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250_少女と学者と食事配送計画



 リーベルタ王国北部の一大交易拠点……美食の街との呼び声も高い都市、アイナリー。

 周囲に広大な穀倉地帯を抱えるこの都市には、自前の穀物に加えて多種多様な食材が各地より運び込まれ……この街でやり取りされている品目は、およそリーベルタ王国国内で流通している食材のほぼ全てを網羅しているとも言われている。


 収穫期を既に終え、収穫祭をも経て久しく、本格的な冬の訪れに備えて人々が奔走しているその街では……今。


 ごく一部界隈においては、収穫祭もかくやという程の盛り上がりを見せていた。




 それは例えば……このアイナリーの治安を守る、守衛隊の詰所にて。



 「おヒメ! おヒメ帰って来たって!?」

 「嘘だろマジかよ! 何処だ!? 西門!?」

 「オィお前ら勝手に持ち場離れんな! 代わりに俺がちゃーんと見て来っからよ!」

 「アッ!! 隊長タイチョーずりィ!!」

 「ちょっ!! ズルいっすよ隊長タイチョー!!」

 「ズルじゃ無ェーし! れっきとした職権濫用だし!?」




 例えば……『勇者』ご一行の行きつけとして名を馳せた、今や押しも押されぬ名店と化した食堂。



 「お姫ちゃん!? 本当!? 帰ってきたの!?」

 「こうしちゃ居られないわ! マスター私達ちょっと出掛けて来ます!!」

 「ちょ、店は!? 営業どうするんですか!」

 「そんなん臨時休業すりゃ良いじゃないですか! 可愛い我らが『救世主』の帰還なんですよ!!」

 「みんな一斉に出てっちゃったじゃないですか! こんなときにお客さんなんて来ませんよ!」

 「悲しいこと言わないで!!」




 そんなこんなで……各地でてんやわんやの大騒ぎが勃発しているとは露知らず。飛竜の背に乗った少女二人は、交易都市アイナリー郊外へと無事降り立った。


 飛竜メリジューヌの速力を活かした、()()()()(と毛織物ウール)の買い出し業務。勿論最寄りの鉄鋼都市オーテルで調達出来ないこともないが、最適解とは言いがたい。

 食材を調達するにあたり『せっかくだからアイナリーまで()を伸ばしますか』とのテルスの発言に、あからさまに大袈裟な反応を見せたノートの全面的な同意を得て……テルスとノートは飛竜メルの背に乗り、陸路ではおよそ二日あまりの距離をひとっ飛びして来たのだった。


 アイナリー西門の外、突如として飛来した大空の覇者『飛竜』に恐れ戦く守衛隊兵士達であったが……その背から降り立った人物のうちの一人、真白く煌めく天使のような小柄な姿を認めるや否や、瞬く間に大歓声が広がっていった。




 「ノートちゃん……知り合い?」


 「んいい、やうす! あいなり、わたし、おもいにめ! すごく、たかい!」


 「おもい、にめ…………思い入れ、かしら」


 「やうす! おもい、にめ! あいなり!」


 「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってノートちゃん! ああもう……メル! 大人しく待ってるのよ!」



 絵に描いたようなニコニコ顔で、勝手知ったる様子でテルスの手を低く幼げな少女。本来であれば入街手続きの列に並び身分証の提示を求められる流れなのだが……そんなことは最初ハナっから頭に無いのだろう。

 堂々と審査の列を素通りし、西門に備わる詰め所の前を当たり前のように通り抜け、しかし関所を守る守衛隊兵士は興奮隠しきれぬ様子で当然のように少女達を素通りさせようとする。

 これにはさすがに、事態を把握し始めたテルスが逆にドン引きする始末であった。


 全くもって見事な、それこそまるでお手本のような『顔パス』であり……それほどまでにこの街と白い少女の縁は深いということなのだろうか。

 満面の笑みを周囲に振り撒く少女の横顔を眺める限りは……恐らく()()()()()()なのだろう。

 この街での仕事もやり易くなるに違いないと、テルスは早くも肩の荷が降りたような心境であった。



 ……が。


 それから直ぐに、その希望的観測は覆されることとなる。




 「お帰りなさいお姫ちゃん! しばらく見なかったけど元気してた?」

 「お姫ちゃんごはんはちゃんと食べてる? パン持ってきなさいパン!」

 「あら、お姫さま! お久し振りねぇ。勇者様は今日は一緒じゃないの?」

 「あらあらあら! まあまあまあ……我らがお姫さまは今日も可愛いわねぇ」

 「お姫ちゃんは相変わらず可愛いわねぇ……お連れさんもまーた別嬪さんだこと!」

 「お姫ちゃん冬支度は大丈夫なの? ほら小麦持ってきなさい小麦!」

 「あぁ……やっとお姫ちゃんに会えた…………尊い……最っ高……もう幸せ……」




 道を歩く度、周囲を見回す度、次から次から人々に話しかけられる純白の少女。

 彼女自身はまんざらでもない表情で照れ笑いを振り撒いているが……押し寄せる人の密度があまりにも高過ぎて、先程から歩みは遅々として進んでいない。


 調達しなければならない食材ものを求め、また果たさねばならぬ依頼を抱え、わざわざこの街へと足を運んだ身の上ではあるのだが……たぶん、恐らく、ほぼ間違いなく、傍らの白い少女はそのあたりが丸っとすっぽ抜けているのだろう。

 へにゃりと蕩けた笑顔はなるほど確かに可愛らしいのだが……微塵も焦る素振りが見られない。



 「ちょっ、…………ちょっと、ごめんなさいね。……身内が怪我しちゃって療養中なんだけど、差し入れに良い食べ物って……何か知らない?」


 「あっ! そ、そう! にとー、しゅいん! しゅいん、してる! おかず、ほしい!」


 「入院ね! 入院してるからね! おいしいおかずを買っていってあげたいのよね!!」


 「んい! やうす!」



 真っ白な破廉恥生命体がいきなり大変なことを口走るも……テルスは瞬時に状況を把握し、若干強引ながら軌道修正とフォローをこなしてみせた。

 その頭の回転の早さたるや、さすが考古学者を名乗るだけのことはあるのだろう。これが勇者の青年だったならば、あまりにもあんまりな事態に硬直している間に手遅れとなっていたかもしれない。


 ともあれ、幸いなことにノートは目的を思い出してくれたようだ。この街において彼女の人気がデタラメに高いということを、既にテルスは嫌というほど味わっている。

 ならばこそ、その人気を有効活用しない手は無い。ノートの姿を一目見ようと、せっかく多くの人々が集まってくれているのだ。

 現地の人間の意見を聞くのが手っ取り早く、かつ確実であろう。有用な情報を持っている者は居ないものかと、テルスが情報提供を呼び掛けようとした……そのとき。


 空気を読まない真っ白なお気楽生命体が、ほんの一手早く行動を開始してしまった。



 「んえあ! ごはん! うぃー、ゆゃ……やどや、ごはん! わたし、しってる、すれる!」


 「え……やどや? …………宿屋? ちょ、ちょ、ちょっと待ってノートちゃん、日帰りの予定だから宿探さなくても」


 「んゅへへへ……ごはん! れぅくーら、ごはん! わたし、わかる! こっち!」


 「あああ……もー! そのニコニコ顔反則なのよもー!」


 「こっち! んへへ……こっち!!」



 他人ひとの話を聞こうとしない真っ白な傍迷惑生命体は、久しぶりに思い出した『おいしいごはん』を食べさせてくれる施設を、その幸せな頭に思い浮かべながら……早くも雲行きの怪しさを感じ取り始めた賢明な考古学者を急かすように、ぐいぐいと引きずっていった。






 ………………………………




 馬車かかろうじてすれ違える程度……お世辞にも広いとは言えない通りに面した、三階建てのなかなかに大きな建物。

 テルスにとっては初めて訪れる店ではあったが、ここまで先導してきたノートにとっては非常によく知る――初めてのひとりぐらし(語弊あり)が始まった――たいへん思い入れの深い店なのである。


 一階部分は入り口正面やや左手に大きなカウンターが鎮座し、そこには主人の代わりにカウンター担当となった女性従業員が、ぽかんと目を見開いて立っている。バーカウンターと宿の受付を兼ねているらしいその後ろには調理場と、鍋を振るっていたらしいこの宿兼食堂の主人。ぽかんとしている彼の周囲、以前よりも人数が増えた従業員たちが……主人同様これまた目を見開き、ものの見事に硬直してしまっている。

 右手に視線をやると……やや広い空間には幾つもの丸テーブルと、それらを囲むように配された椅子が並ぶ。テーブルの数は六つ、椅子は全部で三十ほど。

 そこは見ての通り食事や飲物の提供が為される場所であるらしく……飯の時間を幾らか回っているにも関わらず、それらの席は決して少なくない人々によって埋められていた。。

 カウンターの脇には上半分がガラス張りの扉があり、そこには『宿泊者専用』の文字。ここから先は、部屋の鍵を持った者しか立ち入ることが出来ない。


 そんな賑やかな三階建ての宿屋に、突如として姿を現した白い少女。

 このアイナリーに住まう誰もがその名と武勇伝を知っている、このアイナリーにとっての『救世主』そのもの。



 「ますたー! こんに、ちわ!」


 「え、ちょ、ちょ、ちょ、ちょっ………!? なん、っ……………、と。…………お帰りなさい、ノート様」


 「やうす! ただいま!」


 「えっと…………お邪魔します。……テイクアウトって、やってるかしら?」


 「え? あ、その…………はい。大々的にはやってませんが、他ならぬノート様のご注文とあらば」


 「あぁ、そう? 良かった。…………もうココで良いかなぁ、ノートちゃん本気っぽいし」


 「んっへへ」


 「……あの幸せそうな顔を無下にするなんて私には出来ないわ」


 「ええ、と……私には解りかねますが、随分と複雑な状況のようで」



 白い少女の言動を少なからず見てきた店主は、彼女の性質を比較的よく理解している人間の一人であった。

 初対面である長耳族エルフの少女の苦悩も瞬く間に察してみせ、自分が役に立てるならばと助力を願い出たのだった。




 しかしながら『ここから陸路で三日ほどの離れた荒野のど真ん中まで出前を届けたい』との要望を耳にし、自分自身の耳と依頼主の正気を疑うこととなったのは……それからすぐのことだった。




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[一言] しゅいん おかず は草w
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