252_勇者と学者と現状認識
「……ねぇ、勇者様? 本当に大丈夫なの?」
「何だ…………ですか?」
「……別に楽な口調で良いのよ? 私達はビジネスパートナー……立場で言えば対等なの。ネリーに接するように気楽にね」
「えっと、その…………申し訳ない。……人嫌いって聞いていたもので」
文字通り飛ぶように流れていく景色を眺めながら、飛竜メリジューヌの背の上にてテルスはヴァルターへと話を振る。
本来問いたかった話題の前に、一旦互いの立場をはっきりさせておこうと……そこまで敬語を使う必要はないと、改めて宣言しておく。
礼を弁えているのは好ましいことであるし、粗暴な言動よりかは幾分好感が持てるが……青の同族や黒髪の女の子や純白の幼子に接するのとは異なる他人行儀な態度に、テルスは少なからず疎外感を感じていた。
「間違いでは無いけどね。……だからって、他者と関わらずに生きていくのが不可能だってことくらい弁えてるわ。接触を避けられない以上は、せめて良好な関係を築いた方がマシじゃない」
「それは…………まぁ、そうかも」
「……それで、本当に大丈夫なの? ニドちゃん達は」
「あぁ、まあ、うん。……あの町なら大丈夫だ……と思う」
現在ヴァルターは、テルスならびに彼女の眷族である飛竜の翼を借り、数日前に飛び出てきた王都へと逆戻りの最中である。可能であれば国王陛下に謁見し、新たなる迷宮の出現報告とその布告、ならびに人員展開の要請を行う。これが今回の行程の目的である。
新王の即位直後に、このような騒動の種を持ち込むこと……少なからず申し訳なくはあるのだが、今回のような大事とあっては他に頼れる伝も無く、むしろ報告しない方がマズい案件なので仕方が無いだろう。
一方、この強行軍に付いて来なかった面々。特に『療養が必要である』とテルスが頑なに主張するニドと、そんな彼女の身の回りの世話を焼くための面々……ノートとネリーとシアとアーシェの四名。
彼女らはオーテルにて調達した荷馬車を疑似従者に牽かせ、一路東へと旅立っていった。
食料の買い出しに行ったはずが一体どうしてこうなったのかというと……何のことはない、久方ぶりに訪れたアイナリーにて宿屋のおっちゃんと再開し、彼の料理とアイナリーの環境をニドに堪能させてやりたくなったという……ノートなりの気遣いだったらしい。決して気違いではない。
テルスが務めを果たしてくれたのだろう、一応保存の利く食料の類も買い込んできてくれていたのだが……あの食事処の味を思い出してしまったノートきってのお勧めであること、またあの街をそれなりに知るネリーも同意を示したこと、他ならぬ自分も反対理由が浮かばなかったこと等の理由より……ニドのアイナリーへの搬送と、療養(という名目の長期休暇)を行う運びとなった。なにしろあの街には借りっぱなしの宿が……拠点となる場所があるのだ。
まぁ確かに、今は『ひと山越えた』状況であると言えるだろう。他ならぬテルスがニドの療養を主張しており、肝心の遺跡……というか迷宮は国王陛下の対応待ちとなる。
忘れてはならない『魔王』とその一味の動向に関しても……別れ際のあの発言をそのまま受け取るのならば、ただちに大規模な行動を取るとは考えづらい。
つまりはニドの療養という名目で、しばらくアイナリーでのんびりしていても問題無さそうである。
またそれに際し、商会主ライアがオーテルの鉄工所に発注していた新造の荷馬車を(テルスが半ば強引に)譲り受けていた。
減振機を備えた上級モデルであり、お世辞にもお求めやすいとは言えない価格帯だったらしいので……当初漠然と計画していた通り、ライアには別の品で支払うことにした。
他ならぬ『魔王』に押し付けられた……土人形の心核を。
「……にしても。あの『嘘吐き』の顔見た? 貴方が核石を譲るって言ったときの、あの顔。……まぁ私も驚いたのは確かなんだけど」
「価値のあるものなんだろ? ライアさんには世話になってるし……まぁ、今後大変になりそうだし」
「そうね。私達と違ってあの『嘘吐き』はひ弱だし……護衛を雇うにしても四六時中張り付いていられるわけでもないし、報酬もバカにならないだろうし。相当恩を売れたハズよ。……あんなのが生まれるとは思わなかったけど」
土や岩を主材とする土人形は、外的要因による損傷や内蔵魔力の枯渇などで活動限界を迎えると、構成部材を全て切り捨て『核』のみで休眠状態となるらしい。その状態の土人形は『核』となる結晶体に個体情報を保存しており、その状態のものは各地の遺跡でもたびたび出土するのだという。
そもそも土人形とは、故代人が単純労働のための手段として造り出したといわれている。休眠状態とは搬送や保管を容易にするための状態でもあるらしく、再び魔力が供給されれば土人形は再起動を果たし……魔力の供給主を『使用者』と認識し、命令に従うようになるらしい。
「本当……俺が使わなくて良かった」
「…………小さい子に苦労してるのね」
「まぁ、な……でも能力的には上モノなんだろ? デメリットさえ理解して貰えれば」
「ぶっちぎりでね。そのデメリットとやらも……アイツは頭だけは切れるから、上手く使うでしょう」
表向きは『例の遺跡を以前調査した際に入手し、何なのかも解らず保管しておいたもの』であり、しかしアレを受け取った自分だけはその創造主が何者なのかを知っている。
果たしてライアの魔力供給により誕生した土人形は……どう見ても件の創造主が嫌がらせで仕込んだとしか思えないほどに、可愛らしい少女を象ったものとなっていた。
見た目としては、先だって荒野で死闘を繰り広げた四肢の無い少女型の規格外土人形……その頭部と胴体に四肢が備わった、ぱっと見た限りでは少女そのもの。
銀灰色の髪と紅玉の瞳を持ち、艶やかな肌の質感は人肌とはまた異なり、どちらかというと陶器や石膏のよう。
肘や膝や腰や股の構造も人間とはまた異なり、球状の接続軸を介して可動させる構造となっているらしく……そのため身体の各所に溝というか、継ぎ目が多く見受けられる。
可愛いもの好きな相棒が反応する程度には可愛らしい、テルスいわく『ぶっちぎり上モノ』な彼女……しかしながらなるほど土人形であるらしく、試した限りでは周囲の土礫を支配下に置き操ったり、その身に纏い鎧としたり、鋭利な砲弾として放ったりと、なかなかに器用かつ強力だった。
小さく華奢な身体には似合わぬ超重量もさることながら、戦力――というか護衛――としても、どうやら非常に期待が持てそうであった。
「『情報収集用土人形』……ねぇ。確かにあの可愛らしさなら、大抵の所には入り込めるでしょうね」
「か弱そうな見た目であの戦闘能力だもんな。……もう相手したくないぞ俺は」
「奇遇ね。私もアレとは敵対したくないわ。アイツが調子乗らなきゃいいけど」
「何で長耳族は皆ライアさんに辛辣なんだ……」
広い視野と広い人脈と高度な情報収集能力を持ち合わせる反面、単独での戦闘行為は不得手であった商会主、『嘘吐き』を自称する黄の長耳族は……絶対服従の用心棒という強力な手札を(幼女趣向というレッテルと引き換えに)手に入れることとなった。
彼がそれこそ調子に乗り、私利私欲のため道を踏み外す……などということは無いと思うが、この先あの迷宮にまつわる利権争いを避けられないであろう彼にとっては、やはり良い投資となったのではないかと思う。
あの集落には……ノートの従者である夢魔の少年と、凶悪な見た目に反して常識的な蜘蛛の蟲魔と……自分の血を引いた(らしい)二人の子蜘蛛が籍を置いているのだ。
ライア個人に対しても少なからず恩があるので、自分に可能な範囲で便宜を図っていきたい。
……そのためにも。
「まずは陛下と……王女殿下にもご挨拶しないと……あとリカルド隊長がまだ王都詰めだろうし、ご挨拶と近況報告にお邪魔しないと…………それに……」
「勇者様も大変ね。加えて『お使い』もあるんでしょう?」
「…………ノートが言ってた『あでりー』って……もしかしなくても」
「東岸の『巫女姫様』でしょうね。愛称で呼ぶなんて畏れ多いけど……外見的特徴からみて間違い無いわ」
「なんで二人が知り合いなんだ……訳分かんねぇ……」
「…………大変ね」
結局引き続き『勇者』の号を賜っている自分は、社会的な地位も責任も恐らく最も高いのだろう。
自分が引き受けるべきである任に今更弱音は吐きたくないが……しかしながら疑問は感じざるを得なかった。
方や、王国きっての商業都市の救世主にして、あの街に住まう者で知らぬ者はいない皆の偶像……『天使』の呼び声も高い真白の少女。
方や、王国どころか国外にもその名を広く知られる治癒術士……可憐で神秘的な容姿をもち、魔族でありながら絶大な人気を誇る『巫女姫様』。
お似合いと言えばお似合いなのかもしれないが……前者の問題行為を度々目にしている立場の自分にとっては、後者と並べるのもそれはそれで申し訳ない気持ちになってくる。
ともあれ、頼まれてしまったからには仕方無い。いくら自分が『勇者』の号を賜っているとはいえ、お相手は多忙極まりない『巫女姫様』である。ノートと彼女の関係がどういうものかは知らないが……頼まれている伝言を伝えたところで、どうこうなるものでも無いだろう。
ぱっと行って、伝言を伝えて、しかし本人には会えずに返される。そんなところだろう。
「……正直いってメルの翼、本当に助かる。……ありがとう」
「気にしないで。私はリーベルタの王に会うため貴方を利用するだけだから」
「そっか。じゃあ滞在先の口添えとか陛下への宣伝は要らないか」
「要らないなんて言ってないじゃない。貰うモノは貰う主義よ。遠慮無く戴くわ」
「…………さようでございますか」
軽い気持ちで引き受けた、国王への報告と巫女姫様への伝言。
それによってもたらされるこの国の変化が、この後予想していた以上に大きなものになろうとは……このときは正直、予想なんて出来ようはずもなかった。
本当にあの子は一体……王都で何をしていたんだ。




