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41_勇者が救世主って誰が決めた?

 ………何も、出来なかった。



 確かに行動はした。行動には移した。



 だが、それだけだ。行動しただけ。動いただけ。





 俺には………………何も、出来なかった。








 女王が倒れ、巨大な繭が仄かに発していた光も少しずつ弱まり、そう遠くないうちに闇に染まろうとしている……巨大な地下空間。

 先程までの、耳を覆わんばかりの騒音が嘘のように、そこは静まり返っていた。



 この場において動きが見られるのは……二つの人影だけ。


 自分と………ノートだけだった。

 




 ………………………………




 「勇者。霊薬(ポーション)寄越せ。……隠しても無駄だ。余計な抵抗はするな」

 「………え?」


 ノートによる支援を得て、女王を下した直後。

 近寄ったノート……いや、ノートの身を借りた何者か(・・・)に、そう切り出された。



 「持っているだろう? 霊薬(ポーション)だよ。あの珍妙な味のする回復薬。魔力が回復するやつだ」

 「あ………ああ……」


 自分の腹ほどまでしかない小さな背丈でこちらを見上げ…手を差し出し、物をねだる姿。

 仄かに口角を上げ、不適な笑みを浮かべるその表情。……可愛らしくはあるものの、その言動はいつもの彼女とは似ても似つかない。





 ……この子は(・・・・)誰だ(・・)




 ベルトから小さな小瓶を取りだし、彼女に手渡す。

 国王陛下からの餞別として受け取った、市販のものよりも圧倒的に高品質な……平民がひと月は暮らせるほどに高価な霊薬(ポーション)を、彼女の小さな手が受け取る。

 貰ったはいいが……今まで使う機会が全く訪れなかったそれを、彼女へと譲る。


 仄かに光る銀色の瞳で、それをしげしげと眺める……謎多き彼女。



 「……ほお。なかなか良さそうだ。感謝しよう、あとで礼を取らせねばな。……何が良いか。この子の下着でも見せてやろうか」

 「は!? ……いや、別に……」

 「なんだ詰まらん。それでも健全な男子か」

 「いや………」


 ……パンツどころじゃないものが……見えちゃってるし。

 などと返事をする間もなく、一糸纏わぬ彼女は……踵を返し歩いていった。




 ………と思ったら戻ってきた。


 咳込みながら。涙目で。



 「ゆうじゃ。……勇者。水を寄越せ。……なんだごの味。腐っているのではあるまいな?」



 見るも無残な涙目で、詰問するように詰め寄る彼女。

 言われるがままに自分の荷袋へ……大広間の入口に放置していた荷物へと走り、水筒を取ってくる。それなりに距離はあったのだが支援魔法の恩恵もあり、ものの数秒で取ってくることが出来た。


 お遣い(・・・)の素早さが項を奏したのか、彼女の機嫌は良さそうだ。差し出された水筒を満足げに受け取ると……飲み口に直接口をつけ、おいしそうに水を飲む彼女。



 霊薬(ポーション)の味がひどいのは割と周知の事実なのだが……しかもこの品は高価なだけあって(比較的)飲みやすい品でもあるのだが…………まるで霊薬(ポーション)そのものを飲んだことがないような口振りである。


 「……そうなのか。……難儀なものだな、勇者とは」


 こちらの心を読んだかのような、唐突な言葉に心臓が跳ね上がる。

 しかし…彼女の視線はこちらを見ていない。……恐らくは自分の中の、もう一人の(・・・・・)自分(・・)に返答したのだろう。



 目を細め、白い喉を鳴らし、おいしそうに水を流し込み続ける彼女。

 ……間違いなく、ノートの中には別のもの(・・・・)が入っている。


 言うなれば謎の人格に、彼女を人質に取られたようなものだ。

 下手に刺激せず、従うしかない。



 「……っぷぁっ、……ふぃー。………返そう。感謝する」


 すっかり中身の空っぽになった水筒を突き返し、ご機嫌な笑みで……ノートの中の何者かは礼を告げた。

 ノートではない彼女がいったい何者なのか。……疑問は尽きないし、心配であることも変わらないが。


 自らを悪い存在だと、声高に述べていた彼女だが。

 ……そんなに悪いものとは、なぜか思えなかった。



 「……そうさな。急がねば」


 霊薬(ポーション)で幾らか魔力が回復したのだろうか。ノート(仮)が動いた。

 重力を感じさせない、軽々とした足取りで向かった先は……意識なく倒れ伏す人蜘蛛(アルケニー)(もと)



 ……そうだ。女王を倒しても、まだこいつが残っていた。




 対処しようと歩み出た足が……小さな手に阻まれる。


 こちらをじっと見据える銀色の二つ(まなこ)……その無言の圧力に嫌な汗が流れ、思わず後ずさる。



 「……良い子だ」


 身を引いた俺の様子に満足したのだろうか。

 それだけ告げると彼女は目線を外し……人蜘蛛(アルケニー)に手を翳し、なにかを呟き始める。



 「…………何を……しているんだ?」

 「何、って。ただの後始末だよ。……そんなに気になるかい?」


 思わず零れた……独り言のような疑問に、彼女が乗ってきた。


 「……そりゃ…気になるさ。そいつは蟲たちの一味だろう。……なら片付けておかないと」

 「我々に仕返しに来る、かね? ……五点だな」

 「……十点満点?」

 「まさか。百点中の五点だよ」


 さすがに予想だにしなかった程の、圧倒的低評価だった。


 「良いかね? 今まで魔殻蟲どもはこの子ら……蟲魔によって舵取りされていたわけだ。基本的な行動ルーチンは野性的なものだが、それでも蟲魔の意思の(もと)に行動している。……ここまでは良いね?」


 やや気圧されながらも、頷く。

 ……しかしながら、違う者だとわかっていても……彼女が饒舌に喋っているのを見ると……違和感が物凄い。


 「何か言いたげだが……あえて無視するよ。ではここで彼女……現存する最後の蟲魔を殺したとしよう。するとどうなる。魔殻蟲どもは制御のタガが外れ、本能のままに行動し出す。なんの歯止めも効かず、ただただ本能に従って。……生命の根本的な本能。それは何だと思う?」

 「…………食事?」

 「サンカクだな。……食事は正解だが、もう一点。………繁殖だ。無論、今までも繁殖はして来ただろうな。なればこその個体数だ。……しかしそれでも、これまでは蟲魔の制御下にあったからこそ、ヒトの住まう地を侵略することは無かった。……命令が下されていたからだよ。『ヒトを不必要に害すな』、とね」


 こちらの疑問に適切に答え、饒舌に喋り続けつつも……その視線と指先は止まらない。周囲には仄かに光を発する魔方陣が幾つも浮かび上がり、絶えず何かの作業をしているようだが……自分には全く理解ができない。

 見るからに複雑な作業をしていながらも、ちゃんとこちらの受け答えしてくれている。


 ……なんて器用な真似を。



 だがここで、疑問が浮かんだ。

 今の説明と昨今の情勢を照らし合わせ……腑に落ちない点が一つある。


 「し、しかし……アイナリーは魔殻蟲に襲われたと聞いた。今の話を聞く限り、奴らはヒトを襲わないよう命令されていたのでは……」

 「それこそ簡単なことだ。撤回されたのだよ、命令が」



 ……撤回されていた。ヒトを襲うなという命令が。

 突如として活発化した魔殻蟲。その原因が、その命令の変更だという。



 「なん……で………」

 「……推測の域を出ないのだがね」



 指の動きを止め、彼女は続けた。



 「君も聞いたかね? 『魔王の目醒め』などという…趣味の悪い呼称の魔力波動。…………恐らくだが……アレに反応したんだろうね。……奴等にとっても懐かしい匂いだったろう。ついつい匂いのする方へ誘われ……縄張りを広げたくなったんだろうさ」


 彼女は……ノートの中の誰かは、……もう動くことのない、女王へと目を向けた。



 ……心なしか、悲しそうな目で。




 「……話がズレたね。だからこその……ヒトが襲われなくなるようにするための、後始末だよ。簡単な話だ、もう一度命令させればいい。『ヒトを襲うな』とね。……そのために、彼女を説得しなければならないのさ」

 「な……そんなことが…出来るのか!?」

 「解らんよ。そのための霊薬(ポーション)だ。……だがそれでも間に合うかは解らん。どこかの幼女性愛者(ロリコン)勇者(バカ)がウジウジしてたお陰で…女王と無駄に一戦交えることになったからね。……もう質問は良いかね? なら少々集中させてくれたまえ」



 そうして……何者かは再び作業に没頭し始めた。


 周囲で目まぐるしく動き回る魔方陣と、彼女の唇から流れる、詩のような謎の言葉。

 魔法の知識を全く持たない自分には、全く理解できない言葉。



 ……だがもしこれが仮に、自分に掛けられたもののような強化魔法(バフ)だとしたら。

 




 今しがたの説明は全てブラフで…


 実は自分達を害するための……

 いや、人を滅ぼすための布石だとしたら。



 そんな考えが、脳裏を過ぎる。





 過ぎる、が……




 懸念が浮かんだところで、どうしようもない。

 彼女がその気になれば……自分なんか一瞬で殺されるだろう。



 女王との闘いで、嫌というほど実感した。

 ノートの手助けが無ければ、自分は女王に手も足も出なかった。

 それどころか……騎士型にすら勝てなかった。




 ノートを助けるため、幼い少女を救い出すためと勇んで来てみたものの。

 リカルド達の……人々の期待を一身に背負い、勇者としての務めを果たそうと……覚悟を決めて乗り込んできたものの。




 ……結局自分には、何も出来なかった。


 それどころかその後のことも、何も考えてなかった。


 ただ漠然と『蟲を全部倒せば、ノートを救出できる』程度にしか、考えてなかった。




 結果的にトドメを刺したのは、確かに自分だろう。しかしながらそれは……彼女たち(・・)がお膳立てを整えてくれたからに他ならない。その気になれば、彼女たちだけで女王を片付けることすら可能だったはずだ。



 住民たちに聞いた限りだが、ノートはたった数日前……アイナリーを滅亡の危機から救ったという。

 おびただしい数の魔殻蟲の群れにたった一人立ち向かい、生死の境を彷徨いながらも……見事に街ひとつ救って見せたのだ。


 未だに出自がはっきりしない、得体の知れない彼女。

 だがそれでも…彼女の行ってきたことは、確実に多くの人々を救っている。



 まだまだ小さな、幼い少女でしかない、彼女。

 しかしながら彼女は……アイナリーの住民にとって、紛れもなく『救世主』であった。




 ……自分は、どうだ。

 今まで自分の行ったことと言えば……道中の住民の依頼を仰々しく聞き、鼻歌交じりに片付けられるであろう程度の、圧倒的に楽勝な魔物を退治した程度。


 その程度の依頼を達成した程度で…自惚れていた。

 さすがは勇者だ、救世主だと崇め奉られ、自分でもその気になっていた。

 自分は人々に期待されている、待望の勇者なのだと。救世主なのだと。

 傲慢にも、付け上がっていたのだ。



 『勇者』。……その肩書を拝命したときは、確かに嬉しかった。

 期待に応えねばと思っていたし、誇らしかった。


 だが……自分は本当に相応しいのだろうか。

 今だって彼女の助けが無ければ……間違いなく負けていた。…いや、死んでいた。

 自分なんかよりも彼女の方が、『救世主』に相応しいのではないか。



 自分が……『勇者』が救世主だなんて、誰が決めたというのだ。




 俺は……自分は…………無力だ。






 …………………………





 「ゆうしゃ。……おまえ、は……よわい」



 ……どれくらいの時間、俯いていたのだろうか。気が付くと目の前に白色の少女……ノートが立っていた。

 恐らく……ノートだろう。先ほどの饒舌な語り口ではなく、たどたどしい口調で。


 笑みでも、憤りでも、嘆きでもない……素の表情で。


 白い小さな少女は……こちらを見上げていた。



 ………弱い。



 全くもって、その通りだ。恐らくは彼女にすら勝てない。

 やはり自分は、救世主たりえない。



 「あるたー。……おまえは、なんだ」

 「………俺…?」



 なんなんだ。この子は何を伝えようとしているのだ。

 俺は……俺は、ヴァルター・アーラース。……それだけだ。



 「おまえは、………ゆうしゃだ。ひとの、ゆうしゃ」


 『勇者』。確かにそう任ぜられた。

 そうあるべきだと育てられてきた。…そう信じてきた。

 ……だが。実際はどうだ。



 「……俺、は……」

 「んい……んいい…………けん、わたしの。ちょうだい」


 煮え切らないようなこちらの表情に業を煮やしたのか。

 彼女は手を伸ばし、こちらの腰に提げられた……元は彼女の物であった剣を抜く。


 「んいい……んいー………!」


 …なにやらこちらを睨みつけ、歯を剥き出し、……唸るような声を上げる彼女。



 『いい、か。ゆうしゃは、ひとの……みんなの、きぼう、だから』



 頭に響く、彼女の声。先程までよりは心なしか饒舌になったものの、たどたどしい…どこか舌足らずな口調。

 それは……紛れもなくノートの声。

 ……半目でこちらを睨み付けるような視線はそのままに、彼女は続ける。


 『おまえは、ただしい、ゆうしゃ。……まがいものじゃ、ない。つくりものじゃない。ただしい、ゆうしゃ』


 紛いもの。造りもの。

 ……何を言っているのか解らないが、口ぶりからするに…良いものではないのだろう。 


 『ひとびとの、いたみがわかる。ひとのために、かなしめる。……おまえは、ただしい。 …………わたしは、しってる』


 こちらを咎めるような、鋭い(?)視線は相変わらずだが、

 ……どうやら励まそうとしてくれているのだろうか。



 『おまえは……ただしい、ゆうしゃ。ひとの、きぼう。 ……だから』



 彼女の視線が、まっすぐこちらを見据える。

 下から睨み付けるような目線ではなく、まっすぐに見上げてくる。



 透き通った……白銀色の瞳に、自分の顔が映る。




 「つよく、なって。 ……きぼうに、なって」



 希望に。……人々の希望となる、正しい勇者に。





 ………そうだ。

 たとえ今は弱くとも。未熟者でも。…………強くなる。



 それが、彼女の願い。

 下僕である自分の……主人の、願い。



 「……了解だ。ご主人様」

 『は? ちょうしのんな。ぶちころすぞ』

 「………」



 わざわざ饒舌な脳内会話で、罵声を浴びせてきた彼女……ご主人様。

 その言葉と、目線とは裏腹に………見下ろす程しかないその体躯は、やはり可愛らしい少女でしかない。


 強く、ならねば。

 彼女の……か弱い少女の期待に応えられないようでは……『勇者』ではない。




 『勇者』の名に相応しい者に。彼女のような、本当の『救世主』に。

 今はまだ弱くとも、……いつか。



 人界の勇者、ヴァルター・アーラースは……その日決意した。

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