55_少女と卵と旅は道連れ
地上最強との呼び声も高い生命体……『龍種』。
その眷族の一つとも考えられている水竜は、文字通り水場を主な生息地としている。
高い知能を持ち、魔法さえも操る彼ら水竜。どのような魔法を扱えるのか細かいことは解っていないが……彼らの得意とする水系統に連なる魔法には、防護の魔法も存在している。
彼らがそれを使えたとしても不思議ではないし、であればそれが重要度の高い卵に施されていても……別段おかしな話ではない。
事実として、呑み込まれてからどれだけ経っているのかは不明だが……少なくともただの卵ならば消化されていたであろう環境においても、今まで生命の形を保つことが出来ていたのだ。
「ひが、し? ……あっち、みずうみ。……みずうみ、おおきいの、ある。んい。……そこに、すんでる……みず、の、りゅう? いる」
地理的には、この街道を進んだ先。ドゥーレ・ステレアの名を持つ巨大湖のことだろう。ノート曰くそこには水竜種が生息しているらしく、つまりはこの卵も恐らくはそこで産まれたと思われる。
それをこの古大蛇が捕食し、恐らくはその親に追い立てられ、湖から遠く離れたここまで……水竜が到底追って来れないところまで、命からがら逃げてきたのだろう。
そうして落ち延びた末、人を襲い駆除されたその巨体の腹は……卵以外ほぼ空っぽだった。
慣れ親しんだ環境から離れざるを得なかったことと、勝手の違う獲物をなかなか狩れなかっただろうこと。加えて、労して食らった筈の卵の消化に手間取り、結果として著しく体力を消耗してしまったこと。……それらが原因であると思われる。
もはやなりふり構っていられなくなった大蛇は、野生の生物より警戒心の薄い…睡眠中のヒトを狙うようになったのでは無かろうか。そう考えると、一応の筋は通っているように思う。
本来は水辺に住まう筈の、蛇の魔物。そいつが場違いな街道沿いに現れた理由。
……なんだ結局自業自得じゃないか。
どんな異常事態かと身構えていたら……ある種思ってもみなかった原因に、思わず乾いた笑いが漏れ出た。
「……それはそうと…コレ。どうするよ」
仄かに暖かいそれをコンコンと叩き、ネリーが恐らく全員の思考を代弁する。
ノートの腹に抱えられているそれは、人の頭よりもやや大きい、檸檬のような紡錘形の物体。微かにざらざらした乳白色の殻を備えたそれは……つい先程古大蛇の腹から取り出された、水竜の卵。
上空を舞っていたシアも翼を休めながら、見慣れぬ大きな卵を興味深そうに眺めている。
一行はとりあえず街道小屋に腰を据え、野営の支度をしながら思わぬ収穫について話し合っていた。
殆ど無傷な古大蛇の素材もなかなかな収穫だが、それ以上にこの卵がヤバい。さすがに龍のものには及ばないとはいえ……竜の卵もなかなかの高値で取引されている、いわば珍品。レアものであることは間違いない。
「………りゅう、……おい、しい?」
「いや…さすがにおいしくないと思うぞ」
「……そっかー……」
文字通り金の卵なのだが……入手の立役者はどうやら売るつもりは無さそうだ。そもそも城さえ買える程の資産持ちと、国王直属の特殊部隊員。正直お金には困っていない。
とはいえ食すというのは……どうなんだろう。さすがにちょっと気が引ける。
なにせ、いつ産まれたのかも解らない卵である。まだ卵割の進んでいない状態ならまだしも……生まれてくる直前の未成熟な姿だとしたら……食欲など吹き飛ぶ。
一部地域では卵から生まれる直前、未成熟な雛を好んで食す文化もあるらしい。それを否定するつもりは無いが……この地にはそうした食文化は根付いていない。
……であれば、どうするか。
売りはしない。……ノートがどうしても食べたいというなら別だが、食用にもしない。
処遇に頭を悩ませていると、ふいにノートが口を開いた。
「んい。たまご、かえす。……かえす、したい」
かえす……かえす………孵すか。
――孵す。……つまり、孵化させる。……つまり。
「……水竜って……飼えんのか?」
「水辺ならまだしも……少なくともアイナリーでは無理だろ」
「だよなあ」
ちゃっかり飼うことを視野に入れていたノートに戦きつつ…どう宥めようかと考え込む。この子の頼みはなるべく聞いてあげたいが、さすがにアイナリーに水辺は無い。水竜に馬車の行き交う道路を散歩させるわけにもいかないし、こればっかりはどうしようもない。
なんとか諦めてもらおうと、説得に移ろうとしたその矢先。
「んい? か、う……? やー、かう、ちがう。……たまご、おうち、かえす、んい」
「……親元に返す、ってことで……良いのか?」
「やうす。そう。おかもと、に、かえす」
まさか、と脳裏を過った解釈に……非情にもノートは首肯する。人の迷子ならいざ知らず、竜の卵を親元に届けるなど聞いたことがない。
彼らの巣などそう簡単に見つけられないだろうし、下手したらこちらが卵泥棒と見られるかもしれないのだ。
「……えっと、正気か? 水竜のオウチとか解るのか?」
「みずうみ、いけば……だいじょぶ。そなー、つかう」
「………なるほど。しかしだなノート……大丈夫なのか? 危なくないか?」
「んい……? んい……あるたー、つよい。ねりー、つよい。しあ、かわいい。……だいじょぶ。よゆう」
何をいっているんだという顔で、さも当然のように言い返されては……もはやなにも言えなかった。
確かに能動探知があれば、水竜の所在を探ることも出来るだろう。卵の返還が上手くいくかは正直言って解らないが……仮に襲われたとしてもこの面々ならば撃退は容易だ。
上手くいけば儲けもの。失敗してもリスクは少ない。なによりノートたっての希望である。
それに…頼りにされて悪い気はしない。
「じゃあ……湖まで足を伸ばすってことで良いんだな? アイナリー帰るのは遅くなるけど……まぁ観光と洒落混もうか」
「んい。みずうみ! はんこう!」
表面上は『仕方がないな』風を装いつつも、内心はまんざらでもない様子で……この遠足の引率者二人は結論を下したのだった。




