241_学者と魔鷲と露骨な企み
高空から投げ落とされた貨物容器が、地響きと共に地に突き刺さる。
今の今まで貨物容器を保持していた巨鳥の足は、すれ違い様に叩きつけられた飛竜の尾によって表皮が裂け、今や僅かに血が滲んでいた。
パトローネ山地下遺跡の入口、その幾らか前に落下した四角い箱……フレースヴェルグの手によってそれが地下遺跡に運び込まれることは、なんとか阻止することに成功した。
「何とか……追い付いたが……」
「反転して追撃するわよ!」
「う、うむ」
決定打となる一撃を成功させた相棒を労いながら、飛竜の操手テルスは更なる指示を下す。
足に一撃を加えたとはいえ、標的は相変わらず健在である。過去の文明の貴重な手懸かりである遺跡を守るためにも、目に見える脅威は取り除かなければならない。
フレースヴェルグに戦いを挑み、勝利するか……追い払わなければならない。
(……可能なのか? 今の吾らで…………あの『破砕』の鎧を纏うあ奴を……否、それ以前に)
再び正面から突っ込み、すれ違いざまに肉弾戦を仕掛ける。今度は直撃させることこそ叶わなかったが、フレースヴェルグからの反撃を貰うことも無かった。
テルスの全魔力を注がれ戦闘能力を高められている飛竜メリジューヌは、どうやらフレースヴェルグのお眼鏡に叶ったようだ。明確にこちらを凝視しながら、追い縋るように背後を取りこちらへと向かってくる。
身を起こし急上昇するメリジューヌの後背を、フレースヴェルグはぴったり等速で追い掛ける。あまりにもらしくない行動に疑問を拭いきれないニドは、急制動に耐えながら鞄を漁り、小ぶりな投げナイフを一本手に取る。
背後を伺い、タイミングを伺い、位置関係を伺い……やがてとても『投擲』とは呼べぬような、それこそ『宙に置く』ような挙動によりニドの手を離れた投げナイフは、自らその座標へと迫りゆくフレースヴェルグに肉薄する。
類稀なる高性能な視覚を備えるフレースヴェルグは、当然それを認識していたのだろう。最低限の動きで身を捻り、投げナイフはフレースヴェルグの身体に掠ること無く地へと落ちていく。
(やはりか! あの畜生め……!)
投げナイフ一本を支払った試行により……かつてフレースヴェルグと犬猿の仲であった『神蛇』ニーズヘグであったニドは、憎き猛禽の魔族が手を抜いていることを確信する。
奴の本懐は……羽毛の一枚一枚にさえ籠められた高濃度の『破砕』魔法、それによって形作られる『破砕の鎧』。触れるまで行かずとも接近したものを片っ端から粉々に砕く、極めて攻撃的な防御魔法。
それを常時纏うことで、攻撃も接近も許さぬ圧倒的な戦闘力を見せつける。……フレースヴェルグの戦い方は、そういうものであった筈だ。
だが……どのような理由があるのかは到底解らぬが、少なくとも今フレースヴェルグは『破砕の鎧』を纏っていない。
飛竜メリジューヌの突撃を避けきれず脚に傷を負ったばかりか、ちっぽけな投げナイフ一つにわざわざ進路を歪められるなど……『破砕の鎧』を常用していた以前であれば、どちらも到底考えられぬ事態であった。
間違い無い。今のフレースヴェルグは、明らかに手を抜いている。『鎧』の不使用だけならばまだ『不調である』と言い逃れは出来ただろうが……たかが飛竜ごときに追いつけぬ程度の飛翔速度では、魔族最強は務まらない。
全力を出す余裕が無いわけでは、まさかあるまい。……であれば、逆。全力を出すことが出来ない。
どういうことか。あの余裕綽々の飛行を見れば解る。フレースヴェルグはどういうわけか、自分達を殺すことを禁じられている。
「舐めおって……!!」
「何!? どうしたのお嬢ちゃん!?」
敵対対象である自分達を殺さない理由。そんな頭のおかしい理由など、そう幾つもあるものでは無い。考え得る中で最も可能性が高いのは……『時間稼ぎ』のあたりだろう。
フレースヴェルグ達は今現在何かを企んでおり、その何かがどうにかなるまでは現状維持に務めなければならない。
何が、どうなるのか。
自分達が生存していることは、奴らにとって何のメリットが有るのか。
ろくでもないことを企んでいる奴らの……意図していることは、一体何か。
この戦場においての奴らの行動、その中で違和感を感じたものは……何か。
「…………貨物容器か」
「え!? 何!? コンテナ!?」
輸送地点があの遺跡であるならば直接運び込めば良いものを、わざわざ襲撃地点まで運んできたのは何故か。
最高戦力であるフレースヴェルグ直々に、抱えて運ばせて見せたのは何故か。
輸送を阻止されたのにもかかわらず、あのフレースヴェルグが余裕の表情なのは何故か。
そして現状……いつでも殺せるだけの力を持ちながら、何かを待つように鬼ごっこに興じているのは……何故か。
あの貨物容器に何かがあり……奴らはそれを我々にどうにかさせようとしている。
そのために生かされているのだと考えれば……納得できる。
奴らの企みどおりに動くのは癪だが……でなければフレースヴェルグは我々に見切りを付ける迄だろう。どちらにせよ退路は無い。ならば。
「娘! あの匣だ!」
「ハコ!? ……あれか! メル!!」
操手テルスの指示を受け、飛竜メリジューヌが羽ばたきながら砲撃体勢に入る。鋭い牙がずらりと並ぶ口をがぱりと開き、その喉奥に魔力の光が微かに灯る。
魔法構成を司る主要器官『脳』に程近く、標的の方向距離を捉える視覚器官と同軸上に位置し、魔方陣による誘導軸を構築し易く狙いをつけ易い位置……口腔内に、高出力の仮想魔力砲が構築される。
身体中の魔力が口腔へと集まっていき砲撃準備が整う中、飛竜メルはフレースヴェルグに背後を取られながらも降下体勢を取る。標的とされる貨物容器を進行方向に捉え、口腔内の魔力砲が真っ直ぐに指向され、凝縮された魔力が今や遅しとそのときを待つ。
「メル!! 『撃て』!!」
テルスの号令以下、ついにそのときが訪れる。解き放たれた高濃度の魔力は、口腔内の誘導軸に導かれ真っ直ぐに突き進む。進行方向の空気を貫き音速を越え突き進む魔力の奔流は、両の竜眼にて捉えられた標的へと狙い違わず突き刺さる。
破壊の意を凝縮された魔力が貨物容器と干渉し、爆発という盛大な魔力反応を示す。
空中戦闘に特化し比較的軽快な身体を持つ飛竜といえど、その最大火力である魔力砲の破壊力は決して大人しいものでは無い。
攻撃力に特化した他の竜種程では無いにしろ……直撃を受けて無事なモノなど、一部の規格外を除いてそうそう存在しないだろう。
事実として……巻き上がった砂埃が風に流され始めると、そこには見るも無惨な様相と成り果てた貨物容器が姿を表した。
堅牢な鋼鉄製の筈の貨物容器は天面と壁面が跡形もなく消し飛び、魔力砲のもたらした破壊力の大きさを物語っている。破壊の爪痕色濃い爆心地、今や砂埃の完全に去ったその様子を視界に収めた三名は…………
そこに姿を表したモノに、言葉を失った。
「…………嘘。何よ……アレ」
「此はまた……悪趣味な」
飛竜メリジューヌの魔力砲は……それを運搬していた貨物容器を跡形も無く破壊することには、成功していた。
しかしながら……その中に固定されていたそれは。
高空からの投下の衝撃さえ、意に介さず平然としていたそれは。
認識範囲の外より奇襲気味に撃ち込まれた飛竜の魔力砲さえ、全くの無傷で凌ぎきったそいつは。
[……如何した。……早くアレを止めねば、愉快な事態に陥るぞ]
「随分と余裕そうだの……魔王軍幹部殿は」
「何よ……何なのよ! アレは!」
唖然とする一同にいつのまにか肉薄し、余裕さえ滲ませ煽ってくるフレースヴェルグに……ニドは憎々しげに、テルスは思わずといった様相で声を溢す。
竜の目と同期するテルスの視界が捉えた、そいつ。
肩ほどで揃えられた銀灰色の髪と、作りモノじみた紅玉の瞳と、生気の無い灰土色の肌をもつ……宙に浮かぶ大量の土礫を周囲に従える、同じく宙に浮かぶ四肢の無い少女の姿を象った、そいつ。
[―――startup。―――startup。―――startup。]
恐らくは何らかの言語とおぼしき、理解不能な音を響かせ……頭と胴体のみで宙に浮かぶ異様な少女(?)が起動を果たす。
圧倒的上位に位置する余裕からか、はたまた別の要因からか……思いのほか饒舌な魔王軍幹部は敵である筈の長耳族の問いに対し、丁寧に説明を返す。
[アレは、『壱号橋頭堡』。魔王による実装呼称は……『土人形』。魔王曰く破壊不可能、足止不可能、阻止不可能の重戦車……だそうだ。試してみるが良い]
フレースヴェルグの言葉を聞いてか聞かずか……見下ろす眼下、『土人形』と呼ばれた少女(?)が動く。
自身に攻撃を加えた頭上の存在を一顧だにせず、周囲に浮かぶ大小様々な岩礫を操り、それらは彼女(?)の存在しない四肢へとそれぞれ縒り集まっていく。
両腕と両足、四ヶ所に浮遊し集まった塊。それぞれが軽く脈打ったかと思うと……フレースヴェルグ曰くのその名『土人形』に恥じること無く、武骨で巨大な手と、重厚で堅牢な足へと変貌する。
[―――goahead。―――goahead。―――goahead。]
宙に浮かび、同様に宙に浮かぶ腕を率い、律儀にも地を踏みしめる両足を運びながら、無機質な声色の少女(?)が無機質な言葉とともに侵攻を開始する。
その紅玉硝子の瞳は真っ直ぐに目的地……パトローネ山の遺跡入口を見据え、障害を薙ぎ倒し踏み潰しながらゆっくりと歩を進めていく。
「阻止不可能って……『はいそうですか』って諦めると思って!?」
「学者殿よ、願いが二つ。あの『土人形』を任せたい」
「任されたわ。もう一つも良いわよ」
「…………意外よな。己が半身で在ろうに。懸念は無いのか?」
余裕ぶって空に浮かぶフレースヴェルグを無視して急加速、ゆっくりと歩を進める『土人形』を追い越し、進路上を塞ぐ形で制動を掛け……テルスは己の武器を引っ掴み、相棒の背から飛び降りる。
眼前には地響きを立てて進軍を続ける異形の脅威、上空には憎たらしい程に余裕たっぷりな、未だにこちらを睥睨する猛禽の高位魔族。
二つの敵性存在を認識するテルスは……さすがに伊達に場数を踏んでいないのだろう、ニドと同様の判断を決断するに至った。
「お嬢ちゃんはメルの『声』が聞けないのだもの。懸念が無いとは言えないけどね……他ならぬメル自身が『大丈夫』って言うのよ。私はそれを信じるわ」
「済まぬ。気苦労を掛ける」
「あの青の御墨付きだもの。戦えるんでしょう? メルを頼むわね」
「必ずや無事に返そう」
自称・百戦錬磨の考古学者、土魔法の熟練であるテルスは地上に残り、相変わらずゆっくりと侵攻を続ける『土人形』の迎撃に。
もう一方の脅威である高位魔族の思考をよく知るニドは、空中機動の要と言える飛竜メルを借り受け、傍観者を気取るフレースヴェルグの妨害に。
パトローネ山直近の最終防衛線にて、陸と空の二面作戦が幕を開けた。




