232_勇者と少女と報酬の硬貨
「あるた!! ねりー!! てき!!」
「何!?」「何だって!?」
犯罪行為の容疑が浮かび上がってきた変態の処遇をどうしようか考えあぐねている間に、白剣を握り締めたノートが突如大声を張り上げた。
白剣型魔道具『勇者の剣』の恩恵を受けるノートの『警告』。……それは彼女が敵と表現する存在――少なくともこれまで遭遇したことが無く、かつ脅威度および危険度が高い存在――それが今まさに、この場へと向かっていることを示している。
間が悪いことに……現在この拠点の警戒の目は諸事情により機能しておらず、ノート曰くの敵の接近に戦闘要員が反応できるのは相当先になるだろう。
今この場に居るのは――敵の襲来を察知出来、迎撃体制を整えられるのは――ノートとヴァルター、そしてネリーとシアの四名のみ。ニド率いる他の面々……防衛戦力としては破格の能力を秘める彼ら彼女らは、それぞれ拠点内のお手伝いに出向いてしまっている。
珍しく焦燥感も露なノートの様子を見るに、敵の速力は相当なのだろう。拠点内各地に散らばる彼ら彼女らと合流する時間は……恐らく無い。
「ノート、どっちだ?」
「んん……あっち!!」
「シア頼む! ニドとアーシェを最優先! 東門の外だ!」
「ぴゅっぴ!」
ものの数秒で戦支度を整え、四名はそれぞれ天幕を飛び出す。道中にてシアを連絡要員として飛ばし、防衛戦力として期待の高い二名へと優先して招集を掛ける。
……もしかしなくてもシア達『翼持つ者』を本能的に恐れているらしいアーシェには大変申し訳無いが、非常時なので我慢して貰う他無い。後でじっくりとケアしてあげようとネリーは怪しげにほくそ笑むも、直後表情を引き締める。
当然であろう、一行の中でも屈指の実力者であるノートが警戒を発する相手が、今まさにここへ向かって来ているのだ。生半可な心境で挑めば只では済むまい。
高速で接近する未知の敵を迎え撃つべく――周囲に被害の生じない荒野にて戦いを挑むべく――拠点の東門から飛び出した一行の視界が……ついにその姿を捉える。
空を切り裂き飛翔するその姿、真正面から見るその姿は限りなく扁平。中央に頭が存在し左右に大きく翼を広げ、この位置からでは目視できないが太く長い尾を備えている筈である。
その全身は黄褐色の鱗に覆われ、真っ直ぐこちらを指向する頭部には大きなあぎとと物々しい牙を備える。
最強と名高い生物である龍種……その系譜と目される亜流のひとつ。同系統のものに比べれば筋肉量こそ控えめだが、前肢を長大な翼に置き換えたその身体はそれを補って余りある戦闘能力を付与する。
――――飛竜。
空を翔る存在の中では、明らかに強者に分類される。
上位種ともなれば風や火焔の魔法を操るとも言われ、敵対すれば人的被害はまず免れられない。
「何なんだ次から次へと!!」
「あるた、さがって! わたしが!」
強化補正された視覚で迫り来る敵の姿を捉えた二人が、それぞれに白の剣を抜き放ち身構える。
勇者の証を携える二人ならば、恐らくあの飛竜に勝つことは可能だろう。空を翔る強者が相手とはいえ、空中での制動を会得したノートであれば、飛竜の撃墜も不可能ではない。白黒の二刀を振るうヴァルターであれば、地に降りた飛竜の爪牙を打ち払い反撃を叩き込めるだろう。
火焔の吐息や暴風の魔法を放たれれば、二人とてさすがに危ういかもしれないが……その危険は少ないだろう。
いや……それどころではない。
ぶっちゃけて言えば……あの個体と戦う必要は無い。
「二人とも落ち着け! アレは敵じゃ無ぇ!!」
「「……えっ?」」
唖然としながらも構えを解かない二人目掛け、敵(?)飛竜は降下を開始する。ぐんぐんと近付くその姿は、既に目視出来る程。背後の拠点内もにわかに騒がしくなり始め、戸惑いと恐れの声が上がっている。
無理もないだろう、何せ飛竜の襲来である。真っ当な感受性の持ち主であれば恐怖に戦き逃げ惑うであろう脅威である。
……だというのに、ネリー曰く『敵じゃ無い』というその存在。
白剣を抜き放ち警戒を解かない二人の眼前にて……そいつは皮膜の張られた大きな翼で宙を打ち急制動を掛け、小さくない足音と共に地に降り立つ。
「随分と物騒なお出迎えね。……いきなり剣型魔道具を向けられるとは思わなかったわ、『青』のネリー?」
「そりゃこんなん普通は警戒するさ、悪かったって。……久しぶりだな、『黄』のテルス」
翼を畳んだ飛竜より……いや、飛竜の背に跨がる人物より、ネリーに対し声が掛けられる。どこか皮肉混じりながら親しげに言葉を交わすその人物は、ネリーやライア同様に長い耳を持つ少女。
ゆったりと一房に纏められた明るい麦穂色の髪と、真横に伸び時折ぴくぴくと跳ねる尖った耳。それらは彼女が紛れもない長耳族であることを示している。
背丈はネリーと同等、お世辞にも高いとは言い難い。外套状の着衣を纏っているため推測となるが、胸の膨らみや腰周りから判断する限りでは『少女』と称するのが相応しい体躯である。
やや垂れ目がちな眦を半眼に潜め、深い吐息とともに『呆れ』を表現してみせる彼女。
「大方あの『嘘吐き』が連絡を怠ったんでしょう。……しょうがない奴ね、本当に。一度死んだ方が良いんじゃないかしら」
「とりあえず私らの雇い主だから今死なれると困るかなぁ。お手柔らかに頼むわ」
「……仕方無いわね。私だって報酬は欲しいもの」
「ってことは手伝ってくれるのか?」
「その判断をするために、こうしてわざわざ飛ばして来たのよ。…………ようやく依頼主様のお出ましね、全く。何が『準備は整えて置きまス』よ」
「いえシかシこうも全速とは思いまセんで……! サすがに速過ぎやシまセんか!」
「商人でしょう。吐いた言葉に責任を持ちなさい」
さらに大きく肩を落とし、これでもかと盛大に溜息を零す、年若き長耳族の考古学者。彼女は交渉相手である筈の同族男性を冷ややかな半眼で一瞥すると、馴れ合いは不要であるとばかりに本題へと踏み込んだ。
「さぁ『嘘吐き』……まずは見せて貰おうかしら。私を釣り上げるための『特別な餌』とやらを」
「……というワケなのでスが……宜シいでスか? ノート嬢」
「?? ……?? んえ……えさ?」
「……そういうことか。お嬢ちょっと剣帯持って付き合ってくれ」
「!? つき、あって? ……んへへ……いいよ」
「そういう意味じゃないんだけどああもう可愛いなお嬢」
「ええと…………では気を取り直シて、取り敢えず執務室まで」
さすがに……ちょっとした騒ぎになりつつあるこの場で『大白金貨』を取り出すことは出来ない。拠点の人員を信頼していない訳では無いのだが、なにぶんモノの価値が価値である。
部外者を除いた者で再度商談の場を設けるべく……長耳族の考古学者を加えた一行は拠点内における中枢、ライアの執務室へと場所を移した。
………………………………
「……コレで全員、でスね」
「なぁ吾も居る必要有るのか? 表の小娘と戯れて居っては駄目か?」
「「こ…………小娘?」」
「居てくれると俺達としても心強いんだが……ダメか?」
「むう……嬉しいことを云って呉れるで無い、我儘を云い難いでないか」
道すがらシアによって呼集を受けていたニドおよびアーシェと合流し、考古学者テルスを加えた一行は騒ぎの冷め止まない拠点内を進んでいった。
無理もないだろう……ライアを先頭とする列の最後尾には大空の覇者たる飛竜が追従し、その眼光で周囲を興味深げに見回していたのだ。
それどころか――さすがに執務室までは追従出来なかったからだろうか――商談の間もこの建物の外にて、主人を律儀にも待っているという。
「……メルを『小娘』呼ばわりされたのは初めてね。本当に得体の知れない……確かに『大白金貨』を掘り当ててもおかしく無いわ」
「えぇ、まぁ。……信ジて頂けソうなら幸いでス」
「お嬢ごめん、さっきの『大白金貨』……出して貰えるか?」
「んん……ないはく、ちんか。んい。……んんー…………あい」
「「「あっ……」」」
純白の剣を吊る純白の革帯、そこに据え付けられた同じく純白の小物入のひとつを小さな手で開き、布切れで包まれた白金貨の束から一枚を取り出し……背伸びして会議卓の上へコトリと置く。
その挙動を、目を真ん丸く見開いて凝視する『黄』の二人……それを全く意に介さず、白金貨の束を再度布切れできっちりと包み小物入へと納める。
代わりに傍らの勇者とその従者と保護者を自認する少女は『やってしまった』とばかりに渋面を形作り、その様子をばっちりと視認していた長耳族の守銭奴二人は各々その頭脳を巡らせていった。
「…………触ってみても良いかしら?」
「良いか? お嬢」
「んえ? んんー。……どうぞ?」
「…………それでは」
一言断りを入れると、テルスは懐から薄布の手袋を取り出し身に付け、会議卓の上に置かれた白金貨を――興奮を隠しきれぬ様子で――ゆっくりと手に取る。
貨幣の中ではやや大ぶりな造形。大きさの割にはずっしりと重みを感じさせる。
側面には緻密な紋様がぐるりと周され、天面と底面の最外周にも紋様が二重に円を描いており……この二重の紋様が意匠面における白金貨と大白金貨との相違点となる。
天面に刻まれているのは、何処かの国の紋章と思しき図柄。光条を発する太陽と天秤、剣と翼を象ったその紋章は……歴史に造詣のある者であれば、大昔に存在していた国家の紋章であると解るだろう。
一方で底面にはまた別の紋様。規律的に十の星が配され、それぞれが線でこれまた規律的に繋がれ、あたかも十の星々の存在とその結束を現しているかのようで。
加えてひときわ目を引くのは、白銀よりも黄金よりも尚上を行くその輝き。流し込まれる魔力に反応して輝きを増し、更に重量を減じるその特性は……内部魔力回路にも損傷が生じていない、『完品』と呼ぶに相応しいもの。
自身の記憶と知識と照らし合わせ、これらの特徴を読み取ったテルスは……眼前の貨幣が本物であると確信する。
同時に……こんなものを十枚規模で手に入れたという『勇者』達に対し、知的欲求が今までになく高まっているのを感じていた。
「……私の知る限り……あらゆる特徴が『本物』だと告げているわね」
「ええ……御理解頂けたようで、何よりでス」
「……それで、どうだ? テルス。……家造り、手伝ってくれるか?」
報酬として手渡される硬貨が『本物』の大白金貨であると、簡易とはいえ直接鑑識を行ったテルス自身が、ひとまずそう結論を下した。
であれば、大白金貨の価値を正しく理解しているであろう考古学者が……これほどの品を手にする機会を、むざむざ手放すとは考え難い。この品が対価として支払われる依頼に関しても、良い返事が期待できそうである。
大勢の推測を後押しするように……熟考に沈んでいたテルスは、やがて大きく一つ頷いた。
魅力的な報酬にまんまと釣られ、彼女は拠点の環境整備に協力を申し出たのだった。
「解ったわ。家造りだろうと町造りだろうと手伝ってあげる。……ただし」
「おお! 恩に着…………ただし?」
「そんなに大量の大白金貨が見つかったっていう、新しい遺跡の話。……詳しく聞かせて貰うわ」
「「…………あー……」」
このとき付けられた条件、ならびにその後の対処が、この拠点に更なる騒動と大きな変化をもたらす一因となったのだが……優秀な人材の確保に浮かれる彼らには、そんなことが予見できる筈も無かった。




