227_勇者と賢弟と拠点のこの後
「なぁトーゴ……見張り吹き飛ばしたのはやり過ぎだと思うんだが……」
「施設被害は屋根が飛んだ程度である。貴様の活躍により人的被害も無い。……落とし所としては此の辺りが妥当であろう」
「……まぁ、覗き画策するコイツが悪いんだろうけどさ、もう少っとこう何ていうか……手心というか」
「フン。姉上…………達、を不躾な眼で視るのが悪い」
「いやまあ……そうだけど……」
ネリーが丘の頂上ごと覗き魔御一行様を盛大に吹き飛ばしたのと、ほぼ同刻。源泉開発のために築かれた拠点集落の内部で、ちょっとした騒動が巻き起こっていた。
射殺さんばかりの剣呑な視線で睨みつけるトーゴと、殺気立った彼を『まぁまぁ』と宥めるヴァルターの前には……容疑者と思われる男性、目を回した見張り要員が地に横たえられている。
その傍らでは上司と思しき熟練の警備役がやれやれと肩を竦め、そうこうしているうちにたまたま拠点集落に滞在中であった総責任者、商人ライアまで騒ぎを聞きつけ姿を現し……屋根が吹き飛んだ見張り台の建つ大岩の袂は徐々に騒がしくなっていった。
事態の起こりはほんの数瞬前……開発拠点集落内を割り当てられた天幕へ向け歩いていたヴァルターが、ふと見張り台を凝視するトーゴに気付いたところから始まる。
我先にと入浴に出かけた少女達をよそに、極めてまじめにお手伝いに取り組んでいるメアとキー。現在は炊事場にて夕食の仕込みのお手伝いに駆り出されている非常によく出来た二人に、労いの言葉と帰還の報告を告げてしばらく話し込んだ……その帰路。
開発拠点の仮説集落内において、最も高所に位置する見張り台。起立した巨岩の上に建てられた木組みの小屋を凝視するトーゴが、曰く『不審なニヤけ面で遠見筒を覗く男が居る』と言い出した。
一体何を視ているのかと同行するヴァルターが能動探知を行使してみたところ……どうやら男が遠見筒で視ていた方向はノート達の向かった先、早い話が『お風呂』の方向であった。
その事実を伝えるや否やトーゴの怒気が膨れ上がり、その感情の出処を察知したヴァルターは敢えてそれを咎めずに身体強化を発現し直後に生じるであろう事態に備え……結果としてトーゴの巻き起こす突風に吹き飛ばされ宙を舞った容疑者を空中で拾い、屋根であった幌布もついでに回収し、幸いなことに周囲の建造物に被害を出すこともなく容疑者確保と後始末をこなして見せた。
「当号に非が有るとは考えて居ない。先程の対応とて不埒者に対する罰としては温過ぎる。此の施設の風紀を乱す言語道断の悪行、責任者の然るべき判断の後適正な罰則を負うべきである。……違うか?」
「まぁ……違くは無いな」
「……ははは……荷が重いでス、ね」
見張り台の袂での実況見分を終え、現在男性三人はライアの執務室へと場を移していた。所変わってもトーゴの意思は微塵も変わりが無く、狼藉者の厳罰と再発防止を声高に訴えている。
事情を告げられた総責任者ライアの口からも思わず乾いた笑いが盛れ出るが……とはいえ彼自信、今回の騒ぎが簡単では無いこと自体は薄々感付いていた。
実際に生じた騒動だけで見れば、それこそ『覗き』の一言で片付けられるだろう。
しかしながらそこに至るまでの経緯……なぜこの騒動が生じたのかを鑑みると、一朝一夕では片付けられそうに無い。
「仮設とはいえ男性ばかりの集落で……魅力的な女の子が働いていれば…………まぁ、こうなるでシょう」
「…………まぁ……男だもんな……」
「…………生理現象自体は……理解は、している。……だが、さりとて此のまま放置することは断じて同意出来ない」
最寄りの町オーテルまで馬の脚でおよそ一日と、そう遠い距離ではないとはいえ……町に通おうにも遠出の『足』を持たない者にとっては、数日がかりの行程となるだろう。
連休を設けて『息抜き』がし易いように業務を減らし、全体的な開発計画を後ろにずらすことも不可能ではないが……そうなると資金繰りからまた計算し直さなければならない。その間の業務も溜まっていくだろうし、総合的に鑑みれば得策とは言いがたい。
やはり一番手っ取り早いのは…………そのテの『プロ』となる女性達を、この仮設集落へと招くことだろう。
「ソのためには……何よりも彼女達の安心できる環境を整えねば話になりまセん。具体的には『職場』と『住居』、どちらも天幕なんかではお話シにならないでシょう」
「……安全性と清潔さ……あと遮音性、か。……ちゃんとした建物を作らなきゃ招くに招けないだろうな」
「ええ……シかシながら時機が悪いことに、今は人手の確保が絶望的な状況でシて……」
「建築特需か? なんでまた突然」
「…………アイナリー北方の山岳街道が、でスね……」
「あっ」
どこか言いにくそうなライアの言葉に、ヴァルターは思わず口を噤む。……何のことはない、今世間を騒がせている土木作業人員の不足は、かつて自分が巻き込まれた山岳街道の修繕事業が原因だという。
半径数十mに渡ってすり鉢状に破砕された街道を再び通行可能にするためには、なるほど少なくない人員と期間が必要であろう。むしろ妨害工作を受ける中でこれ程の人員が確保出来ただけでも、なかなかのものである。ライア自身、あらゆる手を尽くしたのだろう。
「加えて……この拠点では建材の確保も難シいですね。……ご覧の通り近隣に森は見当たりまセんし、石組で壁は築けても屋根を掛けることが出来まセん」
「ああー……そっか、梁になりそうな材は無いか」
「……何を言っている? ならば木材を用いずに築けば良いだけのコトであろう」
「「えっ」」
トーゴの頭脳に『知識』として蓄えられている情報は、古今東西の建築に纏わるものも少なくない。その中には現在一般的とされる建築技法――石を組み上げて耐力壁を築き、太く長い木材を梁として床や屋根を張る架構式構造――以外にも、それこそ石や砂や粘土を建材として用いる組積式構造の理論や、それこそ天幕を大型化したような可搬式住居の情報までもが納められていた。
呆気に取られるヴァルターとライアの前で、トーゴは主に組積式構造に関して図示を織り交ぜながら解説する。話を聞くうちに聴講生二名……主にライアの目の色が明らかに変わり、元来回転の早い方である頭脳は思考を加速させていく。
「……ソれこソ逆に地を掘り、半地下にすれば遮音性も高まるでシょう。屋根部分をトーゴ様の仰る大拱門や穹窿で構成スれば陽熱も遮れまスシ、屋内も涼シく過ごシやスくなるかもシれません。……でスが」
「ああ……素材になる石材、っていうか石はその辺にこれでもかと転がってるんだが……それをいわゆる『建材』に加工するのも、これまた結構な手間だろ?」
「……フン。何を今更……あの小生意気なエルフ娘に手伝わせれば良いではないか」
「「あっ」」
大小様々な岩礫を砂状に分解する。分解され砂状と化した粒子で丸屋根を形成する。あるいは巨大な腕を始め多種多様な形状に変化させる。
どれも『大地』に類する魔法で発現が可能な現象であり、『自然』に類する魔法を操る長耳族の少女にとってやってやれないことも無いだろう。魔力を回復させる霊薬さえあれば、よほど急かさない限り健康被害が生じる恐れも少ない。
とはいえ……建築物一戸を賄う程の建材を仕上げるのにどれ程の時間と手間を要するのかは不明だが、少なくとも人の手で一つ一つ加工するよりは迅速に仕上がるのは間違いないだろう。
「『大地』の魔法、でスか。……ネリーサん以外にも、少々心当たりがありまス。此方も当たってみまシょう。……懐具合が些か不安でスが」
「心当たり……もしかしてはぐれの知り合いが?」
「……ええ。私と同じく『黄』の長耳族でシて、都合良いことに『大地』が得意分野な、自称『考古学者』なのでスが……」
「…………なのでスが?」
「…………ぶっちゃけ、私に負けズ劣らズの守銭奴でシて。引き抜きとなると結構な規模の出費を覚悟シないとならなサソうでシて……」
「…………あっ」
『考古学者』。
……かつての人類が遺した遺跡や遺物を調査し、その痕跡を辿ることを生業とする者達。
旧き人類の遺した遺物、失われた王国の希少硬貨。今世にはほとんど存在しないであろう希少な遺物が在ると知れば……興味を持ってくれるのでは無いだろうか。
とはいえしかしながら、持ち主の意見を聞かないままに決めてしまうのは良くないだろう。アレはあくまであの子の所有物である。いち同行人である自分が勝手に用途を決めるべきではない。
それに……どうであれ相棒の協力を取り付け、技術を借りなければならないのだ。一度彼女達と相談する必要があるだろう。
……まぁ尤も。
「ネリーとノートに話しようにも……風呂入り行っちゃったんだよな……」
「……提言する。恐らくだが先の熱意を窺う限り……邪魔をすれば『勇者』とて只では済むまい」
「奇遇だな。俺もそう思う」
「ならばいっソのこと、ヴァルター様がたもひとっ風呂如何でスか? 男性用のほうも、取り敢えズは『入浴施設』と言い張れる程度には整えてありまス。無論、御代は結構でス」
「……悪くないな」「……フン」
そういえば何処ぞの無鉄砲娘のせいで全身砂まみれの土まみれの埃まみれである。荷馬車の後片付けを一方的に押し付けられたために後回しになっていたが、ヴァルターとトーゴとて身体を綺麗サッパリしたいというのは偽らざる本音であった。
ネリーの性格を鑑みるに、彼女達の入浴がそう早く終わるとは思えない。どうせ時間を持て余すのなら、自分達もゆっくりのんびりしても罰は当たらないだろう。
そう考えたヴァルターとトーゴは会談を一時中断し、ライアに勧められるがまま拠点郊外の仮設浴場へと足を運んだのだった。
オニの居ぬ間になんとやら、ゆっくり羽根を伸ばそうとしていた二人に……しかしながら残念なことに、間もなく罰が当たることになろうとは。
内心のうきうきを隠したつもりで露天風呂へと向かう彼ら二人には、当然知る由も無かった。
ネタバレ:少しも深刻じゃないやつです。




