54_少女と獲物と剥ぎ取り名人
……ときは、みちた。
つい先ほどまで、一片の疑問も抱かず得意課目であると思っていた乗馬にものの見事に失敗し……ネリーとヴァルターの前で生き恥を晒した、少し後。
現在わたしは、ネリーに抱き抱えられるようにしながら馬に跨がり、牧歌的な風景の中を東へと進んでいた。
天気は良好。西から東へ、わたしたちを追い抜くようにさらさらと流れる風は心地よく、背後のネリーのいいにおいを届けてくれる。
あたまの後ろにあたたかな物体……ネリーの慎ましやかな母性の象徴を感じながら、記憶を反芻する。
数日前。わたしがアイナリーの宿屋に引っ越しをして、すぐ。ヴァルターからつぎの目的について、説明を受けた。なんでも……これから人に危害を加える魔物を討伐しに行くのだという。
ゆっくりと歩を進めるため、日帰りでは恐らく不可能。引っ越したばかりですまないが、数日野営することになるだろう。……と、こちらの顔色を伺うように、申し訳なさそうに告げるヴァルター。
わたしが気を害することなんて、無い。むしろちょっと……いや、正直かなり見直した。
やはりなんだかんだで、彼は人のために剣を振るえる『勇者』なのだ。
ちょっとえっちな……大きなおっぱいが好きなところもあるが、それは年ごろの健全な男子ならば仕方がないことであろう。
わたしは口が固い。安心するがいい。
……いや、勇者のえっち趣向は今は関係ない。
アイナリーを出発する際に悲しい出来事があったものの……旅と野営のプロである二人のお陰もあり、行程は順調だった。
風はやや冷たいものの穏やかなもので、天気も良い。新しく買って貰ったレザーコートは良い具合で、ネリーのおっぱいは柔らかい。とても快適な道中だった。
街道を順調に進み、昼食を摂ってまた進むこと……しばし。
進行方向しばらく先に奇妙な、ひときわ大きな生命反応が視えた。
小さな背に背負った白一色の剣は、生まれ変わる前から愛用している……身体の一部と呼んでも差し支えないものだ。魔力の遣り繰りに苦労していた以前ならばいざ知らず。消費しきれないほど潤沢な魔力に恵まれた今ならば、常に能動探知を展開していても何ら不都合はない。
勿論ここに来るまでに、小さな生命反応は数多く検知していた。狐や野兎、鼬や小鳥。そしてそれらを狙う小型の魔物達。……だがそれらは自分達の目標ではないのだろう、然して気にも留めない引率者の手前、無駄に騒ぎ立てることはしなかった。
しかしながら今しがた捉えたこいつは……さすがにちょっと毛色が違うと思った。事前に告げられていた『人に危害を加える魔物』という情報。こいつの体格と潜んでいる場所からして……恐らくこいつがクロだろう。
さて。引率者たちは果たして気づいているのか。お手並み拝見といこうじゃないか。ふっふっふ。
「……あぁ。居たわ」
わたしが探査範囲の隅に捉えてから、およそ半分の距離まで近づいた頃。そこまできて、やっとネリーが声を上げた。
しかしながら、能動探知を使ったふうでもない。下草に身を隠すあいつをどうやって見つけ出したのかと思ったが……なるほど。上空からの視界で広範囲を索敵しているのか。すごいぞシア。すごいぞネリー。
そしてネリーの注意喚起を受け、引き続きヴァルターも能動探知に捉えたらしい。……なるほど。
使える魔力量に制限がある以上、無闇矢鱈と魔力を消費するのは宜しくない。その分ネリーとシアが探知を引き受け、戦闘開始までなるべくヴァルターを温存する作戦のようだ。
彼らの分担としては、早期警戒や索敵がネリーとシアの担当。そして恐らく、主攻撃担当がヴァルターという分担。以前幾度か目にした限り、ネリーは攻撃魔法も会得しているようだ。牽制や妨害、場合によっては追撃さえもやってのけるのだろう。
なるほど、適材適所だ。ヴァルターの短所を、うまいことネリーがカバーしている。この組み合わせの噛み合い様は見事としか言いようがない。たった二人(と一匹)の少人数パーティーにもかかわらず、非常に良くできている。
だが、感心してばかりもいられない。この完璧に噛み合っているパーティーのなかに、わたしはわたしの居場所をつくらなければならない。そのためにもわたしの現在の実力をちゃんと確認する必要があるし、わたしの現在の実力を知ってもらう必要がある。
標的を捕捉し、なにごとか相談しながら……こちらが警戒しているのを気取られないようにするためか、彼らは変わらず歩を進める。
その動きは迷いがなく、淀みも見られない。彼らパーティーがこの手の依頼に慣れていることの証左といえるだろう。
なんとかして、自分をアピールしたい。わたしという人材の能力を、彼らにアピールしたい。
今回の目標である、あいつ。……よくわからない細長い、なんかにゅぐにゅぐしてるあいつ。可能ならばあいつの相手を……わたしにやらせてほしい。
密かに闘志をみなぎらせていると……それからすぐ、その希望を叶える好機に恵まれた。
先頭を進んでいたヴァルターが馬の足を止め、こちらを振り返り……作戦を告げるためか口を開こうとしている。
やるならば、ここしかない。ここで多少強引に割り込んでても、自己アピールをしなければ……わたしは見ているだけで終わってしまう。
チャンスをもらわなければ。アピールチャンスを手にしなければ。
あいつの相手を、わたしにやらせてほしい。
ふたりの面接官と、質疑応答を繰り広げること暫し。
「……ノート。あの蛇、狩ってくれ。……頼む」
「んい! やうす!」
必死さが、熱意が伝わったのか、幸いにも許可が降りた。であればあとは行動するだけ。あんなにゅぐにゅぐ……へり如き、何の問題もない。
あれには気の毒だが、わたしのちからをヴァルター達にアピールするためだ。わるくおもうな。
「えいふぁ、ちゃんた。りぃんふぉーす。……んい。いる。…………あるた。あるた。みてて」
気合い一発。万全のコンディションでもって、一直線に駆け出す。奴はこちらに気付いていたようだったが、いかんせん速さが足りていなかった。
全速で迫るわたしに反応し、動こうとしたようだが……もう遅い。奴の全身の筋肉が力を溜め込むように縮むが、それで終わり。溜め込んだ力を解き放ち運動へと変える前に……白い軌跡が生物共通の急所………首を、いとも容易く分断する。
振り抜かれた剣に沿って、大蛇の血飛沫と断たれた首が、宙を舞う。ほんの僅か一瞬の間に、呆気なく生命が一つ喪われる。
可哀想と思わんでもない。にゅぐにゅぐも生きるのにひっしだったのだろう。……だが、人に危害を加える恐れがある以上は、容赦はしない。
わたしは、生命すべての守護者なんかでは断じて無い。
わたしが尽くし、守るべきは……人なのだ。
喧嘩を売った相手が悪かったな、と……二度と動くことのない…生命活動を停止した巨体に向かい、そっと黙祷した。
…………
……いや、まって。
まって。待って待って。
これはおかしい。何かがおかしい。わたしは今しがた、確かににゅぐにゅぐを退治した筈だ。
あたりまえだ、それが脊椎動物の体を成している限り、頭を斬り落とされて生きている筈がない。
ほんの少し前まで生きていとはいえ…頭を落とされた今は生命活動を停止していなければおかしい。
……それなのに、なぜ。
なぜ、死んでいるはずのこの巨体から………生命反応を感じているのだ。
こいつは死体の筈なのに……何故生命反応を示しているのだ。
………考えられる理由は、二つ。
一つは、実はこいつがまだ生きている。
……いやさすがにそれは無いだろう。確かに蜥蜴の類の魔物には、自ら尾を切り離して胴体部分は逃げおおせる者もいる。
だからといって今回の場合それは当てはまらない。尻尾だけではなく、生命活動に必要な胴体……臓器部分まで切り捨ててしまっては本末転倒だ。それになにより頭の部分はそれこそ完全に生命活動を停止している。
……であれば、二つ目。
こいつと同じ場所に、別の生命体が居る。
身体の下とは考えにくい。この巨体に押し潰されて生きているとは思えないし、それこそ下敷きになって生きているのなら、目に見える動きが全く無いのが逆に不可解。
下では、ない。ならば………中。
しかしながら……こいつは獲物を呑み込む際、獲物の全身をポキポキするはずだ。ポキポキされて呑み込まれて、それでも尚生きているような強靭な生命体が、果たしてにゅぐにゅぐなんかに後れを取るのだろうか。
……そこまで考え、ひとつの推測が思い浮かぶ。
その推測を確かめるように、にゅぐにゅぐの亡骸……その巨体の腹を裂く。
細長い胴の、一番幅が広い部分。
肉を切り開いて姿を見せたそれは……半分は想像通り。
そして半分は……予想外だった。
「お嬢!? ……何やってんだ?」
「ノート、解体は俺達に任せ………どうした?」
わたしの異常を察知してくれたのか、追い付いてきたネリーとヴァルター。
彼らに問題のブツを……今しがたにゅぐにゅぐの腹から取り出したそれを見せる。
「んい…お……おめでと……ござい、なす」
にゅぐにゅぐの腹の中から取り出された…丸呑みにされていたそれは……
殻に纏った強固な防御魔法の恩恵か、丸呑みにされて久しく…それでいて尚確かな生命の鼓動を感じさせる………
「……げんきな、たまごのこ…です」
水竜のものと思しき、卵だった。




