231_勇者と商人と『繁栄の樹』
「ぇあ? 『黄』のはぐれ? 考古学者? ……あー間違い無ぇ『繁栄の樹』だ」
「やっぱお前の知り合いか? なら話が早いんだが」
「やー知り合いって程親しくは無いんだこれが。まぁ確かに同年代だけどよ。可愛い女の子だぜ」
「その情報は要らねえ。……でも珍しいな、お前が『可愛い女の子』と親しく無いって」
長い長い入浴とそれに付随する破廉恥な騒動を経て……やっとの思いで拠点集落の自室へと帰還を果たした一行。
一体風呂場でナニをシていたのかお肌がつやつやな女の子達とは異なり……大中小と様々なふくらみの襲撃に晒され続けたヴァルターは、風呂上がりだと思えぬほどあからさまにげっそりとやつれていた。
とはいえ、心のほうはまだしも身体のほうの疲労は幾らか拭えており、ライアとの打ち合わせ通りに今後の指針について議論の場が設けられていた。
ちなみにこのような場では大抵役に立たない真白の幼女は、『おとうと』と呼ぶ青年との離別に際しあからさまにへそを曲げてふて寝していた。本当に良いご身分である。
別れ際のひと悶着は各方面に多大なる迷惑を掛けており、当のトーゴ本人さえも軽くドン引きしていた。ヴァルターは今後自身の身に降り掛かるであろう災難に震えていた。
「勘違いすんなよ? 私はめっちゃアプローチ掛けてんだけどな」
「別にその点に関しては疑ってねえよ……」
「とりあえず彼女……テルスって名前なんだけどさ。筋金入りの人間嫌いなんだわ。いや普通に応対する分には大丈夫なんだけどさ、最後の一線は絶対ぇ壁を解かないんだわ」
「…………トラウマか何かか?」
「トラウマ……確かにそらあるかもなぁ」
どこか遠い目をしながら、ネリーはライア同様はぐれの同胞であるテルスについて説明していく。
ライアの誘いに加えてノートの持つ切り札をちらつかせれば、彼女は十中八九食いつくだろう。遅かれ早かれ相対する機会もあるはずだ……と。
「彼女……まぁライアもだけど、『黄』は『陽光』……つまり種に繁栄をもたらす御役目を任ぜられることが多い。まぁ例外もあるがな。……ちなみに私の『青』は『清水』。万人にとって必要なものを司るのが本来の御役目だ。まぁブッチしたわけだが」
「つまりそのテルスって子の御役目とやらが……彼女の『人嫌い』に影響してるってことか?」
「そうだな。さすがにアレは同性の私から見ても非道い……ああ、ええと……えっと…………まぁ詳しく話すのは気が引けるが、要するに里で非道い目に遭って人間不信になってるってことだ」
「……失礼な話だとは思うんだが…………意思の疎通は可能なのか? 話を聞いてくれる余地は有りそうなのか?」
「そこは問題ない。仕事上の付き合いは普通なんだ。……一歩踏み込んでプライベートな話になると、途端に取り付く島も無くなるんだ」
「…………お前の性癖も原因だと思うがな」
「そんなあ」
プライベートでの付き合いが困難であるとのことだが、仕事の付き合いが出来るのなら問題無いだろう。
対価として供出するのは、ノートが持参していた遺物……天文学的価値を誇る『プライマル大白金貨』。現在の文明では修繕および製造が不可能な貨幣であり、しかも眩い輝きを喪っていない『完品』と呼ばれる状態のもの。
通貨として用いるだけでも(普通は有り得ないが)人族どころか長耳族であっても一生遊んで暮らせるだろう程の額面であり……しかしながら『考古学者』相手であればその価値は更に跳ね上がるだろう。
欠損の無い『完品』の古代遺物ともなれば、先文明の技術力を知るための学術的資料としても申し分無い。
……そんなにも高価な品を『譲ってくれ』と言われて……『まだあるから』『たすけてもらってるから』と軽々しく引き渡してしまう少女に、頼んだ側でありながらヴァルターは眩暈を感じずには居られなかった。
今後この子が同様に軽々と財産を譲り渡してしまわないように、また今回の供出の恩返しを何らかの形で考えなければと……以前にも増してノートの護衛に力を入れなければと、ヴァルターは強く心に刻んでいた。
「実際どうなんだ? 早い話が石で家作るんだろ? そのテルスって子は引き受けてくれそうなのか?」
「と思うぞ。あの子も発掘行くときは自前で休息籠作ってるらしいし、仕事柄当然だが土やら砂やらを操るのは得意だ。緻密で繊細な操作ならお手のもんだろうな」
「技術的には問題ないわけか」
「報酬的にも問題ないだろな。何せアレだ」
そんな目玉報酬……考古学者を名乗るのであれば尚更無視出来ないであろう対価を餌に、テルスにはこの拠点の居住環境を整えるための協力を要請するのだという。
長耳族達が得意とする『大地』の魔法を行使し、遮熱・遮音性に優れた住居や仕事場等この拠点の環境に適した住居の建設を要求するつもりのようだ。
想定しているものは、トーゴより入手した情報をもとにライアが立案した、半地下を備える石造の建造物。
地面を掘り、壁と床を固め、石材を用いたアーチ状の天井を組み……可能であればその上にも床を設ける。
一部を地中に埋めることで日中の温度上昇を和らげ、突風の影響を受けず、また遮音性も高まる。木材の調達が困難なこの地で数を建てるために、建材として用いるのは岩や石や砂。細かな造作は追々仕上げるとして、構造駆体だけでも造って貰えれば大助かりである。
長耳族の一員であるテルスならば、ネリーがやってのけたのと同等のことは――堆積岩を流体状に変化させ操ったり、それを練り上げ様々な形状を形成し再凝固させたりなどは――やってやれないことは無いだろう。
魔法の精度を上げるため、ライアにはテルス本人との交渉と並行して、イメージスケッチやら寸法図面やらの作成を行っているらしい。
「……焚き付けといて難だけど……お嬢、本当に良いのか? めっちゃすごいお金なんだぞ?」
「んー…………んんー……?」
「惜しくは無いのか? ……そりゃ『まだもってる』って確かにそうだけど……」
「……んい、やうす。らいあ、おかね、しつよう、わかる。……わたし、もってる、つかまない……から」
「……自分が持ってても使わない、って?」
「ライアが必要としてるって解るから?」
「やうす。……らいあ、ねりー……なかま。いっぱいたすけ、して……もられる。……ねりーの、なかま。……わたし、ねりー……おれい……しかえし……? ……んんー?」
「……私の同族だから……気に掛けてくれてるのか?」
『ちがう。それだけ、では、ちがう。……わたし、ねりー……すき、だから。ねりー、いつもやさしい、してくれる……から。……ねりー、かわいい。あと……わたし、からだ、きもちい、してくれる……から。……って、つたえて』
「ネリーのため? ……ってちょっと待」
「ほあ? 私? マジで?」
「んい! わたし、ねりー、すき!」
「お嬢ォ―――――!!!」
(ちょっと待て! 何があった!? ナニをヤッたんだあの変態!!?)
不足する語彙を補うため、『剣』による思念魔法にて伝えられた、ノートの本心。白金貨を提供する理由の根幹は、『ネリーがすき』だからという。
ネリーが好きだから、ネリーへの恩返しの一環として、ネリーの友人であるライアの頼みに応えようとしてくれるらしい。
……それは良いのだが。
ネリーは一体、ノートの身体にナニを『きもちいい』ことをシていたのだろうか。
有識者たるニドを招聘し、近いうちに入念に尋問する必要がありそうだ。
………………………………
『冗談でしょう、『嘘吐き』。お得意の嘘にしても出来が悪いわ』
「ところが、でスね。今回の商談は本気も本気、正気も商機でス。……正真正銘、完品の『大白金貨』でスよ、『繁栄の樹』サん」
『…………信じ難いわ。貴方の胡散臭さは相変わらずだもの』
ノート達の作戦会議の雲行きが、そこはかとなく怪しくなってきた頃。
この開発拠点総責任者であるライア……彼の執務室では今、彼一人きりでの会話、商談が繰り広げられていた。
勿論、実際には彼のみで会話が成立する筈もない。
彼が先程からしきりに話し掛けているのは……何も存在しない空中。
媒介となる魔道具間で使用者固有魔力の経路を繋ぎ、特殊な魔力を纏わせた『空気』を用いて遠く離れた特定相手と会話を行う秘法。
魔法の扱いに長けた長耳族の特性を活かし、ライアは生き馬の目を抜く『商』の場において、圧倒的優位な立場を築いている。
各地の拠点には『遠隔通話』を会得した同族の幹部を置き、リアルタイムで情報共有を行う。
圧倒的な強みにして商売道具である『遠隔通話』であったが……先述のように専用の魔道具を持ち、固有魔力の経路さえ把握していれば、商会構成員外の者とも遠距離での会話が可能である。
「これはこれは手厳シい。……でスが、ご安心くだサい。この『大白金貨』、肝心の出所は青の『知識』サんでシて」
『……!! それって、つまり……もしかして『勇者』の!?』
「ええ、ええ。……手付かズの遺跡に遭遇シ、ソこを調査スる過程で手に入れた……と聞き及んでおりまス」
『…………貴方だけじゃなく彼女が絡んでるなら……まぁ信じても良さそうね。コッチのお手伝いにもそろそろ飽きてきた処だし』
「ほお……では?」
現在の現場に飽きてきたと言った彼女の言葉に、ライアは勝利を確信する。
交渉相手たる同族の考古学者テルスであったが……『商人』という自身の立場では、説得力を持たせることは正直難しかった。
ライア自身『こと交渉ごとに関しては一切の嘘偽りを用いない』ということを大前提と掲げており、いつでも何でも誠心誠意の商談を行うことをモットーとしていた。
その甲斐あって、実際になかなかの成功を収めるに至ったのだが……人付き合いを嫌う同胞には『胡散臭い』『ニヤニヤ顔が気持ち悪い』『生理的に不快』等と散々であった。
ライア自身は決して口に出さなかっただろうが……テルスに商談を持ちかけるにあたって懸念事項の一つとして、『本人に嫌われている』という理由が密かに存在していたのだ。
彼単独では、魅力的な報酬を用意することさえ叶わなかっただろう。決して無視できない報酬を対価としてテルスを呼び寄せる交渉は、間違いなく失敗に終わっていただろう。直接彼女のもとへ赴き根気よく交渉すれば――拠点の立地とそれによる付加価値を実際に確認させれば――この懸念は幾らか払拭されるだろうが……それだけではやはり決め手に欠ける上に、長い時間を浪費してしまうこととなる。
話の解る同族であるネリーおよび『勇者』ヴァルター、ならびに小さく可憐な少女達と邂逅できたことは……ライアにとって間違いなく幸運であった。
今回の一件で間違いなく、途方もない大きな借りを作ってしまった形となるが……その相手が『勇者』殿と彼女達であるならば、不思議と不安は浮かんでこなかった。
『勘違いしないでよね。先ずは何よりも例の品を確認させなさい。……すぐそっちへ行くわ。話はそれからよ』
「……ええ。……ええ。存ジておりまスとも。お迎え容れの準備は整えて置きまス」
『あなたのお迎え容れなんて要らないわ。それなりに便利で静かな場所に空き地を用意しておきなさい』
「クフフフ…………仰セの通りに」
『……フン。気に入らないわね。『終了』』
静けさを取り戻した執務室内にて、ライアは改めて表情に喜色を滲ませる。
ここまで来れば間違いない。テルスは恐らく、たぶん、十中八九、条件を受け容れてくれることだろう。堅牢安全かつ静穏な住居が揃えば、この拠点に春を招くこともそう遠くない。
……いや、単純に住環境そのものが圧倒的に改善されるだろう。隙間風からも外からの騒音からも砂埃や雨漏りからもおさらばだ。一人一個室さえも(状況次第だが)夢ではない。
当面の危機を脱するとりあえずの目処が立ち、また数多の妨害と困難にも拘わらず自分に着いてきてくれる人員達に報いる見込みも立った。
気苦労の多い商会代表は、漸く安堵の息を溢したのだった。




