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233_長耳族の新人と土木作業




 職業としての考古学者、その仕事内容や業務の幅はまちまちであろうが……こと今回に限っては幸いなことに、テルスの専門分野は『実地調査』であるらしい。

 自らの足で『遺跡』へ赴き、土中に埋もれた遺物を探しだし、掘り当て、回収する。早い話が現場担当である。

 彼女本人の興味がそこに向いていたというのも一因ではあるが、この分野で大成した要因の一つとして挙げられるのが……長耳族エルフお得意の魔法、中でも『地』に類する魔法の使い手であるという点であった。


 土魔法の素質自体は、もともと秘めていたのだろう。しかしながら集落を飛び出た彼女は手に職をつけるべく――興味のあった『考古学』という分野で食っていくべく――利便性の高そうな土魔法を、必死になって研鑽していった。

 地中物質の構成探知や岩石の分解・再凝固、流状操作や構造補強等々……ときに穴を掘り、ときに地の底へ潜り、ときに精密な削り出しや修繕を行うために有用な土魔法の数々を、彼女は日頃から使いこなして来た。



 そんな土魔法のエキスパートたるテルスにとっては……図面が用意された建造物の構造駆体を造り上げることなど、造作もないことだったらしい。




 「……どうかしら? 寸法通りに起こしてみたけれど」


 「おぉ…………これは、これは」


 「すっげぇ。構成速度と精度が半端無ぇ」


 「んおー! すごく……すごい!!」



 空堀と簡素な塀の張り巡らされた拠点の、そのすぐ外側。新たに整地された新興区画に、テルスの手によって石造りの建造物が建ち上げられた。……といってもその半分以上は地中に埋もれるように形成され、地上に建ち上がった部分のみを見ればノートの背丈と同程度の大人しさではあったが。


 堆積岩を流体状に分解し、砂や小石と混ぜ合わせたものが、まるで粘菌種スライムが蠢くようにぐねぐねと形を変えたかと思うと……まるで一枚岩のように継ぎ目の無い、頑丈な混凝岩石コンクリートの構造駆体が出来上がっていた。

 その天井は王都などの高層建築とは異なり、応力を分散させるため緩やかなドーム状となっている。そのため空間の中央付近は最も天井高が高くなり、しかし壁際とて充分な高さが確保されている。


 大きめの部屋が幾つかと、そこに繋がる通路および小部屋が幾つか。通路の最奥部は天井が架けられておらず、なるほど上層に上るための階段室となるらしい。

 階段ならびに扉や床板などの内部造作は、これから職人の手で仕上げていくという。テルスには細部に拘るよりも、構造体部分を一棟でも多く仕上げることが望まれているとのことだった。



 「二階部分の図面は…………これでいいのよね? ……一階と同じ位置の壁が多いわね。下から上までブチ抜いて耐力壁に出来るじゃない」


 「サすが! お気づき頂けまシたか!」


 「でもこの上に二階部分を載せて、更に窓開口を削るとなると……壁の厚みがコレじゃあ少し不安ね。一階部分の壁厚増やすけど……良いわね?」


 「ええと…………ハイ。お願いシまス」


 「素直に提言を受け入れる所は……好感が持てるのだけど」



 一階というよりは半地階の、その屋根上へ。新たに分解・操作された建材が蠢きながら登っていく。

 自重もある混凝岩石コンクリートを屋根上に運ぶにあたり、半分以上が埋没しているこの設計が功を奏したようだ。登坂スロープを設けるのも容易であり、その上を混凝岩石コンクリートの塊がずるりずるりと這いずっていく。

 その後は先程と同様。あれよあれよという間に壁が立ち上がり、天井が掛けられ、小部屋が形作られ……二層目部分の構造体が姿を表した。



 「……複層構造は初めてだったけど、なんとかなりそうね。扱いやすい建材で助かったわ」


 「これはもシや……三階建ても?」


 「出来なくは無いでしょうけど……計算と調整に時間が掛かりそうだわ。今は数を賄う方が先でしょう?」


 「ええ……仰る通りでス。引き続きお願い致シまス」


 「任せなさい」



 テルスの手掌に従うように、粘菌種スライムのようにぐねぐねと蠢き、その姿を家屋へと変えていく土砂の塊。

 端から見る分にはなんとも名状しがたい光景だが……それでも驚異的な速さで堅牢な構造体が仕上がっていく様を見せ付けられ、テルスを引き入れたことは間違いでは無かったと確信する一行であった。




………………………………




 「ササ、遠慮なサらズ召シ上がってくだサい。……わたくシも名誉挽回といきまシょう」


 「へぇ……失礼な物言いだけど、意外と美味しそうね」


 「そうだろうそうだろう! 何せメアがお手伝い頑張ってくれたんだもんな!」


 「ワレも子蜘蛛共も手伝ったぞ! 褒めるが良い!」


 「あーーみんな良い子ーーー!!」


 「きー」「ききー」




 その日の夕食。


 飛竜に乗ってやってきた客人を迎えての晩餐は、目に見えて豪勢なものとなっていた。

 ライアの許可のもと珍しく酒が振る舞われ、これには作業員達も護衛担当の狩人達も学者達も皆一様に大いに喜び、騒いでいた。


 この晩餐の料理を手掛けた厨房組であったが、当初懸念されていた人手不足はどうやら解決の目処が立ったようだ。エースであるメアの参戦に続き、ウルンとシェイニも調理場のお手伝いが出来るようになったのが大きいだろう。賢い二人は人族ヒトの用いる言語をちゃんと理解しており、二本の腕と十本の指の器用さは人族ヒトと比べても何ら遜色無い。

 さすがに味付けや仕上げには携われないものの、皮剥きやカットや下拵えには充分過ぎるほど役に立っていた。


 そんな厨房組が存分に腕を振るい、ライア直々に『予算度外視』の指示が降った今夜の晩餐。テルスの働きが予想以上だったこともあるのだろう、愛想を尽かされぬようライアも必死のようだった。




 魔力回復のための小休止を幾度か挟み、結局日が沈むまでの時間全てを作業に費やしたテルス。彼女の働きあって拠点の隣接区画には、今やがっしりした岩石造の複層建築が二棟、堂々と建ち並んでいた。

 扉や床板や窓の開口などは未だ手付かずとはいえ、緩やかなドーム状の屋根が掛けられた総混凝岩石(コンクリート)造の建物が姿を表し……その重厚な佇まいは、拠点へと戻ってきた作業員や護衛担当達を多いに驚かせていた。


 明日以降はもっと手際良くこなしてみせるわ、と息巻く彼女を労うための夕食の場。歓迎会と称した晩餐の場は、例によって飲めや歌えやの大騒ぎとなっていた。




 「中に細めの木とか、もしくは長い一本骨とか仕込めれば、もう少し強度上げることも出来るんだけどね。この辺大型の鳥とか翼獣とか出そうなものだけど、それをちょちょいと狩って」


 「「鳥とか翼獣は駄目だ」」


 「……? そう? まぁ良いわ。無くても見て貰った通り、なんとかなりそうだから」



 得意気に語るテルスへと、混じりっけなしの称賛の視線が注がれる。確かにあれほどの規模の建造物を造り上げる精密操作は、ライアは勿論ネリーとて難しいだろう。

 彼女テルスでなければ実現不可能であった建造物であり、そんな彼女と渡りを付けることが出来た幸運を……総責任者たるライアは改めて噛み締めていた。




 「ご馳走になった上で言うのもアレなのだけど」


 「……お気に召シまセんでシたか?」


 「いえ、違うわ。そうで無くて…………()()()()()で良いのよ?」


 「………………ええと」


 「心配しなくても……契約を反故にする程落ちぶれて無いわ。単純に()()が湧いて来たし。普通にやってくれればそれで良いから。…………食材の輸送費用、高いんでしょ?」


 「……ええ、まぁ。……スみまセん」


 「勘違いしないでよね? 私の歓待のせいでここの運営が傾いて……ネリー達に迷惑が行っても困るから、ね」


 「……恩に着まス」




 手酷く嫌われている一方かと思いきや、意外と言うべきか話の解るテルスの申し出に……正直なところそれほど余裕があるわけではない商会代表は、ほっと胸を撫で下ろした。


 自分は本当に幸運であると、改めて実感した一日であった。




………………………………




 ほんの数日前に同様の大惨事(大宴会)が引き起こされていたなど知る由もなく……ちゃっかり豪勢な食事を満喫しきったテルスは、酒と宴も程々に寝床の準備へと取り掛かる。

 ライアから許可をもぎ取った野営用地は、先程建築作業に従事していた拡張区画の片隅。この区画は今日開発が始まったばかりで、未だ空堀も柵も設置されておらず……拠点のそれら防衛設備の外側である。


 監視塔が()()()により機能していない現在は、言うまでもなく危険と隣り合わせな区画であり……か弱い少女が野営を行うには、全くもって不適切な場所と言えた。



 「私が()()()()()だったら、そりゃあ安全な所を所望するけどね」



 独り言のように溢しながら仮住まいを造り始めるテルスに、すぐかたわらから呆れ混じりの唸り声が届く。

 土魔法を用いてドーム状の野営窟シェルターを形成しながらも準備の手を休めず、テルスは嘲笑うような思念を寄越す従者に噛み付いていった。



 「生意気言わないの。この辺の魔獣程度、あなたが周りに睨み効かせてくれれば問題無いんだから。…………ちょっと、メル? それどういう意味かしら?」



 形の良い眉を吊り上げ、すぐ傍に伏せる飛竜を睨み付ける。よほど腹に据えかねることを言われたのだろうか……作業の手を止めて両腰に手を当て、テルスはあからさまに気分を害した格好ポーズを取る。

 一方の飛竜は瞼を閉じてそっぽを向き、器用にも何かを誤魔化すような格好ポーズを取り……なんなら口笛でも吹きそうな程に、それはそれは見事な誤魔化しっぷりであった。


 テルスの琴線に触れてしまった、飛竜の思念(発言)……それは人族ヒトの言葉に要約するならば『竜種に勝てる女がか弱いワケ無いよな(笑)』といったところだろう。



 「……ふん、良いのよ。どうせあなたの図体じゃあの町は手狭だし……竜種がすぐ隣にいるんじゃ休まらないで…………何?」



 軽口を飛ばし合う二人の会話が、飛竜より飛ばされた『警戒』の思念により止められる。なんでも鋭敏な飛竜の感覚器官が、人けの無い新興区画で野営準備を進めるこちらに近付く生命反応を捉えたらしい。


 どこかへ行く途中、ということは考えられない。テルス達の野営窟シェルター以外に目標物らしきものは……昼間建てた構造駆体くらいしか無い。

 もしかすると()()の確認に来たのかもしれないが、陽が落ちて視界の悪い中、しかも危険な郊外に足を運ぶなんて……普通は考えづらい。


 要するに……こんな時間にこんなところに来る者は、まともであるとは考えづらい。



 「メル、敵? ………………そう……なの?」



 つまりは害意ある者の接近かと思えば、感知した飛竜(いわ)く『そうではない』とのことで……方角から鑑みるにライアの開発拠点の人員と思われるが、こんな時間に何の用件なのだろう。



 「…………随分とまぁ……可愛らしいお客さんね」


 「んえ……? おきゃ、くさ? ……こんば、わ?」



 ひと仕事と歓迎の儀を乗り越え、明日以降のお仕事に備えるべく平和に一日を終えようとしていた『この拠点の新たな仲間』に対して。


 ちゃんとしたごあいさつは大切であると心得る幼女型傍迷惑生命体の、余計なお世話とお節介が……牙を剥いた。

【おことわり】

一身上の都合により、ともすると週一更新になってしまうかもしれません。

もしそうなってしまったらどうか察してください。謝りますのでゆるしてください。おねがい。ごめなさい。ゆるして。

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