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229_勇者と湯煙と理不尽な抱擁



 言うまでもなく。世間一般の常識として。



 男性専用の浴場とは『生物学的分類において性別が男性である者のみが利用を許される入浴施設』であり……簡潔に、解りやすく、子どもでも理解できるように説明するならば『男のみが入れるお風呂』である。


 娘がまだ幼く保護者と離すことが危険と思われる場合などの一部例外を除き、男性用浴室に女性が立ち入ることは……常識として有り得ない。

 言うまでもなく浴場とは『風呂』を利用する場であり、つまるところいわゆる『裸の付き合い』の場なのである。男と女、雄と雌が『裸の付き合い』なんてしてしまった場合には……おおよそ公共施設として宜しくない結果となるのは目に見えている。

 当人間に合意があるか否かはこの際関係無く、周囲に対する悪影響は想像するに難くない。



 無用な、それでいて悲惨ないさかいを避けるためにも……『男性用』『女性用』の区分が存在する場では、その指示に従う。

 人々はそのルールを遵守し、平穏な日々を過ごしていた。




 …………のだが。


 これまで永きに渡り人族ヒトと距離を置き続け、これまで悲しい程に人族ヒトに興味を示さず、そもそも人族ヒトではない者にとっては……そんな些末事など知る由もない。


 清々しいまでに自己中心的、良く言えばマイペースな高位魔族は平然とその『常識』を踏み倒し、逆に『何が悪いのか』とまでに堂々と居座る始末である。





 男性専用の入浴施設……露天風呂に。


 美しい裸身を隠そうともせず。


 騒動を起こせない(抵抗出来ない)ヴァルターとトーゴを嘲笑うかのように、エネクは堂々と湯船に足を踏み入れる。




 「ヴァルター。身体が離れています」


 「意図して離そうとしてんだよ!!」


 「理解に苦しみます。先日は触れていたではありませんか」


 「掘り返すな!! いいだろもう終わったんだから!!」


 「……この場は非常に快適な温度ですね。きっと先日よりももっと心地よいのでしょう。期待が膨らみます」


 「俺はやらねぇからな!! 二度と!!」


 「そうですか。…………では、わたしから接触しましょう」


 「は!? おま!! ちょ……ッッ!!?」



 湯船のなかで尻餅をつき硬直するヴァルターに、エネクは真正面から遠慮無く迫り寄る。

 ざばざばと浴槽に足を踏み入れ歩を進め、ヴァルターの目の前で膝立ちになり更に距離を詰める。


 突如として急接近した美少女の裸身、情け容赦無く尚も接近する美しい双丘。

 あまりにもあんまりな展開に思考が追い付かず逃げ遅れたヴァルターの、その頭部をかかえるように腕を回し……そのまま身体を密着させ、自分勝手に『心地良い』ことを堪能していく。


 ヴァルターの混乱と葛藤など知る由もなく……まるで道具であるかのように彼を使い、自分が『心地良い』と感じたことを一方的に再現していく。



 「…………っ、ちょ、っ、」


 「大人しくしなさい。……話し辛いでしょう」



 ……唐突に。

 口調と態度を引き締め、囁く程の声量で耳元に唇を寄せる。


 思わず抵抗を止め硬直するヴァルター()()に聞こえるように。

 口をあんぐりと開け形容しがたい表情で行く末を見守っているトーゴの――黄昏の大鷲フレースヴェルグの行動端末、ヴェズルフエルニエ――彼の聴覚に届かぬように。



 「良い子です。……そのままお聞きなさい。それが不安の解消となりましょう」


 「…………なに、を」



 所作と態度は、まるでヴァルターを好き勝手玩ぶように。

 しかし口調は打って変わって真剣そのもの……まるで心配性の我が子にでも言い聞かせるかのように。




 「()()()()()……になるのでしょうか。これまでのわたしの動機と思考、それをこれからお伝えしましょう。…………()に怪しまれぬよう()()()()()()()()()()()、ですが」


 「なんでそこでそうなる!? おいトーゴ助けろ!!」


 「…………声援は送ろう」


 「その調子です。しばし怪しまれぬよう図りなさい」


 「割と本音なんだがな!!?」



 演技半分本音半分でトーゴに助けを求めながら、ヴァルターはエネクの言葉に耳を傾ける。


 この『温泉』を取り巻く一連の騒動について、エネクならびにフェネクスの心境と、その変化の過程を……エネクはヴェズルフエルニエの感覚の隙を付くように、自分勝手に一方的に話し始めた。



 形の良い胸の膨らみを、『勇者』の顔面に押し付けながら。




………………………………



………………………………………




 「……災難であったな、『勇者』」


 「トーゴお前真っ先に逃げたな?」


 「悪いとは思ったがな。フェネクスめが貴様を気に入った様子であったのと…………創造主と同格の存在(ゆえ)、どうしても気が引ける」


 「あぁ……産みの親の同僚が全裸で迫って来るのは……確かに嫌だな」


 「……理解を得られたようで幸いである」


 「まぁノートにチクるけどな」


 「グゥ……ッ!!」




 無自覚破廉恥美少女からやっと解放されたヴァルターは、気を取り直し暖かな湯を満喫しようと身を沈める。


 思う存分ヴァルターを辱しめ、また伝えたいことを伝えたと判断したのだろう。唐突に立ち上がると現れたときと同様、周囲の反応を一切気にすること無く――去り際に巨大な爆弾を一つ投げ落としてから――悠々と立ち去っていった。


 ……全裸で。




 フェネクス……もとい、エネクが残していった爆弾はとりあえず忘れて置こう。


 エネクよりトーゴに伏せて告げられた内容、彼女のこれまでの行動理由と今後の行動指針……そのことに関して等々、相棒達と相談したいことは溜まっていく一方なのだが……果たして現役魔王軍幹部にどこまで聞かせて良いものか。




 「ところでトーゴお前、いつまで居られるんだ? ずっとノートの世話任せられる訳じゃ無いんだろ?」


 「当然である。主たる目的は達せられた。計画を次の段階へと進めるため、一時帰還ののち当号も動かねばならぬ」


 「……帰還、って……あの()か?」


 「貴様らに隠し立てする理由は無いだろうな…………如何にも。あの巨大湖の孤島深部に、我らが拠点は存在する」


 「やっぱりか……」



 リーベルタ王国の北部に位置する、とてつもなく巨大な湖……ドゥーレ・ステレア。『星の傷跡』の異名を持つこの湖は大小危険度も様々な魔物魔獣が棲息しており、水深に比例して危険度が爆発的に高まる超危険地帯である。

 そんな湖のど真ん中、永らく外界との交わりが無かった孤島の深部こそ……トーゴことヴェズルフエルニエならびに『魔王セダ』の拠点であるという。



 「戦を仕掛けよう、など下らぬことを考えるなよ。貴様達の技術水準で在れば軍用船の十や二十、一瞬で水竜の餌と化すだろうな。……心配せずとも、姉上との『盟約』が存在する。不義理な侵攻はせぬ」


 「……そんな盟約……ノートはいつの間に」


 「っ、…………彼女が『あの島』へ()()した、その時期タイミングだ。彼女と我等魔族は相容れぬ間柄とて、彼女は知っての通り慈悲深き存在である。我が主に人族ヒト共へ侵攻の意思無しと見るや我等の存在を()()し、相互不干渉の立場を確立するに至ったのだ」


 「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待て! ……ってことは何だ!? お前の主……フレースヴェルグには人族ヒトに喧嘩売る意思は無かったってか!?」


 「少なくとも『盟約』が果たされたそのときは、な。……だが我が主も先刻、貴様に告げたであろう。()()()()()()()と。魔に類する者共を率いる『王』が変わったのだ。今後我等もどう動くかは『魔王』のみぞ知る処である。…………これ以上は話せぬ」


 「あ…………あぁ。……ありがとう」


 「…………フン」




 一部を伏せ、一部を偽り、しかしそれ以外は紛れもなく『正』であったトーゴの説明を受け……ひととおりの疑問は解消されたのだろう。ヴァルターは取り敢えずの納得を見せたようだった。



 『これ以上伝えられることは無い』と口を閉ざしたトーゴ。互いに心労の色濃い、どこか他人とは思えない青年が二人っきり。


 静けさと平穏を取り戻した男性用露天風呂にて、今再び脱力感溢れる至福の時間が幕を開けた。




 苦労人二人の優雅なひとときは……


 見た目だけは天使のような真っ白い幼女と、豊かな二つの膨らみを湛えた黒髪の美少女……素っ裸二人の理不尽な襲撃を受けるまで続いた。

「大丈夫なのか? ボロは出してないだろうな?」

「御心配には及びませぬ。真実と虚構を織り混ぜ説得力を持たせてあります故に」

「なら良いが…………お前ら二人は本当変な処でポンコツだからな。責任者たる俺は不安で不安で仕方無い訳だ」

「ポン………………」

「良いか? 間違ってもあの娘がコッチ側の存在だと気取られるなよ? 嫁の泣き顔なんざ寝台ベッドの上だけで充分…………聞いてるのか?」

「…………ポン、コツ……我、が」

「そういうとこだぞ本当」

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