒトなど居ないけどね、と魔王は笑う。
確かに、色々と魔王らしくはない。名前といい、割りと軽い口調といい……この悪魔然とした見た目からは、にわかに信じがたい。
『まあ、この魔王ってただのガワだからね。操り人形的な。影武者的な。本来の私はもーっと可愛いよ』
………影武者にすら、敵わないのか。
そもそもこんなことを平然とやってのける存在だ。初めから勝ち目など無い。
最早抵抗するだけ無駄だろう。もとより僕にできる抵抗なんて無いのだが。
自分の身体すら思い通りに動かせない………そんな無力な僕に、魔王自ら何の用なのだろう。
降伏勧告だろうか。出来るものなら即受け入れたいのだが。
『えっ本当? 本当なら話が早いんだけど………』
受け入れたいのは山々だが。
……しかしながら、僕の身体は僕のものではない。たとえ僕の意志が魔王に下ったとしても、指揮者はそんなこと一切気にせず、魔王を殺そうとするだろう。
僕の意思など関係ない。
考えるだけ無駄。頭を使うだけ無駄なのだ。
それでも…アイツらをどうにかできるというのなら。
そのときは魔王だろうと、たとえ悪魔だろうと。
……喜んで魂を売ってやる。
『そのへんは大丈夫。考えてあるから。………じゃあ、そうだね。改めて聞こう』
(自称)魔王の言葉は、勿体ぶった様子で口調を改めると……
そして運命の問いを、口にした。
『私と一緒に、このクソッタレで下劣で最悪な世界を………ブチ壊す気は、あるかい?』
今から遡ること、千と七百年以上も前。
某年。………十二月、十九日。
その日、あまりにもあっさりと……
世界の命運は、決まったのだった。




