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58_少女と臣下と近い約束

 やはり観光都市だけあって、やんごとなき方々も多く訪れるのだろうか。カリアパカでひときわ立派な建物……(おさ)の館は、素人目に見てもなかなかいい感じの作りだった。


 湖に沿うように広がる華やかな町並み。それらを一望できる高台に構えられた館、その執務室。



 現在その空間は、重々しい空気に包まれていた。




 「……なんと、御遣い様が……」

 「思い当たる節はあるんだな?」

 「ええ……恥ずかしながら……」

 「はずはし、まが……んいい……」



 現在この場において、話の席に連なる者は三名。

 ネリーとノート、そしてこの町の長…町長である。



 「まぁ、そういうわけで。その御遣い様の意に添うためにも……教えて欲しいんだ」

 「んん……おながい、したす」

 「……解りました。こちらとしても頭を悩ませていた事ですので……」



 彼らが話し込んでいた内容……ネリーとノートが長より聞き出そうとした情報。

 それは……広大なドゥーレ・ステレア湖の水運を脅かす、この観光都市にとっても悩みの種。特産品や金品を力ずくで奪い、流通と交通の安全を脅かし、ときに抵抗する者の命さえも奪うという……悪逆の徒党。



 湖賊……いわゆる海賊に関しての情報だった。






 ことの発端は一刻あまり前。

 チェックインした宿の目の前…眺望デッキ。そこで水竜ククルルと遭遇したときまで遡る。







 ……………………






 『水竜』ククルカルエル。ノートが勝手に略したところの、ククルル。


 ドゥーレ・ステレア湖に残った水竜たちの纏め役にして……かつて孤島で目醒めたノートを背に載せ、陸へ……リカルド隊長の元へと送り届けた、張本人。


 ノートはそうしてリカルドに拾われ、南砦に匿われてアイナリーへ突貫し、そこから巡りめぐってヴァルターやネリーと出合い、紆余曲折を経てここに至る。



 今のノートがあるのは、この忠臣の功績によるところが大きい。

 そしてその忠誠心は今なお顕在であり……久方ぶりに感じ取った主の魔力を辿り、こうして(ひれ)を運んだのだった。



 だが、そんな込み入った事情など一切知らない者にとっては……ノートがいきなり水竜を呼び寄せたようにしか写らないだろう。

 敬愛する主との再会を喜びつつも……かつて自分達に課せられた、課した張本人さえ言われるまで忘れていた命令に対して愚痴を溢す、意外にも感情豊かな魔物の心情を察することができる者は………

 魔王の権能を持つ、ノート以外に居なかった。





 「……お嬢? 大丈夫……なんだよな?」

 「……水竜だぞ……信じられん……」



 目の前で大人しく佇む湖の覇者に、ネリーやヴァルターはもとよりカリアパカの人々も興味を示し始めたようだ。

 遠巻きに様子を窺いつつも、ひそひそ声でなにやら話し込んでいる。

 何人かは目を輝かせ水竜を見つめ、また何人かは涙を流しながら拝み始める始末。



 「んい、んいい……くくるる。えら、いぅと、くくるる」

 「ん……えっと……ククルル? 彼の名前?」

 「んいい……やうす! なまえ! くくるる、いいこ!」

 「……良い子……そう、みたいだな……」

 「……私アレ取ってくるわ」


 その場の者たちが揃って目を白黒させる中……いち早く立ち直ったネリーが、本来の目的を遂行しようと駆け出す。

 この町へと足を運んだ本来の理由……水竜の卵を彼らへと返却するために。


 元々そのために来たつもりだった。蛇革の売却や鞘袋の仕立ては、アイナリーでも出来たことだ。あくまでついででしかない。

 卵さえ手放せれば、あとは観光を満喫して帰るだけだった。



 ネリーとヴァルターは、そう思っていた。




 魔物の……ククルルの思念を感じ取れるノートだけは、顔色が悪かった。







 水竜ククルルが愚痴ってきた内容。それは先日ノートがリカルド隊長に捕獲され搬送される際、ノートが何気なく……ほんの何気なく放った言葉に、端を発する。



 『ヒトに良くしてやってくれ』。



 敬愛する彼らの主から直々に下された命令である。ククルカルエルとその一族は、どうにかしてその命令を遂行しようとした。


 まずはとりあえず、ヒトに対する加害を禁じた。直接的な武力行使はもとより、高速で水を掻き分け進む彼らの余波は、小さな舟程度ならば容易に転覆させ得る。深度の浅い水面付近では、速度制限が設けられた。


 だが……そこで(ひれ)詰まりだった。


 無理もない、元々水竜は遭遇することすら稀であり、獰猛で人を喰らうことさえある……と教え込まれてきたヒトである。一度小さな漁村へ様子を見に行ったこともあったが、ククルル達が姿を表すや否や……蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。

 湖の反対側、直線距離で四十㎞……外周沿いで二百㎞は離れた別の集落でも、同様だった。

 広大な湖のどこへ行っても、人々の反応は変わらなかった。

 自分達の姿は……人にとって恐怖なのだと実感した。




 途方に暮れていた彼らだが、あるとき船の一団を捉えた。

 


 遠巻きに様子を窺ってみると……そこで行われているのは、ヒトがヒトを害し、その持ち物どころか数匹の個体をも奪い連れ去る……紛れもない略奪行為。


 海賊行為、そのものだった。

 ……とはいってもここは海ではないのだが。強いて言えば湖賊だろうか。語呂が悪い。



 ククルルは考えた。

 主のいう『ヒトに良くして』やるためには、目の前の行為は見過ごすことは出来ない。ヒトの世界の掟として、略奪行為は紛れもなく悪である筈だ。あの悪を討てば、ヒトのために『良くして』やったことになるのは間違いない。


 だが、彼ら水竜の身体がヒトからどう映るのか。それはここ数日で嫌というほど実感していた。

 彼がその身を曝せば、悪のものどころか略奪を受けた者も含め、ヒトは恐れる。


 ……ヒトに恐怖を与えることは悪であり、つまりそれは『良く』することとは程遠い。



 奪い奪われるヒトどもの前に、自分が姿を表すことは出来ない。しかしながら目の前の悪事を放置することは、良くない。

 そうして悩む間にも……果敢にも抵抗しようとした雄の個体――恐らく組み敷かれている幼い雌の血族なのだろう――その一体があっさりと斬り裂かれ、湖面に叩き落とされた。


 結局ククルルは、その様子を遠巻きに伺うことしか出来なかった。




 どうすればよかったのか。『ヒトに良くする』には、どうすればよかったのか。そもそも悪事を働く個体にも『良くする』必要があるのか。

 そうして延々と悩みあぐねているところに………懐かしくも心地よい魔力の波を感じた。

 自らの安らぎと『ヒトに良くする』ための助言を求め、ククルルはカリアパカに現れたのだ……






 ……ということらしかった。



 水竜ククルルの言葉(思念)をただ一人受け取っていたノートは、過去の自分がそんなことを言っていたことにまず驚き、ククルルとその一族が律儀にそれを遵守していたことにまた驚き、自分のテキトーな指示によって大切な忠臣が悲壮な葛藤を抱える羽目になったことにたいそう驚き、



 心のなかで、こっそりと詫びた。




 「お嬢!! ほら持ってきたぞ! これ!」

 「んい……?」



 申し訳なさが溢れ出てきたノートに、ネリーから声が掛けれた。彼女がてにしているのは…白色の丸っこい物体。

 水竜のものとおぼしき、卵だった。



 ノートは、それの存在を見事に忘れていた。




 「んいあ……くくるる、たまご。……これ、しってる、たまご?」


 内心の動揺をどうにか押し留め(たつもりで)、ノートは水竜へと問い掛ける。推測ではあったものの確証は無く、正直はずれである可能性もあったのだが………どうやら合っていたようだ。


 曰く、時期的に見ても彼の同胞……レリアメルエルという個体の卵であろう、とのこと。彼女は卵を奪われたことを大層嘆いており、ククルルもそれに心を痛めていたらしい。

 鋭利な牙がずらりと並んだ口腔を開き、差し出された卵を器用に咥える。



 「んい……すごく、ありがとう、って、……くくるる、いってる」

 「……そうか……良かったな、ノート」

 「ヒトに感謝する水竜なぁ……長生きはしてみるもんだ」

 「長生きって……ネリーお前歳い痛ァ!!!!」


 おもしろい声のほうに目を遣ると、ネリーがヴァルターを蹴り飛ばしていた。

 すっかり警戒の解けたククルカルエルもネリーへと視線を移し、穏やかに喉を鳴らしている。どうやら彼自身も長耳族(エルフ)と会うのは初めてのようで、ネリーに興味を示したようだ。


 「くくるる………えるふ、みるの……はじめて、って」

 「んえ? そうなのか……? 照れるなぁ、なんか」


 口は塞がっていても、脳内へと直接語りかけてくるような魔族思念は問題なく届く。

 ククルルの、ネリー達に対する警戒も薄れた。

 同様に、水竜に対するネリー達の恐怖や抵抗感も……薄れた筈だ。



 ……これなら、いけるか。



 「ねりー、ねりー……」

 「どした? ククルル何か言った?」


 さすがはネリー。話が早い。

 この調子なら問題無さそうだ。


 「んい……くくるる、の……おねがい。きいて、いい?」

 「へ? 水竜が? 私たちに……?」

 「んいい………だめ?」

 「いや……ダメっつうか………私らに出来ることなら…」

 「できる、こと。……いい?」

 「……お嬢は、聞いてやりたいんだよな? …わかった、私も付き合う。何でも言うこと聞いてやろう」


 

 んい? 今なんでもって。


 ノートの目が怪しく光る。



 ネリーたちに気取られないように『計画通り』といった顔をこっそり浮かべたつもりなのだろうが、ノートの表情筋は彼女が思っていた以上に積極的だった。

 そのためノートが何かを企んでいたらしいということはネリーやヴァルターには筒抜けだったのだが、保護者二人はそんなノートの様子を微笑ましく思い、あえて気づかない振りをしていた。


 さすがというか、極めて大人(オトナ)な対応だった。

 ……このときまでは。




 「じゃあ、えらい、ひと。……かりあたた、いちばん、えらいひと。……こんにちは、する。おねがい」

 「………………は?」



 そんな余裕の対応も、オトナの落ち着きも、

 ……ノートの突拍子もない『おねがい』を前に、易々と崩れ去ったのたった。

ノートの記憶力は………三日しか持たない(ことが多い)

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