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236_勇者と学者と本性の発露




 ぶっ飛びそうになる意識をなんとか繋ぎ止め、必死に進行方向を指示し続けたヴァルターによって導かれたのは、拠点最寄りの()()

  円錐形に裾野を広げる山肌に四角く開かれた、異質極まりない奇妙な洞穴。その内部はこれまた特異な光景が広がっており……何やら先程から約一名の息遣いが荒い。


 パトローネ活火山――だとつい先日まで信じられていた、ただのパトローネ山……つまりパざん――その中腹。岩や砂に枯れかけの低木が散在する一角に、ひっそりとひさしを持ち上げるように口を開けるはがね造りの珍奇な入り口。

 つい先日ヴァルター達がこの山体地底の遺跡(制御施設)から脱出する際に通過した風除室へ、三人と一体は足を踏み入れた。



 陽はまだ完全には昇りきっておらず、荒野の拠点を発ってからほんの数分しか経っておらず、ぶっちゃけると朝食を食べ終わってからまだ三刻経ったかどうかさえ怪しい。

 まだまだ起きてから半日も経過していないのだが……三人のうち最も身長の高い青年は、げっそりと憔悴しきっていた。


 慣れない、というよりは初めての高速飛翔による影響もあったのだろうが……最も大きな理由が、今まさに目の前で繰り広げられていた。





 「だらしないわね『勇者様』! こんなにも保存状態の良い()()な遺跡を前に何も思わないのかしら! 例えばほら見てみなさいあの天井! 荷重を分散させて強度を高めるために敢えて歪みにくい三角形トラスを多用して変形しづらい構造になっているの! もちろん鉄の一本材のほうが強度はあるでしょうけど、それじゃ重すぎて使い物にならないわ! 構造を支える充分な強度を残しつつ重量を圧倒的に減らしているの! それにしても鉄を薄く均一に伸ばす正確無比な精度! それをこんなに膨大な量を寸分の狂いもなく揃える工業能力! 鉄材の一つ一つをとって見ても細長い鉄板を敢えて直角に曲げることで重量を増やさずに強度を増す工夫と知恵! それをこの規模でやってのける加工精度! それにご覧なさい壁や柱にも細かな傷こそあれど腐食や崩落が見られない! ざっと千年以上も昔の様式なのに! 土砂の堆積もほとんど無いし、動物や魔獣の痕跡も見られない。……この空間ごと埋まっていた? 割と最近まで? ……いいえ、それだけじゃないわね。きっと建材の鉄に何かしらの処理を行っているに違いないわ! ああ、もう、どうしましょう!!」


 「そうだな。どうするべきだと思う? ノート」


 「んいい…………てるる、すごく……すごく、しあわせ、みえる」


 「全くだ。多分俺らは認識の外だぞアレ」


 「んんー……わたし、てるる、いっしょ、してくる!」


 「……無茶しやがって」



 目をキラキラと輝かせ風除室内を隅々まで堪能するテルスに、ぱたぱたと哀れな子羊(ノート)が駆け寄っていく。遺跡好きと子ども好きが悪魔合体してしまったテルスは獲物ノートの姿を認識するや否や気持ち悪いほどにこやかに語り掛け、この僅かな時間で自らが認識した情報を得意げに一方的に強制的に披露していく。


 そのあまりにもの剣幕に早くもノートの顔面が引き攣る。しかしテルスは遠慮しない。半ば独り言であった先程までとは異なり明確に講義を聞く聴講生の存在を認識してしまった彼女は、当の聴講生の心境など知る由もないままに感極まった様子で講義を続ける。


 飛んで火にいるなんとやら。自ら進んで囚われの聴講生と化してしまった哀れな少女は逃げることさえ出来ず、救いを求める視線を下僕たる青年に送ってみるも結果は変わらず。そもそも青年は少女の視線を後頭部に感じながらもあえて無視。巻き込まれることを危惧していた賢明な青年はこれ見よがしに壁や天井を眺め、さも『おっ興味深いな』などと集中しているような雰囲気を作り出していた。


 騒動の元凶である考古学者はそんな様子を一瞥し、恐らくは『彼の集中を妨げるわけにはいかない』『まだ知識の乏しい彼女を優先しよう』そんな思考が働いたのだろう。青年の思惑通りに注目ヘイトの全ては少女に注がれ、果たして矢継ぎ早に繰り出される語句の半数どころか四半数さえ理解できない哀れな少女は完璧に泣きに入っていた。



 「つまりこれらの部材は特徴からすれば鉄だけども、私たちが普段使っている鉄製品とは強度が桁違いなのよ! 魔術的構造強化が働いているわけでもなく、単純に素材そのものが頑丈かつ強靭! 鉄に()()()()を入れて強度を上げる研究も進められているけど、ここまでの強度には全然届いてないわ! まさに過去の遺物! 喪われた技術の結晶! これらを何とかして解析できれば金属加工技術は圧倒的な飛躍を遂げるでしょう! まさに可能性に満ちた宝の山なのよ!!」


 「あ、あええ…………」


 「構造体ではない付帯物も非常に興味深いわ! ご覧なさい、どれもこれも鉄の縄が繋がってるでしょう? 歪みもなく真っ直ぐに加工できる精度は感嘆ものだけど、今注目すべきはソレじゃないわ! 私の仮説だけど、あの縄には恐らく魔力を伝達する機能が備わっているのよ! 一箇所に大型高出力の魔力機関を用意して、あの鉄の縄で繋いだ魔道具に一斉に魔力を送り込む! 魔力機関が一つでも多くの魔道具を一斉に起動させることが出来るのよ! 今までは仮説段階だったけど、ここまで状態が良い遺跡であれば劣化していない機構が残っているかもしれない! もっと詳しい調査が出来ればその構造を再現することだって夢じゃないわ! 技術革命よ! そう思うでしょう!?」


 「そ、そうでしゅ」


 「ああもう、本当にあの『嘘吐き』には感謝してやらないと! 『国宝級遺物が報酬でス』なんて言われたときには何いってんだコイツって思ったけど、なるほどね! ここなら大白金貨が見つかったっておかしくないわ! これは素晴らしい! なんで今まで発見されなかったのかしら! 不思議だけど今はそんなのどうだって良いわ! ……見た感じ…………危険は無さそうね。……うん。もっと奥まで進んでみましょう」


 「んひ……て、てるりゅ……」



 理解できない言葉の羅列を物凄い速度で吐き続けていたテルスの口調が、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻す。先程までの熱量は傍から見れば『錯乱したのか』と思う程の剣幕であったが、危機管理能力は幸いなことに生存していたようだ。

 特徴的な長い耳をぴくぴくと動かし、また入口付近で興味なさげに身を伏せている相棒の視覚を間借りし、進行方向に危険が無いことを確認する。


 幾らか冷静さを取り戻した視線でヴァルターと意思の疎通を交わし、しぶしぶといった心境であろうが彼の同意を得た彼女は……期待に胸を躍らせながら暗がりに沈んだ遺跡内部を、一直線に進んでいった。 



 ……のだが。

 それからすぐ後、彼女たちの歩みはあっさりと止まることとなる。




…………………………




 「……進めないわね」


 「そうだな」



 庇のように張り出した遺跡の入口から一直線に進み、行き着いたその先。異様な積極性を見せ先導する考古学者の歩みは、とある一枚の()の前であっけなく止まった。


 壁……と言うべきだろう。

 道を塞ぐように立ち塞がる、大きな四角形をくり抜かれたような形状の壁と……そのくり抜かれた部分をぴっちりと塞ぐ、これまた重厚な()

 つい先日ヴァルター達が地底より帰還した際には、大きく口を開けていたはずの()であったが……どう足掻いても開けることの出来ない扉など、()以外の何物でもない。


 押しても、引いても、叩いても、手をかざしても、扉……もとい壁はぐらつくどころか微塵も動こうとしない。



 「ここまでは一本道だった。その一本道を塞ぐように立ち塞がる壁。構造から察するに、この壁は恐らく動く……つまりは扉である筈。でも肝心の鍵が無い。扉を操作する仕掛けらしき構造物も無い。……それでも、この扉が開かないなんてことは有り得ない」


 「そういえば……近付くだけで扉が勝手に開いたりとか、そういうことって……あるのか?」


 「あったの!!?」


 「ウォワァァァ!?」



 軽い気持ちで問いかけを発してしまったヴァルターに、熟考に沈んでいたテルスは異様な食いつきを見せる。先程までは見事な注視管理ヘイトコントロールで難を逃れていたヴァルターであったが、まさに一瞬の油断が命取りとなった。

 この世界中で度々発見される、長きを経て尚神秘(動力)を失っていない遺跡……そんな場においてよく見られるものが、ヴァルターの言った通りの扉――接近する物体を察知して、適切に自動で開閉を行う扉――まさにそれである。


 神秘(動力)を失っていない遺跡ともなれば、そこから出土する遺物や太古の遺産は大いに期待が持てるだろう。故代の文字や文章を完全に解読することは極めて難易度が高いものの、有益な情報を得ることも不可能ではない。


 要するに。未だに神秘(動力)を保つ遺跡は、いわば()()()である傾向が強く……そして『自動で開閉を行う扉』などという機構は、当然神秘(動力)無くして稼働しない。

 つまりは……『自動で開閉を行う扉』が()()()のなら。

 この遺跡は紛れもない()()()であると、そう判断できるだろう。




 「隠し立てしようだなんて、そんなつまらないこと考えないでよね? 正直に吐きなさい。……さもなくば()()()わよ?」


 「言うから!! 何で長耳族エルフってどいつもこいつも極端なんだよ!!」


 「ひと括りにしない頂戴。そんなことより……動いたの? 本当なのね!?」


 「だから怖ぇよ飛竜下げろって!! そうだよ動いたの! 前俺らが来たときにはちゃんと扉開いてたの!!」



 自分よりも背の低い少女に胸ぐらを捕まれ、更にその後ろから竜の瞳が睨みを効かせる。背後の竜はともかくとして、長耳族エルフの少女など普通に考えれば恐怖を感じる存在では無いのだが……考古学者の彼女といいヴァルターの相棒である『青』の少女といい、時折何かの間違いだろうと思わずには居られぬ程に物騒な気配を纏うことがある。

 長耳族エルフの習性と、いうわけでは無いだろうが……心臓に悪いったらありゃしない。



 「前通ったときは普通に開いてた! さっきの入り口の跳ね上げ扉も、今まさに(ひら)こうと動いてるのを見た! つまり要するに()()()()ってことだろ!? 解ったら飛竜を下げろ殺気を消せ!!」


 「……そう。…………()()のね、この奥に」


 「あ、ああ。扉が開いたり、床が動いたり、音が響いたり……なんかこう、俺じゃあ上手く表現できないが……色々と不思議なことが起こってたんだ」


 「それは……凄いわ。凄いなんてもんじゃ無い、けど……ごめんなさい、でも……本当に?」


 「本当だ。あれはちょっと……忘れられそうにない。信じられないかもしれないけど……ノートも、ネリーも体験してるはずだ。証人は居る」


 「んぴゅ」



 熟考に沈んでいたところ自分の名前を呼ばれ、白い少女が奇声を発し反応する。悩みなど無さそうな彼女が一体何を悩んでいたのか、そのことをヴァルター達が知るよしも無かったが……反応を示した彼女が相変わらず()()を隠そうとしているということと、反応を示す直前の彼女が凝視していた()()は、ヴァルターにも認識することが出来た。



 「あっ……ごめんなさいね、お嬢ちゃん。ちょっと疲れたよね。……ここは安全そうだし、お弁当にしましょうか」


 「んい……んいい…………あ、あい」


 「良くない癖だって解っているし、()()が起きないよう気をつけていたのだけど……さすがに()()()()()を見せられたら、ね…………ごめんなさいね」


 「え、えっと、えっと……だい、じょう……です」




 正気に戻ったテルスが生来の面倒見の良さを発揮し、未だビクつくノートと休憩の用意を進める中。


 ヴァルターは壁と化した扉の片隅、壁面に据え付けられた()()を……半球形の硝子に納められた緻密な金属細工の()を、引き攣った表情のまま凝視していた。




 映像撮影端末(カメラ)に関する知識など何一つ持ち合わせていないハズであり、前方百八十度を余すところ無く映し出す()()の視野角など当然知る由もないヴァルターであったが……


 その映像撮影端末(カメラ)越しに()()()()()ことを、理屈ではなく直感が悟り……



 ――――血の気が、引いた。

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