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50_少女の目覚めと従者の目覚め

 交易都市アイナリー。その商業地区の一画。

 大通りから少し入った……奥まったところにある、路地裏の宿屋の一室。


 部屋の中の密度は低く、散乱するものも少ない。その部屋が使われ出して間もないことを顕している。

 目に付くものと言えば寝台脇のテーブルに立て掛けられた白い剣と……脱ぎ捨てられた服。



 その部屋では二人の人物が、寝台の上で正座し、向かい合っていた。



 一人は長い耳を持つ少女。

 そしてもう一人は……ほぼ素っ裸の白い少女。


 険しい顔を装いつつも俄に鼻息荒い少女と、

 半開きの水晶のような瞳でぼーっとしている少女。




 「……ノート。私は今怒っています」

 「…………んえ……?」


 エルフの少女が口を開いた。口調こそ険しいものであり、口を引き締めてはいるが………見る者によってはその口角がほんの僅かに上がっているのが解るだろう。



 ……そして不幸なことに、

 白い少女は…それを見抜いてしまっていた。



 「ノート。解りますか? 何故私が怒っているのか」

 「……? ねりー……おこって、る……?」

 「怒っています。私は今怒っています」

 「………んいい?」




 エルフの少女……ネリーは心を無にして、白い少女を叱責しようとしていた。無防備極まりない彼女の言動は、そのまま彼女自身を危険に晒すことに他ならないのである。

 部屋を施錠せず……あまつさえ裸で眠るなど…………考えたくもないが、不埒な男に寝込みを襲われることだって考えられるのだ。


 隣室に自分と勇者が控えてはいたものの、昨晩はどちらも酩酊していた。警戒が疎かになっていたことは否定できない。それに……いくらアイナリーの住民が善良とはいえ、この街に出入りする旅人や行商人が全て善良だとは限らないのだ。



 苦々しいことに……この世界には奴隷制度が当然のように普及している。

 彼女ほどの上玉である。リスクを冒してでも手に入れたいと考える者は、恐らくはそう少なくないだろう。



 「ノートいいか。女の子が鍵開けっぱなしで寝ちゃダメだ。宿屋なんかでは特にな。……解るか?」

 「………かぎ、……だ、め? …んい?」


 怪しげな光を湛える、とろんとした眼で見つめてくるノートに……思わず手が出そうになるのを全身全霊で堪える。

  

 ……控えめに言って、今の彼女の破壊力はヤバい。

 全身がこれでもかと危険性を訴えていた。



 正座から足首を開き、おしりを寝台にぺたんと着けた、いわゆるおんなのこ座りである。真正面からの視点では、彼女の内またと股間部が非常によく見渡せてしまうのだ。

 艶かしい立体曲線をもって局部を保護する小さな白布以外に、彼女の身を守るものは何も無い。

 すらっとした内腿と、体重で圧されたお尻の膨らみ、微かな陰影でその存在を主張する鼠径部。やわらかそうなおなかと、きゅっとすぼまったおへそ。そしてそれらの中心……股間部を守る、下着に至るまで、全て。

 ……全て、丸見えなのである。


 正座しなさい、という指示を健気にも守ろうとしているのか、小さな手はお膝に乗せられている。

 そのため上半身の控えめな連山を遮るものは何も無く、彼女自らの上腕で微かに圧された柔かな御山と、その山頂の薄桃色の突起も……今や白日の下に晒されている。


 そして……とうの本人は恥じらうことも、警戒を露にすることもなく。完全にこちらを信用しきった……安心しきった顔で、透き通った白銀の瞳を微睡ませているのだ。



 こんな兵器を至近距離から見せつけられて、正気を保てる奴のほうが可笑しい。この兵器の前に、下手な抵抗など無意味だ。

 先程から『無駄な抵抗など止めるべきだ』『この瑞々しい女体を味わうべきだ』『据え膳食わぬは女の恥だ』などという声なき声が……頭の中でひっきりなしに上がるのを感じている。


 抑える。抑える。

 私は誇り高い勇者の教導係、『知識』を冠する長耳族(エルフ)である。




 「あのな、お嬢。女の子は家族でもない他人に、簡単に隙を見せるもんじゃないんだ。世の中の人々な、全部が全部いい人とは限らねんだぞ?」

 「…………でも、……ねりー、いいひと」

 「いや、あのな……」

 「わたし、ねりー、……すきな、ひと」




 …………



 思わず、言葉を失う。

 

 ……だがダメだ。ここで引き下がってはダメだ。

 私は誇り高い勇者の教導係、『知識』を冠する長耳族(エルフ)である。

 踏み止まらねばならない。彼女の危機感を煽らないと、何も改善しない。



 「ち、違う。そういうこと言ってるんじゃないんだ」


 そうだ。好きとか嫌いとか、そういうことじゃない。

 この子に好きと言って貰えるのは、正直言って最高に嬉しい。出来ることなら今すぐにでも抱きつきたいくらいだが……

 堪える。……堪える。

 彼女の信頼を裏切るわけにはいかない。私は誇り高い長耳族(エルフ)なのだ。



 「……あのな、そんな無防備に眠ってたら……その…………ノートみたいな可愛い子は…………襲われるかもしれないんだぞ?」



 あえて、言葉を濁す。十かそこらの幼子に……その犯行の仔細を伝えるのは、さすがに気が引ける。

 それに…『襲われる』だけ聞けば充分の筈だ。普通の子は仔細を知らずとも怯える筈だ。


 だった、が。



 「………ねりー、なら……いいよ」

 「えっ」




 いま、なんと。



 ノートは未だ眠たそうな瞳を閉じ、薄く開け…

 瑞々しい小さな唇が、言葉を紡いだ。






 「ねりー、なら……おそわれ……いい、よ?」






 




 私、は………









 





 ヴァルターがその声を聞いたのは、とある日の朝の出来事だった。


 叫び声とも悲鳴ともとれる女子の声に続き、

 そこからは断続的に響く…………か細い声が続く。



 咄嗟に跳ね起き、周囲を探る。

 伊達に勇者は務めていない。ほんの一瞬で全感覚を励起し、情報を集め、声の出所を探り当て……同じく一瞬で血の気が引く。



 声の出所は、自分の部屋から廊下を挟んだ向かいの部屋。



 何を隠そう……昨日ノートが眠りに落ちた、その部屋からだ。




 完全に自分の失態だ。碌に警戒が出来ていなかった。

 自分の同行人が……人一倍聴覚に敏感なはずのネリーが、何の対応も取れていない。考えるまでもなく昨日の酒の影響だろう。

 彼女が不調だということは、昨夜の段階で既に判っていた筈だった。……であればそのカバーが出来るように、自分が身構えておくべきだった。


 不寝番をしてでも、備えておくべきだった。


 先日ひと山越えたことで油断していただろうことは……自分の気が緩んでいただろうことは、決して否定できない。ここが街中であったことも警戒を緩めてしまった一因だろう。

 だが、それらは所詮言い訳にしかならない。


 どうであれ、自分の落ち度だ。何かあったら……悔やんでも悔やみきれない。

 あの子にはまだ聞きたいことが……話したいことが、これでもかとあるのだ。



 後悔は後だ。とりあえず今は一刻も早く動かねば。

 迷わず身体強化を行使し、傍らの剣を引っ掴んで駆け出す。そのまま部屋を飛び出し向かいの部屋の扉を蹴り開け、


 「なにやってんのお前!!?」




 ………思わず、叫んだ。






 無理もないだろう。むしろ当然だろう。

 相方の不調を嘆きつつ護衛対象の部屋へと押し入ったら、何を隠そう不調なハズの相方がこともあろうか護衛対象を押し倒しているのである。


 寝台の上に押し倒された純白の少女ノートと、彼女に覆い被さっているのはどう見ても相方……エルフの少女、ネリー。

 両者の構図は……狼藉する者とされる者である。



 ここで覆い被さっているのがネリーでなかったら、それこそどこぞの狼藉男だったら……なんの遠慮も無く打ち据えていただろう。場合によっては斬り捨てていた。

 だが現実は異なり、尚のこと理解に苦しむ様相を呈している。


 信頼に値する旅の相方であった筈の……

 少女然とした見た目に反し人生の先輩であり、自分よりも幾分器量も落ち着きある筈の師匠……ネリーが。



 年端もいかない少女を押し倒し……

 その柔肌に密着し……堪能しているのだ。




 ……なんだ、これは。





 「だからなにやってんのお前!!?」



 茫然自失から立ち直り、とりあえずネリーを引き剥がす。するとどうやら勇者の乱入に今の今まで気付いていなかったようで……

 勇者を視界に捉えるや否や、あからさまに狼狽し出した。


 「あ、あ、あ、あのあのあのええとだな」

 「この状況で言い逃れできると思うなよ?」

 「………クッソ…………畜生!」

 「何で俺が睨まれんの!?」



 険しい言葉をやり取りする、師従二人。

 ……と、そこで寝台の上に動きがあった。


 自分を組み敷いていたものが居なくなったことに疑問を感じたのか、のっそりと身を起こすノート。

 ……寝起きの微睡みと身体の昂りに染まった……透き通った白銀の瞳が、寝台の傍らで責め合う二人を捉える。



 その視線に引き寄せられるように、ヴァルターとネリーの視線がノートの…………仄かに上気したほぼ素っ裸の肢体を捉え……






 しばしの沈黙の後。


 ぎぎぎ、と軋むようにぎこちない動きでもって…二人の首が揃って真逆を…………廊下側を向く。



 「…………んいい? おは、よう?」

 「ああ……おはよう」

 「…………………おは……よう」


 その向きのまま、視線を交わさないまま……辿々しく朝の挨拶が交わされる。

 清々しいはずの挨拶は、どこかぎこちない。



 「……わかったか? ヴァル……」

 「………ああ」

 「あれはヤベェぞ……意識持ってかれる」

 「………お前が自失する程なのか……」



 その原因は見るまでもなく、一人の少女によるものなのだが……



 「………んんー……?」


 気まずさの元凶たる少女はただ一人、半開きの目で可愛らしく首を傾げるのみであった。

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