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33_蟲とヒトガタと種明かし

 もはや陽の光も届かない暗い地中。

 魔殻蟲のひしめく暗闇の中を、三人の集団が突き進んでいた。


 廃棄されて久しい廃坑山。照明として随所に配置されていた魔法灯も、内蔵魔力の尽きた今ではその役目を果たすことが出来ず。

 篝火を構え陣形を組み、着実に進軍していく後続の兵士達とは違い、彼らは周囲に蠢く蟲どもと戦いながら…強引に道を切り開きながら、急かされるように突き進んでいた。


 地の利でも、数でも、圧倒的優位に立っている筈の魔殻蟲の群れだが……三人へ襲い掛からんとするその勢いは明らかに消極的。…まるで飛び掛かるのを本能が避けたがっているかのような、本能的に忌避感を示しているかのような。


 三人の周囲には、仄かな燐光が舞っており……

 隊列中央のディエゴを中心に、高熱を発する魔法陣…防壁が張られていた。



 「…耐えられるか? 勇者殿」

 「問題ない! 涼しいくらいだ!」

 「馬鹿言うな! 集中力欠いてぶっ放すなよ!? 生き埋めはゴメンだぜ!?」

 「お前こそ! ちゃんと加減しろよ!」

 「ぁあ!? 誰に向かって言ってやがる馬鹿勇者!」

 「……仲が宜しいことだ」


 先陣を切るのは勇者。白の二刀を縦横に振り回し、進路上…狭い坑道を埋め尽くすように押し寄せる巨大な蟲を、まるで羽虫でも追い払うかのように斬り捨てる。剣の間合いから外……飛び掛かろうと機を窺っていた蟲は、壁や天井・床の至るところから突き出る岩刃に突き崩され、直後踏み砕かれ絶命する。


 「こっちで合ってんだろうな!? 違ってたらブン殴るぞ!」

 「なんでいちいち荒っぽいんだよ!? 大丈夫だ!!」

 「随分と自信満々だな!?」

 「(コレ)が色々おかしいんだよ! 何なんだコレ!!」


 戸惑いつつも、右手の剣を振り抜く。左手に構えた自前の剣も非常に優れた武器だとは思っていたが……ノートより借り受けた(コレ)はその更に数段上を行っている。

 薄っすらと光の膜を纏っている刀身は、魔殻蟲をぶち抜いても抵抗を全く感じない。斬れ味どころの話ではない、まるで刃が触れた端から分解していくような、出鱈目(デタラメ)な破壊力。

 剣を握ったときに頭に浮かんだ解号が恐らくは始動のキーだったのだろう。自分が下賜された剣には無い、刀身に光を纏う未知の機能。しかしながら慣れない筈のその剣は、何故か非常にしっくり来る……扱いやすいものであることは間違いない。


 また……使い手に超人的な戦闘力を付与するそれ(・・)は、能動探知(ソナー)の性能も段違いであった。

 勇者の剣の固有機能の一つである能動探知は、王都を発ったときから幾度となく世話になってきたお馴染みの魔法だった。しかしながら今使っているこれは…探知魔力波を発するところは同じだが、反射波の感知能力がきわめて高い。

 ノイズやブレが殆ど無く、極めてクリアな反応を検知することができる。


 その鮮明な感知力が、以前とは比べ物にならない程に衰弱した彼女の反応を……坑道のはるか深部、地中深くに捉えた。反射波のお陰でおおよその地形も進路も判明している。この感知能力さえあれば、進行方向は間違えようが無い。 



 自己強化魔法・暗視(サイト)で視界を得た三人は、立ち塞がる蟲を文字通り蹴散らしながら……殆ど立ち止まらずに全力疾走の勢いで、廃鉱山内を突き進んでいった。


 このままのペースで行ければ、ノートのところまでそう掛からずに辿り着けるだろう。一刻も早くこんなところから連れ戻してやらなければ。






 ………………………





 と、思っていたものの。



 「……そう甘くは無いよな」

 「……まあ、すんなり行けるとは思ってねーけどよ」



 押し寄せる蟲を押し退け、坑道をしばらく進んだ先。在りし日は鉱物の選別や貨車への積み込みを行っていたと思しき、頑丈に補強が為された広大な地下空間。

 向かい側の壁際には、急勾配で下る立坑と赤錆に覆われた鉄軌条が何条か……より深部へと潜るための通路が見て取れる。



 しかしながらその空間には、奥へと進まんとする勇者一行を塞ぐように……



 ヒトガタの蟲魔が三騎、待ち構えていた。




 周囲に展開されている高熱の魔法結界を警戒しているのか、それとも進路の封鎖を最優先としているのか。こちらを認識し戦闘態勢を取りつつも、襲い掛かってくる様子は……今のところ無い。




 「……だからさ。何でコイツらは反応検知できねぇんだよ」

 「検知はしていたさ。今までの魔殻蟲とほぼ同じ反応でな」

 「は? …どういうことだ」


 油断なく武器を構えながら、小声で離し掛けるネリー。


 「そのままの意味だ。こいつらの生体反応…魔力量……脅威度は、魔殻蟲と殆ど同じだ。ノートの剣でもなければ見分けられない程、細かな差でしかない」

 「だからどういうことだ。あのヒトガタがムシケラと同じ脅威度? ……んなわけがあるかよ! アイツらの速度がムシケラ共と同じなわけ無ぇだろ」

 「そうだな…ヒトガタの速度は明らかに高い。知能も技量も高い。……だが含有魔力の総量、能力(ステータス)の総合値は殆ど変わらない」

 「……つまり他の部分。…恐らくは、持久力を致命的に切り詰めている筈…ということか」




 ヒトガタと相対するにおいて最も疑問であったのが、こちらの能動探知(ソナー)をすり抜けるという事実。それに対して捻りだした仮説が、それであった。

 厳密には、奴らは決して探知をすり抜けていたのではない。あくまでヒトガタだと気付けなかっただけである。周囲に当然のように散在する魔殻蟲(ムシケラ)との判別が付かなかったために、戦場に突如として出現したように錯覚したのだろう。


 であれば、何故判別が出来なかったのか。そもそも能動探知(ソナー)の魔法で知覚できるのは、対象の含有魔力総量や体積、質量などといった一部の情報に過ぎない。子細な能力値や体内構造等は判別出来ないため、たとえ真逆の能力(ステータス)の個体であろうと、形状・重さが似ていれば判別するのはほぼ不可能。


 感度の高い探知能力を以てして、初めて魔力構造の差が解る程度の、僅かな違いでしかないのだ。

 直立した人族とよく似た形状をもつヒトガタ。そいつが地に伏せていれば、それこそ伏せた人族程度の体躯である魔殻蟲と、判別を誤る可能性も容易にあり得る話だった。



 またヒトガタの長所と短所に関しても、これまでの行動パターンからある程度推測することが出来た。



 何よりも特徴的だったのが、圧倒的な速さと知能、そして技巧であった。それら能力値の高さは、明らかに魔殻蟲のものとは異なっている。

 しかしながら……能動探知(ソナー)をすり抜けてしまうほどに相違の見られない、含有魔力総量。魔物は魔力量に応じて戦闘能力……脅威度が変化するため、魔力量がほぼ同じであれば総合的な脅威度もほぼ同じであると言える。


 つまりは。

 ヒトガタと魔殻蟲の能力値(ステータス)総量が、ほぼ変わらないのであれば。


 速さに特化している分……他の能力を犠牲にしていると言える。



 膂力ではない。防御力でもない。……であれば、持久力。

 敏捷性に特化したヒトガタは、継戦能力が極めて低い筈である。



 思えばヒトガタ達は、自分達の旗色が悪くなってからようやく参戦していた。自分が絶対的に有利を取れるタイミングが来るまで、ひたすらじっと待っていたのだ。最初からヒトガタ全騎で襲い掛かっていれば、圧倒的に優位であっただろうにも(かかわ)らず、である。

 

 僅かながら引っかかっていた疑問が、ようやく解決された。持久力に弱点を持つ奴らは、可能な限り動きたく無いのだろう。恐らくではあるが……先日の襲撃地点への移動も、魔殻蟲に運ばせたのではないだろうか。尤もこれは推測の域を出ないのだが。





 眼前に立ち塞がっている奴ら(・・)も、恐らくはそうなのであろう。長時間の戦闘が行えない以上、攻めに出るよりも守りに徹する方が得策だと判断したのだろうか。

 こいつらを兵士達に当たらせるわけには行かないので、好都合であった。


 「…作戦通りに。攻め急ぐなよ。すぐに加勢する」

 「四十秒な」

 「ナメるな。半分で行ってやる」


 敏捷性に優れているとはいえ、自分には追い付ける速度。加えて今の自分は攻撃手段も防御手段も、前回とは比較にならない程に高い。……借り物ではあるが。


 ネタ晴らしも済み、対策方法も確立したヒトガタごとき、今は恐るるに足らず。ネリーとディエゴは圧倒するまでは行かずとも、ディエゴの高熱結界で時間稼ぎは出来る。その間に自分が一騎ずつ倒していけば良い。



 「……行くぞ」


 ……焦ることは無い。慎重に。確実に。

 各々が武器を握り直し、ヴァルター達は戦闘を開始した。

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