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35_勇者とあの子と後顧の憂い

 ここから離脱するにあたって、蟲たちの主をどうにかしないといけない。でなければ、蟲たちはわたしを追って来るだろう。街に逃げ込めば街に迷惑が掛かるし、これから先ずっと一人ぼっちでいるのは……耐えられない。


 ……それに、あの子のことも……気になる。



 ナントカカントカ症候群だとでもいうのだろうか。確かにわたしは誘拐の被害者、あの子は加害者の一味だが……わたしに頼み込んできたその願いはいたって真摯なものだった。このまま完全に敵対するのも後味が悪い。


 女王を産む『おしごと』以外で、力になれることは無いだろうか。



 彼女にもう一度会うには、深部の『主』のもとへ行かなければならない。そのためには、勇者に同行しなくてはならない。……もう一度会って話をしたい。

 ヒトガタには楽々勝てるらしい、今の勇者。あの子と遭遇したら……あの子はひとたまりも無いだろう。……勇者にあの子を、殺させたくは無い。



 「………わたしの、べると……どれ?」

 「ベルト……これか? 何か砂みたいの溢れてきてるけど……」

 「…………それ。ちょうだい」

 「ああ、ほら。……帰ったら、その……砂? 入れられる小瓶でも探そうか。よくわからんが…大事なものなんだろ?」

 「…………あり、がと」


 心配だったものは、無事に返ってきた。

 ここから出ても、安全な場所はない。自分一人ならまだしも、これ以上周囲に被害を出すわけにはいかない。

 根本を、なんとかしなければ。



 「ゆうしゃ。……たのみが、ある」

 「…………どうした改まって。俺は下僕だろ? 命令されれば……」

 「……たのみが、……ある」



 まっすぐに、勇者を見つめる。

 ……勇者は、それだけで何事か察したようだ。


 「……………地下の、アレか」

 「そう。……あれが、じょおう」





 女王、という言葉に、場の空気が凍った。




 「とめて、しないと……おってくる。……んい、んい、……わたし、を、おって……くる」

 「………そんな……………何で……お嬢が……」

 「んい……ごめ、なさい……いいたく、ない」


 言いたくない。わたしを孕ませに蟲が追ってくるなど。完成した個体がわたしを()()に来るなど。……死んでも言いたくない。


 「だから、つれてって。………わたし、じょおう、つれてって」

 「な……何言ってる! 君は逃げないと! ………だって……相手は……魔」

 「にげる、だめ。……つれてって」

 「……………何、を」

 「つれてって」


 険しい表情で言葉を失う勇者と、青ざめた顔のネリー。ふと見やると、小部屋の入り口のディエゴも引きつった表情を浮かべていた。なんだ居たのかおまえ。


 「……………勝つ気、なのか?」

 「んい………だい、じょうぶ」


 勝つ……かどうかは、わからない。

 しかしながら切り札は、わたしの手のなかにある。

 ……負ける要素は……ない。…………たぶん。



 しばし無言の睨み合いが続く。……もっとも勇者は赤ら顔で、なぜか視線をあちこち彷徨わせているが。人の目を見てお話ししようって習わなかったのか。



 「言っておくが」



 これ以上の問答は無駄だと悟ったのか、勇者は切り出した。


 「今の君は、はっきり言って無力だろう。いよいよ危険だと思ったら、抱えてでも逃げる。……絶対に、君を連れて帰らないといけない。そのときばかりは、勝手させてもらう」

 「んい、………わたった。それ、でいい」


 正直半分も伝わっていないのだが、とりあえず頷く。現地についてしまえば、あとはどうにでもなる。



 「では………私はここで足止めだな」


 落ち着き払った声が、耳に届いた。

 炎熱の魔法使い……ディエゴが、小部屋の入り口に向かって呟く。


 「場を弁えない奴等を足止めするには、私が適役だろう。……軽く探った程度だが、ここより深部は敵の数が少ない。大方、大半が地上付近へ…侵入者の撃退に向かったのだろう」


 半分くらいは伝わっていない。よくわからないまま勇者を見つめると、僅かな間をおいて、勇者は頷いた。


 「……確かに、地下深くの例の箇所まで………反応の数は少ない、と思う。………ネリー。ディエゴ先生と……ここを任せたい」

 「………チッ」


 苦々しい顔。……やっぱりか、とでも言いたげな表情で、ネリーが勇者を睨み付ける。


 というか勇者おまえ。ネリー置いてく気かおまえ。何が悲しくて勇者と二人っきりしなきゃならないんだ。………と暴れたかったが、ネリーとの付き合いは勇者のほうが長い。相方の能力をよく知った上での采配なのだろう。


 ……新参もののわたしが口をだし……わがままを言って状況を悪化させるわけにはいかない。

 …………わたしは、出しゃばっては、いけない。



 「言っておくが。お嬢を守りきれなかったら有ること無いことばら撒くからな。お前がお嬢の裸を嘗め回すように視姦してたとか身動き取れないお嬢の身体を堪能してたとか、無いこと無いこと悪評ばら撒いてやるからな。……私より先に死んだら………一生許さねぇからな」

 「………心得た。師匠」

 「……フン。クソガキが」



 ネリーは吐き捨てるように言うと、壁際に転がされていた…古ぼけた魔道具を手に取り、魔力を注いだ。

 この数日この狭い空間を……頼りないながらも照らし続けてくれていた、灯りの魔道具。

 ……その灯りが無かったら。………もしこの小部屋が闇一色だったら。……………二日と持たず発狂していたかもしれない。


 「……お嬢も付いてくんだろ。コレ使えんじゃねぇか?」

 「いや……『暗視(サイト)』で充分見え」

 「誰がお前の心配なんざするか!! 今のお嬢が魔法常用出来ると思ってんのかボケ!! お前は同行者に対する気配りがいっつも足りねぇんだよバカ!! 私はまだ我慢してやッけど他人にまで強いるんじゃねぇよアホが!!」



 勇者に対して怒鳴り散らしながら、ネリーは魔力の充填されたそれ(・・)を――わたしの心を崩壊をひそかに守ってくれていた、長らく放置されていた灯りの魔道具を――わたしに持たせてくれた。


 わたしの小さな手では少々持て余し気味の、手提灯(ランタン)型の魔道具。頼りなかったその光量は、ネリーのお陰で明るさを取り戻し……今ではとても頼もしい。

 現在大幅に弱体化している自分は、暗闇を見通す力を持っていない。ネリーはそこを察してくれて、わたしに灯りをもたらしてくれたのだ。

 ……ありがたい。自然と、顔がほころぶ。



 「あり、がとう。………ねりー、だいすき」


 ネリーは本当に、細かいところまで気が利く。あとやさしい。そしてかわいい。




 「……お嬢、………あのさ……」


 ネリーが何か言いにくそうに……おそるおそるといった感じで言う。

 彼女にしては珍しく歯切れの悪い様子。どうしたんだろう。



 「……アイナリー戻ったらさ、……その……一緒に風呂入ろう」

 「? ……んい……ふろ? おふろ?」

 「あ……ああ。……嫌か?」



 街に戻ったら、一緒に、お風呂に入ろう。


 ネリーからのまさかの申し出に、少なからず戸惑う。あちこち汚されてしまったわたしの身体を不憫に思ってくれたのだろうか。

 贔屓目に見てもかわいらしい、器量よしのエルフの少女。魅力的じゃないはずがない。そんな彼女のお誘いとあっては。


 「やじゃ、ない。いや、じゃない。……いい、よ?」

 「 ヨ ッ シ ャ ァ ァ ァ ァ ! ! ! ! 」


 突如として響いた大音量に、思わず身体が跳ねる。



 「やってやらァ! 一匹たりとも通さねぇ!! ほらヴァル行って来い! さっさと片付けて戻って来い!! そして私に褒美を寄越せ!!」

 「………おう」


 立ち上がり、今まで以上にやる気に満ちた表情で、蟲へと向かうネリー。

 ……なんだかよくわからないけど、非常にやる気に満ちあふれている。


 「……話は纏まった様だな。押し込むか?」

 「お願いします。……ノート、行けるか? マント着るか?」

 「いい。ゆうしゃ、きてて」


 すっぱだかのわたしに、外套を掛けようとする勇者。その顔はこちらを直視しようとせず、光量を増した灯りに照らされる顔は、明らかに赤い。


 「……それ、すごい、わかる?」

 「ああ。……凄いな、これは」

 「だから、ゆうしゃ。つかって。……せんりょく」


 今勇者が纏っている、わたしの外套。それは桁外れの防御力を誇る自慢の装備……この世界にとっては一種のオーパーツだ。まったく戦力にならないわたしの貧相な身体を隠すよりも、唯一の戦力である勇者の強化に充てた方が賢明だ。


 「わたし、は、だいじょぶ。あるける」

 「歩かせるわけ無いだろ。抱えて走る」

 「んふゃあああ!?」


 言うが早いか、こともあろうに勇者はわたしを抱え、持ち上げた。…片手で。剣を持たない、左腕一本で。


 「……ノートお前……軽いな」

 「………ふあっ、……んひっ」

 「準備は良いか? 大丈夫か? お嬢に手荒な真似すんなよ!?」


 ネリーに急かされる勇者。そのためわたしの扱いも心なしか荒っぽい。……そのため、未だ火照りの収まらないあちこちが……擦れる。

 ……手に持った剣帯を、そこに付帯したポーチを、懸命に握りしめて堪える。


 「ノート? 大丈夫か?」

 「だい、じょ、んいい……いって、はやく」

 「あ…ああ。行くぞ。……ディエゴ先生、頼む」

 「心得た。……くれぐれも、引き際を誤るな」



 ディエゴは頷くと魔法を唱えはじめ……それに伴って、炎熱結界が拡げられる。結界の外に留められていた蟲が、じりじりと後ずさっていく。

 そしてやがて小部屋入口の分岐路が、地中深くへと降りる通路が、姿を現した。


 「……行くぞ、ノート」

 「んい……んい」


 勇者の身体を魔力が巡り、身体強化を発動する。そして左腕一本でわたしを胸に抱え…駆け出す。

 わたしの視界は今や、勇者の胸元しか目に入らない。音で判別するしかないが、勇者は押し寄せる魔殻蟲を片手一本で危なげなく……それでいてわたしに余計な加重が掛からぬように処理しているようだ。


 すこしだけ、見直した。




 「んぃっ……! んふぅ……っ、んいい…!」


 ……それでも、身体があちこち擦れるのは避けようが無いのだが。

 舌を噛まないように、……それと余計な声が漏れないように、必死に口を噛みしめる。


 ………どうか、早く降ろしてほしい。








 「そんじゃヤりますか。……先生も無理しないで下さいね」

 「そちらこそ。気張るなよ、空色の」

 「……それクッソ恥ずいんで……そろそろ止めてもらえません?」

 「無事に戻れたら、考えてやろう」



 勇者とノートの行く先を見送り、道を塞ぐように布陣する、二人。

 各々の武器を構え、魔力を存分に巡らせ、押し寄せる蟲を迎え撃つ。


 いつ終わるとも知れない、防衛戦に臨む。



 勇者と、大切な子の生還を信じて。

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