251_勇者と迷宮と報告義務
「…………つまり。他ならぬ『魔王』自身が云うたのか? 『人族共を集め実力を上げさせよ』、などと」
「あぁ。例の……トーゴが弄った『カンセーシツ』には、物理的に近付けないようになっているらしい。だからあの迷宮をどれだけ荒らしても問題無いんだと」
「……正直言って、『助かった』って感じだな。火の点いたテルスを諦めさせるのは多分無理だ。漁っちゃヤバイ部屋の存在自体を秘匿して貰えたなら、ぶっちゃけかなり安心できるんじゃね?」
「まぁ……確かにそうさな。最悪の事態は免れられよう」
――最悪の事態。
長年に渡って溜め込まれ続けた高濃度魔力が暴発し、あの山そのものが消し飛ぶという……未曾有の大災害が生じる危険は、ほぼ完全に防がれたと見て問題ないだろう。
山体爆発の原因である貯蔵槽の圧力は少しずつ少しずつ下がっていく一方であり、不慮の事態が無ければいつかは空っぽになるはずであり。
その貯蔵槽の出力先を今現在管理するのは、図抜けた耐久力を誇る魔王謹製の橋頭堡――貯蔵槽の魔力を我が物とし、地下迷宮の構造と環境を維持し続ける生体兵器――『土人形・試製高位体』とのことである。
ニドとテルスと飛竜メルと……そして誰よりも、ノートによる波状攻撃さえ耐えきる耐久力を誇り、彼女らをまんまと出し抜いて見せた計算能力を秘めた彼女(?)。そいつが防衛の任に就くならば、あのカンセーシツが脅かされることは無いだろう。
というかそもそもが、カンセーシツに至る道が存在しないのだ。食事や排泄や呼吸そのものを必要としない土人形であれば、貯蔵槽からの魔力供給を受けて半永久的に稼働し続けることが可能……らしい。
「俺達がうっかり『カンセーシツ』に関する話を漏らさなければ……あそこは完全な『主無き迷宮』であると、そう言い張れるんだよな」
「そのようだの……全く。吾らの懸念を容易く消し去って見せようとは……脳筋かと思いきやあの手際の良さ。……何なのだ、あ奴めは」
「長い長い眠りから醒めた、大昔の『魔王』…………なんじゃ無いのか? ニド、あんたなら面識あるんじゃ?」
「……否、無いの。吾が支えたのは…………もっと華奢で、艶やかで、美しい女王であったよ。斯様な巨人は見たことはおろか、聞いたことも無いの」
「そっか……」「う――――ん」
相も変わらず『魔王』に関する情報は不足しているが……現状持ち合わせている断片的な情報を統合する限りでは、やはり現状が最適解であったと言えるだろう。
正面切っての打倒は実質的に不可能、しかし幸運なことに奴はこちらを殺すつもりは無い。
奴の目的とこちらの目的はピタリとまでは行かずとも結構な割合が重なっており、そして奴にはその目的を達する手段があった。
考古学者テルスがあの……今や迷宮と化した遺跡を諦める筈が無く、この拠点の整備を任せるにあたって彼女を無下に扱うことも出来ず、かといって彼女の要望全てに応えてしまえば……カンセーシツを巡っての『魔王』との関連性が露見する恐れがある。
……いっそのこと全てを打ち明けてテルスを抱き込んでしまい、彼女を『共犯者』に仕立て上げてしまえば良かったのかもしれないが……しかしやはり不安は残る。
古い古い伝承に残るように……『魔王』はかつて――今から遡ること千幾百年もの昔においては――人族に多大なる被害を与え、滅亡寸前まで追い込んだ『諸悪の根元』とされてきたのだ。
人々と『魔王』は決して相容れない存在であると、何を以てしても滅ぼさねばならぬ相手であると、人族の国家においては伝えられてきた。
これまでの千幾百年もの間目醒めること無く、その伝承の説得力も僅かながら薄れてきているとはいえ……未だにその教えは色濃く残っている。
敵対する種族――要するに人族――の軍勢を滅ぼすために灼熱の星を喚び寄せ、民間人ごと国ひとつを消し飛ばすなど……被害・規模・悪意のどれをとっても筆舌に尽くし難いその暴挙は、様々な国の記録に共通して刻まれている。
魔のモノを率いる『魔王』の恐怖は、そうして人々の間に今なお色濃く残されており……『魔王と勇者が結託している』などという風聞が広まれば、決して少なくない混乱を招くだろう。
ハブってしまうようでテルスには申し訳無いが……やはり彼女には――他人嫌いを自称するくせに妙なところで正義感の強い考古学者には――少なくとも今はまだ打ち明けるべきでは無いと、そう結論を下す。
「……ともあれ。あの『魔王』めの働きによって、吾らの当面の危機が去ったとはいえ。……どうするのだ? 坊」
「迷宮、だもんなぁ…………報告すべきだろうなぁ……」
「明かせる情報で考えても『魔王』絡みだろ? 正当な理由付けられるし……私は大丈夫だと思うぞ?」
「今の陛下なら心配無いだろうしな……」
今までに存在が確認されていなかった、新たな『迷宮』……その情報を持ち合わせているのが自分たちだけでは、多くの人々を呼び込むことは出来ない。
人族の勢力の実力を高めるためには可能な限り多くの人族を呼び込む必要があり……遺跡の資源の産出を目的とするにあたっても、やはり頭数が多いに越したことは無い。
人を集めるにあたり最も手っ取り早いのは、なんといっても『国のお墨付き』を頂くことだろう。幸いというべきか自分達には国のトップにコネクションがあるため、非常にスムーズに話を進めることが出来るはずだ。
悪意に乗っ取られた先代国王とは異なり、今代の国王陛下アルカンジェロは『勇者』一行に対して好意的だ。理不尽に拘束される心配も薄いだろうし……腹心である宮廷魔導士の彼は尚のこと不義理な真似はしないだろう。
「テルスに頼んでみっか? メルが居れば王都だろうと数日で行って来れるだろ?」
「そうだな……戻って来たら聞いてみてくれるか?」
「了解。まぁ、つっても彼女の都合も有るだろうし……一応断られるのも覚悟しといてくれ」
「そのときは陸路で何とかするさ。……留守の間あの子らを任せることになりそうだが」
「まぁ吾に任せておけ。御前のお守りは慣れておる、なんとか御して見せよう」
「私もついてった方が良いか? 一応『勇者』のお付きだろ」
「あー……」
今後の大筋としては……とりあえず王都に座す現国王陛下に謁見し、パトローネ地下迷宮の発見を報告すると共に対策を要請する。
国王の名で新たなる迷宮の存在が布告されれば、利に敏い人々は我先にと集まってくるだろう。
遺跡調査や魔物の狩猟を得意とする者達や、可能であれば『探検家』と呼称される迷宮攻略のエキスパートを招くことが出来れば……遺物や魔道具が出土するであろうことに対しても、大いに期待が持てる。
兵役に就く者が迷宮内で幾らか戦闘経験を積んでくれれば、野良の魔物魔獣に対しても安定した戦闘を行うことが出来るようになり、人々の安全はより盤石なものとなるだろう。
戦う力を持たぬ者・危険地帯に足を踏み入れることを躊躇う者であっても、荷役人や運搬業者としての働き口が期待できよう。
そしてその場合……そんな彼らの拠点となるのは、鉄工と温泉の町オーテル。
もしくは…………より近い、この開発拠点か。
「そういえば……ライアさんには、このことは?」
「テルスと同等レベルの情報開示で伝達済みだ。呆然としたかと思えば気持ち悪い笑みで再起動したからな……アイツのことだ、多分商機を見いだしたんだと思う」
「なんで長耳族は皆ライアさんに辛辣なんだ。まぁとりあえず……状況は把握してるってことか。忙しくなるだろうってことも」
「多分な。入浴施設の整備を急ぐのか、それとも自身を守る算段を優先するつもりなのか」
「やっぱネリー、悪いが残ってくれ。テルスが不在になれば拠点整備が滞るし、純粋にココの戦力が心許ない」
「確かにの。学者殿は勿論あの竜娘も、抑止力としては相当のものよ。……不心得者が湧くとは思えぬが、此処は只でさえ人手不足である故な」
「そうそう急に混むこた無いと思うが……まぁ、別にソッチに危険がある訳でも無いしな。オッケー解った。……まぁテルスの承認得たらだけどな」
ネリーの言葉に二人が頷き、一同がとりあえずの方針を定めたところで……入院患者に供する療養食を買い出しに出掛けていた三名が戻ってきたようだ。
医務室の石壁越しに竜種の嘶きと重厚な翼音が届き、元気いっぱいな幼子の声とそれに振り回される少女の悲鳴が拠点に響き渡る。
「……良いな。テルスには悪いが、情報の全開示は見送る。……ニド、お嬢の挙動に気を配っといてくれ。ヤバそうなことをお漏らししそうになったら」
「心得た。何としても押し留めて見せよう」
「……助かる。じゃあそういう方針で、とりあえずはメルの翼を借りられるかどうか……だな」
「ああ」「うむ」
かしましくも愛らしい白い少女の帰還に、苦笑気味ではあるが暖かな笑みが浮かぶのを隠しきれない三名の保護者達。
他でもないその白い少女が持ち込んだ提案によって、先程まで膝突き合わせ話し合っていた作戦内容が大いに掻き乱されることになろうなどとは……このときはまだ、そんなことなど知る由も無かった。




