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240_魔王と鎧と一騎当千




 間違い無い。疑う余地は無い。そもそも考えるまでも無い。


 自分は。『勇者』ヴァルターは。……いや『勇者』()は。

 仇敵たる存在『魔王』に、()()()()()()



 確かに……その巨体を重厚な鎧で包んだ奴の動きは、機敏であるとは言い難い。

 とはいえ当然、十把一絡げの兵士では到底太刀打ちなど叶わぬ速度。あくまでも『有り得ない速度では無い』と言うだけで、その挙動は充分に高速。しかしながらヴァルターを始め()()()()()()()()()()()()にとっては、決して対処出来ない速度では無い。


 ……速度、()()




 「おっ……ラァ!!」


 『クハハハ! ()()()ようになったか!』


 「ヴァル伏せろ! 岩塊砲フェルゼンカノーネ! 行け(イル)!」


 『脆い脆い! 焼菓子か!』


 「風刃(ぴゅぴぴ)十二条(ぴゅっぴゅい)!!」


 『カハハ! 埃落しに丁度良いわ!』



 破壊不可能な黒剣による渾身の斬撃を、両腕が回らぬほどに巨大な岩塊の砲丸を……その巨大な左腕のみで、いとも容易く打ち払う化け物じみた巨体。

 その速度()言うなれば()()()、鍛錬を積んだ者であればいずれ到達できる域であろう。


 だが……そんな『まだ常識的』な速度とはいえ、その漆黒鎧の冗談じみた防御力と、見たままの絶望的な破壊力が備われば、言うまでもなく『到底手に負えない』『常識外れ』の化け物となるのは……誰の目にも明らかだろう。



 「糞ッ! 何なんだよこの鎧! 理不尽だろ!!」


 「弱点とか無ェのかよこの変態! 反則だ反則!」


 「ぴゅいぃぃぃ……」


 『ククク……魔王だぞ? 理不尽に決まっているだろう』



 王都リーベルタ北の宿場町エーリル郊外にて剣を交えたときよりかは、戦い()()()なっているようにも見えるが……実際に戦っている三人にとってはまさに、悪夢以外の何物でもなかった。

 どれ程攻撃を叩き込んでもかすり傷一つ負わせられず、一方で奴の攻撃は一撃一撃が必殺の威力を秘める。今でこそまだ鉄塊(大剣)と左腕による打撃のみだが、王城における宮廷魔術師ディエゴとの一戦においては計十二門に及ぶ魔力砲をも用いていた。

 空間歪曲による防御手段を持ち合わせていたディエゴであっても、防戦一方にしかならなかったのだ。怒涛の如く放たれる破壊の魔砲を避け続けることは容易とは言えず、またいくら掻い潜り続けたところで攻撃の一切が通用しないのならば……反撃に転じられる見込みも無い。


 攻撃手段を自ら絞り、まるで可愛らしい小動物と戯れるかのように、暴虐の魔王セダはいたずらに時間を浪費していく。


 勝機は見えない。こちらの体力魔力は有限。

 ヴァルターとネリーの脳裏に……()()()()()が過り始める。



 「クソっ、私はまだ死ぬわけには……! お嬢とエッチするまでは!!!」


 「お前マジ本当マジお前!! いい加減にしろよマジで!!」


 『小娘ェ!! 俺を差し置いて良いご身分だなァ!!』


 「ウォワアアアアアアアアアア!?」


 「何でそんなキレてんだよォ!!?」


 「ぴゅ――――ぃ……」



 先程までのような肉弾戦だけでも危機的状況だったというのに……どうやらネリーの発言が琴線に触れてしまったらしい。どいらかといえば()()()()いたようにも見受けられた先程とは打って変わって……未だ傷ひとつない艶やかな大鎧、両腕を中心とする上半身を赤黒い魔力光が縦横に走る。

 どこか甲高い駆動音と共に巨大な両腕が唸りを上げ、魔王の左腕が機械音とともに変形していく。当然防御力は据え置き、それでいて攻撃速度と攻撃回数と射程距離を爆発的に増加させる兵装を、理不尽な魔王の鎧はさも当然とばかりに展開していく。


 前腕底面の表面装甲はせり上がり、その奥より鋼管パイプを絡み合わせたような複雑な機械細工が顔を出し、複雑な構造を極めるその基部からひときわ太い鋼管パイプが伸びていき、それと軸線を同じくするように五本の指が真っすぐ伸び……五指と尺骨(腕の骨)それぞれが魔力砲と化し、大小合わせて計六門の砲口がその奥底に輝きを湛える。


 右腕には巨大な鉄塊(大剣)、左腕は多連装の魔力砲。筋力(アクチュエーター)を強化した上半身でそれらの兵器を振り回しながら、圧倒的な暴力の嵐と化した魔王は手当たりしだいに『破壊』を振り撒く。

 地面を弾き飛ばし、空気を吹き飛ばし、巻き込まれれば確実に消し飛ぶであろう猛攻を、命からがら必至に避け続ける。



 「死ぬ!! ッ、これ! しぬ!! あっ! やめッ、あっ!!」


 「うるせェ気が散る! 喘ぐん……じゃ、ッ……無ぇ!!」


 「喘いで無ェ……っ、どォ!? 畜生少しは……っ、恥じらえよ! 美少女のうぉォ!? 喘ぎ声、ッ……だろ!!」


 「ぴゅぃぃぃ……」



 猛烈な風圧を伴う鉄塊を掻い潜り、高熱を秘めた破壊の魔力弾を身を捻って躱し、立て続けに巻き起こる爆風を斬り払い、命懸けの舞踏を繰り広げながらも舌は回る。

 至近距離での高速戦闘はさすがに危険だと距離を取った人鳥ハルピュイアの少女が、巻き起こる惨状を見下ろし心配そうな声を溢す。



 「喘いで無ェ、って……危ねっ、自分で言ったじゃねぇか!! あと自分で美少女ってェっ! ……言ってて恥ずかしく無ぇのか! この変態ロリコン長耳族エルフが!!」


 「私は美少女だぞ! 何が悪い!!」


 『逃げ回りながら罵り合うとか器用だな貴様ら!!』


 「ぴゅい、ぴゅい……」



 どうしようもない欲望を盛大に漏らした相棒と、恐らくはそれを耳にしたことで激しさを増した『魔王』の攻め手。

 あまりにもひどい仕打ちにこの世の理不尽さを感じずには居られず、せめてもと元凶である相棒を罵倒しながら……ヴァルターは必死に打開方法を思案する。



 (王城では……ディエゴ先生が相手取ってた。……でも防戦一方、有効打は入っていない)



 両腕を総計十二門の砲に変え、暴風雨とばかりに『破壊』をばら蒔いた王城での一戦。相対した龍眼の宮廷魔導師はその猛攻を辛くも凌ぎきったが、結局反撃を加えるには至らなかった。



 (前回……エーリル郊外は、何も出来なかった。鎧の装甲を避け、関節に突き込んだのに……手応えが無かった)



 更に記憶を遡り、実際に自分が相対した際のことを思い起こす。

 あのときは砲撃を行わず、鉄塊(大剣)を主に用いての肉弾戦に終始していた。暴力的な破壊力と絶望的な防御力は相変わらずだが、今回同様速度()()何とか追い縋ることが出来ていた。


 だが……結局、何一つ手傷を負わせることは叶わなかった。

 何の気まぐれか、他でもない『魔王』当人より与えられた湧魔神薬マナエリクサーを用い、二重に発現させた瞬間強化マーダーを纏い、守りの薄い鎧の隙間――しかも最大級の急所である()――に突き込んだにも拘わらず……()()()は刺突の衝撃に耐えきれず、ぽっきりと折れ砕けた。



 (………………ん?)



 鋼の剣による刺突は……通用しなかった。それは覚えている。


 だが……今自分が握り、振るっている武器は……それは、何だ。


 やむを得ない事情があったとはいえ、鋼の剣で立ち向かい、あっさりと力不足を実感し……しかし見逃された、あのとき。

 思い出せ。あいつは……あの『魔王』は、何と言っていた。



 ――――あのクソ忌々しい『ツルギ』でも在れば、()()()()()()()()





 「瞬間強化マーダー……添加付与アーディ瞬間強化マーダー!」


 「……っ! 立ち上がれ(シュティルオフ)! 面を上げよ(シュイファン)! その身に代えても(ゼールグエルツァ)アイツを止めろ(ハゥイルトアフ)!! 『急造陣地(ブルワーク)土石塁ザンツァク』!!」


 『お? …………ヌ、おお……ッ!?』



 推測だが……試してみるだけの価値はあるだろう。ヴァルターの戦闘経験と記憶が導き出した打開策を試みるべく、身体強化魔法階位『二重ドヘル』を発現させる。

 出し惜しみ無しの最高速度、切り札のひとつを切った相方の狙いを察し、ネリーは支援を行うべく即座に行動を開始する。



 「『追加発注アウダードゥベレ』! 意思無き石よ(アンスィルステイン)崩れよ(ツィレーグ)沈め(ディグィス)! 解けよ波打て(ヴァスティグザントス)喰らい付け(ズングヴァイツ)! 『流砂崩計カルグメィディア』!! 在れ(イル)!!」


 『ッ!? …………ハッハ! そう来たか!!』


 「畜生! 余裕かよッ!?」



 省略無しの全文詠唱、更に惜しみ無く魔力を注ぎ込んだ二つの魔法、『急造陣地・土石塁』と『流砂崩計』……分厚くそびえ立つ対砲撃緩衝土塁の壁と、足場を微細な砂に変え沈める妨害魔法。

 立て続けに放たれた二種類の地属性妨害魔法を叩き込まれ、膨大な重量を秘めるであろう魔王の巨体がさすがに揺らぐ。


 砂と化し沈みゆく足場では踏ん張りを効かせることも出来ず、体制バランスを崩したその巨体は緩衝土塁の壁に阻まれその場から逃れることも叶わず……()()()()()一時的に身体を支えるため、眼前を塞ぐ壁の上端に()()()()()()



 あの巨体と馬鹿力を誇る『魔王』を拘束するなど、出来る筈もない。

 常識外れの防御力を誇る『鎧』に傷を付けるなど、出来る筈もない。


 だが……ほんの一瞬、隙を作り出すことくらいは。

 少なくない修羅場を共に潜り抜けた、相棒の働きに報いるくらいは。



 先程まで存分に破壊を振り撒き、魔砲の光を湛えていた六連の砲はこの場に無く……今やただ巨体を支える五本の指が広げられ、壁の天辺に引っ掛かっているに過ぎない。

 いかに堅牢な鎧とて、可動を司る関節部分――中でも……精密な動作を要求するためにひときわ緻密な構造となっている、()()()――そこの防護は、薄くならざるを得ない。



 人差指と、中指の間……狙うべきは()()だ。

 切り札である『二重』の身体強化を纏い、相棒の作り出した好機を活かすために……ヴァルターは地を蹴り、渾身の一撃と共に跳び出した。



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