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49_私とお酒と二日酔い

ねおちしました(n回目

 遠く微かに、だが断続的に響く物音を……鋭敏な聴覚が捉える。

 安らかに上下する暖かな感触を素肌で感じ、身体が覚醒しはじめる。


 傍らの温もりを堪能しながら、ゆっくりと瞼を開ける。

 窓の外はまだ薄暗いらしく部屋に差し込む陽の光はまだ控えめで、目が眩むことは無い。

 


 「…………朝、か」


 密着している暖かな身体……シアを起こさないように慎重に抜け出し、軽く伸びをする。僅かに痛む頭に顔をしかめ、手拭(タオル)を手に取り部屋を出る。


 周囲の部屋からは動く気配が見受けられない。どうやらこの階で起きているのは……まだ自分だけのようだ。

 憚らず大あくびを漏らしながら廊下を横切り洗面台へと赴き、手拭を濡らして顔を拭く。



 「あー…………頭痛ぇ」


 目は覚めたものの、脳の芯を刺すような鈍い痛みは相変わらず続いている。

 普段は酒など殆ど飲まないのだが……昨晩は少々羽目を外しすぎたようだ。


 反省とともに、昨晩のことを振り返る。




 ……………



 昨晩の夕食。一階へ降りて食事を摂った私たち。


 案の定……というか、ノートの注目のされ様は物凄かった。

 まあそれも当然だろう。ただでさえ超人気の彼女……文字通り天使のような美幼女が、可愛らしく着飾っているのだ。


 これまでは大人用の兵服や病衣など、とても相応しいとは言えない服しか着ていなかったノート。彼女自身の可愛らしさは……素材はこの上なく整っているだけに、着飾らないことを憂う声も少なく無かったのだ。



 そんな彼女が。


 幼いながらに整った顔立ちを羞恥に染め……


 可愛らしいスカートの裾を握りしめているのである。





 比較的見慣れている私でさえ、どうにかなってしまいそうな破壊力なのだ。彼女を目にした人々……宿の一階で食事を摂っていた周辺住民は、残らず骨抜きだった。

 そしてそんな周囲の彼らの視線を……食事中とはいえ一身に浴びるノート。



 「ノート……大丈夫か?」

 「そうだぞ。無理すんなよ?」

 「だい、じょうぶ。……おいしい」


 やはり周囲の視線が気になるのか、はたまた慣れない服装(スカート)のせいなのか……その表情は何処かぎこちない。

 それでも幸せそうに食事を摂る彼女の姿は……相変わらず愛らしかった。





 満足げに食事を食べ終え、やはりというか少々居心地悪そうなノート。

 その原因は恐らく周囲からの視線にあり、更にその原因の一端は彼女の服装にもあるのだろう。先程からしきりにスカートの裾を握り締めている。

 やはり慣れない服装は、精神的に疲れるのだろうか。


 「お嬢。先に部屋戻るか?」

 「……んい? ねりーは、へや、しない?」

 「私はまだ、な。…折角(せっかく)人がいっぱい居ることだし」

 「………んんん」


 部屋に戻るのを渋る彼女。そんなに私たちと離れたくないのだろうか。……だとしたら嬉しいことこの上ないのだが、彼女が精神的に疲れているのは一目瞭然だった。

 ただでさえ今日は引っ越しで疲れている筈なのだ。


 私達は今後のこともあり、情報収集でもと思っていたところだが……彼女にまでその重荷を押しつけるべきでは無い。出来ることなら彼女には休んでいてほしい。


 「そうだお嬢。シアの相手頼めるか?」

 「しあ? わたし?」

 「ああ。飯は勝手に食ってると思うが……寂しがってるかもしれない。遊んでやってくれると嬉しい。多分あの子も喜ぶ。……どうだ?」

 「……んい……わたった。……いいよ」

 「助かる。……はい鍵。ちゃんと閉めろよ?」

 「んい」



 シアと遊べることを喜んでくれたのか、ご機嫌な足取りで宿泊者エリアへと向かうノート。彼女を追う周囲の視線は、やはりというか大半が暖かい眼差しだった。



 ……ともあれ、これであの子も休めるだろう。

 気持ちを切り替え、私は勇者と向かい合った。




 「さて、ヴァル。今後の予定なんだが」

 「そうだな……魔王の所在、か」

 「……やっぱりアレは違ったのか」

 「ああ……そのようだ」



 そもそも、私たちがアイナリーを訪れた理由。それは何を隠そう、魔王の手がかりを求めてのことだった。

 魔王の討滅こそが、勇者の最終目標。アイナリーでの一連の出来事……特に最後の女王には驚かされたし、正直いきなりアタリを引いたかとも思った。



 ……だが、違った。


 ノート曰く、あれは魔王ではないらしい。

 そして驚いたことに……魔王は眠っているらしい。

 何故それを知っているのか。その問いは……どうやらはぐらかされてしまった。



 「お嬢に聞けば……何か解るのかね」

 「…………」


 沈黙する勇者。…やはり何か知っているようだ。


 私の居ないところで何があったのか。何を見たのか。……私はそれを知らないが、言わないということは恐らくそれ相応の理由があるのだろう。

 この場では関係ないことか。あるいは、彼自信も受け入れがたいことなのか。彼はまだまだ青二才ではあるが、職務意識と判断力はそれなり(・・・・)だ。魔王の情報をわざわざ隠すなどという悪手を取るようなタマではない。……そこは信頼している。


 どちらにせよ、情報がないなら仕方が無い。改めて地道な作業を始めるまでだ。



 手始めにこの場にいる者から話を聞こうか。アイナリーに辿り着く道筋と同様、また別の『魔王の手がかり』に辿り着けるかもしれない。……そう思い席を立とうとしたところで、テーブルに影が落ちた。



 「あの……すみません! 勇者様…ですよね?」

 「あ……ああ。そうだが…?」


 ヴァルターが返すと、声の主……まだ年若い男は安心したように息を吐いた。

 言われてみれば、今のヴァルターは完全にラフな格好だ。外套も腰の剣も身に付けておらず、髪色も瞳の色も特徴的というわけではない。正直彼のような見た目の青年はそれなりにいる。


 アレ……もしかしてこいつ特徴なくね?


 「よく解ったな。コイツが勇者って」

 「お前が居るからだろネリー」

 「…………ああ、なるほど」


 なるほど。今の私はフードを被っておらず、髪色もこの耳も衆目に晒したままだ。没個性気味な勇者の見た目はまだしも、私の外見は特徴的だ。

 勇者の付人が女エルフだというのは、かなりの人が知っているのだろう。


 「それで、無個性勇者に何か用か? お兄さん」

 「お前……」

 「いえ、用というか………お礼が言いたくて」



 ……お礼?

 顔を傾げる私を他所に、勇者と若者は話し始めた。



 なんでも……彼を始め周囲の何人かは予備兵役に就く者達らしい。更に言うと先日のボーラ廃坑への遠征にも参加し、勇者と肩を並べて戦えることをそれは喜んでいたらしい。

 そして……作戦決行前にガチガチに緊張していた彼を、勇者が激励していたらしい。

 尻込みする彼らの見守る先、真っ先に敵陣に斬り込み道を拓いた勇者の姿は……それはそれは格好良かったらしい。



 「あのとき勇者様のお言葉のお陰で、緊張が解れました。……そして怪我ひとつすることなく、こうして戻って来れました。………本当に、ありがとうございます!」

 「いや…そんな……大袈裟な……」


 没個性の勇者も、なかなかに粋なことをするようだ。見れば先程までお嬢に向いていた周囲の視線は、今や勇者に向かっている。

 その視線に含まれているものは……親しみの感情だろう。彼らは一様に、穏やかな目をしていた。

 中には勇者に向けて、実際に感謝の意を叫ぶ者までいる。



 「ヴァルターお前……良いとこ有んだな……」

 「お前は俺を何だと思っている!?」


 なるほど。こいつはこいつでよくやってくれているらしい。……しかしながら、これはなかなか使えそうだ。

 いいことを思いついた。自然と口角が吊り上がる。嫌な予感を察したのだろうヴァルターがひきつった顔を見せるがとりあえず無視し、ここぞとばかりに声を張り上げる。



 「よっし! おっちゃん皆に酒出してくれ! 勇者が奢ってくれるってよ!!」

 「「「「「ウオオオオオ!!!」」」」」

 「は!? ネリーお前ちょ」

 「勇者様ー!」

 「「「「「勇者様ァー!!!」」」」」





 そこから先は、先日の凱旋を思い出すかのような大騒ぎだった。最初こそ渋っていた勇者も、途中からは諦めたのか私の華麗なる作戦を察したのか……積極的に男性陣と絡み、呑んでいた。

 かくいう私も女性陣……はあまり居なかったので、途中からは勇者達に混じって大騒ぎしていた。



 「お嬢(のーと)おひっこしおめでとー!!!」

 「「「「「おめでとおおお!!!」」」」」

 「よっしゃまだ行くぞー!おっちゃん追加ー!」

 「「「「「イェーーーイ!!!」」」」」








 ……………




 ………………………







 夜も更け、酔っ払い達が帰路に着いた頃。

 私は勇者に背負われて、階段を上がっていった。



 「珍しいな。お前が酒飲むなんて」

 「んふふ……まぁな」


 私は普段あまり飲まないが……だが今夜くらいは良いだろう。

 私が知らなかった勇者の一面も知ることができたし、愛しいノートも新生活を始めた。そして勇者の顔と名前も売り込めた。

 ……だが、それでも少々飲み過ぎた感は否めない。


 「しょぉがねぇだろ。ここの酒がうまいのが悪い」

 「まぁ……それは同意だがな」

 「わるぃーなゆうしゃ。重くないか?」

 「気にするな。軽い軽い」



 そして三階の左手、手前から二番目……私の部屋に着くと、勇者が扉をノックする。

 そうして暫くの後扉が開き、我が愛し子二人が驚きの顔と共に迎えてくれた。



 そこからは……正直よく覚えていない。

 気がつけばシアと共に寝台で眠っており、部屋に戻ったのか……ヴァルターとノートの姿は無かった。


 随分と酒が回っていたこともあり、深く考えずに本格的に眠りに落ちたのだった。








 ……………





 そして目が覚めたのが、つい先ほど。



 一晩経っても酒気は完全に抜けず、それどころか体調にはっきりと影を落としていた。

 ぼんやりと窓の外を伺う。時間帯的にはまだまだ早朝。音を聴く限り……宿の従業員は支度を始めているようだが、人々が活動し始める時間帯にはまだ早い。


 それは…朝食に対しても言えることだった。



 「……………風呂でも……入るか」


 朝食まではまだ時間がある。そしてこの宿には、大きくはないものの浴室がある。主人にはいつでも自由に使っていいと了承を得ているので、折角なので使わせて貰おうと思う。




 ……そして、折角なので。



 「お嬢ー? 起きてるかー?」



 隣室……ノートの部屋の扉を、軽くノックする。部屋の中から、身じろぎするような気配を感じた。

 彼女の眠りを妨げてしまったのは申し訳なくもあったが……勝手だとは思いつつもノートに触れ……癒されたかった。

 あわよくば一緒に朝風呂と洒落込みたかった。






 「……んいい……どうぞ」





 扉越しの声に、思わず動きが止まる。


 しかしすぐに首を振り、考えを改める。


 彼女は寝ぼけているだけだ。医務室にいたときと同様の反応を返したに過ぎない。でなければ『どうぞ』なんて……まるで『鍵は開いているのでお好きに入ってください』なんて言う……よう……………な……




 ……………開いていた。





 ……正気か。幾らなんでも無警戒過ぎる。

 ここは見知った者だけではない、赤の他人も出入りする宿屋だ。そんな場所で若い女が部屋に鍵も掛けずに眠るなど、あってはならない。ノートは若いというよりも幼い部類に属するだろう女の子だが、年若いことに変わりはないし……何より容姿は申し分ないのだ。世の中にはそういう趣味の男も少なくないと聞いているし、この体型だからこそ狙われるという危険性だってある。それよりもなによりも……そもそもが絶世の美少女なのだ。



 ……無防備すぎる。



 この子は、危機管理が無さすぎる。



 寝起きに説教するのは心苦しくもあるが、こればかりは無視できるような問題ではない。


 扉を開き、心を鬼にして彼女の部屋へと足を踏み入れ、身を起こして朝陽に照される彼女を視界が捉え………





 言葉を失った。








 「ねりー…………? おは、よう」


 もともと色が薄い…真っ白な彼女の肌と、髪。それは窓から差し込む陽の光で照らし出され……陽光のごとく煌めいていた。

 さらさらとした髪が肌の上を流れ落ち、それはとても神秘的な光景ではあったが……


 問題なのは、彼女が非常に薄着だったことだ。




 ネリーとて着込んでいるわけではない。今の服装はホットパンツとシャツ一枚と、非常にラフな格好である。下着の上に一枚纏っただけなので、充分に薄着と言えるだろう。



 だが、彼女は優々とその上を行った。





 彼女は、服を着ていなかった。





 寝起きの顔で……ぽやんとした顔でネリーを見やる、ノート。彼女が身に付けているのはたった一枚……白の清楚な紐下着のみ。

 ほっそりした脚も、ゆるやかにくびれた腰も、かわいらしいおへそも、そして慎ましやかな膨らみも、全てが丸出しであった。




 ……………無防備すぎた。





 この子は……危機管理が無さすぎた。






 意識が、飛んだ。

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