38_勇者と魔王と無敗の戦神
戦場に唐突に湧いて出た……わたしたちの異様な魔力に勘付いたのか。
三者三様の視線が、わたしたちに集まるのを感じる。
……そりゃそうだ。こんな馬鹿みたいな魔力…気づかないほうがおかしい。
気づけば二人とも手を止め……先程までの暴力の嵐がまるで嘘のように静まり返り……こちらを注視していた。
「ノー、ト…? それ……お前……」
『ゆう、しゃ。おまえの、こころいきは、みとめる。おまえは、いいやつ。……たいした、やつ』
「…………は…?」
勇者の持つ、二振りの『勇者の剣』。魔道具に仕込まれた通信魔法に、強引に介入する。わたしの言葉を、勇者の意識に直接届ける。
勇者は今まで、この機能に気づいた様子はなかった。漠然と『ノートは思念魔法が使える』くらいにしか捉えていない。
『勇者の剣』の通信機能は、人族と魔族の全面戦争に備え……異なる言語圏の勇者が共同戦線を張る際、意思の疎通を円滑に行うために仕込まれた機能だった。
それぞれの『勇者』が持つ、『勇者の剣』。その刀身どうしを接触させて、回線を繋ぐ。それ以降は剣が手の届く範囲に置かれている限り、一度接続したことのある勇者の剣間での、思念魔法による意思の疎通が可能となる。
……更にこの機能、伝えたいことを伝える魔法……通訳魔法さえも組み込まれている。この恩恵により未だにこちらの言葉がうまく扱えないわたしでも………剣を持った勇者に限り、意思の疎通が問題なく行えるのだ。
ただその仕様上、任意で接続を切らなければ……接続回線は保持されたまま。そのため勇者とわたしがそれぞれ剣を身につけている間、勇者ヴァルターの思考がほぼ駄々漏れになっていたこと。それは、わたしだけが知っている。
……あいつは意外とムッツリスケベだった。
わたしだけは、知っている。
唐突に動きを止めた勇者に対し、何事か勘付いたのか。騎士型が棒立ちする勇者に斬りかかる。初動から音速に達する斬撃。避けねば必殺の一撃。
動きを止めていた勇者は反応が遅れ、回避することも出来ずに目を見開き……
目の前に出現した、青白い光の壁。
緻密な魔法陣で築かれた防壁に、守られる。
『こころいきは、よし。えらい。……でも、じつりょくは、まだまだ』
「……待ってくれ。お前は…………何を、言っている?」
尚も果敢に攻め立てる騎士型の…常人には目視不能の連撃を悉く防ぎ切る、防壁の魔法。ただの魔法使いだったら一枚張って精一杯だろう堅固な防壁を、無詠唱で軽々と……次から次へと広げ、あの騎士型を見事に完封していく先生。
わたしが勇者と世間話している傍ら、鼻歌交じりにこんなことをやってのける先生。……本当にすごい。
『照れるね』
『うん。ほめてる』
ついに四本の大剣全てが砕ける。再生が追い付かず……奴が距離を取る。
ちょうどいい。好機だ。
『なさけない、ゆうしゃめ。……わたしたちが、ちからを、かしてやる』
「……特別サービスだ。感謝するが良い。末代の勇者よ」
私の言葉に、勇者の目が驚愕に見開かれる。鳩が豆大福食らったような顔だ。ふははばかめ。おもしろい顔しやがって。
『…………君の頭も大概面白いがね?』
『んい…?』
未だ剣の再生ままならぬ騎士型が、それでも尚危険と判断したのか。拡張された意識の隅で、奴に動きが見られる。……が。
「ギーニ・ティル・ヴィーガ」
騎士型を一睨みし、先生の呟いた呪言。たったそれだけで、その動きが止まる。
不可視の魔力の鎖で雁字搦めに固定され、碌に身動きを取ることが出来ない。ふははざまぁみろ。ずっと縛られて動けなかったわたしの気持ちを思い知れ。
『笑ってないで。早くしたまえ』
『……はい。すみません』
この場にいる者たち……蟲魔どもも含めた中で、ただ一人理解の及んでいない人物、
勇者に、向き直る。
『おまえ、には、……かって、もらう。ぜったい。……だから、ちからをかす』
「二度は言わんよ。無い知恵絞れ。せいぜい理解に勤しめ」
相変わらずのあほづらに、ちょっと心配になる。
…大丈夫かな。ちゃんと理解してるかな。
『ぶきを、かまえろ。てきを、みろ。……おそれるな。おまえは…かつ』
わたしの激励が心に響いたのか、…ぎくしゃくしながらも頷いた。
一応伝わっているようだ。よかった。もっと感動にむせび泣いてもいいんだぞ。
『あんずるな。わたしたちが…………わたし、が、ついてる』
「……ノート…」
もっと感極まってもいいんだぞ。なあ。
……ちくしょう、だめか。もっとわたしを尊敬するよう教育しないと。まあいいや。それはまた今度。
『せんせい、おねがい、します』
『………成程。これは張り切ってやらないとね』
笑みとともに、先生が魔力を操る。ここから先は、任せるしかない。
「コーマ。コーマ。メィクーア
トレーフ、ドリーフ。ホールァ、ラーファ」
勇者の身体が、明らかに強張る。
あほあたまの勇者も、さすがに何が起こるのか理解したのだろうか。
「スィレィア、シュトーツァ。ヴレーネ、クラフタ。
トレーフ、ドリーフ。ウーヴィ、ズィーヴル」
前回はリカルドのことで、頭がいっぱいだった。わたしには全く余裕が無かった。
そのためこれをまじまじと見つめるのは、今回が初めてだ。空気中に溢れ出た先生の魔力は微細に動き、空中に図形のようなものを描きながら勇者を取り囲む。……すごく、きれい。
「コーマ。コーマ。メィクーア」
身体の中から、新しい魔力が……魔法を使うために生成されたチカラが、湧き出る。
「クラフタ、プローネ。ジ・ディ・ザル、ヒーア」
わたしの中から周囲に溢れ出たた魔力が、さっきの魔力を巻き込みながら一箇所へと集まる。
勇者の中へと、すごい勢いで注がれていき……
それは彼の中で……魔法を完成させる。
「コーマ・ティワズ。……イル」
勇者の身体が…仄かに光を放つ。
彼の身体を媒介として顕現した魔法は、彼のような前衛職におあつらえ向きの……反則じみた支援効果を顕すもの。
「なんだ………これは…………」
呆然と。勇者が言葉を零す。
視覚を拡大し、感覚を拡張し、反応速度も運動能力も最大筋力も補強が成される。
今までとは比較にならない運動能力と、破壊力。…そして時間制限つきではあるが……無尽蔵ともいえるスタミナが、彼には備わる筈だ。
わたしたちの魔力が切れるまで、効果は続く。
わたしたちの魔力は、ほぼ無尽蔵。
ただひとつ……『角』の効果が消えるまで。
『ゆうしゃ。おきろ』
自身の身体の変化に戸惑っていた勇者が、はっとした表情でこちらを見る。
そしてその視線が…今も尚不可視の拘束に抗っている騎士型を捉える。
『あまり、じかんを、かける。だめ。……いい?』
「……ああ。任せろ」
「良い返事だ。ハナマルをあげよう。……では拘束を解くよ。頑張りたまえ」
先生の言葉とともに、騎士型の拘束が解かれる。
解き放たれた騎士型の視線が……仄かな光を放つ勇者とぶつかる。
……光ってる勇者は正直ちょっとおもしろいけど、ここで笑うといろいろと台無しになることはわたしにもわかる。身体の主導が先生で本当よかった。わたしだったら顔のにやけが止められないだろう。わはは。
『……君は割とひどいやつだね?』
『ゆうしゃ、だから。あるたー、には、えんりょ、しなくて、いい』
『あーわかった。そういうことか…………成程なーこれは自覚させるの難しいぞー』
尋常ではない威圧感に、騎士型すらも警戒を露にしたようだ。じっと勇者を見つめ………あれ、こっち見てない?
『見られてるね?』
『やだこわい』
[成程。この、気配。魔力。よもや、其の幼体、……否。其方]
「時間が無いらしいんだ。悪いが……行くぞ」
「あっ勇者君ちょっと待」
先生の制止を待つ間もなく勇者が駆け出す。重心を落とし、膝に力を貯め……バネを解き放つように……
力いっぱい駆け出した勇者は…
足元の床を盛大に蹴り砕き、騎士型を軽々と飛び越え……
向こうの壁までぶっ飛んでいった。




