59_町と湖と昔話
カリアパカという、この町の一風変わった響きの名は……大昔の水の神に由来しているらしい。
その昔。常日頃より傍若無人に振る舞い、たびたび人里に現れては人々にちょっかいをかける……傍迷惑な『火の神』がいた。
彼は己の城と定めた火山に居座り、何の脈絡もなく人里に現れては傍若無人に振る舞う。言動は衝動的で、振るわれるその力はまさに暴力。人々は恐れ、萎縮し、次第に暗く沈んでっていた。
そんな人々の様子に火の神は気を害し、より一層荒ぶり、振舞いもどんどん過激になっていった。
そんな彼に怯えて暮らしていた人々は、あるときとうとう我慢の限界を迎えた。火の神をどうか鎮めてほしいと『水の神』に祈り願った。
その祈りを聞き届けた水の神は火の神を諭そうとしたものの……まだまだ若輩であった水の神の言葉を聞き入れることはなく、ついには力ずくで水の神を黙らせようとした。
しかしながら水の神は退かず、神としての格も実力も上である火の神に、果敢にも挑み掛かった。そして三日三晩の死闘の末、……ついに火の神を打倒したのだった。
たが。火の神が崩れ落ち、その骸が消滅するや否や。
身の毛もよだつ地響きとともに……彼が居城と定めていた火山が噴火した。
いや……それは噴火などという規模には到底収まらない。
ただただ暴力的な『爆発』だった。
空を赤く染める業火を目にし、破壊力をも伴う轟音を耳にした人々は……それが火の神の復讐であると恐れ戦き、その直後跡形もなく蒸発した。
火の神の居城……火山があった場所を中心とした広大な大地が、そこに存在していたあらゆる生命とともに、一瞬で燃え尽きた。
炎に包まれなかった他の地も、破壊的な地震と空より降る焼けた礫と臓器を蝕む毒の煙に襲われ……殆どの人々が命を落とした。
水の神は悟った。これは火の神の復讐などではない。
彼はむしろ、この災厄を力ずくで抑えつけていたのだろう、と。
そんな彼を消してしまったばかりに、結果はこの有様。この災厄は自分が引き起こしたに他ならない、と。
そのことを嘆いた彼は、自らの命と引き換えに災厄の業火を消し、世界中に飛び散った灰を雨で洗い流し、死の大地と化した爆心地を命の水で満たし、そこの管理者として水竜種を生み出し……そこでとうとう限界を迎えた。
幸いにも災厄を生き延び、この地に辿り着いたヒトに真実を伝え、どうか火の神を恨まないでくれと言い残し……力尽きた。
そうして…水の神が力尽きた場所。また同時に、真実を受け継いだヒトが興した集落こそが……カリ・アパカ。
彼らの古い言葉で『水の神』を示す名を付けられた、この町である……という。
………………
あくまでこの地の口伝で伝わった民話である。実際の歴史とは往々にして異なるだろうし、どこまで真実か定かではない。
今でこそ観光都市として発展したカリアパカだが、その昔は単なる漁村だった。
またその頃は水竜との付き合いも良好……とまでは行かなくとも、頭ごなしに恐れる程ではなかった。むしろ吉兆や豊漁の兆しとして見られていたこともあるという。
だが……遠い国から人が訪れ、観光地としての素質を見出だされ、どんどん開発が進んでいき、流れ込む者に反比例して昔を知る者が減っていき……今では水竜のことを『ただの魔物』としか認識していない人が殆どだという。
先程水竜に感激していたり崇め拝んでたりした人々は、この民話を聞いて育った者たち……昔からこの地に住まう一族の者だろう、ということだった。
そんな昔話を聞かせてくれた長自身も、その『昔からこの地に住まう一族』の者であるらしい。
そのため『水竜から聞いたんだけどさ、なんか最近海賊出るらしいじゃん?』などという……普通の感覚の人からしてみれば理解に苦しむ内容に対しても、とてもスムーズに納得して貰えた。
「えらくあっさりと信じるんだな。私らだって外の人間……と長耳族だぞ? 自分で言うのもアレだが、テキトーなこと言ってるだけかも知れねぇだろ? 疑った方が賢明なんじゃねぇの?」
「滅相もございません。単なる旅の方ならまだしも……勇者様ご一行のお言葉とあっては、易々と無下にはできませんよ」
「へぇー………随分と耳が早いな」
「こんな町ですからね。重要なお客様の情報はすぐに届くようになってまして」
「そりゃまた……ご苦労なことで」
「んい。……ごくどう、まことめ」
言われてみれば、確かに身に覚えはあった。
勇者本人の知名度はさておき、ネリー自身の外見はきわめて特徴的であり、そこから勇者本人を特定するのは容易い。先日のアイナリーでそれは実証済みである。
ならば元々そうした人物の出入りに敏感な土地柄……勇者の到着など、容易に知ることが出来たのだろう。
だとしたら話が早い。ヴァルター本人の居ないところで彼の知名度を盾にするのは気乗りしないが、せっかくの好機なので楽させて貰おう。
ヴァルター本人にはあとで何か……良い感じのお土産でも買っていってやろうと思う。勿論彼の財布で。
「それで、その海賊……? 湖賊? 海賊で良いか? まぁとりあえず……奴等について知ってること、何かあれば教えて欲しいんだ」
「知っていること、ですか……」
長は眉間に皺を寄せ、暫くの間何事か考えているようだった。
応接室に沈黙が広がる。ネリーは急かさない。ノートは急かせない。
そして熟考の後、長が口を開いた。
「奴等は元々、カリアパカをはじめとする……この近郊の者では無いだろうと思われます。陸のほうから逃れてきた荒くれ共か、あるいは島向こうの集落から来たのか。舟の扱い方が独特で……我々が見たことのない操船方法でして……」
「独特、というのは……?」
「その……風もなく、また漕ぎ手も居ないのに……勝手に船が動くんです。恐らくは……」
「何らかの魔法、とか?」
「ええ……あくまで推測の域を出ませんが」
「……この辺りで魔法使いが住んでいたという記録は?」
「ここ十年近くはありません。……尤も、記録していないだけ、という可能性はあるでしょうが」
「まぎ、うす。……あいて、めんどう」
「…確かに。面倒だな。……うーん………奴等の手口や、その………主な被害は? 別に言いたくなければ」
「いえ、お気遣いなく。………狙うのは主に、大型の船ですね。商船客船問わずです。いずれの船も『同乗していた護衛がろくな抵抗もできずに殺された』と言っているようで……相当手練れの連中のようです。…幸いと言うべきか、船が少ないのか……襲撃の頻度自体は少なく、また早期に発見できれば逃げ切ることも不可能ではないそうです。……ただ、いざ組み付かれたが最後。金目の積み荷や武器の類、あとは………その……女や子どもを戦利品として持ち去り、人買いに流しているとか……」
「……なるほど。紛れもない外道か」
「ええ………全く」
苦々しげに語る長の顔は……晴れない。
やはり奴等の存在は目の上の瘤、厄介であることに変わりないようだ。
カリアパカや周辺の集落とて、ただ指をくわえて見ていたわけではないのだろう。だが彼らの必死の抵抗がどういう結果に終わったのか。……それは長の顔を見れば、明らかだった。
魔法使いが奴等に力添えしているのなら、ただの人なら相手にならない。自警団や南砦の兵士であっても……水戦の心得のない者たちの手に負えるものではないだろう。
やはり私たちが対処するべきか。アイナリーではないが、勇者の評判が上がるのは良いことだ。
なにより水竜ククルルの……ノートの頼みでもある。
ネリーは傍らで足をぷらぷらさせ、お行儀よくお茶を頂いている幼女を見やった。
「……よし任せとけ。奴等は潰す。私たちが一掃する」
「それは……願ったりな話ですが………如何程ご用意すれば宜しいでしょうか……」
「いやー仮にも勇者だからな。……そうだな、成功の暁に宴でも開いてくれれば充分だ」
「んいい。……うたげ? ごはん、いっぱい」
「……………ありがとう、ございます……」
「はっはっは、礼にはまだ早ぇーぞ」
立ち上がり頭を下げる長を制し、その後幾つか言葉を交わし、長の館を後にする。
手を繋ぎ見上げてくるノートに、勝手に予定を決めたことを謝りながら……ネリーは一人思考する。
敵に魔法使いが居るというのは予想外だったが、それでもさして問題にはならないだろう。私が言うのもなんだが、私たち……というか前衛二人の戦闘力は相当なものだ。
どうであれ、ただの賊。しかもあろうことか人拐いに手を染めた、唾棄すべき存在である。ならば誅罰に何の躊躇いもない。
意気込んだネリーは宿に戻り、ヴァルターに報告するとともに……今後の計画、海賊の討伐について、話を進めていった。
このときのネリーの行動理念…頭の中は、『ノートの喜ぶ顔が見たい』が殆どを占めていた。
ネリーにとって……今やヴァルターを差し置いて、シアと並んで最も大切な存在となりつつある少女、ノート。そんな彼女に喜んで欲しい、ノートの頼みとあれば聞いてやりたい。叶えてやりたい。
それが彼女…ネリーにとって取り返しのつかない事態へと進む……
這い上がれない深淵へと堕ちる、その前触れだった。
ネリーも含め誰一人として、
そのことに勘付けた者は、居なかった。
毎度お騒がせしております。
誤字脱字文法違い単語間違い等ありましたらどうか教えてください……!
アホなんです!どうやら私アホなんです!!




