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65_勇者と少女と嘆きの雲行き

 逃げる間もなかった。

 助けを求める暇もなかった。


 違和感に気がついたときには、既に手遅れだった。



 抵抗らしい抵抗も出来ずに、わたしのからだから衣類が奪われる。ありふれたチュニックを取り上げられ、華やかさなど皆無なショートパンツをずり落とされる。


 立て続けに襲い掛かる予想外の事態。とうとう処理が追い付かず、エラーを吐いて停止した思考の下では……身体を動かすどころか、対処を思い浮かべることすらままならない。


 ついにわたしの大事なところを護る最後の砦、飾り気が無いとネリーに大不評だった木綿(コットン)の下着までもが呆気なく脱がされ………あれよあれよと言う間に産まれたままの姿にされてしまった。

 魔王(せんせい)のものとは違い、わたしの身体はまだまだちいさい。発育の兆しが仄かに窺える程度、しかしながらやはりまだまだ未成熟なのであろう裸身が大気に晒され………途端に周囲から沸き上がる、好奇を多分に含んだ喚声。




 どうして………こうなった………



 一糸纏わぬ姿でろくな抵抗ができず、今や周囲になされるがまま。なにひとつ理解できないわたしには、我が身に降りかかった悲劇を嘆くことしかできなかった。





 ……………………




 「しゅ、いん………? んん? なに?」

 「主賓な? しゅ、ひ、ん。自分が(・・・)主体となって(・・・・・・)がんばるの。……しゅいんはちょっとやめような。不健全だからな」

 「しゅ、い……んい、……しゅー………ひ、……ん?」



 なんのことかと思ったが、勇者の功績を称えるための宴を催すらしい。

 尤も宴といっても型式張ったような……ドレスコードやらエスコートやらの堅苦しいものではなく。酒場の飯を大量に並べ、とにかく酒を出しまくる……狩人らしさ溢れる気楽なものだという。



 うん、それは大歓迎だ。タダでおいしいごはんがおなかいっぱい貰えるなら、いくらでも大歓迎だ。おまけに勇者の評判も上げられる。まさに願ったり叶ったりだ。


 なんでも………先刻は船まで回して、直々に帰還支援の陣頭指揮を執っていたライアが、これまた直々に設けてくれた宴の席だという。……なんだそれは。長耳族(エルフ)には天使しか居ないのか。ネリーといいライアといい、これではどうやって恩返しすれば良いのか想像もつかない。


 ふたりへの恩でわたしが破産してしまう。

 死にものぐるいで恩を返済しなければ。



 「そういうわけでな、その………お嬢にはちょーっとおめかしして欲しいんだが……いいか?」

 「? んい……おめ、こし?? ………んん、………いいよ?」

 「ヨッッッシャ!!!」

 「んい………? んい。いいよ」



 オメカシシテとやらがよくわからないが、ネリーと……恐らくはライアの頼みなのだろう。であれば、わたしは恩の多重債務に喘ぐ身だ。断る理由は何もない。


 その……オメカシシテが、わたしにうまく出来るのかは………正直わからない。だが、気配り上手のネリーのことだ。わたしに出来ないこと、そしてわたしが嫌なことを、無理矢理やらせようとはしないだろう。


 ネリーの言うことなら、なんでも信用できる。

 だから、大丈夫だ。


 「んい。………だい、じょうぶ」



 だいじょうぶ。ネリーのおねがいだよ。








 大丈夫な、はずだった。







 ………どうして、こうなった。


 宴の会場となる、ヒメル・ウィーバ商館の催事ホール。

 着々と料理が運び込まれている大広間の隣、控え室にて……なぜか裸に剥かれているのだ。

 これはいったい……どういうことだろう。

 ……まさかオネコシシルとは……『すっぱだかになれ』ということなのだろうか。



 「お嬢……………本当、……その………綺麗だよなぁ」

 「可愛い……ぷにぷに…きれい………かわいい…」

 「すべすべ……つるつる…………はふぅ」



 わたしの着ていた服を引っぺがし、抱えるようにして持ちながら………なぜか意味深な目でわたしを見つめてくる彼女たち。

 ネリーと…わたしのオテツチチヌを手伝うように言われたらしい、侍女(メイド)服姿の女の子。おまえのほうがかわいいよ。


 いや……侍女服の子がかわいいのはべつにいい。とても良いけど、べつにいい。

 問題なのではそこではない。なぜわたしがすっぱたがにされているのか………そこなのだ。



 どういうことなのだ。ヴァルターやディエゴならともかくとして……ネリーはそんなことをする人ではないと思っていたのに。わたしの服を取り上げて、すっぱだかにして喜ぶとか、ちょっとどうかと思う。あとすこしさむい。

 さすがに理解できない。説明してほしい。ちょっと納得いかない。それらの不満を込めて、非難がましくにらみつける。……なんだか涙でてきた。



 「………んいぃ……ねりー………ねりぃ……」

 「うわ待ってお嬢……それやば」

 「んん……んい………? だ、……だめ! ……ねりー、ごまかし……だめ」

 「………ぁああ………ぁあぁああ………」



 ネリーを見上げるように睨み付け、説明を求めようとしたのだが、ネリーはなんか、その……だめそうだ。

 目の焦点が合ってないし、顔もなんか赤い。息もなんか荒い。もしかして体調が悪いのだろうか。……とりあえず今のネリーは、たぶんだめだ。


 しかしながら一方、侍女服姿の女の子たちは……さすがというべきだろうか。ライアの指導が優れているのか元々技量の高い子だったのか、職務意識に忠実、仕事も確実のようだ。かわいい上にかっこいい。

 相変わらず意味ありげな目でこちらを見ているものの………だめになったネリーに代わって、わたしをトテタチチテにする準備を進めているようだった。



 「んい…………あの、」

 「は、はいっ!? な……なんでしょうきゅゆうひゃしゃま!」


 せわしなく動き回る侍女服の女の子のひとりに声をかける。なんだかめっちゃ噛んでた。なんていいたかったんだろう。


 「…………あの、…わたし、なに、する? ………んん? される?」

 「はいっ! ……ええ、と……こちらのお召し物を御仕着せせさせせて頂きます!」

 「…………………んいいー……」




 若干噛みながらも説明義務を果たしてくれた、侍女の女の子。その可愛らしい言い間違いを指摘する余力もなく、


 提示されたお召し物、提示されたわたしの未来に……意識が遠のいた。






 ………………





 陽もすっかり沈み、朗報に浮かされ、一足早く出来上がった人々が賑やかさを増し始めた頃。

 カリアパカの市街、一等地に建つヒメル・ウィーバ商館。その多目的ホール………を筆頭とした市街中心部は、未だ興奮冷めやまぬ多くの人々で賑わっていた。



 「さっすが勇者様だよなぁ……」

 「全くだ。あっという間に解決してくれて」

 「知ってるか? 殆ど無償なんだってよ、勇者様」

 「報酬なんか要らんから皆で宴を、ってな。……惚れるよなぁ」

 「お前……そういう趣味かよ」

 「いや馬ッ鹿! あの子は別格だろ!」

 「解るぜ。…あれは数年後が楽しみだ」



 館内へ入れた者も、商館の周囲で露店の酒を愉しむ者も、口々に勇者の働きを称え……その容姿をまた讃えていた。

 その姿を直接拝んだ者はまだ多くないが……その飛び抜けて印象的な容姿は瞬く間に、口伝(くちづて)で町じゅうへと広がっていった。



 勇者はまだ歳若い少女。しかも白く煌めく清らかさが形になったかのような……とびきりの美少女だという。

 その少女勇者の姿を一目、あるいは改めてじっくりと拝もうと………こうして多くの人々が詰め掛けたのだった。







 ………………





 その様子を扉の隙間から覗き見たノートは、速やかに錯乱した。




 「やだ……やだ、やぁあ………やぁあ……!」

 「だ、大丈夫だから! 私らが付いてるからな? 大丈夫だ!」

 「んいい……、んいい………」

 「ほら、ノート落ち着け……! 大丈夫、心配するな! お前はごはん食べてて良いから! ごはん!」

 「あ……あるたー……ごはん………んいい……」

 「ノート……様………落ち着いて………冷静に……」

 「んい………んい…………」



 控え室ともなったこの部屋には、小綺麗な服装を纏った勇者一行が集まり………ノートをひたすら宥めていた。


 各々が装いを新たに――といってもそれほど格式張った場ではないため、飾り気が無さ過ぎたノートと綺麗とは言えない格好だったメアの二人のみではあったが――身繕いをして大広間の様子を窺っていたのだが、とうとうノートが限界を迎えたのだ。



 その目に涙を浮かべ、いやいやと顔を振りながら『しらない』『きいてない』を繰り返し……裾が汚れるのを気にも留めず、ついには座り込んでしまった。



 「しらない………わたし、ちがう……しらない」

 「…大丈夫か? ノート……ここで待ってるか?」

 「………………ごはん、たべる……」

 「………大丈夫か?」

 「あるたー、ゆうしゃ、いる。……だい、じょぶ」



 自らの本能に忠実な、その根性は目を見張るものがあるが……なんとか立ち上がったその腰つきは、どう見てもへっぴり腰。大丈夫そうには見えない。


 「ゆうしゃ、ゆうしゃ……ある、た………がんばって」

 「あ……あぁ……」

 「んい……んい………わたし、がんばる……」



 ヴァルターの袖をぎゅっと握り締め、覚悟を決めたように頷くノート。

 気力を奮い立たせ、自分の意思と真逆方向に全力で向かった衣装を翻し………やっとのことで瞳に力を灯す。


 「あるたー。わたし、がんばる。………まかせて」

 「……ん? ……あ、あぁ。頼むぞ。……ん??」



 勇者ヴァルター(・・・・・・・)の活躍(・・・)を、間近で見た自分が(・・・)主体と(・・・)なって(・・・)伝えるために。


 そう覚悟を決めたノートは……盛大に勘違いを残したまま、最後の戦いへと臨んだ。

おわりませんでした。長引きすぎました。

のめんなさい、つぎで湖の話おわらせます。

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