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05_欲の発露と前途多難

 ―――ヒトに会いたい。



 さすがにもういいだろう。

 先生の言ったように、身体に慣れるまでおよそ半年間。

 島での開拓生活がなんだかんだ楽しくなってきたのと、念には念をと思い、動き回ることもう半年。


 この身体になって、自由を手にしてからおよそ一年が経った。



 先生曰く、この世界にも人族は生活しているらしい。

 せっかく勇者のしがらみからも解放されたのだ、自由気ままに人里をぶらぶらしてみたい。


 ……具体的に述べると、美味しい料理が食べたい。



 この世に生まれ変わって早一年。

 口にしたものは魚と肉と木の実や果実。焼く、あるいは茹でるといった『素材の味を活かした食事』しか、摂ったことがない。


 言うまでもなく、調味料が無いためである。


 焼き魚に塩を振りたい。香辛料を効かせた肉が食べたい。乳をふんだんに使ったシチューで身体の中から温まりたい。

 そう思い始めると、結論が出るのは早かった。



 もとより持ち物らしい持ち物も殆ど持っておらず、剣と外套が身支度の全て。

 あとは魔王の置き土産をどう持っていこうかと考え、ふと『勇者の残骸』が思い浮かんだ。

 鞄とまではいかなくとも、ポーチのようなものは確か身に付けていた筈。以前は確認していなかったが、もしかすると使えそうなものが残っているかもしれない。


 僅かな期待を胸に、魔王城深部のとある部屋を訪れた。自分が再び目覚めた、そして親愛なる魔王の望みが叶った場所である。

 およそ一年前に旅立ったそのときのまま、蓋の開いた硝子筒と、その傍らに散らばる残骸。

 その残骸を漁るように、そして目当てのものを見つけることが出来た。


 ほかの装備品だったものと比べると明らかに保存状態が良好で、恐らくはこの外套と同様の技術で作られた、剣帯。

 それは剣を吊る位置調整がしやすくなるよう、中程から二又に分かれた、大小ふたつの輪を途中まで重ねたような構造をしていた。

 外套と同様、殆ど劣化も見られない剣帯には、同様の色で揃えられた頑丈そうなポーチが幾つか下がっている。


 その中身は殆どがボロボロに風化していたが、それらの中からとある発掘品―――汚れや残骸にまみれ、それでもなお黄金の輝きを放つ、小さな円盤―――金貨が、姿を表した。

 金が腐食に強いって……本当だったのか……。いや、もしかしたら何かしらの処理がなされているのか。

 そのまま通貨として使えることはないだろうが、金を多く含んでいることには違いない。処分すればそれなりの路銀は獲られるだろう。願わくば、それなりに経済が発達していると良いのだが……。


 幸いにして残っていた金貨をキープし、その他の『なにやらよくわからないモノに成れ果てていたモノ』を棄てる。外套と似た手触りのポーチは、汚れや染み・変色も見られない。やはり外套同様の防汚措置が施されていたのだろう。

 これなら水洗いして充分使えそうだし、この丈夫さなら魔王の遺品を納めるにも適しているだろう。


 惜しむべくはこの身体、剣帯を腰に巻くには背丈が足りなさすぎる。ただでさえ「やや長めの片手直剣」であった勇者の剣を吊るには、やはり少々心許ない。これでは鞘を引き摺ることになってしまう。

 それに体幹がまだ未成熟なのか、腰回りに長大な重量物がぶら下がっている、しかも左右に大きく偏りがあるというのは、やはり妙に落ち着かない。……生前の自前の剣は、ここまで目立ちたがりではなかった。



 試行錯誤の結果、背に背負うことで一応の決着を見ることが出来た。

 素早い抜剣には慣れが必要だろうが、そこまで荒事に首を突っ込むこともない。これで充分だろう。

 本来腰に回す剣帯を、脇下を通して胸の高さでぐるりと回す。枝分かれしていた長めの輪を、肩の上を通るように斜め懸けに回して、締める。

 もともと厚みのあるベルトだったこと、そして着用者が小柄であったこともあり、さながらレザーの胸当てに見えないこともない。

 剣の納まりも良い。ポーチも使いやすい。これならば問題ないだろう。


 ―――実際にはベルトを締めたと言ってもまだまだ余裕があり、ベルトの隙間からは控えめな膨らみがちらちらと覗く有様であった。見ようによっては、何も身に付けない以上に危険な状態である。

 それどころか下半身が剥き出しとあってはもはや問題しかないのだが、残念ながらそれを咎められる者は誰もいなかった。


 かくして、身支度を整えた(と思い込んでいる)以上、思い出深くはあるが辛気臭いこの部屋に長居は無用だ。

 硝子筒の表面に映り込む姿を、くるりと回って一通り確認し、その場を後にした。


 もう、この場に戻ることはないだろう。




 さて、『ヒトに会いたい』とは言ったが、なにも何の目星もなく思い付いたわけではない。



 話は一旦ずれるが、

 人族は、そもそも魔力の扱いが苦手な種族である。


 厳密には、『魔力を放出して何らかの効果を得る、外部放出系魔法の使用』が苦手な傾向のある種族である。

 その種族的弱点を補う工夫として、『魔道具』が造られ、用いられてきた。


 魔道具は、主として魔法の使用を支援するための道具である。

 人体の内部に循環する魔力の流れを整え、適切な術式転換を行い、そうして魔道具を通した魔力を、外部放出系統の魔法として顕現させる。

 要するに、魔道具に魔力を流し込めば、比較的手軽に魔法が扱えるというものだ。


 とはいえ勿論、万能とはいかない。

 基本的に魔道具は用途ごとに存在しており、また効果の大小はある程度調節出来ても、魔法の種類そのものを変えることはできない。

 炎を出すための魔道具で氷を出したり、水を喚ぶことはできないのである。


 ―――基本的には。



 ここでも、勇者の基本セットの規格外っぷりが遺憾なく発揮されていた。

 なんと勇者の剣、超高性能な切削工具……もとい剣であるのと同時に、超高性能な魔道具でもあった。

 しかも稀少・高度・高品質な、複合型魔道具である。

 なんとこれ一本で『能動探知』『防護壁』『光矢』といった、およそ『勇者っぽい魔法』の幾つかが使用可能な逸品である。

 戦争真っ只中の当時はありふれていた普及品でも、この時代ではまさに伝説の武器と言えるほどに、破格の性能を秘めていた。


 ………本当に、この装備品を支給してくれたこと『だけ』は、感謝せざるを得ないだろう。



 ともあれ、重要なのは『能動探知』が使えるという点である。

 能動探知とは字のごとく、こちらから対象を探知、知覚するための魔法であり、蝙蝠などの動物が使用する探知手法に似ている。

 探知向けに薄く広く延ばした魔力波動を放ち、特定の反応(……ここでは生命力や魔力等)により反射されてきた魔力波動を感知し、周囲の生体反応を探る魔法。

 これのお陰で中・近距離では、絶えず相手を捉え続けることが可能であった。

 たとえ相手が超高速で動いても、たとえ暗闇で視界が閉ざされても、敵の位置が常に判るというのは、大きなアドバンテージとなり得る。


 それを今回は、超広域の生命体観測に用いる算段であった。


 内容は至って簡潔。勇者の剣を用いて、最大出力で『能動探知』を使用する。

 本来は主に近距離での索敵、接敵時の対象捕捉用。遠距離での観測など想定されていなかっただろう。それでも魔法適正だけは高いこの身体で使えば、それなりに広範囲を走査出来る。……筈である。

 少なくとも湖の岸辺まで魔力波が届けば、人とおぼしき反応がなんとなくでも判れば、それで良い。



 頭のなかで作戦を纏めているうちに、魔王城の外へと辿り着いた。

 気合いを入れ直し、小さな両手で剣を構え、瞳を閉じて集中する。

 身体中をたゆたう、有り余る魔力の流れを整える。流れを淀ませないよう注意を払いながら両手に誘導し、そのまま勇者の剣に流し込む。


 これくらいで大丈夫か?……いや不安だ、念のためもう少し……まだいける………もう少し…

 そうして魔力を注ぎ込むことしばし。勇者の剣はまるで苦痛に身を捩るかのように、細く高い音を微かに響かせながら細動し始めた。

 さすがにマズい、そう判断して魔力の流入を停止。そのまま魔道具の回路を繋ぎ変え、飽和状態の魔力でもって『能動探知』を発動し…………





 放たれた過剰な探査魔力波は、軽々と世界を一周した。




 世界をぐるりと一周してきた……自分の放った魔力波に身体を揺さぶられるとほぼ同時。

 文字通り頭の割れるような情報量、世界中の人類すべての生命反応がその小さな身体に一気に流れ込み………




 彼女は、あっさりと意識を失った。

【魔王城・指揮島】

かつての魔王城が姿を変えた、ドゥーレ・ステレア湖の中心に位置する、魔境の島。

現代においては人知の及ばぬ未開であり、単純に『危険な島』とされる。魔王城という認識は無い。

島とその周囲の水中には、災害規模のきわめて危険な魔物が多く棲息しており、現在人の姿は全く見られない。

危険な魔物たちは島を守るかのように、島外へと侵出することは殆ど無く、ちょっかいを出さない限りは危険も少ないため、『国を滅ぼしたくなければ島に近づくな』が周辺国家の共通見解となっている。

過去何度か、決死の探索隊が編成されたこともあったが、彼らが持ち帰ることの出来た情報は、あまりにも少ない。

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