表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/262

24_安らぎの羽毛と剣の声 ◇

 「……いや、ね? 今に始まったことじゃないけどね? ……心臓に悪いよ、本当」


 ギルバートがなにやらうなだれている。何か悪い報せでもあったのだろうか?さっきまで丁寧に教えてくれていた手が、急におっかなびっくりになってしまっている。



 「ぎるまーと。……だい、じょう?」

 「………あぁ。むしろ君の方が………いや、大丈夫そうだね……」

 「んん……?」


 なぜか曖昧な笑みを浮かべてしまった。…この顔は知っている、何かをごまかしたいとき…あるいは深く考えることを諦めたときの顔だ。リカルドもよく浮かべている顔だ。



 …やはり、なにかあったのだろうか?

 ……気になる。少しくらいわたしに相談してくれても良いのに。

 …………少しくらい、頼ってくれても良いのに。


 内心の不満を隠すように、腕の中に抱き止めたふわふわのそれ(・・)に、…柔らかな羽毛で覆われた後頭部に、顎をうずめる。


 「…ぴゅぴ……ぴちち」

 「んふぅ……」


 くすぐったそうに身をよじり、囁くシア。その抱き心地の良さと温かさは、とても安心する。アニマルセラピーとでもいうのだろうか、心がすーっと安らぐのを感じる。


 一方のギルバートはなにやら複雑そうな表情で……人鳥(ハルピュイア)シアを抱きすくめるわたしを見つめていた。

 ……彼もシアを抱っこしたいのだろうか?


 「…ぎるまーと。……だく、ねる? する?」

 「は……!? ……あっ、いや………いい。大丈夫だ」

 「んー……? んん」


 なぜか驚愕や唖然といった顔を浮かべたと思ったら、顔をブンブン横に振って必死に否定された。

 ……そんなに嫌がることは無いのに。


 「んいい、ぎるまーと。……つづき、おしえて」

 「………あぁ。すまない」



 気を取り直して、といった感じで……ギルバートは指導を再開してくれた。しかしながらやはり、最初のような精細さを欠いているように見える。

 ……本人が大丈夫と言い張っている以上、原因を聞き出すのは不可能なのだろう。やるせないが、あちらから頼ってきてくれるまで待たなければならない。

 相談に乗れるように、言葉を身に付けなければならない。


 「……がんばろう」

 「ぴぴゅぴ?」


 ふわふわのシアの頭を撫でながら、気合いを入れ直した。





 ………………………



 その後も講義は順調に進み……やがて夕食の時間となった。


 取っ捕まってからこの時間までぶっ通しで、ずっとわたしに付きっきりでお勉強だったのだ。付き合ってくれたギルバートには感謝しかない。


 「……ぎるまーと。つかれた?……あり、がと」

 「いや、礼には及ばないさ。君の上達っぷりを見るのは…なかなかに楽しい」

 「? …んん、……ねー、にわ、よなわない……? じょ、たつ…… ん、んいい  ……わから、ない」

 「焦る必要は無いさ。……ええと、大丈夫だ」

 「………んんん」


 慰められた。どうやらまだまだ知らないことばだらけのようだ。……先は長い。



 『またあした、よろしくおねがいします』


 そう伝えて、その日の講義は終了した。








 しかし翌日、

 講義が続けられることは無かった。






 ………………………




 それは、その日の晩のことだった。




 ――そもそも、何故シアは帰ってきてくれたのか。



 ネリーはどうやら朝方別れの際に泣きじゃくっていた自分を心配し、わざわざシアを寄越してくれたらしい。陸路では三日の道のりとはいえ、当然ながら空を飛べばもっと早い。ハルピュイアでありながら更に風の…飛翔の魔法を使えるシアは、ぎりぎりまでここにいて……寂しくないように一緒にいてくれるらしい。


 今でこそネリーの使い魔ではあるものの。元が魔に連なるものだからだろうか、魔王の権能が力を発揮しているのか……。僅かではあるものの、彼女の思考のようなものが感じ取れるのだった。

 そうしてシアの意思をなんとなく読み取った限り、先述のような理由で尋ねてきてくれたことがわかった。



 この采配には、予想外の驚きと喜びを隠しきれなかった。


 実際にシアに癒された身としては、ネリーの先見の明には頭が上がらない。すごい、さすが勇者の保護者だ。


 「……ねりー、 ありが、とう」


 極上の天然羽毛抱き枕を抱きしめ、その柔らかさと温かさを感じながら…その晩は穏やかな眠りについた。








 はず、であった。






 静けさに包まれ、自分とシアの呼気以外に動きの無い筈の狭い室内。


 そこに……ほんの僅かに、魔力の乱れを感じた。


 自分にしか関知できないであろう、微細な乱れ。


 違和感に、思わず目を開けた。




 敵襲……ではない。これは自分にとって、馴染みのある魔力。


 ………『剣』だ。



 すぴすぴと可愛らしく寝息を立てているシアを起こさないように、寝台の横に立て掛けてある剣へと手を伸ばし……





 『……多いぞ! 囲まれてる! ()だ!!』




 脳裏に響いた、切羽詰まった声に、

 目が醒めた。






 『敵襲』を認識し、一瞬で覚醒した頭。

 戦闘に最適化されていたそれで、高速で思考を巡らせる。


 先ほど響いた声は、勇者のもの。

 勇者が襲撃を受けた。……蟲の大群に包囲された。

 彼らが出発したのは今朝。盗み見た地図を思い起こす限り、現在地は町や集落ではない。……野営だろう。


 いったい何故。


 彼らはこれまでも幾度となく野営をこなしてきた、いわばプロの筈だ。わざわざ危険な場所で野営をするなんて考えられないし、彼らの警戒がおざなりだったとは考えにくい。



 ……今日に限って、何故。


 


 『後にしろ! 今はコッチだ!!』


 尚も流れ込んでくる勇者の……悲鳴のような指示。

 




 ごく近くに動きを感じ、ふと思い至った。


 剣を取る際の動きに反応し、起こしてしまったのだろうか。もぞもぞと身じろぎし、こちらを見つめてくる人鳥の少女と、目が合った。



 ……この子だ。




 ハルピュイアの視力は、人間のそれよりも遥かに優れている。この子を眷族としているということは、ネリーはこの子の視力を使える(・・・)筈。……つまりはそれを、これまで索敵の要としていたのではないだろうか。


 その警戒の要を……大事なこの子をわたしのところへと寄越したばかりに。

 野営の設営前に充分な警戒が……安全確保が出来なかったのではないだろうか?





 なんて、ことだ



 また(・・)わたしの(・・・・)せいだ(・・・)



 『火を広げろ! 固まれ! ネリー後ろを頼む。近付く奴から狙え。無理はするな。……リカルド隊長! そちらの指揮を頼みます! こちらはお構い無く!』


 剣の向こう側……通信越し(・・・・)の声が、より一層慌ただしさを増す。



 告げられた名に、自分にとって大切な人の名に、

 彼らが危機を迎えている状況に、背筋が凍る。




 わたしのせいで。


 ネリーが、リカルドが、

 ついでに勇者が、危険に晒されている。






 「……ぴゅい……ぴゅい」

 「………しあ…………」


 こちらの顔を見上げ、何かを訴えるような視線を向ける……ネリーの使い魔、人鳥の少女。


 「しあ………みち、みえる……?」

 「ぴゅぴ!」


 こちらのすがるような視線に応え、任せろとばかりに大きく頷くシア。彼女の目が、にわかに輝きを帯びる。

 使い魔として魔力を分け与えられた彼女の目は、夜間といえどもその視野は健在。視界を失わないらしい。


 「……しあ、………わたしは…………ねりーのとこ、いく。 ……ちから、を……かして。 ……たす、けて」

 「ぴぴ!」


 ――任せろ。そう言ったのだと思う。

 自信に満ちた表情でこちらを見つめ、大きく頷くシア。

 丸めていた小さな体を大きく広げ、窓枠へと跳び移ると……そのまま身を翻し、闇一色の外へと飛び出した。



 既に勇者達は会敵している。急がなければならない。

 前回の……アイナリーへと駆けたときのことを思いだし、今度はちゃんと装備を整える。剣帯を胸に巻き、剣を背負い、外套を羽織る。

 ……衣類は病衣のまま、靴も簡素なものだがちゃんと履いている。今回はパンツもちゃんとはいているので、おまたをごわごわされる心配はない。奴らの体液を多少なりとも防ぐためには、下履き……いや、衣類を脱ぐわけにはいかない。


 僅か数秒で身支度を済ませ、シアの後を追って窓から飛び出した。







 宵闇に紛れ、人知れず飛び出したシアとノート。


 彼女ら二人の出奔に気付いたものは、誰も居なかった。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ