245_荒野と学者と超巨大土人形
巨大な岩塊に圧し潰され、地中へと姿を消したはずの……壱号橋頭堡『土人形』。
テルスの放った土魔法『落とし穴と蓋』によって埋没したその地点が、突如として不気味な鼓動を刻み始めた。
「嘘でしょ……!?」
殺しきれなかったというのか。逃れようのない穴に落とした上にあれほどの質量弾を直撃させ、その破壊の力を余すところ無く味わわせたというのに。
やはりあいつは、本当に破壊不可能な存在だとでも言うのか。
大鷲の高位魔族の言う通り……あいつの進行を阻止することは叶わないと言うのか。
己の実力不足に歯噛みするテルスの眼前にて、大地が再び大きく律動する。
[―――re――e―te。―――rege――ate。―――reg―enerate。]
「…………ッ! ああもう! 何なのよあいつ!!」
理解不能かつ耳障りな音声と共に、奴が再び動き出す。
テルスが投下した渾身の質量弾が内から粉々に弾け飛び、その破片は物理法則に真っ向から逆らい不気味に宙を漂い出す。
それら破片はゆっくりと、ゆっくりと渦を巻くように縒り集まり……更には四方八方から土が、石が、砂が、岩が、中空の一点目掛けて次々と集まっていき、みるみるうちに巨大な塊へと成長していく。
呆気に取られるテルスを嘲笑うかのように……同様に一回り小さめの岩塊が四つ、明らかに異様な速度でその嵩を増していく。
最初に完成した塊を中央に据え、次いで出現した塊をその四方へ。奇しくも先程までテルスが相対していた四肢無き少女像『土人形』のように、巨大な五つの塊は宙に揺蕩いながらも整然と隊列を組む。
周囲一帯に無尽蔵に存在する資材を無遠慮に吸い上げ、操り、ついには取り込み……ばらばらだった胴体と四肢とを、砂と石とで繋いでいく。
重過ぎる全身を二本の足のみで支えることを諦めたのだろう……両腕も歩行脚として地に突き、ついには四本足の超巨大な獣の姿を形作る。
その全長は……先程までの土人形の、五倍とも十倍とも届かんばかりの巨体である。
陽の光さえ遮らんばかりに聳え立つ巨大な身体は……もはや身動ぐ山と呼んで差し支えない程。
しかしながらその『四肢をもつ山』は、確かな目的と共にその巨体を律動させる。地鳴りのような重低音を響かせながら巨大な前足を持ち上げ……そしてそれを地に突き刺すだけで、周囲の地面が強かに揺さぶられる。
ゆっくりと、ゆっくりとではあるが……先程までと変わらぬ進路を頑なに維持したまま、超巨大な土人形は進撃を再開する。
「…………笑うしかないわね」
頭部と思しき付近には、不気味に赤く光る一点の光体。恐らくそれが奴の視覚器官なのだろう……その眼光は目的地たるパトローネ山地下遺跡の入口を、ひたすらじっと凝視している。
その発光体目掛けて鋭利な岩の投槍が立て続けに放たれるが……的に近付くなり岩の投槍はバラバラと崩壊していき、そのまま周囲の巨岩に吸い込まれていく。
その様子を見せ付けられたテルスは、力無く乾いた笑みを溢す。
テルスの十八番である魔法……大地に類する岩や土の魔法は、効果が無いどころかあの巨体に取り込まれ、更に成長させる手助けとなってしまいかねない。
どれ程の大穴を足下に開けようと、どれ程重厚な城壁を進路上に築こうと、圧倒的な巨体と質量を得てしまった『土人形』を止めることなど不可能だろう。
[―――goa―head。―――goa―head。]
「……くぅ、ッ! 術理密度が……半端無い、わね……ッ!」
かといって、指を咥えて呆っと見ているわけにはいかない。
奴の巨体を構成する『大地』へと魔力を流し込み、外部より強制的に制御を試みるが……込められた魔力の量はもとより、あの身体を維持する魔法の密度は想像以上に高いようだ。
『動きを止める』つもりで流し込んだ渾身の魔力であっても、奴の歩みを僅かに遅らせる程度の効果しか顕せない。
大地を支配下に置く命令を送信したとしても、この程度の魔力波の強度では充分な範囲に行き渡らない。
自信の知識と経験を総動員し、なんとか攻略方法を探ろうにも……テルスにとっての魔法の要である『大地』の支配を奪われ、攻撃と機動の要である飛竜メルを他者に貸し与えた今となっては、他に取れる手段など残されていない。
つまりは……こと此の場においては、ひたすらに相性が悪かった。
テルス本人の想いとは裏腹に、有効な手段を何も講じることが出来ない自身に、後悔と無力感ばかりが募っていくが……
「んい、うで。いっぽ」
「…………え?」
失意に苛まれる彼女の前に突如、白い天使が降臨した。
[―――d――d――d――――dam―age。―――dam―age。―――alert。]
真っ白な髪を靡かせた真っ白な幼い少女が、身体を落とし真っ白な直剣を振り抜き……その背後。
テルスの魔力によって進撃を阻まれている超巨大土人形、その右腕が……肘関節にあたる部分ですっぱりと断ち斬られ、地響きを砂埃を巻き上げて盛大に崩れ落ちていった。
「………………すっ、ご」
「んい。おやく、たち、します!」
右前腕を断ち飛ばされ明らかにバランスを欠いた超巨大土人形の進行が――テルスが全力で足止めして尚止めきれなかった歩みが――さすがに停止の素振りを見せる。
口が何処に存在するのかも判らない巨体から途切れ途切れの雑音を垂れ流し、三本脚で四つん這いの岩山は自己修繕を試みる。
切断された右肘部分に無機質な魔力が集まり、そこ目掛けて崩壊した元・前腕部や周囲の土砂が巻き上げられていく。
「っ! これは……修復、している!?」
「んんんん……! まーだー、あーで……りじっと・れにゅす! いる!」
動きを止めた鈍重な巨体など、その防御力に目を瞑ればただの大きな的である。
並外れた強度を誇る『勇者の剣』に高周波振動を――減衰された表層硬化が剣の握りと干渉して生じる反発振動を、強化補正された握力で強引に捩じ伏せ続けることで――無理矢理付与し、微振動を帯びて斬れ味を増した斬撃を横凪ぎに……今度は右の足首へと叩き付ける。
「斬ったぁ!?」
「んんんー……ふとい」
岩石と土砂が緻密に集まり固められた、重厚きわまりない土人形の片足。さすがに斬り飛ばされこそしなかったものの、白剣の通った痕はばっくりと大きく切り欠かれていた。
欠損した右前肢は未だ修繕が完了しておらず、そんな状態で右の足首を大きく削られたとあっては、さすがに体重の保持が困難なのだろう。見上げるほどの巨体は大きく右に傾き、大地を揺るがしながら土人形はついに膝を突く。
「んいにゃ! んっ! んふゅっ!」
小回りの効かない超重量の岩山の足元を、小柄な少女がちょこまかと駆けずり回り刃を振るう。
細かに震え続ける白剣が気の抜ける掛け声と共に振るわれる度、大なり小なり土人形の身体が削り取られていく。
内蔵された魔道具の冷却期間さえ経過していれば、光輝の剣で一刀両断せしめることも可能かもしれないが……しかしそれが無いなら無いなりに遣りようはある。
一刀両断よりかは幾分と大人しい破壊活動ではあるが、着実に損傷を蓄積させていく。
とはいえ土人形とてただ削られる一方ではなく、周囲に無数に存在する材料を用いて身体の修繕を試みているのだろうが……単純にその速度が足りていない。
単純な話、治る速度よりも破壊する速度の方が勝っていれば、いつまで経っても損傷が完治することは無く……いずれは削りきられることだろう。
足止めに専念しているテルスの尽力もあり……このままのペースでいけば、土人形が地下遺跡の入り口へと到達する前には、なんとか削りきることも可能かもしれない。
そんな楽観的な思考が、土人形へと伝わったのかは定かではないが……魔王セダ謹製の最新式有機科学兵器は自らの行く末を察知し、その結末を翻すために行動を開始した。
[―――self―revolution―process――startup。―――s、―s、―se、―se、―se、―selfre、―volutionp、rocess。―selfrevolut、―ionprocess。――self、―revolution、―process。―start―up。]
「な、な、な、何何何なになになに!?」
「!! まりょく、いっぱ……ふえた!?」
遥か頭上の発光体――恐らくは、目――そこがひときわ不気味に光量を増し、加えて周囲一帯の地面が不吉な地鳴りを発し始める。
何事かと身構える二人の眼前、テルスの制止が力ずくで振りほどかれる。
同時一面の砂が、石が、岩が、礫が、爆発音にも似た騒音と共に噴き上がり、惑星の重力を拒絶して周囲に浮かび視界を塞ぐ。
「やば……てるる! にげ!!」
「冗談きっついわよ!!」
生まれたままの幼児から一段階『自己進化』を遂げた、魔王謹製の生体兵器……土人形。彼女は周囲に噴き上がった『大地』を支配下に置き、それらを操り攻防一体の『大地の渦』を造り出す。
距離を取った二人の前、自分達よりも質量に勝る岩石が唸りを上げて飛び交う様を、口をぽかんと開けて呆気にとられた様子で眺める。
破壊力は速度の二乗に比例する。迂闊に飛び込み岩石の直撃を受ければ、勿論のことタダでは済むまい。たとえ防御魔法を身に纏っていようとも衝撃全てを遮断することは出来ず、それが立て続けに飛来するとあっては突破は非常に困難だろう。
『――ゥ、―――ウゥ、―――ん、グン―――よ―――。―――しん、――軍、―――せヨ。――――ぐ、ググ、ゥ、―――進、グン――――侵攻、セヨ』
「ちょっと!? 待ちなさいよちょっと!? デタラメよそんなの!?」
「あ……あえ―――!? まちやさ、まっ……まち!! あ―――!?」
土埃色の分厚い壁の向こう……四つ足の巨大な土人形は、ついに自己修繕を完了したらしい。
巨大な身体の外側を超巨大な『大地の嵐』で鎧った、曰く『破壊不可能』の壱号橋頭堡は……
周囲でちょっかいを掛けてくる小動物などに目もくれず、ただ一点を目指して進軍を再開した。




