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244_魔王と勇者と打開の策略



 巨体を支えるために、岩壁を掴むように拡げられた五本の指。

 モノを掴む『手の指』という役割を果たすため、充分な可動を再現するために、稼働範囲を狭める装甲板など設けようもないその一点へ……現世の刀剣の中でも隔絶した斬れ味を誇る純白の直剣が、深々と突き刺さる。


 人差指と中指の付け根、その間のほんの一点。

 体制を崩した巨体を支えるために、手を掛けた、ほんの一瞬。


 針の穴に糸を通すように狙い済ました一撃が、意図した箇所・意図したタイミングで着弾する。



 『グ、ぬゥ……ッ!』



 突き刺さった刀身の深さから判断するに……あの巨大な掌とはいえ、端から端まで突き込まれた筈だ。

 手首の関節付近まで刃先は届いているだろうし、ここまで手指の機能を破壊されれば、もはや拳を握ることは不可能だろう。



 「やったか!?」


 「バカ余計なコト言うな馬鹿長耳族(エルフ)!」


 「あっコラバカとは何だ馬鹿勇者!!」



 表層の鎧に傷ひとつ付けることさえ叶わなかったこれまでとは異なり、明らかな手傷を負わせることが出来たという点においては、確かに大きな進歩と言えよう。

 装甲板が存在せず、その下を守る繊維鎧ファイバーメイルさえもが存在しない稀有な部位へと、奇襲気味に突き込んだ末の……ほんの僅かな進歩である。


 しかしながら……いかにその『大きな手傷』といえ、所詮は左手の傷に過ぎない。胴体部分は相変わらず無傷なまま、さして動揺する様子も見せないところを鑑みるに、生命活動に何ら支障は無いのだろう。

 それも当然か。所詮は手の一本……末梢部位に過ぎないのだ。


 相変わらず堅牢強固極まりない『魔王』の重鎧……面と向かってそれを打ち砕く手段など、残念なことに持ち合わせていない。





 『…………クク。……ついに…………とうとう一矢いっしむくいたか。か弱き今代の勇者ユウシャめが』


 「……なら…………どうするって?」



 指を握ることも、指を砲と成すことも叶わず……完全に機能を喪失した左掌。

 火の粉のはぜるような音と金属がひしゃげる音を奏でる()()を眺めていた『魔王』が……突如巨大な肩を揺らし、さも楽しそうな声色を上げる。


 ……わらっているのだ。か弱き人族ヒト種に手傷を負わされて。理不尽な攻撃力と防御力を兼ね備えた、絶望の化身そのものが。

 片手を破壊されて……攻撃されて喜ぶだなんて、誰がどう見ても不審極まりない。



 『ククク…………良いだろう。()()()はまァ()()()、と云ったトコロか』


 「……だったら何だよ。ご褒美でもあんのか? それとも見逃してくれるって?」


 「ネリーお前少し黙ってろ」



 激昂するでもなく、身構えるでもなく。ただ損傷の程を確認し、しみじみと独白するその様子は……さすがに不気味さを禁じ得ない。

 加えて、魔王の口から溢れた『及第点』という単語。それは命の遣り取りを行う場においては相応しく無い、違和感を拭いきれない表現のように思える。


 まるで自分達の実力を見定めているような……それこそ自分達の力量を観察し、測っているとでも言うような。

 そんな疑問をぶつけずには居られなかったのだろう、ネリーは冗談混じりに『魔王』の独白に応えてみせる。



 『なんだ? 見逃して欲しいのか。にっくき『魔王』を討ち滅ぼす好機であろうに』


 「それ、は………………憎き……?」


 「…………憎い、か? ……そういえば」




 心外だ、とでも言わんばかりの魔王の返答に、逆にこちらが返答に窮する形となる。


 ……そういえば、そうだった。

 そもそも『魔王を討伐せよ』との王命は、今は亡きアルフィオ(の身体を支配していた姿無き亡霊)によって下されたものである。

 今代のリーベルタ王国国王がどのような判断を下し、どのような王命を発するのかは推測の域を出ないが……先の王命が発せられた経緯が経緯であるだけに、現在その命令の強制力は非常に曖昧なものとなっている。


 おとぎ話に登場する『魔王』のように悪逆非道の限りを尽くし、数多の人々に不幸と絶望を振り撒いている悪辣の魔王ならばまだしも……

 この漆黒の巨躯を誇る『魔王セダ』が、()()()てからこれまでに行ってきた所業ことに……果たして『何を差し置いても討伐しなければならない』程の害悪性は在るのだろうか。



 到底敵いそうもない実力差を突き付けられて尚、玉砕覚悟で挑まなければならない()()が。


 積極的な殺戮行為を行っているわけではない、現状実害そのものは殆ど無いに等しい『魔王』相手に、自分達が軽々と命を捨てねばならない()()が。




 「お前は………………何を考えてる」


 『…………ほお。頭が冷えたか?』


 「『魔王』セダ……俺には、お前と意思の疎通が不可能なようには思わない。話に聞く『魔王』のような害悪なものだとは…………正直いって、思えない。……お前は、何を考えている? 何のために此処ココへ現れた?」


 『…………クク』



 言葉を投げ掛ければ、ちゃんと返してくれる。同じ言葉を用い、同じ言葉を発し、間違いなくコミュニケーションを行うことが出来ている。

 対話の余地が存在しない、などという訳ではなく……ちゃんと意思の疎通が可能なのだ。


 もしかしたら……もしかするとだが、この『魔王』が平和主義であるという可能性も……ゼロとは言えないのでは無いか?




 『んなワケ在るか。俺は俺が望む『闘争』を欲しているに過ぎぬ。勝手な期待をするな』


 「え、ちょ、な……!? 読心術だと!?」


 『貴様が顔に出し過ぎるだけだ阿呆め』


 「ぐ…………」


 『だが…………まァ、頃合いだろう。進めるとしよう』


 「は? …………何を、だ?」



 あの漆黒の『魔王』が平和主義者なのではないかという希望的観測こそ、あっさりと打ち砕かれはしたものの。

 魔王は何を思ったか殺意と共に、右手に提げた(鉄塊)をその背に仕舞い込む。


 ……直後。ひときわ重苦しい衝撃音にも似た地響きと共に、あからさまに大地が揺れる。



 「うぉ!?」「のあ!?」


 『おお…………ふむ』



 此処よりは遥か遠方にて……鈍重ながらも着実に歩を進める土人形ゴーレムの歩を止めるために、土魔法のエキスパートたる考古学者テルスによる攻撃の余波。

 このときのヴァルター達にはそのことを知る由も無かっただろうが……あからさまに異常な衝撃を受け、戦闘一色だった思考は混乱させられていく。



 『……さて。の場はコレにて仕舞いとしようか、今代の『勇者』よ。……良い頃合いだ、俺の筋書き(シナリオ)を共有するとしよう』


 「…………何?」「筋書き(シナリオ)、って」



 おもむろに身を翻し、ネリーの造り上げた『急造陣地・土石塁』へと向き直り、重厚な防壁を右手の指弾デコピン一つで半分ほど吹き飛ばし……あっさり半壊させたその上にどっかりと腰を落とす。


 とっておきの築城魔法をあっさりと粉砕され、あまりにも呆気ない結果に唖然とする二人を睥睨し……



 『まァ聞け。そして動け、力を貸せ。悪いようにはせん。…………貴様等とて解っていよう。あの『考古学者』とやらを『制御室』へ近付けるワケには行かんのだ』



 暴虐の魔王は……その見てくれに似合わぬ程に落ち着いた語り口で、現状の問題点とその解決案を指摘し始めた。




…………………………




 小さな身体に纏わせた瞬間強化マーダーの恩恵を十二分に発揮し、敵の懐目掛けて肉薄する。

 暴風の渦による防御を纏う敵目掛け、接触の瞬間のみ表層硬化リジットを表層展開し、すれ違いざまの回し蹴りを叩き込む。

 防護の風ごと蹴り飛ばされ、微かに体制を崩す敵の背後に着地し、地面を蹴り飛ばしながら運動方向ベクトルを真逆へ。無防備に晒された敵の背中目掛け、渾身の蹴りを叩き込む。



 「ぐ……ッ!」


 「()! しのぎよるか!」



 強風の後押しを得て機敏にその身を翻し、敵はすんでのところでニドの蹴撃を回避する。

 ……実に惜しい、後背から蹴り飛ばせば良い感じに蹌踉よろけて無様に膝を突くかと思いきや……なかなかどうして堪えるではないか。


 だが……しかし。この条件ならば充分に渡り合えよう。

 仮にあ奴が『破砕の鎧』を纏ったとて、極論全身に表層硬化リジットを表層展開し強引に突っ込めば良いだけだ。

 無論、瞬間強化マーダーの併用と魔力干渉により、内燃魔力はあっという間に干上がるだろうが……その程度であれば充分に()()は見える。


 今尚その権能を保持している敵とは異なり、ただのひ弱な小娘と成り果てた今の身体であったが……こと小回りと機敏さにおいては太古の昔より格段に上がっている。



 「良いな! 善いな! 何処までイケるか試させて貰おうか!!」


 「く……猪口才な!」



 機敏性が上がった反面、一撃の重さはどうしても軽くなる。今の身体であれば二重の強化魔法を纏ったとて、有効打を加えられるかは疑問が残るだろう。

 だが……こと今回に限っては()()まで行く必要は無い。無理矢理納得させた勝利条件は『フレースヴェルグに膝を付かせること』であり、オマケのハンデとして『移動の殆どを封じられた状態』である。


 縦横無尽に駆け回り、跳ね回る此方とは違い……奴はあの場で、ただただ耐え凌ぎ続けるしか無いのだ。

 無論、奴とて反撃は試みてくるだろうが、積極的な移動を封じられたとあっては……遠距離投射による攻撃もしくはこちらの接触に対しての反撃程度しか、取れる選択肢は残されていない。



 「呵々々(かかか)! なかなか踏ん張るが……そろそろ終いとさせて貰うぞ?」


 「…………何を」


 「くく……宣言しよう。『ワレは此の場より動かずに、三ツ数えた後に貴様を倒す』とな」


 「な……!?」




 半身を引いた構えのまま、高らかにニドが宣言する。

 フレースヴェルグはそんなニドを注視し、一挙手一投足さえも見逃すものかと挙動の観察に全神経を注ぐ。


 近接戦闘技能しか持ち合わせていない少女が、あんな遠距離から自分を倒すなど……そんなことは有り得ない。

 そう思いながらもフレースヴェルグはしかし、ニドの余裕の表情を……自信に満ちた宣言を警戒せざるを得ない。


 警戒を密に身構えるフレースヴェルグの眼前で、ニドは白く滑らかな指を三つ立てる。



 「…………ひとつ」



 指を一本、畳む。

 まだ何も動きは見られない。



 「…………ふたつ」



 二本目の指が畳まれ、人差し指のみが立てられる。

 しかし……まだ何も動きは生じない。


 …………と。



 「れ!!」



 三つ目の数が数えられる前に下された()()に応じ。


 天頂より攻性魔力の柱が、大地に突き刺さった。




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[一言] ニドちゃやり口が汚い( ˘ω˘ )
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