61_牢屋と迷路と捕虜尋問
※※※男性にとっては寒気を感じる表現がございます。
ご了承あるいはお戻り下さいますようお願い致します。
ぺしぺしと、ヴァルターの頬をおっかなびっくり叩く。
……起きない。
ならばと半開きの唇をつまんでみたり、口を開けて舌をつまんでみたり、耳に息をふきかけてみたり、更には軽くゆびをつっこんでみたり……
……だが、起きない。
幸いというか、表情は穏やかなものになっている。メアのお陰で悪夢からは解放された様子であった。
……もっともその悪夢に叩き落としたのも、ほかならぬメア本人なのだが。
悪夢の一因とも目されている、『夢魔』の能力のひとつ。
それは……対象者が過去一度でも思い浮かべたことがある『最も起こってほしくない事象』を、夢の中で忠実に再現するもの。文字通りの『悪夢』。
的確に心を抉られるその能力、それによる悪夢からは逃れたものの……
「めあー、めあー。………あるたー、おきない」
「……ごめ…………ごめん………なさい………」
二人の目が、覚めないのだ。
ネリーともども、今はどうやら心安らぐ夢を見せられているようだ。先ほどまでの苦悶の声はすっかり鳴りを潜め、落ち着いた寝息を立てている。
…………だが、起きない。
「………めあー、………おきない、なんで?」
「ごめ、なさい………ごめん、なさい…………」
「んい……おこらない、から。わたし、ぜったい。……だから、…おしえて?」
「………ごめっ、……ごめん、なさい」
……難航した事情聴取の結果、どうやらメアの『魔力切れ』ということがわかった。
眠りを操る夢魔の特技だが、やはり魔法の類いであるらしく……行使にそれなりの魔力を消費するとのこと。
侵入者であるヴァルターとネリー……そしてわたしの潜在魔力、つまり『脅威度の高さ』に怯んだメアは、かなり高威力の昏倒魔法を行使した……ということらしい。
そしてその後わたしを助けるために………ざっと十五人くらいだろうか。下半身を露出したまま寝転ぶ周囲のやつらを、纏めて昏倒させた。
………そこで、限界らしかった。
出会い頭にヴァルター達に放った魔法は、単純に睡眠状態に陥れるというよりも……一種の状態異常の付与に近いものらしい。
普通の起こし方では目覚ましにならず、覚醒させるにはひたすら時間経過を待つか、あるいは状態異常回復系の魔法で原因となる異常状態……昏睡とでも呼ぼうか。その『昏睡状態』を治療する必要があるらしい。
夢魔種族特有の『昏睡状態から回復させる』魔法も、あるにはあるらしいのだが………今まで滅多に使う機会が無かったために熟練度も低く、消費魔力効率も極めて劣悪。
今のメアには、昏睡に墜とすことはできても……引き上げることは出来ない、とのことだった。
牢屋自体が薄暗いせいでパッと見た感じよくわからなかったが、確かにメアの顔色は悪い。力なくへたり込んだ細い肩は上下しており、なかば執念のような気構えで目を合わせ、受け答えはしてくれているものの……見るまでもなく限界が近いのだろう。
「………めあー、わたし、ききたいこと。……めあー、まりょく、かいふく、……あるたー、おきる?」
「…………はい。……回復の……量に………よりますが……」
「んい。……めあ、ぽーしょん、のむ。……あるたー、おきる、……できる?」
「……はい」
「んい。いいこ」
やはり。メアの体調不良も、昏睡状態も、魔力さえ回復させれば回復は可能らしい。
……であれば、行動目標は決まった。
湖賊どもの中でも偉そうにしていたやつ。わたしたちを運ぶ途中で金目のもの――霊薬を始めとした消耗品や、ネリーの武器とヴァルターの武器『勇者の剣』――それらをちゃっかり回収していった、ひときわ大柄で筋肉もりもりの禿頭。
あいつを襲って、霊薬と武器を奪う。……もとい、取り返す。
そしてメアに霊薬を飲ませて、二人の昏睡を治療させる。
いいね。それでいこう。
わたしが出歩いている間、牢屋の鍵を閉めておけば……そして鍵をわたしが持っていれば、あいつらは牢を開けられない。ネリーは安全だろう。
……かんぺきだ。
「めあ。めあ。……んいい、ろうや、これ。かぎ。……わかる?」
「…………はい。………たぶん……」
「あけて、おねがい」
「……わかり、……ました」
力任せに牢をぶち壊すことは、簡単だろう。
でもそうすると……ネリーを守るものが何もなくなってしまう。音を聞きつけて敵が増えるかもしれない。
後の安定性を求めるなら……素直に扉から脱獄し、その後ちゃんと鍵を掛けるのが望ましい。
あけたら、しめる。おしえてもらった。
……ああ、はやくアイナリーに戻りたい。
「あき…………ました……!」
見るからに億劫そうな動きで、それでも必死に身体を動かし……メアは牢を開けてくれた。
やはり相当無理をしていたのだろう。扉を開けると同時、崩れるように倒れ込む……自分に負けず劣らず、小さなからだ。
抱き止めたその身体は………非常に細く、軽い。
「めあ……あり、がとう。 ………あとで、ごはん、たべる。……いっぱい」
もはや返事を返す気力もないのか……力なく瞼のみで反応を返すメア。
少し考え………鉄格子の外、隅っこの壁際にもたれかけるように、床に下ろす。
安全度で言うならば、牢の中のほうが高いのかもしれない。だがそれでは万が一にも奴等の仲間に見とがめられた場合、メアの反逆が一目瞭然となってしまう。
まだメアの反逆は他のものに感づかれていないはず。今なら単純に『わたしが脱獄し、あいつらをみんな倒した』ふうに見えるはずだ。
しっかりと鉄格子に鍵をかけ、扉が開かないことを確認する。
鍵を無くさないようにポーチ……は剣ごと商会に預けてきたんだった。仕方なくポケットに入れる。
武器はない。わたしは防具も特にない。見た感じでは、丸腰。
………まあ、いらないけど。
勇者の本分は、度を越えた身体強化の出力にある。
一部の極めて頑丈な魔物等には『勇者の剣』を用いることがあるものの……徒手空拳でもなかなかに、つよいのだ。
人族……もとい、たかが賊ごとき。
わたしの敵ではない。
「んい。わたし………いく、します。………りぃんふぉーす。いる」
自分の身体以外に身動きをとる者が居ない牢屋の中。
身体の本調子を確認し……駆け出した。
目指すは、大将首。
この……ノートが貰い受ける。
………………………
途中で遭遇したごろつきを手当たり次第に殴り倒し、複雑に入り組んだ洞窟遺跡を駆ける。
大昔の地下要塞の一部だったのだろうか。広い通路や細い通路が縦横に繋がっており、しかもその殆どが崩落や埋没で進めなくなっている。おまけに広く長い通路だったと思しき広間も、壁………もとい。隔壁があちこちに降り、細かく寸断している。
………遠い、遠い記憶の隅に、ひそかに引っ掛かる感覚を覚えながらも……微かな足音すらも置き去りにして、走る。走る。
道中で出くわすそれっぽい奴らはみんな敵だ。ネリーのおっぱい揉んだやつの仲間だ。つまり処刑対象だ。わかりやすくてよろしい。
しかしいい加減めんどうくさくなってきた。とりあえず奥へ向かって進んでいるつもりだが、聴覚頼みではさすがに能動探知とは勝手が異なる。いくら強化された感覚とはいえ、なにしろあらゆる音を拾っているのだ。
……今現在もまさに、あちこちから肉がぶつかるような、水音交じりの物音と様々なうめき声が聞こえてくるのだ。こんな中で目的の方向を探り出すのは骨が折れる。
全部まとめて吹き飛ばせればどんなに楽だろうか。でもそうすると扉の向こうで辱しめを受けている被害者たちも眠りこけてるネリーもヴァルターも、そしてメアももちろんわたしも、みんなまとめて生き埋め必至だ。
そしてそれはとてもめんどうくさい。わたしはかしこいのでそれくらいはわかる。
……であれば、どうするか。
かんたんだ。道を訊けばいい。
コンコンとていねいにドアをノックして『すみません、お尋ねしたいのですが』と下手に出るのだ。誠心誠意お願いすれば、きっと快く教えてくれる。
よし、やってみよう。
魔力を込めた脚を振りかぶり、踵をドアノブに叩きつける。外層に表層硬化を纏った踵は寸分たがわずドアノブとドアロックを纏めて打ち抜き、衝撃でドアはあっけなく開かれる。
丁寧にノックしたお陰もあり、住人はちゃんと扉を開けてくれた。どうやらおたのしみ………もとい、お休み中だったらしく、驚愕に染まった男の顔と、絶望に染まった少女の顔と……それぞれ視線がぶつかる。
「……げすが。ふのうにしてやる」
「な、な、な!? 何だテメェ!!?」
力なく横たわる少女の上から男を蹴り落とし、そのまま上に乗る。仰向けに倒れた男の鳩尾に右の膝を立て、左足で口を踏みつけ絶叫を塞ぐ。慌てふためいている間に彼の両手を捕らえ、左手一本で掴み、床に叩き付ける。
ここまでは順調。寝ていたところを起こされた彼も、しぶしぶ言いながらも話を聞いてくるれる体勢になった。
「あなた、たち。……いちばん、えらいひと、へや。……おしえて」
質問に対して帰ってきた反応は……敵意と殺意と悪意と害意。
なんてこった。まだお願いが足りなかったらしい。もっとちゃんと下手に出てお願いしなければ。
おもむろに右手を掲げ、彼の眼前でひらひらぐっぱぐっぱさせる。それをそのまま彼の下半身へと伸ばし……剥き出しのそれへと触れる。
彼が、目を見開いた。
薄暗い洞窟遺跡を走ってきたせいか、わたしの手のひらは……たぶん、とても冷たい。その冷たい手で急所に直接触れられては、大の大人でもたまったものじゃないだろう。
彼の顔が、困惑で染まるのがわかる。
「いちばん、えらいひと、ばしょ。……おしえて」
じっと彼を見つめ、静かに問いかける。
しかしながら………反応は無い。
ならば、仕方ない。
右手で鷲掴んでいた急所。……そこを握りつぶすように、力を加えていく。
彼の顔色が変わった。青色を通り越して、蒼白。
なにごとか呻き声とも悲鳴とも取れぬ声を上げているが……聞こえないからね。仕方がない。
脚を振り回し、必死にわたしを振りほどこうとしているようだけど、残念なことにびくともしない。わたしの今の体重が軽い方とはいえ、上半身に乗り上げられては身を起こすことも叶わない。
押しつぶされた口をなんとか動かそうとしているようだけど、わたしの靴底すら噛み千切れない彼には、どうすることも出来ない。
右手になおも力を加え、圧力を高めていく。それを守る骨も筋肉も一切存在しない、しわしわの薄皮一枚に包まれただけの、剥き出しの急所。
潰されれば極めて高確率でショック死するという。幸いにも生き延びたとしても、種として………雄として、間違いなく死ぬ。
僅かな加圧でも激しい鈍痛を伴うそこを、二玉まとめて爆ぜる一歩手前までギリギリと締め上げる。
あーともうーともつかない悲鳴を上げようとしているらしい彼の顔色は、もはや真っ白に変色していた。おまけに涙をはじめとした液体で顔が大変なことになっている。
「えらいひと、ばしょ。……おしえて?」
にっこりと、ゆっくりと、はっきりと訊ねる。
するとどうだろう。口を踏みつけられたまま、それでも必死で顔をがくがくと揺すり、協力を申し出てくれたではないか。
やはりちゃんと下手に出てお願いすれば、ちゃんと下に手を出してお願いすれば、ちゃんとせいいは通じるのだ。
拘束を解くと、彼はもはや抵抗する気力もないようで……力なく横たわったまま荒い息を吐き、ぽろぽろと涙をこぼしていた。……乱暴された生娘みたいだ。
そこからはとてもスムーズに聞き取りができた。聞いたことをなんでも素直に答えてくれたので、事情聴取がとてもはかどった。根は良いこなのかもしれない。
ふと、先ほどまで押し倒されていた少女――十二か十三か、肩口で揃えたさらさらの髪がきれいな、大人しそうな可愛らしい子――彼女に目を向けると………何やら目を輝かせてこちらを見ていた。……どうしたんだろう。
「……んい、……あのこ。おんなの、こ。……なにか、いう、する?」
「……許されることじゃ……無ぇと……思ってます。………でも、ごめんなさい。ごめんなさい…謝らせてください……ごめんなさい。………怖かった………怖かった」
顔をくしゃくしゃにして、涙をぼろぼろこぼしながら……嗚咽を漏らす彼。
ものすごく控えめになってしまった気がする。
やっぱり、元々は良い子なのだろうか。




