表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/262

42_勇者と少女の後日談

 ……勇者は、塞ぎ込んでいた。


 周囲の兵士や住民有志達。

 彼らの険しい視線が……遠慮なく勇者へと突き刺さっていた。



 正直、身内が罵られるのは……良い気はしない。


 しかしながら……今回ばかりは仕方ないと思う。





 ………………………




 ディエゴ先生の炎熱結界を突破し押し寄せる蟲を、片っ端から撃ち落とし続けること……数刻。

 不意に、蟲どもの勢いが弱まった。



 ………いや、あからさまに奴らが戦闘態勢を解いたのだ。



 若干疑いつつも、炎熱結界を解除する。

 奴等にとって障害となる、熱の防壁を取り払うも……やはり攻め込んでくる気配は無かった。


 こちらが無防備を晒しても、攻め入って来ない。


 ……そういえば断続的に響いていた地響きも、感じなくなって久しい。




 これは……勇者(アイツ)が上手いことやったのだろうか。



 最初の方こそ疑い半分だった推測は、しばらくして確信へと変わった。

 背を向け駆け出し、しばらく経つものの……一向に蟲が追って来ないのだ。



 であれば。一刻も早く勇者と合流すべきだろう。

 ……恐らくはそこに、愛しの少女も居る筈だ。





 そうして坑道を下ること、暫し。




 ついに、下から登ってくる勇者と……


 その背に背負われた……純白の少女と、邂逅を果たした。






 ……思えば、そのときに察してやるべきだった。

 他ならぬ私が、察してやるべきだった。





 救出すべき少女を目の前にし、浮かれていたところもあったのだろう。私達は一刻も早く、地上へ戻ろうと決断を下した。


 ……その時点で、彼女の顔色は悪かった。



 勇者曰く、蟲たちの親玉とおぼしき個体の討伐に成功したらしい。生き残りの魔殻蟲も、積極的にヒトを襲うことは無いそうだ。

 そして……ノートも無事。少々顔色も悪く、勇者の背で身体を強張らせ、口数も少ないものの…………疲労と心労によるものだろうと、勝手に思い込んでしまった。



 廃坑からの脱出を急がねばと、彼らを急かしてしまった。





 坑道をしばらく登ったあたりで、前方から魔殻蟲の群れが向かってきた。……恐らくは地上付近の兵士達と競り合っていたであろう、群れ。


 とっさに身構える私たちをよそに……奴らはむしろ私たちに道を開けるかのように、

 ……地中深くへと向かっていった。





 ここで、ノートが騒ぎだした。



 下ろしてほしいと。一人にしてほしいと。(なか)ば泣き叫ぶような勢いで訴え出した。

 ……ついには下僕……勇者に対し、『命令だ』と口にしてまで、意思を通そうとした。



 ………だが、それは聞き届けられなかった。



 このときの私たちの頭の中は、『一刻も早く彼女を地上へ連れ戻してやりたい』『彼女の無事な姿を、皆に見せてやりたい』で一杯だった。


 勇者や私は勿論、ディエゴ先生までもが……全く同じ考えだった。




 ………誰一人として、過ちに気づけなかった。





 次第に顔色が悪くなっていくノート。

 私達は懸命に彼女を励まし続け、勇者は急かされるように速度を増した。



 一分一秒でも早く、ノートを陽の光の下へと連れ帰れるように。



 それが誤りであると、最後まで気づかないまま。






 そうして、私たちのものとは違う声が聞こえ……


 入り口から進軍していた兵士達と……アイナリー住民たちと合流できたとき。



 全員の緊張が解れた……そのとき。





 それ(・・)は、唐突に起こってしまった。






 幾人かの兵士達が持つ篝火のお陰で、明るさが保たれた地下空洞。

 人々の歓声に包まれていたそこ(・・)に、突如として微かに……だが確かに、奇妙な音が響いた。





 それは……岩だらけの廃坑には、絶対に有り得ない音。



 液体が滴るような……勢いよく溢れ落ちるような……水音。






 勇者の動きが、完全に止まった。



 ……ディエゴ先生が、続いて気付いた。



 …………そして私も……やっと気付いた。






 ノートは………真っ赤になって震えていた。




 そしてやがて……勇者の近くで歓声を上げていた兵士達も気づき始め……

 そしてその情報(・・・・)は徐々に広がっていき……



 あまりにもの羞恥心に堪えきれなくなったのか…




 ついにノートが……自ら意識を手放した。







 ………………………………






 数台の馬車を引き連れた、とある兵士の集団。

 その隊列の中央付近……ひときわ厳重な警備に守られた、一台の馬車。

 その周囲は、異様な雰囲気に包まれていた。



 馬車の御者台に座るのは、整った顔を苦々しげに歪めた……歳の頃は二十ほどの、白い剣と黒鉄色の髪を持つ青年。


 彼に注がれる、周囲からの視線は……冷たかった。



 針のむしろに座る彼……勇者ヴァルターが御する馬車には、三つの人影が乗っていた。


 全身に柔らかそうな羽毛を纏った小柄な影と、それに抱きつくこれまた小さな姿。……そしてそれらを見守る、長い耳を持つ人影……エルフ。


 私とシア、そしてノートである。




 ボーラ廃坑を離脱し、撤収作業を任された者やオーテルとの連絡要員を残し…一足先にアイナリーへの帰路についた、遠征組の一行。


 その中には、心に深い傷を負った……ノートも含まれていた。



 決して短くない軟禁生活のこともあり、当初は体力が回復するまでオーテルでの休養が提案されていたのだが……

 本人たっての希望と、霊薬(ポーション)の服用によってか体力が回復していたことから……そのままアイナリーへの帰路へついたのであった。



 …尤もこの霊薬(ポーション)の服用こそが、ノート大洪水事件の引き金の一つでもあったらしいが。



 ちなみにもう一つの引き金を容赦なく引き続けた勇者は……ノートからのおよそ考えうる限りの罵詈雑言と、さらには周囲からの無言の圧力に晒され続け……今回の討伐作戦一番の功労者であるにも関わらず、牢へと送られる罪人のごとき面持ちであった。


 自分にも責任の一端が無いとは言えない私にとって……彼を責めることも励ますことも思うように出来ない、複雑な心境であった。



 本来なら、勇者を誉めてやりたい。

 よくぞノートを救出してくれた、蟲の脅威を排除してくれたと……褒め称えてやりたい。


 しかしながら衆目監視の(もと)……考え難い(はずかし)めを受けた……

 小さな貯水槽の決壊を大勢の人々に目撃されてしまったノートの手前……何も言うことが出来なかった。



 ……なんてこった。

 これじゃあ……さすがにあんまりだ。


 だからと言って……私には誰かを責めることはできない。


 悪いと言えば……私にも非があるのだろう。

 あのとき……ノートの異変に気づけていれば。

 一人になりたいと言った彼女の……真意を察することが出来ていれば。


 ……いや、今更言ったところでどうしようもない。

 仮定の話など、するだけ無駄なのだ。


 今はただ…ノートを慰め、励ますことしか出来ない。




 「……アイナリー戻ったら……ゆっくりと休もうな……」

 「…………んぃぃぃぃ……」



 シアの胸元に顔を(うず)めながら……ノートが微かに頷いた。



 ノートにも、そしてヴァルターにも……心の療養期間が必要だ。


 



 彼らがやっとのことでアイナリーに到着したのは、それから丸二日後の昼下がりであった。


 華々しい戦果とは裏腹に……

 その行列は、まるで罪人の護送のような…

 沈みきった…異様な様相を呈していたという。

これにて一段落……なんとか辿り着きました…

ここまでお目通し頂き、本当にありがとうございます…!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] たくさん飲んだからね…だいこうずいをおこしてしまってもしかたないね…かわいい…たすかる…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ