247_魔王の絵図と壱号橋頭堡
大規模攻撃魔法のために溜め込まれていた膨大な魔力……それが一息に大爆発を生じさせたことによる衝撃と爆音は、爆発現場からそれなりの距離を隔てた鉄工の町オーテルにも届く程であった。
強かに地を揺さぶる不吉な振動と、天高く巻き上がる砂埃。それの原因を知らぬ者であっても『何か恐ろしいモノの仕業なのでは』と勘付かずには居られぬほどに、人々の危機感を煽る衝撃だったという。
「「ウワアアアアアアアアアアアアアアアア!!!?!?」」
「ぴ――――――――――!!!!」
『…………ふむ。成功のようだな』
鉄工の町よりかは爆心地の近くにて『魔王』と相対していたヴァルター達にも、その爆音と空震は容赦無く襲い掛かった。
剣を収め『筋書きの共有』を図っていた『魔王セダ』……奴が突如発した『あぁ、死にたく無ければ這い蹲っておけ』の警告に首を傾げた直後。
魔力探知能力に乏しい彼らにも感じ取れる程に濃密な魔力が膨れ上がるのを感じ、咄嗟に身を屈め地面の凹凸に身を隠すと同時……砂や小石や小さくない石を盛大に含んだ大気の壁が、壮絶な勢いで頭上を通過していった。
あのまま立ち呆けて居たら……風圧でブッ飛ばされていたのは勿論、大小の礫に打ち据えられ、蜂の巣にされていただろう。
小柄で華奢で軽くて大気に乗りやすい人鳥に至っては……風圧で全身の骨を砕かれ、命を落としていたかもしれない。
轟音が通りすぎ、恐る恐る目を開ける一行。なんとか無事に乗り切ったからこそ、今更ながら『命の危機』であったことを実感し……三人の顔から血の気が引く。
『……息は有るな。悪運の強い奴等だ』
「おま…………俺達を助けたのか!?」
『阿呆め。俺とて鑪を踏んだだけだ』
「…………わざわざ風上に、ねぇ」
先程まで腰掛けていた『罠』の残骸から、どういう理屈か風上方向へと鑪を踏み、何の偶然か彼らを庇うようにどっかりと腰を下ろしていた魔王へ向け……何やら言いたげな雰囲気がヴァルター達の間に立ち込める。
その空気を機敏に察知したのか……言わせるものかとばかりに魔王はその巨大を立ち上げる。艶やかな漆黒鎧は今や見る影もなく砂埃にまみれ、黒曜石の輝きを喪っていた。
『さて……仕事だ貴様ら。此にて仕込みは完了、後は時間と共に俺の手駒が上手く運ぶだろう。……其れ迄は……あの鼠を管制棟に近付けるな』
「え……ロッ、ジ? なんだって? 管制棟?」
「鼠、って……テルスのことか?」
『チッ…………良いか、一度で記憶しろ。……俺の手駒が、あの山の地下構造を改竄する。『下手に触れば即ドカン』な機材が並ぶ管制室に盗掘者が入り込まぬよう、通路を閉じて物理的に遮断する。その改竄作業が終わる迄…………少なくとも管制室の閉鎖が完了する迄は、何人たりともあの山に立ち入らせるな。巻き込まれて死ぬぞ』
「地下を改竄、って……!? どうやって……」
「……助けて、くれんのか? 私らを」
「ぴゅっぴ……」
『質問を際限無く繋げるな鬱陶しい!』
立ち上がり苛立たしげにこちらを顧みる魔王はしかし、ヴァルター達の問いに対して丁寧な返答を寄越す。
だがさすがにしつこ過ぎたのだろうか……『此で最後だ』の前置きと共に、魔王はこれまた丁寧に工程の説明を行う。
管制室を閉鎖する手段、地下構造の改竄方法、勇者一行に任せる仕事。
……そして、あの『パトローネ山地下遺跡』の今後について。
『先ず地下構造の改竄についてな。単純な話だ。其処なエルフの小娘とて心得て居よう。大地に魔力を注ぎ操れば良い』
「は!? 馬ッ鹿あんな地下深くだぞ!? どんだけ危険だと思ってんだ!?」
「馬ッッ鹿ネリーお前魔王に向かって馬鹿とか言うな馬鹿!」
「ウルセェお前師匠に向かってバカとは何だバカ!」
『……確かに、地底深くとも成れば周囲全てが効果範囲だからな。目の前の道を塞ごうと地盤を軟化させれば、制御しきれぬ軟化地盤が頭上から降って来る訳だ。周囲三六〇度、上も下も、自身の安全を確保するためには膨大な範囲を制御下に置かねばならない』
「そう! 理解ってんじゃ無ぇか!」
「何でお前がそんな偉そうなんだよ!」
大地を変質させ、意のままに操る『土魔法』。主な用途としては岩石の槍や弾丸を生成しての攻撃や、強固な防壁を築いての防御……場合によっては足場や家屋を築いたりと、その応用の幅は比較的広い。
それらに共通する基本的なプロセスとしては、まず岩石や岩盤に魔力を送り込み、粉々――というよりはほぼ液状――に分解する。
軟化し意のままに操れる状態となったそれを、槍やら壁やら任意の形状に成形して固体化させる。
その都合上……上方が開けている地上部分や、地下でもしっかりとした構造に守られている場所でも無ければ……構造を支えている部分まで液状化させてしまい地下構造が崩壊、生き埋めないし圧死するという痛ましいケースも、度々報告されている。
構造体では無い部分をちょこっと攻撃や防御に転用する分には……まぁ、危険は少ないだろうが……通路を改変したり、構造そのものを組み替える程の規模ともなると、どう考えても圧死の危険は跳ね上がる。
『ならば単純に、周囲全てを制御下に置けるだけの『土魔法』出力を持たせれば良い。ついでに地底でも圧死せぬモノを術者とすれば良い。それだけのことだろう』
「…………は?」
『周囲広範囲の地盤強度を測定出来る反響魔力測定機構を備え、生命活動に於いて大気中酸素を必要とせず、地底の圧にも耐え得る極めて強固かつ堅牢な身体構造を備え、地底での潜航に際し抵抗の少ない身体形状を持ち、超高範囲に渡って『土魔法』を展開することが可能な……そんな存在が居るとしたら?』
「「は?」」「ぴぴ?」
『そんな存在が……『考古学者』を名乗る妨害勢力を出し抜き、今まさに搬入用縦坑から管制室へ降下中だとしたら?』
「…………まさか、その……トーゴみたいに『カンセーシツ』の魔力出力を操って」
『クク…………なんだ、理解って居るではないか』
律儀に質疑応答に付き合っていた魔王は……さも嬉しそうに肩を揺らす。
鎧の全身に赤黒い魔力を走らせ、何かが低く唸りを上げる音を響かせながら、その巨体が浮かび上がる。
『先の爆発はな、土人形を目標地点へと射出するためのモノよ。大方あの考古学者共は『敵をやっつけた!』等と浮かれているのだろうがな』
「待っ……! お前は! 何故こんな」
『……良いな、『勇者』共。奴らを足止めせよ。怪我人の救護でも一時撤退でも腹減ったでも仮病を使ってでも何でも良い。まる三日間は抑えろ。その間に仕上げる』
「仕上げる、って……何を」
超重量の全身鎧は音も無く浮かび上がり、今やヴァルター達の手の届かぬ高所へ。
『闘いは終わりだ』と言わんばかりに目線を逸らし、今だ土煙を上げ続けるパトローネ山の入口を見据えながら。
『先程から云って居よう、『壱号橋頭堡』、と。……橋頭堡……侵入者の侵攻を妨げ、内部に様々な罠を設け、下級魔獣の爆発的繁殖を促す特定環境を整え、特記戦力たる特殊個体を備えた……我等魔族の戦略拠点……』
「……!? 待っ、それって……」
『ククク……そうとも』
やっと正答に至ったヴァルター達へと満足げに向き直り、高空から勇者ら三人を余裕綽々と見下しながら……
『貴様らが呼ぶ処の、『迷宮』だよ』
魔王セダは……愉しげに呟いた。
………………………………
「ちょっとお嬢ちゃん!? 生きてる!? 目ェ開けなさいお嬢ちゃん!!」
「にとー! にとー! や……やぁあ! やぁあ! にとぉー!!」
自らの名を呼ぶ少女達の声に引き揚げられるように、黒い少女の意識は浮かび上がっていく。
巨大を誇る土人形の全身が粉々に消し飛ぶ程の爆発に吹き飛ばされ、生身の人族であれば間違いなく即死していたであろう状況下に於いても……瞬間的に残存魔力の全てを『表層硬化』に注ぎ込んだ小さな身体は、なんとか原形とその生命活動とを留めていた。
下手な小細工無し、全力の『表層硬化』により、周囲からの衝撃はもとより身に纏う装備すべてを拒絶し続けて……やっと止まった、爆心地から奇跡の生還を果たした少女の身体。
土人形の破片が散在する荒野に盛大な陥没穴を抉じ開け、一糸纏わぬ身体を砂埃と鬱血の色で斑に染めた彼女の身体は……
「お嬢ちゃん霊薬! 口開けなさいほら! あっ、ちょっと!?」
「んむっ、んー! におー!」
唇に感じた柔らかな感触と、そこから流し込まれる名状し難い味の液体により……身体の各所に生じていた損傷は修復され始め、みるみるうちに綺麗な身体を取り戻していった。
「…………むぐ」
意識を取り戻し、瞼を開いたニドの視界に飛び込んできたものは……唇が触れるほどの至近距離に映る、自らが主と仰ぐ純白の少女。
眦に涙の跡を残す彼女はその瞼をぎゅっと閉じたまま、一心不乱にニドの唇に吸い付いている。
「…………!! お嬢ちゃん大丈夫!? 生きてる!? 痛いところ無い!?」
「むぐ。……むむぐ」
ニドの覚醒とその視線に気づき、彼女を労る声を掛けるテルスと……それらに一切気付いた様子も見せず、相変わらずニドの身体に抱き付き唇を貪るノート。
助けを乞うような視線を受け、テルスは必死に身動ぐニドから白い幼女を引き剥がそうと試みるも……一体どこにそんな馬力を秘めているのやら、ニドの頭を抱き込んだノートはびくともしない。
小さな身体で一心不乱に――まるで『ニドの唇から離れれば彼女が死んでしまう』と言わんばかりの必死さで――用を為していない救護活動を試みているようではあったが……とりあえず深呼吸したいニドにとってはひたすらにいい迷惑だった。そろそろ窒息が見えて来た。
「むぶむ」
「ぷぁいたっ」
とりあえず意のままに動かせるようになった右腕で白い頭をぺちんと引っぱたき、自らの覚醒を白い少女へと伝える。
場所が場所であれば唇と舌だけでなく全身くまなくねぶり犯してやったものを……などと邪な思考が浮かぶくらいには回復したことを認識し、やっと自由になった呼吸器で埃っぽい空気を胸いっぱいに吸い込む。
どうやら……なんとか無事に生還したらしい。
作戦の成功を認識し、軋む身体をゆっくりと起こし、周囲の惨状を確認する。
「呵々! 木っ端微塵か」
「ええ……あなたのお陰でね」
荒野の随所に不自然な岩塊――恐らく土人形の身体の一部――こそ散在し、荒野に大小様々な陥没穴を形作っているものの……暴力的な『大地の嵐』は跡形も無く霧消し、燦々と照りつける太陽と雲ひとつ無い青空が広がっていた。
そして当然、その『嵐』を作り出していた張本人の姿は何処にも無く……どうやら土人形の撃破に成功、当面の危機は去ったと見て間違い無さそうだった。
ふと視線を巡らせ、拠点の方角へと注意を向けると……こちらへ向かってきていると思しき、見知った三人の姿を捉える。
魔王を自称する巨人の姿が見られないが……彼ら勇者一行が無事であることを鑑みるに、あちらも窮地は脱したのだろう。
「……うむ。坊らも無事ならば……少ぃっとばかし任せて良さそうかの」
「んえ…………にとー、つかえた、する?」
「……そう、ね。取り敢えずゆっくり休んで。……また後で、ね」
「ん……すまぬ…………の……」
「んい……おやすみ、にとー」
霊薬の服用により大きな傷こそ治療されたものの、体力と魔力を著しく消耗していたニドは……それらを実用レベルまで回復させるべく、状況把握もそこそこに眠りへと墜ちていった。
彼女の無事を確認し、ゆるりと溶けきった安堵の表情を浮かべる白い少女を、その豊満な胸に抱いたまま。
表層硬化により着衣の全てが弾け飛んだがための、一糸纏わぬ肢体を惜しげもなく曝したまま。
この後合流したヴァルターが顔を赤らめ混乱し、ネリーが甲斐甲斐しく世話を焼きつつも鼻息荒く注視していたのは……言うまでも無いだろう。




