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36_勇者と蟲と女王の間

 ただただひたすらに巨大な、真っ白い繭。


 通路の奥に見え隠れするそれ(・・)を形容するには、その言葉が妥当だった。



 ネリー、ディエゴと別れてから暫く。勇者の胸に抱かれ、振動による刺激に身悶えしながらも歯を食い縛って耐え続け……先日までの拷問の続きにも思われた待遇から、やっと解放されたのがつい先ほど。


 ……あぶなかった。まだまだ続くようだったらあぶなかった。……あとすこしでもれ…………我慢できなくなるところだった。



 「………ノート。下ろすぞ」

 「んんっ……」


 勇者の腕から解放された瞬間。思わず地面にへたり込む。

 ………勇者の服の左腕部分、今までわたしが腰かけていたあたりが湿っている気がするのは……気のせいだと思う。

………においとか嗅いだらころそう。すぐにころそう。



 勇者はわたしを下ろすと通路の奥………繭玉を見据え、ゆっくりと歩き出した。

 幸いにして勇者をころすこともなく、二人揃って歩を進める。勇者は両手に白剣を構え、少し後ろを歩くわたしを庇うように。

 ……二刀流だなんて、どこまでかっこいい真似をするつもりだ。生意気な。

 そうこうしているうちに、最後の通路を抜けた。その先に広がるだだっ広い空間と……魔力の乏しいわたしにもわかる、圧倒的な存在感。





 仄かに明滅する光を放つ、巨大な繭。


 恐らくは、彼らの主が眠っているであろう…揺籠(ゆりかご)




 それを死守するかのように、二つの影が立ちはだかっていた。




 「……お前達が、守護者か?」

 [然り。………いや、否。守護者、吾のみ。也]

 「…………随分と流暢に喋るんだな」


 わたしたちを出迎えた、二体の蟲魔。

 ひとつは、わたしの世話をしてくれた人蜘蛛(アルケニー)の少女。

 そしてもうひとつは……


 [吾。生を、受けた。情報、ヒトの、多くの。用い、求められた、故に]


 ………こいつが、恐らくそれ(・・)なのだろう。

 人蜘蛛の彼女が言っていた、新しい個体。新型の彼曰く『ヒトに関する情報を多く刷り込み、産み出された』個体。


 『ヒトガタ』のものよりも更に洗練された、騎士の全身鎧(フルプレートアーマー)をも彷彿とさせる、優雅にすら見える造形。背丈は二mを大きく越える。がっしりとした体躯を持ち、大きく張り出した肩から生えるその腕は、二対。……四本。

 見るからに力強そうなそれらの腕には、平べったい翅のような板が……剣のようなものが握られている。


 細部の意匠は、なるほど蟲魔のものであると解る。しかしながら『ヒトの情報』が多く刷り込まれただけあって、四本腕を除けば非常にヒトに近い姿の………力強く、どことなく優美な佇まいを思わせる姿だった。





 しかしながら。


 ……その刷り込まれた情報とやらの多くは恐らくアレがアレするためのいわゆるアレな情報だということを、わたしは知っている。オマケに刷り込まれた情報とやらもぜったいにぜったいに間違っている、もしくは致命的に応用が効いていない。少し考えればわかるだろう。わたしに()()()()()が収まるはずがない。

 ぱっと見は腰回りを覆う鎧の一部に見える、腰後ろ……尾部に下がる突起。しかしながら彼の用途を知っているわたしの目はごまかせなかった。つまりあの太くて長くて先端に若干の返しがついている管のような、いかにも自在に動いて伸縮すらしそうなそれがつまりあれをあれするときのあれだ。

 あんなものを挿れられてしまったらぜったいにしぬ。仮に命は助かったとしても人としての尊厳を失う。こわれる。




 そればかりは避けなくては。

 避けなくては、裂けてしまう。わたしが。


 ……なにがなんでも、勇者に勝ってもらわねば。



 「……ゆうしゃ」

 「な、何だ? どうした?」


 目の前の敵性存在……人語を解し、見た目にも強そうな存在に気圧されていたのか、呆然としていた様子の勇者に、声を掛ける。

 だまされるな。あいつはただのち○ち○だ。


 「………おねがい。……まけ、ないで」


 勇者に肩入れするのは気乗りしないが、この場においては勇者に勝ってもらわないと困る。わたしの貞操うんぬんもそうだが、ふつうに命が危ない。


 「おねがい。ゆうしゃ……かって」


 心から、今回ばかりは心の底から、勇者を激励する。お願いだから勝ってくれ。頼むから、どうかあの蟲魔……四本腕の黒騎士を、

 否………忌々しい竿役を滅してくれ。



 「…………わかった。任せておけ」


 言葉と共に、勇者…ヴァルターが歩を進める。両手に白剣を提げ、純白の外套を纏った完全装備で。

 それに応じるように、四本腕の騎士型が歩み出る。薄翅の剣を携え、自信満々といった様子で。


 剣を持っていないため、わたしには騎士型の力を測る術がない。……だが勇者の表情を窺うに、……どうやら厳しそうか。安心できる相手では無さそうだ。おい大丈夫なんだろうな。


 あの子は……人蜘蛛(アルケニー)は、どうやら観戦の構えのようだ。繭に手を触れ、魔力を注いでいるように……なんとなくだが、守りの魔法を掛けているように見える。

 戦闘中に繭を守るためだろうか。どうであれ参戦しないのはありがたい。あちらの戦力的にも、……あの子の安全的にも。



 [ヒトの、者。勇者。と、御見受け。する]


 最奥部に巨大な繭が鎮座する、広い空間のほぼ中央。相対した騎士型が、おもむろに口を開いた。


 [此度。相見(あいまみ)え、光栄。至極、也]

 「……すごいな。見た目だけじゃない、か」


 騎士じみた外見にそぐわず、言動もそれっぽい。本能のみに忠実だった蟲とは一線を画す言動は、そのまま奴の完成度の高さを窺わせる。


 [()の、幼体。我等、悲願が為。失う、(あた)わず。勇者、怨み無く。然れど、どうか。覚悟、されよ]

 「………ご丁寧にどうも。だがあの子を渡せないのはコッチも一緒でな。俺もアンタらに怨みは無いが……邪魔するなら容赦しない」

 [成程、心得た。然らば。尋常に]

 「ああ。………行くぞ」



 勇者が重心を落とし、構えた。




 しばし、相手をの出方を窺うような間が空いた後。ついに両者が動き……






 勇者を中心とした床が、勇者もろとも爆ぜた。

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