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44_少女と遺産と億万長者

 現在この国で広く流通している貨幣制度。それは六種類の硬貨によって成り立っている。


 銅貨、銀貨、そして金貨。それぞれに大小の二種類が存在し、十枚ごとでひとつ上の貨幣と両替できる。


 最も価値が低く、多く流通しているのが、一(ガル)小銅貨。そこから十G大銅貨、百G小銀貨と繰り上がっていき……最も価値の高いものが、十万G大金貨である。

 その土地の物価に大きく左右されるものの、アイナリーでは大体大金貨一枚あれば、ひと月は遊んで暮らせるという。



 十万よりもずっと上……大金貨が百枚千枚単位での取引では、銀行直発行の小切手が用いられることもあるらしいが……これはあくまで例外だろう。

 とりあえず一般的に目にする機会のあるものは、先述の六種類だ。





 繰り返す。

 一般的に目にするのは、六種類の貨幣。




 そのなかに、白金貨は含まれていない。





 ……白金貨。


 金貨よりも更に高貴な、陽光のごとき煌めきを放つ、希少な貨幣である。

 鋳造の際に魔術刻印が組み込まれ、硬貨としては極めて高度な耐腐食性、そして他の貨幣とは比較にならない輝きをもった……現在では製造が不可能な、失われた技術の結晶。


 大昔の城跡や遺跡で時たま出土することがあるものの、大抵は経年劣化かまた別の要因か魔術刻印が傷付き、その輝きが失われているものが殆ど。

 魔術刻印に損傷のない、完全な輝きを保ったまま出土する『完全形』と呼ばれるものは、極めて希少。



 額面としては、金貨の上。

 小白金貨は百万。大白金貨に至っては、一枚で千万の値を示す。


 ……だが、

 これら白金貨がその価格で取引されることは、まず無い。



 現在では製造方法が失われていること。存在そのものが考古学的価値の高いものであること。

 百万、千万といった単位も、便宜上とりあえず付けた程度の意味でしかない。実際その規模の取引は、当然のように大金貨でもって行われている。


 また白金貨自体、国として白色と金色を重要視するリーベルタ王国においては殊更神聖視されており、



 ……非常に、非常に高い価値を持つ。




 欠けたもの一枚でも、数十年は遊んで暮らせるという……大白金貨。

 そこに刻まれた紋様は……遠い昔に失われた、原初の王国の紋章。



 プライマル大白金貨。欠損のない、完全形。

 それが……二十五枚。




 ……これは、使えない。間違っても、アイナリーの宿屋なんかでは使えない。

 次元が違いすぎる。あまりにも価値が高すぎる。然るべき機関へ持ち込み、無理矢理にでも換金するとすれば………


 一枚で、数億Gは下らないのではなかろうか。



 繰り返すが……

 それが…………二十五枚。





 …………………



 「………」

 「……………」

 「…………………」

 「………んい?」

 「……ぴぴ?」


 ギルセンセの説明を受けて、文字通り言葉を失った一同。

 他ならぬ私も、あまりの事態に頭の処理が追い付かない。



 「………街の外に城でも建てるか。ノート城。なんなら私そこでメイド長やるぞ」

 「………では私は警備長でも勤めようか」

 「教導係は…引き続き雇って頂けますか?」


 ははは、と乾いた笑いを無理矢理浮かべる三人と……完全にぽかんとしてしまっている、二人。



 「………どうしましょう、これ。…正直思い付きません」

 「全くだ。おおよそ普通に生きている限り無縁な代物だぞ」

 「話にしか聞いたことねぇよ……一枚数億って……」



 三人の視線が向かった先。

 城ひとつは買い取れる金額の持ち主である少女は……なにもわかっていないだろう表情で、可愛らしく小首をかしげていた。




 「白金貨は………数億は一旦置いておこう。やっぱここは私らが………いや、勇者に出させます」

 「父上。僭越ながら私も同意見です。外から入ってくる金は、巡り巡って都市を潤します。……失礼な物言いですが、王都から流れ込む金は多いに越したことはないかと」

 「む………たが……」

 「それに。今後お嬢の白金貨を換金するとき……勇者が見つけたことにすれば、まだ言い訳もし易いでしょう。……そのときに大金を持って来やすいように、勇者がこの街を懇意にしていた事実を作りたいんですよ」

 「滞在中世話になった街に恩を返す意味での寄付。……ということで?」

 「それです。一枚換金したとしても、数億なんて額…絶対どこかで足がつきます。なら多少強引でも言いくるめ、押しきれる理由を作っとくほうが良いかなと」

 「………確かに。その方が…長い目で見ればこの子の為か」

 「我々では……白金貨の両替など出来ませんから……」


 急な収入を得た勇者が、その収入を思わず譲りたくなるような……無理がありそうだが、そんな理由付け。

 そのために勇者には、アイナリーと良好な関係を築いて貰わねばならない。

 「勇者には金をバンバン使わせます。そうすれば街の人も悪くは思わないでしょう」

 「………確認するが、そこに勇者殿に対する私怨は含まれておるまいな?」

 「ははは」



 愛しいあの子に恥をかかせた罪は重い。




 「ではまあ、とりあえずはその方向で進めるとしましょう。……白金貨は、一旦置いておく方向で。我々の手には負えません」

 「じゃあ取り急ぎ、宿に戻って部屋確保してきます! あわよくば私の隣に」

 「………そのあたりは任せるよ」

 多少強引にことを進めたことは否定できないが、とりあえずは要望通りにことが進みそうだ。


 「お嬢待っててな! 宿屋押さえてくるから!」

 「やど、や? ねりー、いっしょ?」

 「そうだ! 楽しみか?」

 「んい、やうす! ……んへへ、いっしょ、うれしい」


 この笑顔のためなら死ねる。

 全力の身体強化でもって、詰所を文字通り飛び出した。




 その後東区まで最短距離で駆け抜け、宿屋へと到着した。

 幸いにも私の隣室は空いていた。主人にそこも長期契約したい旨を伝えると、大喜びしてくれた。


 「いやー! 勇者様に使って頂けるだけでも嬉しいってのに……その上三部屋も長期だなんて! 本当感謝してもし切れませんよ!」

 「そういうもん?」

 「そりゃもう! ウチみたいな宿は空室多いですからね。長いこと取って貰えるならそれだけ空きが無くなります。いやもー……当然嬉しいですよ!」

 「おっちゃんとこ空き多いの? 信じらんねー……めっちゃ良いのになぁ、ここ……」

 「まぁー結構奥まってますからね、仕方無いですよ。……はい。ではこちら鍵です。勝手は今のお部屋と変わりませんで、お連れさんにお伝えください。……お代はお預かりから差し引きで?」

 「ああ頼む。……そうだ、とりあえずこれ足しとく。…予定だいぶ延びそうだし」


 宿屋の主人から鍵を受け取り、代わりに大金貨を三枚預ける。

 先日預けてあった金額と合わせ、三部屋を向こう数ヶ月は借りられるだろう。


 「いいんすか!? ウチなんかで!」

 「悪い訳ねーって。部屋もしっかりしてるしウマい飯も食える。オマケに風呂も借りられるだろ。完璧じゃん。むしろ安いんじゃねーの?」

 「そうまで言って頂けるなんて……ありがとうございます!」

 「こちらこそだ。またしばらく世話になるぜ」


 規模こそそこまで大きい訳ではなく、大通りから少々離れているものの……その他の点においては申し分ない宿。

 長年の街暮らし旅暮らしのお陰で、この手の嗅覚は自信があった。

 だがそれでもこの宿は……我々のアイナリーでの拠点は、大当たりだった。


 しかも……ノートが隣室となるのである。



 「………そういや、主人に言ってなかったな」

 この街におけるあの子の人気っぷりは、よく知っている。なにせあの子見たさに食堂が大混雑する有様だ。



 ……メシ処の人員増やすよう…それとなく勧めてみるか。


 容易に想像できる混雑を思い浮かべ、苦笑しつつ

 ノートの待つ詰所へと向かうのだった。

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